ファーストキス
兄は、芽生子に改めて
「お父さんに似てるね。」
と言った。芽生子は、お兄ちゃんは、似てない、と思ったけど、言うべきじゃない、と思って口をもごもごさせた。お兄ちゃんは、そんな芽生子を見て、何だか愉快そうだった。
兄の携帯が不意に鳴った。兄は、ちらり、と見て、すぐにしまった。芽生子は、彼女じゃないかな?と思った。兄は、
「母さんだ…」
と言った。取り繕っているようにも見えてしまった。
芽生子は、
「彼女かと思った…」
と独り言のように呟いてみた。
「そんなの、いないよ。」
兄は、子供に言い含めるように芽生子に言った。その言い方に何だか、甘えるような気持ちが起こった。
「お兄ちゃん。」
顔を見て言うと、兄は、うん?という表情をした。その顔つきが、また、とっても理知的で、少し愛嬌さえあって、芽生子は、顔を赤くした。
「お兄ちゃんは、絶対にもてるでしょう。だって、すごくかっこいいから…」
兄は、しばらく、芽生子の表情を窺うような目で見ていたが、急に、ははは…と、笑った。芽生子は、少し戸惑った。兄の笑い方は、不愉快なものではなかったけれど、なぜ笑っているのか、分からなかったから。
「父さんは、僕の母さんに一目惚れだったらしいよ…」
兄はひとしきり笑ってから言った。
芽生子は、混乱して、兄の顔をまた見た。兄が目で、父さんに似てる君が、母さんに似ている僕に惹かれるなんて滑稽だよな、と言っている気がした。
実際には、お兄ちゃんは、そんなことは言わずに、
「駅だ。じゃあ…」
と言っただけだった。芽生子は、兄の背中を見ていたが、
「待って…」
と言った。兄は振り返ったが、芽生子は、また、もごもごして何も言えなかった。兄は、しばらく待っていた。待っていたけど、言葉がないと分かると、にこっと笑った。その表情は、芽生子が初めて見るものだった。芽生子は、兄の顔が近付いて、唇に何か、一瞬ぶつかったのを感じた。
「じゃあね…」
兄は、何の説明もなく、駅へ歩いて行った。




