1.記者、記す
翌日。
私は早朝から部室でキーボードを叩いていた。
「私に出来る事……それは古鉄君の記事を書きあげること」
誰が聞く訳もなくつぶやいた。
正直なところ、私は彼をただの変人だと思っていた。
新聞部復活のネタになるという興味だけで、私は食らいついていた。
しかしいつしか私はそんな単純な興味だけでは説明しきれない、「興味」という存在がどんどんと大きくなってきていた。
彼にたった1日で虜になってしまった。
……無論、興味の対象、と言う意味での虜だが。
そもそも古鉄君が新聞部に入部し、新聞のネタになっただけでどうして部活が廃部じゃなくなると私は思ったのだろう。どうしてそうやって考えたのだろう……
今となってはそれはわからない。でも誰も知らず生きてきた彼を私は知ってしまった。ならばその最後を看取り、自分に出来ることをやるのは必然と言えると私は考える。
インタビュー記事は既に完成している。
あとは取材していてわかったことを書き綴るだけ。
「人は見た目ではなく、ソウルを見て確かめるべし……っと!」
朝の部活の終わりを告げるチャイムが鳴り始めるころ、私は最後の一行を打ちきり、激しくエンターキーを叩いた。
「完成!」
何年前の物かわからない古ぼけたプリンタがけたたましい音を立てて印刷する。私は原稿が排出されるかされないかのタイミングでプリンタからひったくり、太陽に透かして見る。
「うん、誤字脱字も無いし、我ながら完璧!」
私は記事を抱きかかえ、部室を飛び出す。
行先はもちろん、一昨日初めて出会ったあの場所、1年D組の教室だ。
見せたらどんな反応をするのだろう、顔を赤くして怒るかな。
それとも顔を赤くしてやめてと言うのかな。逆に顔を青くして私にやめてと言うのかな。
教室の扉を引っ掴み、乱暴に開ける。
「古鉄君っ!!」
部活の朝練を終え、始業前の談笑をしていたクラスの目が一斉に私に降り注ぐ。
あの前髪に隠れて少ししか見えない黒い瞳、私が求めていた目は無かった。
「こてつ?誰か探してるんですか?」
近くにいた1年生が私に声をかける。私は古鉄君の出席について尋ねた。
しかしそんな生徒は1-Dはおろか、1年生には存在していなかったと返された。
「まさか……」
私は上履きのまま校舎を飛び出した。
歩いて5分もかからない場所に位置する古鉄君の家まで全力で走る。
『黒魔術で意識させないようにしてあるので……』
古鉄君の声を思い出し、意識を集中させ、足を止める。
あった。錆びついた古い門。「名屋」と辛うじて読める表札。どこからどう見ても廃墟にしか見えない家。立ち入り禁止の看板に草が生え荒れ放題の庭。
古ぼけたドアはあの時と同じように少しだけ開いている。
私は顔を入れ、名前を呼んだ。
「古鉄君……?」
私の声が暗闇に消え入る。
「本子さん?セトさん?」
ゾン子の名を呼ぶが、返事はない。
「……お邪魔します」
私はゆっくりと足を踏み入れた。黴臭い。
暗闇に目が慣れるまでは時間を要さなかったが、部屋の様子が昨日と全く違う。
昨日までは本子が掃除しているのか何処も彼処も埃ひとつ無く、ピカピカに磨かれていた。
しかし今は違う。既に20年は放置されていたかのように埃で絨毯が出来、天井からつるされているシャンデリアには蜘蛛の巣が張り巡らされている。
「古鉄君?」
私はもう一度声を出した。しかし返事はない。
ふと、一つの扉に目がいく。そこは初めてこの家に来た時に連れられた扉。
その扉に触れると、私の鼻に何かが薫った。
初めて感じる匂いだ。いつものネタの匂いではない。
「……この先ね」
独りつぶやくと、私は戸を開け、石造りの階段を駆け下りた。




