プロローグ
三月の春。真夜中の三時、俗に言う丑三つ時と呼ばれる時間に静まり返った町にある病院、福島病院で二人の女性看護師が消灯時間後の見回りをしていた。
「ね、ねえ、ここら辺ってあの噂の場所じゃない?」
「やめてよ。怖くなるから」
ただでさえ二人がいる廊下は先が真っ暗で、まるで化け物の口の中へ入って行くような感覚がして不気味だった。
患者をあまり起こさないように懐中電灯の光だけを頼りに歩いていて、時々躓きそうになってしまう。
そして、二人はとある場所へと辿り着く。
「ほら、やっぱり! 手術室じゃない……」
「だ、大丈夫だって。ただの噂なんだから」
二人が辿り着いたのはなんの変哲もない手術室だったが、ここを目にした瞬間に彼女たちはより一層に震えていた。
片方がもう片方の腕に痛いくらいにしがみついており、しがみつかれた方は強気で言うが、その言葉は分かりやすく震えて、隠せていなかった。
「と、とりあえず、行くわよ」
「わ、分かった……」
二人共覚悟を決めて、手術室の前を通り過ぎようとした。
特に何も起きずに通り過ぎることが出来たので、どちらも心底安堵していた。しかし、
「……こ? わ……たしの……」
「い、今、なんか聞こえたよね……?」
「き、気のせいよ!」
安堵した隙を狙ったかのように女の声が途切れ途切れに聞こえてくる。
せっかく安心出来たのに、また恐怖が襲ってきた。
「わ……たし……の目は……」
不安になっている中、声がどんどん近くなって来ていることに二人共いやでも分かった。
「ね、ねえ! もう行きましょ!」
「そうね! 行きましょ!」
「待って……」
二人がそそくさに逃げ出そうとした時に彼女たちとは違う別の声が囁いてきた。その瞬間に二人は背筋が氷のように凍り、その場から動けなくなってしまった。
徐々に、徐々に後ろから何かが近づいてくる気配がする。
二人が恐る恐る振り返ると、
「私の目は……どこなの!」
「「きゃああああ!!」」
そこにいたのは、片方の目から真っ赤な血を流し、大きな口を開けた長髪で半透明の女だった。
看護師たちは恐怖のあまり、大声で叫びながら、走って逃げた。その時に懐中電灯を落としてしまったので、真っ暗な中走り回っていた。
しばらく走り回ったらやっと、明かりがついた看護室に辿り着き、二人が慌てて入り込んだ。
「な、何?! どうしたの!?」
「さ、さっき、手術室の前で、目から血を流した幽霊が……!」
部屋に飛び込むとそこには仕事をしていた看護室長がいたが、飛び込んだ二人を見て驚いていた。
他の看護師も作業している所だったが、驚いてその手を止めてしまった。
二人が息を切らし、切羽詰まったように起こったことを話す。
「また出たのね……。片目女」
「や、やっぱり……。噂は本当だったんですね……?」
室長が困ったように呟き、看護師の一人が聞くと一瞬の間を置いた後に頷いた。
「この病院に突然現れた七不思議……。どうにかならないかしらね」
室長が困り果てたと言うように頭を抱えていた。
そう、この病院、福島病院は今まで普通の病院だったが、一ヶ月前から突如として七つの不可解な現象が頻繁に起きるようになってしまい、これ以来この病院には七不思議が語られるようになってしまったのだった。
◇◆◇
燃えるような夕焼けが輝く春の夕方に二人の少女がそれぞれの家へと帰るため、その場で別れた。
「じゃあね。穂春」
「ええ、またね」
友達と別れた穂春はいつものように自分の家である児童施設「四季の家」に帰るために、帰り道を辿っていた。
「大変! 早く帰らないと」
今日は施設の子供が新しい家族に引き取られる日だったので、急いで帰っていた。でないと、お別れの挨拶が出来なくなってしまう。
早く帰ろうと走り出そうとしたその時だった。
「あの〜〜。ちょっと伺いたいんですけど……」
「はい、なんでしょうか?」
「この近くに四季の家という施設があると聞いたんですが、どこだか分かりますか?」
穂春に話しかけて来たのは黒いコートに黒の帽子を被った男で、一見不審者にも見えたが、とりあえず話を聞こうと穂春は立ち止まった。
「そこになんの用が?」
「天地穂春さんという方に少し用がありまして……」
「……それは、私の事ですが?」
「おお! 貴方が!」
黒服の顔は帽子のせいでよく見えなかった。少し警戒心を持ちながら接していると男が近づいてきた。
「な、何ですか?」
「探す手間が省けたよ」
それだけ言ったのと同時に、突然穂春の腹部に違和感を感じたかと思えば激痛が走った。
何事かと思いながら穂春がお腹を見てみると、そこにはナイフが刺されていた。
あまりの異常事態に助けを呼ぼうものの、周りに人がいなかったが、男はなぜかナイフから手を離して走り去っていってしまった。
(……私、死ぬの? 助けて、兄さん……)
心でただ一人の兄に助けを求めながら穂春は闇の中へと堕ちていってしまった。




