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2・再訪

木村と共に冴木晃の自宅へやって来た久保田。

旧家の厳しい門を開いた庭園では、過去の印象とは全く違った光景が広がっていた。

駅から会場の旧冴木邸まで木村先輩のバイクに乗せてもらった。

バイトを頑張って自分で買ったこの大型バイクは、先輩のお気に入りらしく最近はどこへ行くにもこれだと言う。

「旧家のクセに・・・ってことはないけど、駅から歩くんだよな。」

駅からの距離と、地元に昔からあるお宅というのは全く関係ないと思うけど、先輩はそう愚痴る。確かに、冴木さんの叔父さんの店から更に15分は歩くから、普段歩き慣れないボクらに駅から徒歩20分は遠い。

木村先輩にヘルメットを返して、相変わらず立派な武家屋敷風の門構えを振り仰いだ。


――4年前、ここへ紛れ込んだ時のことを思い出す。

あの時は、冴木さんが乗った車を偶然見つけて何も考えずに追って来たんだ。勢いで庭にまで入り込んで・・・。


今回は、不法進入ではないし、木村先輩もいるから咎められることはないのに、何故かドキドキしてしまう。

「木村、遅いよ。」

門脇の小さな扉が開いて、小学生くらいの男の子が顔を出す。

「よぉ、来たの良く分かったな。」

先輩が軽く片手を上げて笑う。

「木村のバイクの音、覚えちゃったもん。だから、中にいてもすぐ分かるよ。こっちから入れるなら閂外すけどどうする?」

「ああ、頼むよ。」 

先輩がそう言うと、扉の内側へその子が消えて大門がゆっくりと開いた。

「こっちから入ると気持ち良いんだよ。」

普段、裏からしか入らないからな・・・そう笑う。確かに、光に満ちて手入れの施された庭園は、外の一般住宅地とは異次元のようだ。


「木村、遅いから先に始めちゃったぞ。あれ、久保田くんだっけ?久し振り。よく来たね。」

奥のほうから冴木さんの叔父さんがやって来た。


彼の背後に、桜の木が今が盛りと枝一杯に花を咲かせている。・・・ボクは、ここの桜ほど立派な木を見

たことがない。


「お久し振りです。今日はお邪魔します。あの・・冴木さん退院されたって・・・知らなくてすみませんでした。」

「うん、アイツの入院とか慣れっこだから、別に気にしないで。」

冷静に考えたら「入退院」が慣れっこ・・・というのはどうかと思うけど、マスターは今までのボクの不義理を責めるでもなく笑ってくれた。



――植え込みの向こうから、煙が立って美味しそうな匂いが漂ってくる。


「ってか、マスター。何故、ジンギスカン?この純和風庭園にものスゴ似合わないんだけど」

言いたかったことを木村先輩が言ってくれた!!

「え〜っと、北海道風花見?今日は人数いるから楽しいだろ?」

木村先輩の突っ込みに「北海道人いないけどな」と、シレっと答える。


――茶会とかが似合う屋敷なのに、いいんだ・・・ジンギスカンで・・・。


バーベキューコンロを囲んで数人の男女がビール片手に舌鼓を打っている。この場所でないなら普通なのに、なんだか見慣れなくて不思議だ。


「範行!まだ肉焼いてていいの?」

先刻の小学生がマスターの後から大きな声で言う。側には、冴木さんと親しかった一林さんや叔母の勢伊子さんの顔も見える。

マスターは、簡単にボクをみんなに紹介してくれた。

勢伊子さんの夫の久我沼さん、冴木さんの幼馴染の暢子さん、喫茶店を手伝っている降三さん、宇梶医師、マスターの彼女の瑞歩さん、弁護士の笈川さん夫妻・・・どういう訳か、冴木さんがいない・・・。


「そうだ、久保田くん。コイツ誰かに似てると思わない?」

マスターが、肉を焼いている小学生を指して言うと、「晃の妹の繭結まゆだよ。小4。よろしく。」

慣れているのか、当たり前のようにそう自己紹介する。


妹??・・・冴木さんに妹なんかいただろうか・・・ご両親は、早くに亡くなったと聞いている。それなのに・・・。

しかも、ショートカットに半ズボン緑のトレーナーを着たこの子が、女の子?確かに、好奇心の強そうな大きな目などは、冴木さんに似てるかもしれない・・・もしかしたら、小学生の頃はこんな感じだったのかな?という気はするけれど・・・。

「だって、オレ。腹違いの子だもん。」

何故か誇らしげに言う。「オレ」って言ってるし・・・本気で訳が分からない。


「オレとか言うなって・・・。あ〜、ダメだ!久保田が固まってる。ここんち複雑なんだから、いきなりでびっくりしてるよ。」

木村先輩が中に入って、その子の頭を叩くマネをする。そして「まぁ、食っとけ」と、取り分けた皿をボクに渡してくれた。


訳が分からないまま、ちょっとヤケになって渡されたジンギスカンに齧り付く。


「うま〜い!!先輩、ジンギスカンて旨いですね!」


初めて食べた羊肉が美味しくて、つい声が大きくなって、周りの人たちの失笑を買ってしまう。

「じゃあ、しっかり食べてね。沢山あるから。」と、勢伊子さんが言ってくれた。

木村先輩が、バーベキューコンロの側へ引っ張って行ってくれて、ひとしきり夢中になって食べた。


人心地ついて、ふと今日何をしに来たのか思い出す――そうだ、冴木さん!!


周囲をキョロキョロ見回しても、あの懐かしい髪を背中まで伸ばした痩身の彼はどこにも見当たらない。なのに何故か、目の隅に髪の長い背中を捕らえたような気がする・・・と思ったら見失う。そんなことを繰り返し、幻かとがっかりする。


「あの・・・冴木さんは・・・?」

降参するような気分で、目の前にいた一林さんに声を掛ける。

「ん?晃?・・・さぁ、どこに行ったのかな?」

さっきまで、ここで食べていたのに・・・そんなことを言いながら、ビールを片手に庭園内を見回す。

「あ、いたいた。晃のヤツ相変わらず食が細いから、もういらないんだね。あんなところで勢伊子さんちの双子とじゃれてるよ。」

まるで、犬と遊んでいるみたいに言って、屋敷の縁側を指した。前に来たときは、ぴたりと雨戸が閉められていたのに、今日は全開している。その一角に、キャップを被った少年が座っている。

呼んでやろうか?そう言うから「行ってみます」と、皿を置いて屋敷の方へ歩き出した。


「あっちゃん、今度コレね。」

幼稚園児くらいの女の子がはしゃいだ声で、なにかゲームを持ちかけている。

「あっちゃん、じゃあコレは?」

2人掛りで、まるでじゃれ付いているようだ。後ろ姿のその人は、そんな2人になにか話している。


ボクは、その斜め後ろから垣間見える笑顔に、なんとなく声が掛けられなくてその様子に見入ってしまう。


「おーい、晃。」

その声に、ビクリ!!と体が反応してしまう。

振り返ると、木村先輩が笑っていた。ボクは、どの位こうして佇んでいたんだろうか・・・。

「うん?」

その人は振り返り、双子に向こうで遊んでくるように声を掛け、こう言った。


「・・・煙草持ってないか?」


「いきなりかよ・・・。」

はははと笑って、彼の隣へ座って煙草のケースを差し出す。

「・・・ん」と咥えた煙草に、火を要求する白い顎が妙に艶めかしくてドキリとする。

左手で口元を押さえ、伏し目がちに火を分けてもらう・・・その動作の一瞬一瞬が、なんだか絵のようで目が離せない。


「だって、木村しか煙草吸うヤツいねーんだもん。」

煙を吐き出して、くっくっくと笑う。



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