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後半

 第四章「戦争の親玉」


 一、


 よく聞け戦争の親玉よ

 お前の勝手な命令で

 若い命が泥の中で

 血にまみれて死ぬのだ


 ヤパン人民諸君!

 我々の血を吸い、

 肉を食らう戦争屋どもを

 決して許してはならない!


 真の自由を手にするため

 最後まで戦うのだ

 人を愛する心を忘れぬ

 若き戦士たちよ

 

 おい戦争の親玉どもよ

 安全地帯で命令だけする

 まずはお前らこそが

 まっさきに死ね!

 

 そうすれば俺は戦地へ行き

 お前らがちゃんと死んだかどうか

 転がして確かめてやるよ

 このボロ靴で蹴飛ばしてな! (「戦争の親玉」by ボブ・デンジャラス)





 趣味が人間狩りといっても、同じ魔女や魔道士とぶつかる可能性もないではない。そうなると決闘になってしまい、面倒なことになる。殺人魔女のジェノスは、ただ弱いものいじめして遊びたいだけで、対等な相手と戦いたいわけではないので、出来れば同業に会うことは避けたいところだった。しかし度外れた幸運のせいか、今までに魔法を使うような相手とぶつかったことは一度もない。また、そういう者のいる場所や空気に気づく嗅覚が並外れて高く、ここはヤバいと思ったらさっさと飛び去るので、間違って同類に手を出して喧嘩になる心配はほとんどなかった。いじめっ子が、自分より弱い子と、そうでないものを瞬時にかぎわける天才なのと同じである。

 もっともジェノスは、ヨーロッパじゅうで恐れられた凶悪魔女ミケーネの娘のうえに、権威ある大魔女ティロットンの弟子だったという化け物である。それほどの腕があれば、そのへんの魔女や魔法使いなど一ひねりだろうが、それでも相手の発してくる魔法に、いちいち気を使って対応するのは無駄な労力で、かったるいのであった。

 それに相手が自分より強いことだってありうる。ただ無力な者を自由にいたぶって楽しみたいだけなのに、強い相手にひどい目にあわされたのでは意味がない。趣味で、単なる遊びだったはずのスポーツや芸術活動が、いつしか必死になってしまい、誰かと争い、口論し、傷つけあう羽目になったときの、あの嫌さを思い出してみてほしい。えっ一緒にすんなって? 失礼しました。




 箒に乗って旅を続ける史上最悪の殺人魔女は、日の高いうららかな午後、漂う山々のかすみをかきわけ、ついにその国に到着した。

 ヤパン国は、その名前の響きにもかかわらず、ありがたいことに我々の住む日本とは全く関係なく(いくら近世の話とはいえ、ジェノスなんぞが自分の国に来たことがある、などと思うだけで、たちまちのうちに吐き気をもよおし、ジェノスのジェの字を見ただけでもう虫ずが走るほど嫌で、あまりの気持ち悪さに全身にジンマシンが起きて、白目むいてぶっ倒れるような、とても聡明な方々もあろう)、ただのよくあるヨーロッパ中世のたたずまいをそのまま残す、たとえばイタリアやスペインっぽい町並みの都市国家で、じっさい建築物もほとんどがレンガ造りだった。しかし油断は禁物である。周りを海に囲まれているからだ。なんと日本のような島国だったのである。

 だが安心して欲しい。列島ではなく、一個の島がでんと浮いており、国のあり方はどっちかっつーとイギリスに近い。良かったね美しい国。


 さて箒を降り、ヤパンのちょうど中央に位置する首都、ヤパパン(なにも考えてねえな)の散策を始めたジェノスは、すでに欧州のいくつかの国で大量殺人を起こして指名手配されているが、まだまだ顔を知られていない国はいくつもあり、ここもそうらしいので、気楽なものだった。

 なんですぐ人を殺さねえんだとっととやれ、と思うかもしれないが、別に義務ではないので、気が向かないと殺人はやらない(いまワープロを打ち違えて「やらないす」になって、感動した)。


「聞いたか? 殺人魔女の話」

「ああ、アランポランにも現れたってよ。百人は殺したそうだぜ」

 街角で噂話を耳にし、ほくそえむ。箒は縮めてポケットにしまってあるが、でかいトンガリ帽子と黒づくめルックで、外見は魔女まる出しである。しかし、まさか話題の当人だとわかるはずもない。ジェノス自身はほとんど会わないし会ってもシカトするが、ここいらで魔女や魔道士は珍しくない。それを考慮して、今は趣味を控えている面もある。

「しっかし、魔女がいまどき人を脅すかねえ」

 商人ぽい痩せ型の、安そうな背広を着た男がくわえタバコで苦笑し、隣の腕の太い、白Tシャツの労働者ふうの男も、しなびたような笑いを浮かべた。二人は人々が行き交う小さな交差点の隅、赤レンガのアパートの角で、突っ立ったまま話しこんでいる。どちらも若い。

「百年前と勘違いしてんじゃないか」と腕の太い男。「たまにいるからな、昔の話に感化されて変なことするのが」

「今はもうそんな時代じゃないのに、いつまでやってんだかな」

「骨董品みたいなオツムしてんじゃないかねえ」

 げらげら笑う二人の後ろを過ぎて、町外れのほうに向かう。明らかにバカにしていたが、なんとも思わなかった。ただ、勝手に自分らの価値観を押し付けるのはどうか、とは思った。


「もうそんな時代じゃない」と言われても、自分がそうなら仕方がない。ほかの魔女が人を殺そうが殺すまいが、自分には関係ない。自分はたんに殺したいからそうしてるだけだ。魔女が恐れられていた母親の時代に戻りたいとも思わなかった。むしろ人間どもが平和ボケしてる今のほうが、不意を突けて面白い。

 ジェノスの行動基準は、尊い人の命を無残に奪えるのが楽しいから、というサディズムだけでなく、やって面白いかどうか、という点も大きかった。反応がつまらないと思ったら直ちにほったらかして次へ行くので、それで命を取り留めた幸運な者も多数いる。




「知ってるか、またボブが捕まったってよ」

「そらあ、あそこまでお上を挑発しちゃあな」

「なんだって、ああも突っかかるのかねえ」

「育ちのせいだろ。毒親育ちと聞いたぜ。偉い奴はなんでもかんでも親に見えて反抗しちまうのさ」

「哀れだなぁ」


 今夜泊まると決めた宿の薄暗い廊下で聞こえてきた会話は、どうも聞いていると、あるミュージシャンのことを笑っているらしい。さっき自分が笑われたからでもないが、なにか気になって、壁際に立ってしばらく聞いた。すぐ先に102と書かれたドアがある。泊り客だろう。

 ざっと聞いたところでは、話題になっているボブ・デンジャラスというフォークシンガーは、彼らが言うように毒親育ちだからか、それともたんに心配性なのか知らないが、やたらに政府を批判する歌を絶叫で歌う過激な男らしい。しかしこのヤパンは五十年前の苦い敗戦以来、他国との戦争はおろか内戦も起きておらず、人々は平和を謳歌し、「首相なんて誰がなっても同じ」という若者の言葉がよく示すように、誰もが政治に関心を持たずに済んでいる。

 ただ景気は徐々に悪化しており、そっちを批判する歌をうたえば、もっと人気が出たろうが、このデンジャラスというシンガーは、なぜか頑固に反戦歌ばかりを歌って物笑いの種にされている。

 この国は新しい発明品である電気が通っておらず、ラジオもレコードもないので、歌手はもっぱら舞台かストリートで歌う。ボブは主に街角でギターをかき鳴らして、反戦・反権力のプロテストソングばかりをわめきちらし、うるさいと苦情がきて警官に引っ張られたり、護送馬車で留置場へ送られたりして、そればかりが目だって話題になった。反骨ミュージシャンのつもりが、歌よりむしろそういう「事件」で有名になってしまい、いまやその存在はほぼ色物であった。

 ちなみに敗戦後の反省により、ヤパン国軍の規模はずっと縮小されてきたが、今の首相がかなり好戦的で戦前回帰志向なのと、このところの不景気の不満そらしの意味もかねて、軍備が拡張され、軍事費が年々ふくれ上がっており、ボブの政府への反抗心と反戦魂はますます燃え盛るばかりであった。


 いま宿で話題になっているのも、「戦争の親玉」というかなり素敵な題名の歌を首相官邸の前で、何度追い立てられても戻ってきてガナりまくる、という「奇行」を五時間あまりもしつこく行ったため、ついに逮捕拘留されたというものだった。彼の言う「戦争の親玉」とは、戦争を決定し遂行する政府要人などの権力者を揶揄した呼び名である。

 だが、このような過激な芸術家が支持されるには、もっと景気がどん底まで落ちて、人民の不満が極限にまで達しなければ駄目だろう。革命も辞さないほどに、なりふり構わなくなった怒れる民衆の声を代弁できるのは、今のところ彼くらいだからだ。しかしこの平和ボケしたヤパン(結局、日本みたくなっちまってるな、おい)では、彼はどんなに真摯に戦おうが、お笑い扱いである。

 しかし何度投獄されようが、あざけりの的になろうが、この頑固な反逆のシンガーは一貫して、その権力への不信と、過度の戦闘的態度を変えることがなかった。明日の朝も独房で、決意のまなざしを燃やして朝日をおがむことだろう。





 これは同業にしてはおかしい、とジェノスは思った。翌日、街の路地裏で、そろそろ殺人でも一発かますかと思って手ごろないけにえを探していたところ、そいつに会った。ベージュの安そうな薄手のシャツとズボン、小柄な体にでかい頭に、癖の多いもしゃもしゃのボブ髪。垂れたでかい目はやや見開き、うっすら笑っているように見える唇といい、全体の雰囲気が、なにかヤバげである。

 だが、いま両側を高い塀にはさまれた薄暗い路地のどん突きに、やや足をひろげて仁王立ちしているそいつは、こっちがいくら杖を向けようが驚きもあせりもせず、ただ突っ立ったまま、なんの反応もしない。最初は、たんにそういう人形が置いてあるだけでは、と疑いさえしたが、見ていると急に首をかしげ、またまっすぐに戻ったので、それはなさそうだ。

 そもそも、なぜこいつに杖を向けたかといえば、両側は塀、向かいは壁の行き止まりで人目はないし――いや別にあってもいいけどぉ、しょっぱなから騒がれるとなんか興がそがれるっつーか――なので、一人目は静かにおごそかに風流に殺りたいんですわ。

 てなわけで、ほかに誰もいないしこれ幸い、どれ首でももぎ取ったろか、という軽い気持ちだった。なのに、相手の変な雰囲気で、ぶち壊しになった。ジェノスは少しムカついた。

(ちょいとお嬢さん、魔女が自分に魔法かけようとしてんだよ)(悲鳴あげんでもいいからさぁ、せめて、あせるくらいはしてちょうだいよ)(風情がないわね)

 ところが、急にはっとなった。

(あっ待てよ)(やべ、さてはこいつ――)(同業か?!)

 魔女同士の戦いは、かったるさを何よりも嫌うジェノスにとって、もっとも避けたいシチュエーションである。たんに雰囲気が変なだけで魔法関係じゃないかもしれないが、少しでもその疑いがある奴とは関わらないのが吉。実際、彼女の勘は当たることが多い。やべやべ、逃げよ。

 ところが、杖を下ろそうとした、そのときだった。相手の、いきなり雰囲気以外のものまでが数倍レベルで変になった。それは結果的に、杖を向けていて正解になってしまった。そいつの右手が、いきなり手首の中にすぽっと引っ込み、代わりに中からとんでもなくまがまがしいものが生えてきたのだ。音もなくするりと出てきたそれは、長さ一メートルをゆうに越える細長い刃だった。剣のようだが少し内にカーブしていて、日本の侍が持つ刀に似ている。それが全部で四、五本、右手首の中からそろって生えるように飛び出したので、いっけん野獣の長い爪の趣だ。それらは完全に出きったのか止まると、それら全てが根元からぐぐっと外向きに直角になるまで曲がり、全体が大きくひらいた、銀ピカのまがまがしい花びらのようになった。

 これだけなら、ただの曲芸で拍手すればいいのだが、これには信じられないような嫌な続きがあった。その巨大花びらが、ブウウゥゥーンという耳障りな機械音を立てて、なんと猛スピードで横にぐるぐる回転しだしたのである。


 やっと電気というエネルギーの利用価値が発見されたばかりで、まだ扇風機も船のスクリューもない時代である。まして回転刃など想像もつくまい。ジェノスの頭に浮かんだのは、回るかざぐるまや風車(ふうしゃ)の羽根である。だが風車はここまでぐるぐるしないので、やはり近いのはかざぐるまということになるが、これは一本が一メートルもあり、外にそれぞれ直角まで折れ曲がっているので、その二本分、つまり直径二メートル近くあることになる。この少女が腕を上げて振り上げ、斜めにかたむけて、やっと地につかないほどの、とんでもないでかさである。というか明らかにその花びらの直径のほうが、それを持っている少女の身長よりも長い。また刃が円を描いているせいで、女の子がバカでかいまっ平らな傘を、無理にやっとさしているようにも見える。

 これだけ異常な行動を取ってはいるものの、ジェノスはまだこれが人間でない、妖怪とか幽霊とかの、あやかしのたぐいであると断定はできなかった。魔法使いが手首の中に、この数本の刃を縮めて隠し持っていただけかもしれない。そんな技を使うには見た目が若すぎるが、いやわからんぞ。これで歳かもしれないし、もしもうかつに相手して、ベテランだったら、めんどくせえにもほどがある。

 野菜でも切るとかだったら、こんなジャイアントなソードはいらんやろ。つまり、これはどう見ても、目の前にいる奴――すなわち私――を、攻撃しようという腹なのだ。きっといま杖を向けたんで、「なんだ、やんのかコラァ」となったに違えねえ。


 などと思ったが、同時に、あくびが出そうなほどかったるくなった。いや別に戦いたいわけじゃないんすよ、遊びたかったんだよ、あんたを殺してさ。なのに、こうも強そうじゃ、あーた、激萎えですよ。どうしてくれんのさ。

 それで、弁解した。これはこれは魔女とは知らず、失礼いたしました。てっきり人間と思ったもんで。すんまそん、すぐ行きま――わっ、あぶねえええ!

 ジェノスがあせったのも無理はない。せっかく人が丁寧に謝っているのに、その垂れ目少女は話の途中で、いきなり回る刃をこっちへ向けて、ガーッと突進してきたのだ。そのままではでかすぎて地面に当たるので、少し刃を引っ込めて円を縮めている。臨機応変はいいが、人の謙虚さを無視して凶器を振るうのはいただけない。トカゲのごとく半ば這って右にしゅるっと逃げなければ、今ごろ薄切りハム数枚にされていただろう。

 カッときてくるりと向き直り、杖をあげる。

「てっ、てめえ、ふざけ――!」

 怒鳴りかけて、止まる。そいつと戦うことはなかった。そいつの目的はジェノスではなかった。刃を突き出したまま、疾風のごとく通りのほうへ駆け、塀の向こうへ見えなくなったとたん、男女混声の調子っぱずれの大合唱のような、すさまじい悲鳴が聞こえてきた。びゅるるるるという何かを切り刻む音、ガチャン、ドチャン、グチャンと物が割れ壊れる音がここまで響き、往来で恐ろしい惨事が起きているのは明白である。ジェノスはわくわくしながらのぞきに行った。


 果たして通りに出ると、そこは彼女の期待を上回る素晴らしい大残酷絵巻が展開されていた。おしゃれなゴシック風の赤レンガ造りの通りはさながら地獄の戦場と化し、元は人間だったものたちの引き裂かれた死体がそこらじゅうで山積されていた。ざっと五十人はいよう、老若男女大人子供、平民、兵士、そして上流階級とおぼしきものなど、その貴賎の区別なく、肉体をズタズタに切り裂かれ、無残に破れて血に染まる衣服の切れ端をまとうグロテスクな肉塊になり果てている。もがれた無数の手足がまっかな切り株をあちこちに向けて丸太のように転がり、どれも一様に鮮血でべったべたぬるぬる、上半身と下半身が泣き別れ、断ち切れた腹の底からぶよぶよの胃や心臓、腸などのやわい臓物が飛び出し、石畳にさながらクラゲの足のごとく四方に伸び広がっていたりする。その下、往来の地と石の路面は一面、血の海である。

 死体はほとんどみなバラバラで、どれも胴体や肩、腿の付け根などに、明らかに鋭利な刃物ですぱっと断ち切られた赤い切り口を見せて横たわっている。さっきあの変な少女が路地裏から飛び出し、そのすぐあと上がった嵐のような叫びからして、奴がさっき手首から出したあの異様な回転刃を使い、この哀れで不運な人たちを、瞬時に血祭りにしたことは間違いない。


 そして、積まれたいくつもの死体塚のまんなかに、その変な少女がいた。突っ立ったまま顔をあげ、誰もが見てぎょっとするような、ある異常行動を取っていた。もぎ取った首を右手で高らかにかかげ、その根元から流れ出るまっかな血流を、大口をあけてごくごくと飲んでいるのである。血に濡れそぼる髪がべったりと頬にひりつき、ぎょろ目を死にざまの恐怖にかっと見開いて、オー字の口からいまだ声なき断末魔をあげ続けるその生首の頭をぐっとつかみ、内部の液をぎゅいぎゅいしぼり出してラッパ飲みする様は、そのなんの表情もなく、ただ虚無的にまっ黒な瞳のせいで、不気味な変質者の恍惚にも見えた。

 だがジェノスには、これらが、このうえなくおもろいビジュアルで、まあ当たり前だが、そんなのは初めて見るし、しかしこいつがいったいなんなのか、どこから来てなぜこんなことをしているのか、全てがいまだ謎だから、ますます興味深く眺めることになった。が、いかんせんやってることが虐殺なので近づくわけにはいかず、やや遠巻きである。危険動物の観察である。

 ところが、ひょんなことから、相手のほぼ全てを短時間で知ることになった。


「おっと」

 ジェノスはややしりぞいた。奴がしぼりつくしたのか生首を放り、いきなりこっちにくるっと向き直ったからだ。人のことは言えないが、人を殺したあげく血を飲むような危ない奴だ。今度はこっちに来るはず。

 ところが来ない。そして杖を出そうとしてやめたとき、奴の頭のへんに、あるものを感じた。

 驚いた。脳のあるあたりに渦巻く、小さくもやもやしたもの。一般人には見えないが、魔女クラスなら感じ取れるもの。

 これは――

 想念ではないか。



 人の心を読む「読唇術」ならぬ「読心術」は、魔法としてはとんでもなく高度で、たとえばジェノスの師匠のティロットン先生でも使えないほどの超絶技能である。人心を読む妖怪などもいるが、そういうのは、まるでその代わりの対価として神に取られたかのごとく、知能が著しく低かったり、存在が薄くてダメなモニターの映像のようにちらちら消えかかっていたり、メタクソに弱くて子供にも鼻息で負けるとか、なんらかの大きな代償を払っていることが多い。

 それほどに人の胸のうち、考えていることを読み取るという行為は半端なく難しい。人の精神と言うものが複雑怪奇でつかみどころがなく、そのメカニズムはいまだにほとんど解明されていないほどだから、まして近世の科学では不可能に近かった。かつて嘘発見器という機械があったが、相手の鼓動の早さや表情から、「今あせっているから、きっと隠し事がある、嘘をついているに違いない」などと判断する程度の、あいまいで不確実で当てにならない代物にすぎず、冤罪が多発するだけで、はっきりいって使えなかった。

 実は科学のみならず魔法の世界でもそうで、催眠術で人を操ることは出来ても、いま何を考えているのかを正確に知るのはとてつもなく難しく、いっそ表情から判断したほうが早いくらいである。最高位の魔術師の数名がそれを出来るといわれているが、それが誰かははっきりとはわかっていないし、作者もまだ考えていないので不明である。そんなわけで、読心の魔法というものはオカルト界隈では「触れるのもアホらしいほどに不可能なナンセンス」とされ、ただの冗談、あるいはタブーに近い扱いであった。

 それでも前向きなジェノスさんは、弟子時代に暇を見つけては、なんとか人の心が読めないかといろいろ調べて研究した。べつに向上心があったわけではない。相手の思っていることを見抜ければそのぶん殺しやすくなるし、逃れようとする相手の思惑を、神のごとく全て先回りできるから、いじめがいがあって面白そうだからだ。まさに人間のクズである。快楽至上主義のジェノスの、その行為の全ては、この神も死にたくなるであろう、無差別殺人という最低のいかがわしい娯楽に直結していた。

 もちろん魔法界の最高峰が出来ないことを、こんなクソガキにやれるはずもなく、動物のメンタルを知るくらいが関の山だった。しかし猫や牛は何も考えていないから、せいぜい「腹減った」とか「暑い」「寒い」「敵、逃げろ」みたいな単純きわまる感情もどきが伝わる程度で、それを知ったところで、ほぼ意味がなかった。たとえばトンカツが食いたいなら、すぐ殺して料理すればいいわけで、豚の思うところを知る必要は皆無である。

 で、そういうときには、対象である動物の頭のところに、前述の見えないもやの渦が発生する。これは魔法でその動物のメンタルが抽出されたことを意味し、このもやが、それをこっちの脳に送る中継地点となる。かくして牛なら牛の「腹減った」などがこちらの頭に送信され、彼のその不毛などうでもいい欲求を知ることが出来るわけである。そのもやが、なんと今、この殺人吸血少女の頭に現れたのだ。


(な、なんだ?! こいつ、動物か?!)(それとも、人のくせに動物並みの脳しか持ってないのか?)

 疑問符が頭に充満したとき、それをぬって何かの塊がジェノスの思考に飛び込んできた。それは真冬の石壁のように冷たく、思わず背筋がぞくっとしたほどだ。

 ――動物ではない。私は機械だ。

(機械?!)

 抑揚のない単調な声が脳内で響き、思わず目を丸くして思った。すると、相手はなんとそれに答えたのだ。同じく冷え切った無感情な女の声で。

 ――そうだ。私はブラッド一号。ロボットと呼ばれる人造の機械人形である。


 二、


 機械人形なるものが存在するという噂はジェノスも聞いていたが、調べると、そのほとんどが眉唾ものだった。たとえば東方の話だが、人に代わってチェスをさす人形なるものがあるという。これはチェスを置いた箱の向こうに人形がいて、こちらに座って勝負する人の対戦相手をする。人形は機械仕掛けで、頭に高度な計算機械(今で言う電子頭脳、コンピューターのようなもの)を備え、自分で判断してチェスの駒を動かす。とんでもなく強く、百戦錬磨のプロでも負かされたとされるが、製作者は企業秘密と称して、箱の中身を決して明かさなかった。だがある月のない晩、報酬目当てのスパイが置き場に乗り込んで箱をあけたところ、機械がぎっしり詰まっているはずの中にはなにもなくからっぽで、ただ上から人形の腕を動かすひもだけが下がり、腹にのぞき穴があってチェス盤が見えるようになっていた。ここに小人が入って、人形を操作していたのである。

 このように高度な人型の機械と銘打つものは、どれもインチキでお話にならない詐欺の手口でしかないが、たまに本当に機械で動いているかのように見えるものもある。そんなときは、たいてい後ろの物陰に雇われの魔女か魔道士が隠れ、魔法で機械を動かしている。魔法協会が調べればすぐバレる。

 人間そっくりの外見のみならず、その動きまで再現、ましてそれが単純でなく、ランダムかつ機械自身で判断までするほどの高度な科学力は、現代においてもいまだ存在しないのに、ようやく電気が使われるようになったこの時代に、あるはずもない。機械人形は今のところ、詐欺師による一時の小金稼ぎの手段でしかない。

 ところがこいつは今、自らが自分をそれだと名乗ったのである。


 こいつの言った「ロボット」なる名称は初音――じゃない、初耳だった。間違いついでに言うと、このロボットの声は今のボカロのピラピラしたいかにも機械的なあれどころではない、れっきとした大人の女の声質であり、ただ非常に単調で冷たく、映画でたとえるなら「2001年宇宙の旅旅――じゃねえ、旅」のコンピューター、ハル9000の、あの押し黙る寸前を静かに切り取って間隔を持ってつないだかのような、無感情きわまる機械声の、女版だった。つまり一聴して機械とは気づかない、人声の高度な再現であり、このやっと自動車が発明された時代にはありえない奇跡といえる。西暦2021年現在にだって、ここまでリアルなものはない。ナショジオの番組「古代の宇宙人」は、これを調査する必要があるだろう。


 最初は人間が成りすましたインチキとも思ったが、このきゃしゃで小柄な外見で、この惨状を引き起こした事実からして――虐殺の場面を実際に見ていないにせよ――、とてもそれはない。まわりに魔女のたぐいのいる気配も感じない。

 しかし、それでも、やはりおいそれとは信じられなかった。ここまで生きた人のように動く精巧なヒトガタ機械を、果たして作れるものだろうか。だからって「やっぱり宇宙人が手助けしたのでは……」とかは思わなかった。近世にはUFOは目撃されていない。空にそれっぽいものを見ても、人々は神の降臨か心霊現象としか思わなかった。


 問題は、普通は動物しか読み取れないはずの、相手の頭の中の思考が、なぜ今聞こえてきたかということだが、機械の頭脳は構造が人よりも稚拙で動物並みだから、という結論で決着した。また、その気もないのになぜ聞こえたかだが、おそらくさっきからこいつのしていることに大いに疑問があったため、見ているうちに、無意識に脳内を覗いてしまったのだろう。相手が複雑な精神構造を持つ人間ならこういうことは起きないが、こいつは機械だからわかったのだ。つまり、こいつは本当にインチキでもなんでもない、生粋の、本物の機械で出来た人形、ということになる。

 その奇跡の発明品は、驚きたたずむ魔女の脳内に、その冷え切った硬質の女声で、ゆっくりと話しかけ続けた。それを聞き、ますます目をぱちくりして驚いた。


 ――私はブラッド一号。ロボットと呼ばれる人造の機械人形である。

 ――そう身構えずともよい。今は血が満杯なので、人を襲う必要はない。だが少しでも減ると、このソードを回転させてあなたを切り裂き、そのあたたかな血をいただくだろう。あと数分だ。

(え、ええと、すると、あんた人間じゃないわけね?)

 ――そうだ。あなたは魔女だが人だろう、こちらのボディがあなたの体温を察している。これと目視により、相手が人間と識別するや、この体が飛び出して八つ裂きにし、その血を飲む。先ほどは、あなたの向こうの通りに無数の人間の姿を認めたので、無視して、そちらに直行したのだ。

(ふうん。あんた血を飲んでたけど、吸血鬼みたいなもんなの?)

 ――文献で見たが、あれとは少し違う。あれは吸血コウモリと同じで血を糧にしているが、私は人の血が燃料なので、たんに動くために飲んでいる。満タンになったら休み、減ったらまた人を探して殺し、血を飲む。その繰り返しだ。

(人の血が燃料……)


 絶句したが、同時に感動もした。なんちゅうエグいもん作る奴だ。人間の生き血で動く機械とは。まるっきり殺人のためだけのもんじゃん。これは妙に親近感すら覚える。また、短時間にこれほどの殺りくをこなす奴である。いったいその目的は? そもそも、作ったの誰やねん……などなど、これはおもろいもん好きのジェノスには、大変に興味を引く題材である。

 だがそのとき、ふと思った。

 いったい、血なんか飲んで楽しいのか。


(ええと、血って、うまいもんなの?)

 ――私に舌はなく、味覚もない。声帯もなく、喉から音は出ないので、口もきかない。今はあなたが電子頭脳から思考を読み取っているので、こうして答えている。私には思考力はあるが感情はなく、痛みもない。体は鋼鉄製で爆弾でも壊れず、私を止めることは誰にも出来ない。いつか老朽化して壊れるまで、人を殺して血を飲み続ける。それが私の仕事である。


 えっ、ちょっと待て。とドン引くジェノス。


(じゃ、じゃあ、あんたは、人を殺して、満タンのときだけ今みたいに口から血ぃたらしてそのへんをうろうろして、血が減ったら、また人殺して血ぃ飲んで――ってのを、ぶっ壊れるまで、ただ延々繰り返すだけなの?)

 ――そうだ。そのように作られている。

(……)


 急激に嫌な気持ちになった。ついさっきは感動すらしたというのに、今のを聞いたとたんに、こいつが馬糞や猛毒よりも、はるかにひどい最低の汚物のように見えてきた。

 どういう事情でこんなふうに作られたのかは知らないが、楽しさも喜びも、おもろさもなにもなく、ただ義務でひたすら殺人に従事し続けて、用なしになったら廃棄で終わりとは。なんと、むなしくて気味の悪い人生だろう。いや機械だからこれでよくて、たとえばカバンは使えなくなるまで酷使されて、最後は捨てられてかまわないのだが、それは心がないからだ。しかしこれは無感情といっても、形は人そのものだし、人のようにものを考えたりしゃべったり(これは私あて限定のようだけれども)する。だから、ようはこれは「人のふりが上手い」化け物なのだ。人形の気味悪さと同じ。死んでいるのに目をきらきらさせて、さも生きているふりをする。幽霊やゾンビのキモさ。

 しかも、こいつは仕事が殺人だと。生きがいもなにもなく、その体の尽きるまで、ただひたすら人を殺して歩くだけなんて、まるで地獄の罪人である。機械だから当たり前だが、本人がその空しさ、おぞましさをまるで感じておらず、気にもせずに従事しているのが、また嫌だった。ようは、こいつはバイ菌と同じなのだ。自分が死滅しようが気にするようなオツムもないのだ。

 そりゃ自分だって、死ぬのは怖くない。でもそれは、すき放題に生きていて人生に未練がないからだ。こいつは好きも糞もなく、ただ人を殺す。それで平気だ。自分も、はたからはそう見えるだろうが、ちがう。殺される人たちの、あの恐怖におののき、苦しむ顔を見るのが楽しいからやるのだ。あの脳に甘い蜜があふれるような気持ちよさ、猛烈な快感はこたえられない。思い出すだけでもう、顔がニヤけてくる。

 そうだ、私はずっと殺人に恋してきた。そして、これからも、きっとそうだ。


 だが待てよ、とストップする。本当に楽しんでるか? 義務になってやしないか。趣味、娯楽のはずが、実はただの中毒で、したくもないのに繰り返してやしないか。

 確かに、普通なら人を殺さないほうが気楽に生きていける。この生き方は、たまにしんどいのも事実だ。でも権力から逃げるのは、とてもスリリングでおもろい。殺人やって楽しんで、保安に追われて楽しんで。気力体力がなければ絶対に出来ないことだ。だから強くなった。魔女になったのは、怪我や病気を自分ですぐ治せるためだ。好きなように生きるには、魔法を使えることが大前提だった。王族のように優雅に生きるため。人を虫けらのように殺すためだけでなく。

 大人、子供、老人。その幸せを踏みにじり、奪い、絶望に泣く哀れな姿を堪能する喜び。義務じゃないよな、ちがうよな。ただの仕事になんか成り下がってないよな。こいつみたいに――。

 改めて見れば、この殺人ロボットの顔の、なんとみすぼらしいことよ。あきっぱなしの口からだらだら血がだらしなくゲロみたいに喉の下まで垂れて、ベージュのシャツもズボンも黒ずんだ血にべったり染まり、ぱっと見、犠牲者と変わらない。肩まであるぼさぼさの癖毛だらけの髪もべとべとの血染めで、その先から血の玉が糸をひいてしたたり、瞳孔もないまっ黒な目のボケっぷりは、何も考えていない薄らバカそのもの。自分だって返り血は浴びるが、すぐ魔法できれいにするから、おしゃれなもんだ。なのに、なによこのダサさ。こいつ本当に、ただのヒトガタをした道具でしかない糞だ。こいつには何もない。自分もなく、ただ仕事のためだけの存在で終わる。いないも同然の透明野郎のくせに、その面下げて無数の命を奪いまくる。あーきめえ。天災か。神さま気取りかよ。

 が、こいつを見てると、やっぱり、嫌でも思い出すものがある。自分だ。


 ジェノスは、自分が骨の芯から否定されたように思い、見る見る顔がくもった。この冷淡な機械人形に、すさまじい近親憎悪を感じた。お前もこんなだぜ、とそっと耳元でささやかれた気がした。こんなに不快なのは、かつて腐乱先生の家で奴が踏みにじった夕食を食わされたとき以来である。こんな奴にはこれ以上関わらないに限る。第一、健康に悪い。すぐ行こう。

 が、なぜか足が根を張ったように動けない。自分の最悪におぞましいバージョンに会ったことは、けっこうショックだったのかもしれない。

 大量殺人鬼で、底辺どころか地球の中心以下の最低最悪のゴミカスのクソ魔女であるジェノスは、彼女よりひどい人間というものに出会ったことがなかった。今、まさにそれが起きている。相手が機械といっても、世間的にはジェノスだってもはや人間ではないから、似たようなものだ。今ここで、この死体だらけのまっかな地獄絵のどまんなかで、二つの「人のふりが上手い」化け物が、ひょっこり対峙したわけである。




 ――私は、ここから北へすぐ二丁目先にある、赤レンガのボロ屋で作られた。元は鍛冶屋だった家を改造した研究所だった。


 聞かれてもいないのに、ロボットは自分の話を始めた。


 ――工学者の博士は幼児期から母親に虐待されて育ち、世界を見返すべく理系の大学で研究員になった。私の企画を軍に持ち込んだが却下され、十年かけて独自に私を作った。

(また毒親育ちかよ。いったい世の中にどんだけいるんだ)

 ――数えていないから知らない。

(いちいち答えんな)

 ――博士は当初は本当に軍事用として私を企画したのだが、資金が足りず生活苦になった。それでも死ぬ気で研究を続けるうち、次第に自暴自棄になり、人類への純粋な復讐として私を製作する方針へ変わった。

 完成したのはつい昨日のことだ。すでに高齢だった博士は私に言った。

「ブラッド一号よ、私は私の理想としてお前を作った。お前のようになることが私の夢だった。私を排除し、虐げたこのにっくき人類という名の、冷血で貪欲でムカつく害虫どもを、この世から跡形もなく抹殺し、世界を浄化するために、こうしてお前を作ったのだ。

 ブラッド一号、お前の目的は、ただ存在することだ。お前はただいるだけで、無数の人間が死ぬことになる。お前の存在イコール人類の死なのだ。存在せよブラッド一号。殺せ、人間を。お前は人間の敵だが、人間なぞお前の敵ではない」

(うまいこと言ったつもりか)

 ――おそらく、つもりはなかったろう。

(だから、いちいち――)

 ――続きだが、「さあ行けブラッド一号、人間どもの血をすすってこい! 八つ裂きにしろ! お前のその無敵の回転ソードで、奴らをぐぎえあぎゅえあほぎゃぎゃぐゅえぎぎゃはあああああ!!!」

(な、なんだ、どうした、故障か?!)

 ――博士はうっかり時間を忘れたため、しゃべっている最中に血が減った私に殺された。最後のは博士の悲鳴だ。十五分前のことだ。

(十五分って、今そいつを殺して家から出てきたとこなのか?!)

 ――そうだ。今も研究所の床に、彼の死体が転がっている。殺してしばらくはそこにいたが、また血が減ったので外に出た。うろついてそこまで来たら、魔女、あなたに出くわした。

(あーそー)


 さっきから憂鬱だったが、輪をかけてうんざりした。親への恨みが高じて人を殺す? つまんね。いかにもよくある犯罪者のパターンだ。殺人は楽しくやんなきゃダメだろう。

 人を殺す奴って、みんなこう。悪意だの憎悪だの、そんなつまんねえ陰気な気持ちで、よく人殺しなんかできるもんだと感心する。どいつも暗くうじうじしやがって、そんなふうに殺るなんて、殺人への冒涜だ。

 人殺しは明るく愉快に、わくわくしながら、にこにこやるもんだ。親の愛情が足りないからって、そこから殺人につながるのがわからない。関係なくないか? 親にやられたことは、親に返せばいいじゃんよ。まだ子供で無理ってんなら、大人になって親が歳食って弱まってからやればいい。なんだって無関係な人に手ぇ出すかな。楽しんでるならいいよ。ムカつきながら復讐とか、精神衛生上よくないだろ。そういう負の感情の解放は最低限度で済ませて、人生楽しまなきゃ。短い人生、好きなように生きなきゃ損だよ。恨みなんかで貴重な時間を費やしたら、ただのバカじゃん。

 ジェノスはそう思い、自分を愛情いっぱいに育ててくれた両親に、改めて感謝した。


「あ、えーとブラッドさんだっけ」

 身を引き、口に出して言った。

 ――ブラッド一号だ。

「一号さん、もう血が減るっしょ。私は行くから。ほんじゃ、お元気で」

 相手がすっ飛んでくる可能性があるので、杖を出してかまえながらしりぞいた。来たらふっ飛ばせばいい、簡単だ。魔女なめんな。

 ところが、その魔女であることが、かえって災いしてしまった。第二章と同じパターンですまないが、前方ばかり見て後ろに気を使わなかったところへ、いきなり背に激しい電気ショックを受け、気を失った。


 三、


 気づけば目の前に、どっかで見たような顔が、どっかで見たような体についていた。そいつはこの国では男によくあるブラウンの迷彩ズボンとジャケットを着た痩せ型の若い男で、細い眉と唇を吊り上げたかなりのドヤ顔で彼女を見つめている。双方、小さなボロ机をはさんで向かい合い、椅子に座っている。屋内の一室なのはわかるが、なんせ明かりが卓上のランプのみで部屋が暗く、周りの様子がわからない。が、とりあえず部屋には、自分のほかにこの男しかいないようだとわかった。


「ふっふっふ、殺人魔女ジェノス。俺の顔、よもや忘れたとは言わせんぞ」

 せっかく男がドヤドヤしく言ったのに、まるでピンとこないジェノス。

「えーと……誰だっけ?」

「アランポラン公国・元ラミー隊長、ビジョップだ!」と怒るビジョップさん。

「専門用語だらけで、なんもわかんない。オタクくさいと一般受けしないよ? ただでさえ酷い設定でオタクどん引きなのに」

「では説明してやる」と腕組み。「アランポランは国名、ラミーはマジカラミーの略で魔法使い専門の保安隊。そして俺は、その隊長だったビジョップというものだ」

「ふうん。美女が屁えこいたような名前だな」

「うるせえ! 日本語と英語メチャクチャじゃねえか! まあいい」と、一度は作者批判をしても優しいので寛大に済ましてから、改めてバカを指さす。「凶悪犯ジェノス、わが国で合計百二十五人もの人命を無残に奪った罪、今こそ償ってもらうぞ」

「なんだ、あの保安隊の奴か」と、なんとなく思い出すが、どうでもいいことなので、あくまでなんとなくでしかない。「ここ外国だから関係ないっしょ。バカ?」

「黙れ!」とバカを怒鳴る。「俺が勝手に復讐にきたんだから、いいんだよ!」

「なにあんた、遺族?」

「う――うるさいっ」


 あまり言いたくない理由なのでお茶をにごし、本題に入る。

「いいか、よく聞け。このたびヤパンでは、あらゆる魔法使いに対する追放令が出た。三十分前のことだ」

「急すぎなんだけど」

「カベチン・ゾー首相は念願のヤパン新規軍を設立した。徴兵制も敷かれる予定だ。さらなる軍備強化のために、あらゆるオカルト関係者は邪魔になるという判断により、国外追放の辞令が出たのだ。むろん魔女も含まれる」

 これにはジェノスもあきれた。

「邪魔って……。魔法も使えば軍はむしろ強くなるだろうに。利用しろよなぁ。あったまわりー」

「このヤパンは昔から科学を信望し、オカルトをしりぞける傾向があるのだ。それに政府としては、魔法といういかがわしいものを管理することは、人件費もかさむし、わずらわしいことこのうえない。まあ、そういう判断だな」

 ジェノスはこの国についてはよく知らなかったが、とりあえず、かなりのアホなのはわかった。

「そんなわけで、」と続けるビジョップ。「いま各地で追放が行われているが、魔法使いを逮捕する際、大人しく従うとは限らない。魔法で逃げられるかもしれない。そこで、このような電気ショック棒を使い、背後から気絶させて、ボートに乗せて海に流している」あぶねえな、おい。でも相手は魔法使いだから、溺れたら目が覚めて自分でなんとか出来るし、いいかべつに。

 話の終わりに、男は懐中電灯に似た黒く短い棒を出した。先端に金属の突起があり、そこに電気が流れて、触れた者はショックで気を失うというアイテムだ。現在のスタンガンと同じである。

「そうか、それでさっき――あ、そういや」と思いついて指さす。「あんたも魔道士じゃん。自分にその棒あてて寝ろよ、私はここ出るから。つうか追放されなくても出てくよ、こんな国」

「誰が寝るかっ。てか、俺は魔道士であることを秘密にして、このヤパン近衛隊に潜入したのだ。お前がヤパンに入ったとの情報を得てな。復讐しに来たと言ったろ」

「あっほらしー」と肩をすくめる。「とにかくこんな変なとこからは、さっさとオサラバ――あれ、なんだこれ?」

 ふと自分の両手首にある銀の腕輪に気づき、けげんな顔になる。男はドヤ顔になる。

「オサラバしたければ、してみろ。ただし、俺を倒してからだ。まあ三流魔女のキサマには無理だろうが」

「なろう」

 異世界転生ライトノベル専門の超巨大小説投稿サイトの名前ではなく、「こんにゃろう」の略である。こちとら極悪魔女の娘兼腐乱先生の弟子だぞ、なめんな! とばかりに右掌を突き出して吹っ飛ばそうとしたが、なんと相手の前髪がそよいだだけで、涼しい顔である。

「あ、あれっ?」

「無駄だ。その腕輪はヤパン科学の粋を集めて作った新発明『減魔リング』だ。それをつけると魔力が十分の一以下に落ちる。今のお前は見習い初日より弱い」

「かーっ、えぐいことしてくれるなぁ」と、嫌そうに自分の左右の手首を見る。

「それの作者だがな」と指さす。「ある最悪の殺人マシンを作ったのと同じ博士だ」

「あっ、そういや、あの吸血人形はどうなった?!」

「ブラッド一号は、あのあと近衛隊が捕獲した。奴の血が尽きるまで、ひたすら逃げ回る作戦が功を奏してな」

「なんだ、意外とちょろいな」


 事情がだいたい飲み込めたジェノスは、改まるように、やや身を乗り出して聞いた。

「で、私をどうすんの? 復讐するなら、ちゃっちゃとやっちゃって。ゆっくり死ぬの、かったるいからさぁ」

「キサマは殺すが、べつに俺の私怨じゃない」

「はあ?」

 いぶかるジェノスの前に、今度はビジョップが身を乗り出し、不気味に笑って続ける。

「気絶させたキサマを海へ流さずに、なぜここへつれてきたと思う? 殺人魔女の噂は政府には届いていた。近衛から報せを受けたカベチン首相は、ある素晴らしいアイディアを思いついたのだ。

 史上最悪の殺人魔女と、史上最低の殺人ロボットの二つが今、政府の手のうちにある。そこで、こいつらを戦わせて見世物にすれば、国民から莫大な見物料が得られよう。今ヤパンの経済はじり貧だが、これで最高の経済効果を生むはずだ……という、もくろみさ」


 あまりのアホらしさに目が点になるジェノス。つまり、あのブラちゃんと私に決闘をさせ、国民から金とって儲けようってか。とても政府のすることじゃねえ。ヤクザだろ。

「ほらよく聞け、さっきからやけに騒がしいだろ?」

 言って耳をすます男。ジェノスも見回す。確かに外がざわついていることが気になってはいた。

「これから始まるヤパン史上最大のショウに集まった、何千もの民衆の歓声だ。ここはヤパン最大の屋内競技場、ヨヨ小浜アリリーナの地下だ(別に横浜アリーナに他意があるわけではない。作者が昔AC/DCのライブをそこで観たっきりで、でかいドームやスタジアムといったら、そこしか知らないからである)」


 ビジョップが立ち上がると、ちょうど脇のドアがあいて「時間です」と声がした。それを聞き、ご満悦な顔で目の前のイケニエを眺め、口上のように言った。

「さあ、それじゃショウに出てもらおうか。超極悪魔女対、殺人機械人形の世紀の対決だ! バラされて血を飲まれてこい!」

「あのさあ」

 急にジェノスは不満げに言った。

「私ここじゃまだ何もやってないから、客はむしろ、こっちを応援しちゃうんじゃないの?」とニヤける。「すぐ負けちゃったらまずいよ。ここは私も対等に戦えるようにしとかなきゃ、国民が不満になって暴動になるかもよ」

「その手に乗るか。大丈夫だ、ブラッド一号に与える血はギリギリで、五分でなくなるようにする。お前を殺して、さあ血を飲もうとしたときに、ちょうどストップする計算だ」

「五分で終わり? うわ、つまんねえショウ。国民、怒るだろ」

「いいんだよ、ヤパン国民は世界一大人しく従順だ。今までだって、かなりの暴政を敷いてきたが耐えてくれた。今回もすぐ帰るさ。逆らったら軍が排除する。国民のためのイベントなんざ、ポーズだけでいいんだよ。重要なのは金さ。国としては金が集まりゃ、それでいいんだ」

「は~ん、そうすると」

 腕組みして眉間にしわを寄せる殺人魔女。

「私は五分間殺されなきゃ、とりあえずその場は助かるわけね」

「そのあと、俺が殺すけどな」

「魔女は追放じゃないのかよ。あ、あんた私を恨んでたんだっけ。あんなことでネチネチ恨むなんて、小さい男だねえ」と、あきれる。アランポランで自分が大人しく捕まらなかったことを逆恨みしていると解釈していたが、本当の理由は別にあった。が、男はやはり黙っていた。


「とにかく、さっさと立て! 試合だぞ、ジェノス選手!」

「へえへえ」

 生返事で立ち上がる。こいつはあくまで私を殺す気でいるが、目下のところは試合でブラちゃんから逃げ切ればいい。その先は、それから考える。なあに、こんな奴一匹、あとでどうとでもなる。

 男に続いて部屋を出て、前後を兵士にはさまれて廊下を歩きながらも、ジェノスの心は静かに躍っていた。殺人機械と試合だと。おもろい。こんなおもろいこと、めったにないぞ。

 進むにつれ、大きくなってゆく歓声を聞きながら、少女の顔は激しくニヤついてきた。

(私は世界一ラッキーでハッピーな女)(なにが起きても、絶対にうまくいく)

 隙間から朝日のような光が漏れている、でかい扉に着いた。向こうで客の怒号が渦巻いている。試合会場の入り口だ。


 前の兵士が扉をギイイとあけた。まばゆい光と人の叫びが洪水になって押し寄せると、殺人魔女はビジョップのドヤを食うほどのドヤドヤ笑いを浮かべた。

(見てろポンコツ人形)(この血は、ビタ一滴もやらねえ!)


 四、


 ホールはすさまじく巨大で、首都ヤパパンにこんなとこがあったのかと驚いたが、よそかもしれない。入るなり周りに大挙するおびただしい群衆の怒号がちん入者たちになだれ込み、しかしそれでも抑えられているわけで、実際は直下型地震か工事現場かという破壊的騒音が渦巻いているはずだった。ドアから入ったジェノスたちは、四方を分厚いガラスに囲まれた通路を通っていたのである。

 中央のリングに着くと、ビジョップはジェノスだけを押し込んで「グッドラック」と皮肉に笑い、扉をしめて去った。「ちっ」と周りを見渡せば、観衆がぐるりと全方位に座ってひしめき、天井の薄明かりでずらりと並ぶ白い顔が照らされ、席は遠くなるほど上になる階段状だとわかった。古代ローマのコロシアムから現在のドームに至るまで、なんら変わらぬ大型会場であるが、この場合、観客の興奮が半端なかった。なんせ同胞を何十人も惨殺した殺人マシンの処刑である。もっとも処刑されるのはどう考えても魔女のほうだが、これだけ荒々しく騒ぐ連中が、自分なんぞが殺されただけで終わって、本当に怒り出さないのかと、ジェノスはいぶかった。ちなみに彼らの叫びは主に「殺せー!」「やっちまえー!」だったが、魔女に対して特に思うところはないようだ。

 通路と同じく、このリングも周囲をガラスが覆っている。これだけの数の群集の怒鳴りがくぐもって聞こえるほどだから、よほど分厚いのだろう。確かに、あの殺人ロボに割られたらえらいことになるわけだから、対策は万全てとこか。


 足元はマットで踏むと弾力がある。きっとふだんは格闘技なんかやってんだろうな、と思ったとき、シルクハットとタキシードで決めた軽薄そうな長身の男がガラスの外に現れ、マイクに向かって叫びだした。そのハイテンションな声としゃべりに、ノリノリな言い草は、まさにエンタメ司会者だった。

「ヘイヘイーイ、集まってくれたクレージーな奴らー! いよいよ対決のときがきたぜえー! 今夜は、あのにっくき殺人人形の解体ショウだああ! おーっとその前に、お前らのためにスペシャルゲストを呼んであるぜええー! 数十カ国をまたにかけ、罪もない国民を殺しに殺してきた、あの悪名高き大量殺人魔女、ジェノスさんだああー!!」

 ご紹介にあずかるや、一同「おおおーっ!!」と歓声をあげた。こういうのも悪くないなと思い、調子に乗って、でかいとんがり帽を取ってまわりに会釈していると、向かいのドアから何かが放り込まれて、すぐ閉まった。その人の形はうつ伏せに倒れていたが、腕を動かしてじりじりと起き上がり、こっちを見た。瞳孔のない真っ黒な目。癖毛だらけのボブヘアー、洗っていないのか、小柄な体には黒ずんだ血の塊が、胸といい足といいべたべた残っていて、見た目がまがまがしいことこのうえない。横一文字にとじた唇から顎まで血がしたたっているので、きっと向こうにいたスタッフの連中がこいつの口に血を流し込み、あわててここへ放り込んで逃げたんだろう。そいつが起きるや、ブーイングの嵐になった。さらにハイテンションで叫ぶ司会者。

「いよおお、クレージーどもおお! ついに、史上最悪最低の人殺しマシン、ブラッド一号さんのご登場だああー! お前らああー! こいつをぶっ壊したいかああー! この殺人機械に死んでほしいかああー!」

 彼のあおりに、群集は理性のかけらもなく「おおおー!」とうなりと絶叫で答え、誰も座っている者はない。そして「殺せー!」「殺せー!」の大合唱である。相手は機械なのでちと変だが、「壊せ」じゃつまんないから仕方なかろう。それほどに客の憎悪と怒りは爆発寸前だった。よほど生活が苦しいのか、この一体の少女ロボットに、日ごろのたまりにたまった不満を全て叩きつけてスカッとしたい、という荒んだ願望で一丸となっているようだ。


 どう見ても自分がヒーローであっちが悪役だから、いちおう気分はよかったが、喜んでもいられない。立ち上がり仁王立ちになったブラッド一号とリング中央をはさんで対峙したジェノスは、さてどうしたもんかと周りを見回した。双方、ガラスの前にいる。どこかでカーンと鐘が鳴り、司会者が「試合開始だああー!」などとあおったが、聴覚があるのか知らんし、奴に聞こえているかは微妙である。が、すぐに襲ってこないのは幸いだった。

 たしか体温と目視で人間を見つけるとか自分で言っていた気がする。いま仕切りの向こうには無数の人体が壁になってひしめいているうえ、奴らの熱気のせいか、たぶん喚起もしてないんだろう、ガラスで囲われたここは、やたら暑い。おそらくそれで、こっちを見つけられないで突っ立っているんだろう、とジェノスは推測した。だが、いずれは見つかり、ミンチである。五分で相手が止まるといっても、待つとかなり長い。目があったのでぎょっとした。こっちへゆっくり近づいてくる。

(やべ、顔、覚えられてんな……!)

 あわてて床に這いつくばると、後ろの客席からブーイングが起きた。

「なにやってんだあー!」「戦えよー!」「この、ヘッポコ魔女ー!」

 うっせえ、やりたくても魔法つかえねんだよ! と背後に横目を飛ばし、前を向くと、奴はすでにリング中央を過ぎて、こっちまであと数メートルもない。

 と、そのときだった。


 自分にあるライトが当たってまぶしいので目をそらすと、向かいのガラスにそれが映っている。ひらめいた。さっと立って後ろの壁に背を張り付け、「ほーらこっちだぞー! 間抜けな蚊トンボくーん!」と叫ぶと、蚊の顔がこっちを向き、のこのこ歩いてきた。さっと床を転がり、さっきのライトの下に戻る。奴の視界のあまり出来がよくないのは、さっきからのおぼつかない挙動でわかっていた。床にいるのに気づかず見回すアホの目が、光を受けて向かいのガラスに魔女の姿が映ったのをとらえた。右手から突き出した回転刃をぐるぐる回し、そっちへ突っ込ませてガリガリ引っかいたが、さすが分厚いガラス壁は浅い傷が数本つくだけだった。

 が、そっちにいる客たちの顔は一様に不安の色を帯びた。「大丈夫です、防護は完璧! びくともしません!」と司会が叫ぶと、ジェノスは再び転がって右端に移った。壁のジェノスが消え、右端の床を照らすライトが、またも魔女の姿を壁に映した。さっきより数メートル左の場所である。ガリガリやってもなんの手ごたえもないうちに、別の位置に逃げられたと思ったブラッド一号は、こんどはそっちへ走って再びガリガリやった。そこにいる客以外のブーイングは極限に達した。

「てめえ、なにやってんだー!」「ボンクラ、そっちじゃねえぞー!」

 まるで機械を応援しているようになり、民衆とは気まぐれなものだと感慨にふけるでもなく、ジェノスは同じ要領で床を何度も転がって、壁に己の虚像を移動させまくった。感情のないブラッド一号も、エサにあっちこっちに逃げられて、怒ったりあせることはなくとも、頭の回路が混乱してきたようで、五回目に映ったえせジェノスに対しては、いきなり刃を引っ込め、なんと鉄拳を用いるという挙に出た。全力でガッツンガッツン殴りだし、いくら分厚いガラスといえども、その衝撃にでかい亀裂が走り、そこの客たちの恐怖はマックスに達した。悲鳴をあげて我先に逃げ出し、大丈夫です、というワンパターンな司会の声も叫びの渦にかき消え、ガラスはメリメリと割れだした。そこにいるはずもない魔女を破壊するべく振るうこぶしは、ついに壁をバキンと貫通し、大穴があいて、いきなり轟音のような叫びがリングに流れこんできた。そこだけではない、ホールじゅうの観客たちがいっせいにパニックにおちいった。ビジョップがいれば魔法で止められたろうが、運悪くスタッフと打ち合わせの最中で、裏の楽屋に引っ込んでいた。

 殺人マシンと客のあいだを阻むものは消えた。もはや誰も奴を止められない。ガラスの穴に、右手から再び突き出した刃が差し込まれ、最前列にいたおっさんの腹を串刺しにした。「げええええ」と目をむいてうめき、血が派手に吹き出してロボの口にガバガバ入った。

 時刻は午後一時ジャスト。ロボの血が切れる、わずか一秒前だった。


 ブラッド一号が乗り込むや、広大な観客席は阿鼻叫喚の地獄と化した。恐怖とあせりに逃げ出す無数の人の塊、そのゆれる肉壁に突入し、回転刃を花開かせてぐるぐる回す鬼畜ロボット。数本の鋭利なサーベルで、おびただしい人の胴体や腕、足、首が次々にぶった切られる。

 ぎゅるるるるる!!

 まっかな血の噴水が、爆発のように四方八方へ吹き出し飛び散り、足元にたちまちぬるぬるした血の川が流れこんだ。

 現在なら、これはジュースを作るミキサーそっくりに見えたろうが、そんなものなどない時代には、こんなのは見たこともない、想像のしようもない、究極の残忍無比な悪魔の所業に思えたろう。殺人ロボは泣き叫ぶ民衆に回る殺人刃を、ぎゅるるるるる!! と耳障りな音を立てて押し込み押し込み、何十もの人命があっという間に失われ、またすぐに次が続く。後方にいた連中も恐慌状態で逃げ惑い、押されて圧死する者も多く、無事にはすまなかった。そして、刃に追いつかれてミンチにされた。

 血がガバガバ自分にかかるだけでなく、くるぶしまで血に浸かったので、ブラ公はわざわざ自分で口に持っていって飲む必要もなかった。

 この量だとすぐ満タンになりそうだが、実は血が一定の水位に達するとかかとにあけてある微細な穴から流れ出す構造で、そう簡単には一杯にならない。それも飲む血が多ければ多いほど水位が下がる仕組みなので、殺すほどに血が過剰に減り、その結果、いくらでも人を殺し続けることが出来た。まさに殺人のためだけに作られた生粋のマーダー・マシーンである。往来の殺りくではすぐ満タンになって、ジェノスとしばらく会話さえしたが、それはあまり殺さなかったからだ。


 さて、そのジェノスは、このすさまじい非道の光景に目を輝かせて感動し、ほとんどうっとりとなった。奴が人を殺すところを見たのはこれが初めてだったが、ここまで画期的とは思わなかった。でかい刃を使い、肉も骨もまとめて切り刻み、無駄なくミンチにする。それも、すごい物量を短時間で。工場で使えば大量生産でボロ儲けだろう。これを作った博士は、やはり超天才だったのだ。たとえ進む方向が完全に間違っていたとしても。

 ジェノスはリングに流れ込む鋼鉄のにおいに、身が震えるほど興奮した。犠牲者の数が半端ないので、それは今までにかいだこともないほどに甘酸っぱく濃厚で、鼻腔を電流のように刺激しまくりだった。

(す、すっげえええー!!)(さいこおおおーっ!!)(ブラちゃん、さいこおおおおーっ!!)

 終いには、あれだけ軽蔑していたロボを、尊敬どころか崇拝すらしていた。そして恐怖におののく間もなく、虫けらのようにぶっ殺されまくる人々の悲惨な姿を眺め、心ゆくまで楽しんだ。

「いいぞ、殺れ、殺れえええ――!!」

 いつしか、こぶしを振り上げて声援を送っていた。

「やれ! もっとやれええ!! 殺せ!! 殺せ!! 殺しまくれえええ――!!!」

 血の流れはリング内にも洪水のように押し寄せ、ものすごい数の手足や生首がぷかぷか浮いてきて、蹴りを入れたりして遊べるので、この殺人魔女をガキのように喜ばせた。残忍な回転刃の音が、ぎゅるるるるとホールじゅうに金切り声をあげて響き、床は血の海になり、ついさっきまで人だった肉と骨、臓物がぐちゃぐちゃの丘になって、深海からあがった巨大海蛇のごとく、客席にべったりと鎮座した。民衆の悲鳴と苦痛の叫びが、そこらじゅうでいつまでもあがり続ける。それは往来の虐殺とは比べ物にならない本物の地獄絵図だった。


「まったく、なにやってるの、このありさまは」

 不意の懐かしい声にジェノスが振り向けば、そこには待ちに待った懐かしいお人がいた。彼女と同じとんがり帽子をかぶった黒髪長髪の、紫づくめの魔女。ティロットン元師匠、通称「腐乱先生」である。下が血の海で降りたくないのか、箒に乗ったまま、相変わらずの険しい顔で愚痴っている。

 やけに明るいと思ったら、うえから光がさしている。ホールの天井に大穴があき、青空が見えている。先生があけて入ってきたのである。これでこの巨大ホールが、二階から地下一階までを占めていることがわかった。


「いやぁ、よく来てくれたわ」にこにこと喜ぶジェノス。「しかし、私いま魔力が全然ないのに、よくここがわかったね」

「あなたが呼べば、たとえ蚊のつぶやきより小さかろうが絶対に聞き逃さないよう、世界中に気を張りめぐらしてるのよ」

「へえー、愛だねえ」

「バカ言うんじゃないわよ、またあんな目にあうのはごめ――げろげろげえええ――!!」

 いきなり目をむいて、口から大量の腸をずるずる吐きだす。箒から落っこち、血の海に座って延々それを吐き続ける先生。この悲惨な発作が不定期に起きる体質なのである。恨みがましくにらむので、ジェノスは苦笑した。

「私じゃないよ、勝手に起きたやつでしょ」

 ジェノスは右腕に封印の人形を埋め込んでいて、それに貼られた札を魔法ではがすことにより先生の発作を引き起こせるのだが、そうせずとも勝手に起きることもある。

 すると、いつのまにか戻っていた殺人人形が、こともあろうに彼女の腸に食いついてずるずる引っ張り、流れてくる血を飲みだすではないか。綱引きならぬ腸引きが始まり、先生は「ほらっ、はめなはいっ!(こらっ、やめなさいっ)」と怒ったが、血さえ飲めればなんも気にもしないアホは、くわえたまま、なかなか放そうとしない。用事があって呼び出したジェノスも、見てて面白いのでほったらかして笑っている。


 しかし、アホはいきなり放して後ろにひっくり返り、血にざぶんともぐった。ガラスの穴の向こうから、杖を突き出す男が見える。ビジョップだった。ごった返す民衆と肉塊を押しのけて、やっとここまで来たのだ。

「もう、お前は終わりだ」

 流れてきたそれを取り、背後に放る。ブラ公のもげた右腕だった。さらに魔法で残りの手足を全て切断し、仕上げに首も切った。殺人機械人形はあっけなく血の海に沈み、動かなくなった。


 これで一件落着のはずだったが、彼はいきなり狼狽しだした。目の前に、吐いた腸を一生懸命口に戻しているティロットンの悲惨な姿があった。彼はかつて彼女の教え子であり、かつ彼女は彼の初恋の人であった。彼のジェノスへの恨みとは、この最愛の女性を酷い目にあわせたことだった。魔法保安隊の隊長という職もなげうって、こんな復讐の旅に出たのは、彼女への愛ゆえだったのである。だから追っている理由を、同じ元弟子のジェノスには言いたくなかった。しかし彼はまだ、この元師匠についての決定的なことは知らなかった。

「おのれえ殺人魔女、この人を、よくもこんな目にあわせやがったな! もう許せん!」

 思わず怒鳴ったが、言われている当人はてんで聞いちゃいなかった。恩師に、この腕輪をなんとかしてくれ、と頼んでいたからだ。右手で腸を戻し戻し、先生は左手を伸ばして腕輪を触ると、ある部分をポチと押した。たちまち輪はカパッとはずれ、これにはジェノスもビジョップも顎がはずれかかった。

「か、解除ボタンあったの、これ?!」

 目を丸くする元弟子を冷ややかに見る先生。

「ひゃんと見なはい、すごくちいはいけろ、押ひボタンあるわや」とリングを指し、やっと腸を戻し終わると箒にまたがり、「これでもバイトで忙しいから。つまんないことで呼ばないで」と、さっさと飛んでいってしまった。


「あっ待ってくださいー!」

 あわてて叫ぶ男のところへ走り、いきなり両手を握って、ぶんぶん振るジェノス。

「いやぁ隊長さん、いいところへ来てくれましたあああー!」

 ものすごい笑顔で握手しまくるので、困惑しまくるビジョップ。

「バカ、こんなことしてる場合じゃ――あっ!」

 見れば自分の両手首に、あの腕輪がはまっているではないか。もちろんジェノスは、はめた直後に解除ボタンを炎で溶かして固めておくのを忘れなかった。敏腕魔道士が、ただの普通の男になり下がり、頭きてつかみかかったが、復活した極悪魔女に勝てるはずもない。魔法で血の海に顔を突っ込まされ「もがあーっ!」とむせるしかなかった。




 しかし、祭りが終わったわけではなかった。これからが本番である。さっきから濃厚な殺りくを散々見せられ、においをかがされ、早く自分も参加したくて、うずうずしている変態殺人鬼がいた。

「待て、なにをする気だ?!」

 歩き出す魔女を見て叫ぶビジョップに、彼女は背中だけで答えた。

「なにって、決まってんじゃん」

 そしてガラスの穴をくぐり、前から両脇から、そこらじゅうにこんもり盛り上がる肉まんじゅうの山たちを過ぎ、その先に見える膨大な人影を指す。

「ほーら、まだ生き残ってんのが、百人はいるぜ! あれはぜーんぶ、私の獲物だああー!!」

 そして駆け出し、負傷して転がる無数の客たちの前に疾風のごとく現れた。恐怖におののく人々に、たんかを切るように叫ぶ。

「選手交替だああー!!」

「きゃあああ!!」

「ひ、人殺しー!!」

「うるせえ!! だーれが、ヘッポコ魔女だってええー?!」

 基本、悪口を言われても気にしないが、魔女としての能力を否定されると頭にくるようだ。殺る気満々になった彼女は、指先から破壊魔法を発して、泣き叫ぶ人々を次々になぶり殺しにしていった。だが首をねじ切るわ、手足はもぐわと、あまりやることがロボットと変わらない。これでは芸がないと、ここは花火大会のように派手にやることにした。

 手から発した白い光を浴びて爆発四散し、血まみれの中身をあちこちに投げつける人体。頭が破裂し、脳がゼリーを床にぶちまけたように、ぐっちゃぐちゃに飛び散る男。前面が全て裂け、骨も内臓も残らず飛び出して、原型をとどめない女。子供も脳天から縦にまっぷたつにされたり股裂きになったり、ジェノスの下種な快感ウヒウヒの餌食になった。まあ、こんな下世話なショウに来て、興奮して騒ぐようなサドの糞ガキは死んだほうがいいかもしれないが、もしかすると遺族が、けじめをつけるために見せようと連れてきていた可能性もあり、それだと、かなり可哀想な気がしないでもない。

 どっちにしろ、ガキだろうが老人だろうが、保護も大切にもされず、ただ無残にぶっ殺されまくっていた。ジェノスは血の海を逃げ惑う客たちに、目の色かえて魔法を無差別にぶっぱなして遊び倒した。人命を奪う快感に、歓喜の叫びをあげるケダモノ。

「ぎゃはははは!! 死ね!! 死ね!! 死ねええええ――!!」

 その顔は目が血走ってぎらぎら輝き、口は裂けそうな大口でけたたましく笑い、魔女なのに悪魔そのものである。

 保安隊にいたビジョップは、今までに魔法使いの快楽殺人犯を何人か見たが、これほどまでに楽しそうに人をあやめるクレージーは初めてで、心底ぞっとした。といって、魔法が使えないから何も出来ない。せっかく復讐にきたのに、その相手が好き放題に殺人しまくる光景を、なぜ指をくわえて見ていなければならないのか。人生の理不尽に泣いた。





 生き残りを残らず殺しつくすと、殺人魔女はやっと満足して止まった。血の池にすわり、呆然と見ている男のところに戻ると、春の陽気のようにすがすがしく笑った。

「あー、すっきりしたー。やっぱ、週に一度は大量殺人しないとだよねー」と伸びをするウルトラ・バカを横目でいまいましく見るビジョップ。それに気づいて、無駄に気づかいの言葉をかける。

「まあまあ、どうせ千人は死んでたんだし、あと少々追加してもいいっしょ。ロボットはあのザマだし、あんたの仕事は無事完了ってことで、めでたし、めで――」

 五体バラバラのゴミと化したブラ公を指して、にやにやと言っていたジェノスの顔色が、急に変わった。

「な、なんだ……どうした?」

 聞いても答えずに、いまだ指し続けるその先を見て目をこらした男は、あっと口をあけた。


 すでに血が引いている床のあちこちに転がる、ロボットの片腕や胴、首から、何かがむくむくとふくらんでいる。腕の肩のところの断ち切れた口から、増殖していくその物体は腕と同じ色、同じ材質で、それはあっという間に上半身になり、頭が生え、その下では腰までが作られだした。頭は完全にあのロボットの顔、髪、喉を寸分たがわず再現している。隣に切られた首が転がっているのに、だ。そして、その首からも同じく胴体が作られ、手足がにょきにょきと生えてきた。同じく、別の胴体からも頭や手足が生み出される。

 それらは、完全にさっき破壊されたロボットの復活であったが、大きな特徴は、切られた体の各部から、それぞれ全身が再生しているので、それだけ全体の個体数が増えていることである。頭、胴体、手足の各部が全部で五つだったので、今こいつは、なんと五人に増殖したのである。

「自己再生機能?!」驚がくして叫ぶビジョップ。「あの博士、なんちゅうもん作ったんだ!」

 とてもこの時代の科学力ではない。やはり宇宙人が手を貸したとしか思えない。ナショジオに電話して聞いてみるしかないが、やったら「頭パーがいます」と通報されそうで、今からビビっている。


 五匹のブラッド一号はむっくり起き上がり、近くのが襲ってきたので、ジェノスは手から攻撃魔法をぶっぱなして手足をバラバラにした。

「バカ、やめろ!」

 んなことしても増えるだけだから男は怒ったが、ジェノスはバラした部分からまた再生するのが楽しいので、ほかの四人も同じくバラした。切れた手足から体がにょきにょき生えるのを見て、目を輝かすバカ。

「うわー、おもろー」

「バッキャーロー! もう知らん!」


 ついにビジョップは逃げた。途中、振り返ると、何十体にも増えた殺人機械どもが、暗く血生臭いホールを、影絵のように不気味にうごめいていた。そして天井の穴からピューと箒で去っていくジェノスを見て顔をしかめ、「あんにゃろう」と舌打ちした。


 五、


 ヤパパンはずれにあるヨヨ小浜アリリーナから出てきた数十匹のブラッド一号は、近くの人間を手当たり次第に殺しまくり、次第に都心へと近づいていった。本当は増えたぶんを二号、三号と名づけていって、最後の奴をブラッド二十八号とかで締めたいところだが、増えた順序も個体の区別も不明なので、名づけようがない。


 この突如現れた、長い回転サーベルを振り回して暴れる奇怪な殺人小隊は、その体で弾丸もはね返し、大砲で吹っ飛ばしても無傷なので国軍すら歯が立たず、といって魔法使いはもはや国内に一人もいないので、排除しようがなかった。屋内にこもっても破壊されて殺されるだけなので、人々はあわただしく荷物をまとめ、先を争って国外へ亡命しようとした。海を目指す長蛇の列が街道を進んだが、運悪くブラッド軍団にぶつかり、老若男女百名以上が命を落とした。人々はおののきながらも、魔法使いを全員追放した現政権を呪った。


 しかし正確には、魔力を使える者が皆無だったわけではない。まだ上空を箒で飛んでいる一人の魔女。さっさと出ていかないのは、ことのてん末が面白そうだから、ヤパパン都心のあたりをぐるぐる回って見物しているのである。しかも時おり降りてきて、襲われている人々に手をふり、意味ありげにウィンクした。わらをもすがる人々は、そこに神の奇跡を期待した。彼らは襲いくる悪魔の凶器から逃げ惑いつつ、一心に叫んだ。

「ま、魔女さまああ――!!」

「どうか、お助けくださああい!!」

 ジェノスは上空で微笑むと、荒れ狂うロボットたちに杖をむけ、魔法をぶっぱなした。手足バラバラになってそこいらに転がる機械たちを見て大喜びし、地にふして彼女をあがめるほどに感謝しまくる市民たち。

 むろん、すぐ絶望のどん底に落ちた。ロボたちの切られた手足や首から、新たな体がにょきにょきと再生し、最初の三倍、四倍、いや五、六倍以上もの、すさまじい数に増殖したのである。そして血を求めて倒壊する壁のごとく彼らにわっと押し寄せ、何百人もいた亡命希望者たち全員が、その無数のやいばの餌食となり、一人残らずこの世から消えるまでに、数分もかからなかった。魔女はこの虐殺を最後まで堪能すると、満足して上空に飛び去った。

 ジェノスがこんなふうに数箇所でバラして増やしまくったので、この殺人マシンはそれから一時間もしないうちに、最初の三十体ほどから、一気に五百体近い数にまでふくれあがった。彼らは都心のみならず、地方にも雪崩れのごとく押し寄せ、国内に安全な場所は、ほとんどなくなってしまった。


 ところが、このヤパン国内には、実はこの腐れ殺人魔女のほかにも、別の魔女と魔道士がまだ何人かいたのである(ビジョップは魔法が使えないからのぞく)。首相官邸の中心部に、カベチン・ゾー総理が、いざというときのために秘密裏に雇っていた二人の魔女と三人の魔道士で、この五人はいずれも凄腕の魔術を弄するプロであった。

 殺人ロボの大群が官邸にまで近づいていると知ったカベチンは、「さっさと国外逃亡すればよかった」と後悔したが、もう遅い。しかし、ここは彼らボディガードの力に期待することにした。

 一人が彼に笑って言った。

「なあに大丈夫です、あっというまに千匹くらいはスクラップにしてみせますよ」


 五人の魔力スワット部隊(なんかカッケーな)は、官邸の門の前にずらりと並び、前方から津波のごとく迫るマシン軍団に、おのおのの杖を向けた。首相室の窓から見える町並みはすでに変わり果て、ゴーストタウン同然になり、立ち並ぶ赤レンガの建物が、どれも逃げ遅れた市民たちの血に染まっているように見えた。そのなにもない街路を、水のように埋め尽くして流れこんでくる化け物ども。確かに街全体に満ちていて、千体はいそうだ。

 最前列が百メートルほど先に迫ったとき、リーダー格の初老魔道士が、号令をかけた。

「今だ!! パルフェクツ・デストロール!!」

 それは広範囲を根こそぎ破壊しつくす究極の攻撃魔法である。五本の杖から発された白熱した光は町全体を包み、そこにあるあらゆる物質を破壊した。

 ここで彼らは取り返しのつかない失敗をした。彼らも上層部も、ロボットがなぜこんなに増えたのかを知らなかった。彼らの恐るべき自己再生機能についての情報が、官邸にも軍部にもまるで入っていなかった。魔力スワット部隊――などと呼ぶこたねえか、たかが首相一人を守るためだけに密かに作られたインチキ泥棒組織でしかないんだし――えー、首相親衛隊の皆さんがたは、敵を破壊すりゃいいだろってんで、結局ジェノスさんと同じことしかしなかった。手足バラバラである。

 彼らが、畑の害虫のごとく瞬く間に増えた殺人マシンの群れに飲み込まれるまで、わずか数分であった。しかし、知らんからしょうがないが、彼らは死ぬまで「ちくしょう、死ね、死ねえええ!!」と叫びながら、敵の体をバラしまくって、増やし続けていた。

 官邸に押し寄せ、首相が切り刻まれるまで、それからわずか五分ほどだった。魔女の一人でも手元に残しておけば、箒に乗せてもらって命拾いできたろうが、ずるさが中途半端だったのが災いし、思いつかなかった。

 こうしてヤパンの首都、ヤパパンは破滅した。政府が消滅したので、実質ヤパンの滅亡といってよい。




 ボブ・デンジャラスは、看守が逃げるときに鍵をあけてくれても、まだ独房の中にいた。窓から見える都心のすさんだ終末的景色と、たまに聞こえる人々の悲鳴と破壊音から、この国のもう長くないことを悟り、歌の歌詞を推敲していたのである。辞世でなく、反戦のほうが自分の最後にはふさわしいと思い、死ぬときに歌うのはやはり、一番気に入っているあの曲、このボブ・デンジャラスのテーマソングと勝手に決めている、あれしかないと、歌詞の紙を引っ張り出していじっていた。

「戦争の親玉」

 最初はそのまま歌おうとしたが、今この国を滅ぼそうとしている、あの殺人人形のことをふと思ったとき、ある考えが浮かんだ。


「戦争の親玉」とは、若者を戦争に行かせて、自分はのうのうと生きながらえる政府の汚い連中、権力者たちのことだった。だが、あのブラッド一号なるロボットは、人の生き血が燃料だという。その存在だけで人類の命を奪う、純粋な人殺しなのだ。金だの領土だの、地位や支配欲などが目的ではない。目的は殺人である。ただ殺人のために殺人を繰り返し、それはその体がある限り永遠に続く。

 これはつまり、戦争ではないのか。戦争なるものについて、思想や宗教の違いだの民族間の衝突だのと、あれこれ言って定義する者もいるが、ぶっちゃけこんな行為は、ただの殺人ではないのか。

 ブラッド一号は殺人のためだけに作られた。そして誰の味方でもない。近寄ったら殺されるだけで、誰も利用できないからだ。天災と同じだが、あれは別の意味がちゃんとある。たとえば台風は確かに人を殺すが、同時に人が生きるのに不可欠な水という恵みももたらす。ただの殺りく者ではない。

 だが、このブラッド一号は違う。人を殺し、不幸にする以外には、なんの意味もないのだ。まさに、ただの人殺し。

「いやいや、戦争は文明を発展させる」? 冗談ぬかすな、誰も殺さなくとも、いずれは同じように発展するに決まってる。この戦争とやらで、いったい、どんな良いことがある? ただ金持ちや政治家どもに、必要もないちっぽけな富をもたらすだけで、ほぼ意味はない。ただ人を殺して血を奪い、その血を使って動いては、また人を殺し、また血を奪い、また――という不毛きわまるサイクルを続けるだけの、あの究極のバカと、どう違うというのだ。


 ボブは確信した。あのブラッド一号こそが、戦争の親玉だ。あれこそが戦争の象徴、まさに戦争そのものなのだ。

 戦争は、ただの殺人である。指示した者を厳罰に処さねばならない、究極の凶悪犯罪だ。世界じゅうで行われている国家による残虐行為を見よ。正義の名のもとに行われる、その化けの皮をはがしてみろ。ブラッド一号と、寸分たがわぬ悪ではないか。

 ペンを握る彼のこぶしに力がこもった。爆弾のような怒りが脳内を炸裂した。全身に熱い血がめぐった。

 彼は誓った。


 戦争は、ただの人殺しだ! 俺はこんな悪逆非道を絶対に認めん! 最後まで糾弾してやる! この命の尽きるまで!




 ボブ・デンジャラスが歌詞を書き変え終わったとき、階下で扉の派手に破られる音がした。彼は三階の独房にいた。ギターをかかえて廊下に出て、監獄の最上階にあがり、窓から屋根に出た。三角屋根の一番高いところに腰をおろし、紙を足元に置いて石で留め、そこに書かれた歌詞を見ながら、新しい「戦争の親玉」を歌いはじめた。


 よおブラッド一号、

 ただの人殺し

 お前こそは戦争の親玉


 心もない、

 ただの殺人そのもののお前だから

 さあ、俺の命を奪え

 俺の魂までも殺してみろ


 この流れる熱い血もろとも

 俺の心も愛も飲んでみろ

 飲み干してみろ


 意味もなにもわかるまい

 なんせブラッド一号、

 お前は戦争の親玉

 ただの人殺し


 俺は天国から

 お前の最期を笑ってやるよ

 なにもないお前の

 なにもない冷たい瓦礫を

 泣いてもやらず笑ってあげる


 よおブラッド一号、

 お前こそは戦争の親玉

 ただの人殺し


 空の上から叫んでやるよ

 人殺し! 人殺し! 人殺し!



 おびただしい殺人機械の群れが首都を埋め尽くし、最後に残った監獄の壁にもよじのぼり、蔦のようにまわりにびっしり張り付いた。街のあらゆる建物を多い尽くして黒々とうごめくさまは、死体にたかる無数の蟻である。

 屋根にぞろぞろあがってきても、ボブは歌うのをやめなかった。彼の絶叫が街じゅうに響きわたり、その声は殺されてもなぜか消えずに、いつまでも国じゅうに飛び散り、豪雨のように激しく降り注いだ。


 地方も全滅、ロボたちは岸からあふれて海に落ち、血が切れて動かなくなった。ボブが死んだと同時に、一億人だったヤパンの人口はゼロになった。その日の午後五時五分ジャスト、ヤパン国は滅亡した。





 ジェノスは夕闇迫るブラッド一号に覆われた首都圏を旋回し、最後にヤパパン監獄の上に来た。男の叫びと、鉄を爪で引っかくような破壊的なギターの音が聞こえ、見下ろした。「戦争の親玉」の連呼から、ボブ・デンジャラスだろうと思ったが、音がしてくる屋上は、よそと同じくロボで埋め尽くされていて、ほかに誰も見当たらない。ボブがいたとしても、どう見ても死んでいるはずなので、歌だけが聞こえているのは不気味なことだったが、こういうことはないではない。

 たとえば、高い崖から落ちて明らかに即死した人間が、その怨念のあまりに立ち上がって、しばらく歩き回ったとか、処刑され切断された首がすっ飛び、恨みのある者に噛み付いたとか。人間の執念が生み出した奇跡や異常現象の話は、いくつもある。

 だが、これは長すぎる。もう十分以上続いているし、もしかしたら、このまま終わらずにいつまでも聞こえ続けるのでは……。

 そう思うと、気味悪くなった。それは、やたらにまがまがしく不穏で、いわくつきの墓場に下りるとばりのような、不吉な感じが発せられている。

 と、そのときだった。


 ――血をください血をくださいくださいさいさいさい

 ――血をくれ血をくれ血をくれくれくれくれくれくれ……

 またうっかり、奴の頭の声を聞いてしまった。その無機質な響きに、心の底からうんざりした。

 ――血をくれくれくれ、血を、血を、ちぃおぅぅぅ……

 次第に止まりかけているのか、声はだんだん低くスローになってくる。

「うるせえ、人殺し!」

 言い捨て、さっさと飛び去った。





 ヤパン全土が無残な人間の死体の山で埋まり、その上を血の切れた殺人人形たちがうつぶせで覆った。やがて死体は腐敗して骨だけになり、ロボットたちも野ざらしのまま静かに朽ちていった。この海域自体に誰も近づかなくなり、国際的に禁忌地域に指定された。


 ただ時おり、この島の方角から潮に乗って、男の歌声が響いてくることがある。それを聞いた者は、ただちに気が狂うといわれる。




 エピローグ「天国の扉」


 白くまばゆい光に包まれた世界を、三人の親子連れが歩いていた。真ん中の五歳になるジミーは、この輝きばかりでほかには何もない世界を見まわし、ものめずらしそうにしていたが、右にいる父親は生来のいかつい顔をいささかも崩さず、しっかりした足取りでゆっくりと歩いていた。そのどこか探るような雰囲気に、息子の左にいる母親は優しく微笑んで言った。

「大丈夫よ、こんなに素敵なところなんだもの」

「わかってるよマリア」と父親。「この先が地獄なんて、とても思えない」

「ねえねえ、ぼくたち死んじゃったから」と息子。「天国に行くんだよね?」

「ああ、もちろんさジミー」

 父は彼を見下ろして言い、ニコニコと笑ったが、内心はやはり不安だった。


 自分は死ぬ前に人を殺そうとした。たとえ相手が最低の人殺し魔女でも、いちおう人間にはちがいない。殺人未遂を犯した自分が、この二人と共に楽園に入れるのだろうか。

 しかし自分だけ地獄落ちとなると、二人を悲しませることになる。それだけは嫌だった。すぐ死ぬと知らなかったとはいえ、バカなことをしたものだ、と彼は後悔した。

(一時の憎しみで人をあやめようとしたなんて)(しかも相手を苦しめて、それを堪能しようとした)(これじゃ、あの魔女と変わらない)

 だがあのときは、本当に理性がきかなかった。それほどまでにマリアを愛していた、と最初は思ったが、ここへ来ると急に、本当にそうだったのかと疑いはじめた。もしやあれほどに心が荒れ狂ったのは、マリアのためではなく、自分のためだったのではないか。あのとき心を占めていたのは、怒りというより、むしろ恐怖だった。マリアを失った事実が、それほどまでに恐ろしかったのだ。

(なんてことだ、彼女のためじゃない)(マリアに極度に依存していた俺は、俺自身を保つために、あそこまで度を失って復讐しようとしたのだ)(あのとき俺は悪魔にとりつかれていた)(こんなのが救われるとは、とても思えない……!)

 彼は笑顔の裏で苦しんでいた。それを妻は察していたが、口には出せなかった。自分の弱さを見せたがらない男である。もっとも、見せたがる男など見たことがないが。

 ちなみに三人とも、真っ白いシーツのような、膝下までの長いポンチョを着ている。人が死んで天界へ行くと自動的にこのような衣装になる。彼らも他の死者と同じく、事切れて気がつけばこの姿で、このまばゆく白い世界を歩いていた。親子水入らずで。


 しばらく行くと、前を一人の男が歩いていた。声をかけて振り向くと、パーマのかかった髪に、戦士を思わせる精悍な顔つきだったが、どこか悲しげにも見えた。彼はボブ・デンジャラスと名乗った。父親が、彼の曲をラジオで聴いたことがあり、自分の国ではレコードも売られていると言うと、かなり驚いた。彼のいたヤパン国は、科学至上主義のわりには電気がなかったので、その場で演奏していないのに曲が聞こえるというのは、異常なことだったのである。

 だが彼が「祖国は俺が死んだあと、おそらく滅んだろう」と言うと、今度は父親がもっと驚いた。

 ふとジミーがボブに、「なにか歌って」とねだったので、父はたしなめた。

「この人は反戦歌専門だ。聴いても意味がわからんだろ」

「すまん、じつは歌いたくても」ボブは頭をかいた。「歌を向こうに置いてきちまったんだ。だから、もう歌えない」

 置いてきたというのは、歌詞を書いた紙とかいう意味ではなく、自分の中にあった「歌」というものそれ自体を置き忘れてきた、ということらしい。ここに来たときに歌おうとしたが、鼻歌さえ出ないという。

 彼を先頭に、再び三人家族がついていくように歩き出すと、彼が不意に振り向いて言った。

「ずっと歌いたかった歌がある。ラブソングさ」と、また前を向き、背中でため息をつくようにぽつりと、「いろいろあって、歌えなくてね。出てくるのは、誰かの悪口みたいのばっかだよ」

「天国に行けば、きっと歌えるよ!」

 ジミーが叫ぶように言うと、ボブはまた振り返り、さびしげに笑った。




 四人は天国の門に着いた。神の楽園の入り口であり、山のようにそそり立つまっしろな二つの柱のあいだに、これも純白の巨大な二つの扉が、左右からかみ合って固く閉じられている。

 見れば先客がいた。彼女も同じ白いポンチョで、長い黒髪を腰までたらし、門の右端のところを、丸めた指でコツコツとしきりに叩いている。すると小窓があき、女性の無感情な目が出た。

「何度来ても同じです。あなたの名前はリストにありません。お帰りなさい」

「そうですか……」

 長髪の彼女はぽつりと言うと、きびすを返して四人を過ぎ、彼らが来た道を歩いていった。


「ねえねえ、なんであの人、帰っちゃったの?」

 ジミーに聞かれ、わが身を思ってぞっとしていた父は言葉が出ず、かわりにマリアが答えた。

「私たちと同じところから来たんだけど、入れなかったのね」

「どうして?」

「リストに名前がないとダメだって、いま言ってたわ。だいじょうぶ、私たちは入れるわよ。ねえ、あなた」

「あ、ああ……」

 顔色が悪い夫の手を握る妻。

「あなたは私もジミーも、本当に心から愛してくれた。天国に行けないはずがないわ」

「マリア……」

 つい泣きそうになって顔をそむけ、こっちを向いたときは、抜けるようにいい笑顔になっていた。ありがとう、とその目は語っていた。マリアも笑い、ジミーも笑った。一連の光景を見て、ボブはふと「君が欲しい」というラブソングを思いついた。

「さあ、行こう」

 四人で扉の前にたち、父がノックすると、また小窓から目が出た。四人を見回すと、「お入りください」と引っ込み、扉が向こう側へスーッとあいた。これだけ巨大なのに静かで、あたたかな雰囲気に満ち、まさに天国へ入る門、という感じがした。四人は笑って顔を見合わせ、入っていった。神の楽園で新たな生活を始めるために。





 ティロットンは元来た道を戻りながら、なんの感情もない顔で、次第に重苦しくなってくる空気を肌で感じていた。光に満ちていた世界は、次第に不吉を帯びて薄暗くなり、現世が近いことがわかる。なんのことはない、来たところに戻るだけだ。

 夢の中で、こうして天国の扉をたたくのはもう三度目だった。行くたびに、もしやと思って胸が高まるが、いつもあんなふうに受け付けに冷たくあしらわれて帰るだけ。それでも彼女は毎晩眠りに落ちるときに、この死んだまま行き続けるだけのつらい人生が終わり、苦しみのない楽園に生まれ変われるのでは、と期待してしまうのだった。しかし結果は、天国から拒絶され、再びこの世に帰ってきたところで目が覚める。この世といっても、彼女にとっては苦しみに満ちた地獄に等しかった。

 歩きながら、ため息が出た。

(また夢の中で天国への道を歩いても、こうして、またとぼとぼ戻ってくるだけなんだろうな……)

 が、今回はちと違った。背後のずっと遠く、さっきいた門よりずっと遠いと思える空の彼方から、かすかに歌声のようなものが聞こえてきた。消え入るようだが、耳にしただけで、思わず気持ちがほっとするほどにあたたかく、そっと慰めてくれるような、やさしい歌声だった。男の声でアイ・ウォン・チューと言っているように聞こえたが、進むにつれて小さくなり、やがて消えた。かわりに、前から男の怒り狂ったような、ゲロを吐くようなおぞましい叫びが響いてきた。今の天使のさえずりに比べると、まるで化け物の咆哮である。人殺し、人殺し、と連呼する歌詞に、思わず皮肉な笑みが浮かんだ。


 そうだ、私が戻るのは、人殺しがいる身の毛もよだつ地獄だ。あの殺人魔女。きっと私が酷い目にあいまくるのは、あれを作ってしまった罪のせいなのだ。奴の素性を知らなかったとはいえ、やってしまったことは消えない。私にできることは、奴に協力するかたわら、奴をこの世から永久に葬る方法を見つけることである。

 私は贖罪のため、奴と戦い続けねばならない。どうせ、死してもあの世へ行けない身。ならば、この世に害をなす、あのケダモノを抑えることこそが、私に残された使命であろう。それまでは、もう夢に光の道が出ようが、そちらへは行くまい。

 ティロットンは覚悟を決めた。

 楽園へ行くのは、私が指名を果たすまでの、おあずけだ。


 ジェノス。

 あなたのハッピーでラッキーな人類の虐殺――ジェノサイドを、この私が師匠の責任を持って止めてみせる。そして、最後にはその邪悪な性根をただし、人として生きるにふさわしい魂を取り戻させ、正しい方向へ導いてあげる。そうだ、そもそもあなたも私も、共に毒親の犠牲者。一緒に、この地獄を乗りこえようではないか。

 妄想するにつれて感極まった彼女の目に、いつしか熱い涙があふれた。ああ、世界を変えるのだ! 私たちにこそ、それが出来る! この体にたぎる、あふれんばかりの愛と魔法の力によって――。


 ガンガンガンガンッ!!

「うわああああ――っ!!」

 すさまじい轟音に飛び起きると、枕もとの「ジェノス警報機」がけたたましく鳴っていた。逆さにした鉄のバケツが鉄の棒で激しく叩かれる仕組みで、奴から連絡があると発動する自作の魔法アイテムである。棒の根元についているボタンを押して叩くのを止め、バケツをひっくり返して耳をあてると、あの無駄に明るく元気な声がした。

「やっほー! 腐乱先生、今ね、フランチュって国のレストランでフルコース食べてるんだけど、厨房の料理人をぜんぶ殺しちゃって、最後のデザートが出ないのね。今すぐ来て、リンゴのヨーグルトあえ、作ってくんない?」

「知るかああああ――!!!」

 あまりのくだらなさに、思わずバケツに怒鳴ったが(糸電話のように、聞く、話すを交互にやって会話する)、結局、五分後には支度して箒にまたがり、宿をあとにしていた。こんなことで腸を吐かされるのは嫌だし、どうせ自分も犯罪者で流浪の身だから、どこへ行こうがかまわない。

(ったく、毒でも盛ったろか)

 と思ったとき、それは素晴らしい考えだとわかった。


 魔法使いを殺すのは、じつはたやすい。不意を打てばいいのである。要は魔法を使って反撃したり、自分を治療できなければ、連中もしょせんは人間だから命は尽きる。不老長寿とかいっても、あくまで魔法の力でやってるわけだから、それが衰えれば、普通の人のように歳くって死ぬ。すぐに即死するほどの強力な猛毒なら、魔法で治す暇なく、ころっと死ぬだろう。これはいいぞ、けけけけ。

 だが慎重な奴のことだ。食う前にいちいち分析されて、盛ったことがバレる可能性はある。ジェノスは適当に見えて、かなりずるがしこい。なら、魔法でわからない毒を選べばいいが、そんなのあったかな。

 考えたら、奴が家にいたときに一服盛らなかったのは、身近にバレそうな毒しかなかったからだ。これは、調べて調達してからでないと――

「げろげろげええええ――!!」


 口から腸がにゅるにゅる出て、落ちそうになって、あわてて旋回して腸を手で抑える。向かいに来たカラスがビビってUターンした。その上の白い雲から、クソガキの甘えた声が響いた。遠方に魔法を投げて通話する、高度な伝達技法である。

「まーだー? おっそー。あーあ、この国の保安が来ちったじゃーん」

 死ねこのガキャア、てか殺されろ、と思ったが、「い、いまふぐ、ひくわ」と言って口に腸を戻した。箒が急降下して、つい地面に降りたが、そこはどこかの幼稚園の庭だった。全身血まみれで目を血走らせた魔女のご登場に、保育士たちはビビって逃げたが、園児たちは「あっティロットン先生だー!」と大喜びで輪になって囲んだ。

 ここは魔法学校へエスカレーター式にあがれる施設で、彼女は園児たちの憧れだったのだ。このナリでは困るなと思っていると、いきなりまわりの園児が次々に膨張した。そこはもうフランチュで、保安隊の隊員が幼稚園児に化けて、待ち伏せしていたのである。だんだん、なに書いてんだかわかんなくなってきた。


「きさまを人質にする。恩師の命と引き換えなら、あの殺人魔女も投降するだろう」

 などと、常識ではいいセン行ってるが、この場合はトンチンカンきわまることを言われ、頭くる先生。

「なに言ってるの、あのバカがそんなことで投降なんか――げろげろげげげえええ――!!」

「わあああ――!!」「これが噂の、腐乱先生かああ――!!」

 魔法専門保安隊の隊員たちが絶叫して納得した直後、先生の大量の腸がいきなりタコ足のように伸びて、隊員たちの首を絞めた。

「なっ、なにをする――っ!!」

「うるせえ! なんか知らんが死ね!」


 投げやりになって全員絞め殺すと、裏から小皿に乗せたプリンをスプーンでむはむは食いながらジェノスが出てきた。そして、このザマを見ると、うれしそうな目をした。

「へえ、内臓を操れるようになったんだぁ。よかったねえ」

「うるはいわねえ」と腸を飲み込み、ハンカチで口の血をふく。もはや妖怪である。「あんた、デザートとか騒いでたけど、どうしたの」

「ここの料理人を脅して、これ作らせた。あ、そいつ殺したから、あんたの分はないよ」

「いらんわ! レントランにいたんじゃなかったの?」

「いたら、こいつらが来てさ」と転がる死体をスプーンで指す。「ことのほか多くて、いくら殺しても来るから逃げてたんだ。ここの裏にレストランがあるんだけど」

「ははあ、それでここで園児になって待ち伏せしてたのね。でも、なんで私が来るって知ってたのかしら」

「私が言いふらしてたから。『腐乱先生が来るぞ! お前ら、一緒に腐り果てるぞ!』って」

「お前のせいかよ! はあ、もういいわ、アッホらしー」


  すっかり疲れた先生の顔を見て、ジェノスは急にプリンを放ると、右腕を伸ばして組んだ。これには困惑した。

「ちょっと、なんのつもり?」

「ふふん、どうせだから、このままフランチュの街を見て回ろうよー」

「あっそ。やんなきゃまた内蔵ゲロゲロだろうし、いいけどね」

 横目で嫌そうに見ながらも、いちおう承諾したので、うれしそうなジェノス。だが二人で歩きながら、恩師は冷ややかに言った。

「でも、腕なんか組んでいいの?」

「なにが?」

「右腕に、あの人形を埋め込んであるんでしょ。隙を見て、私が魔法で取っちゃうかもよ」

「いいよ取っても、べつに」

 妙に悟ったように目をとじて笑い、先生はけげんな顔になった。が、すぐに意味がわかり、彼女も薄笑いになった。どうせ取ろうとすれば、札が全部はがれる仕組みにでもなっていて、自分は血の海になって終わり、とかに決まってる。こいつが、そうやすやすと私を手放すわけがない。なんせ、私と心中する、と言っていたではないか。




「……ねえジェノス」

 ティロットンは不意に言った。

「なに?」

「私の、なにがいいのかしら?」

 げーという顔になる元弟子。

「今、すごいキモいこと聞いた気がするけど、聞こえなかったことにするわ」

「バカね、どんなメリットがあるのか、って意味よ」

「なんだ、そうか。そんなん、腐るほどあるっしょ。先生は大魔女で、私より魔法が使えて――」

「そんなの必要ないじゃない。あなたはもう一流の魔女で、なんでも出来るのに」

「なんでも、は出来ないよ」

「えっ」



 それが何かを聞こうとしたとき、通りがかった大道芸人のほうへ「ほらほら、コーヒー人間だってー!」と腕をひっぱられていった。それはコーヒー豆を飲んで、チンコからコーヒーを出すという最低の芸で、じつはただの膀胱の病気で尿が黒いだけなのを生かした詐欺だったが、誰も飲む奴はいないから決してバレないという、とても画期的なものだった。人類に幸あれ。

 (「ハッピー・ラッキー・ジェノサイド 」終)

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