第1話:歪んだ世界の構造改革
登場人物
アルト(佐伯悠人):現代の激務なITプロジェクトマネージャーから異世界転生し、「二度目の死」を経て『深淵の主』と契約した執行人。漆黒のロングコートをまとい、冷徹な頭脳と死神の鎌で不条理なシステムを解体する。
フィリア:高貴な血筋のエルフの少女。人間の理不尽な法律と魔導システムにより、奴隷として知性を搾取されていた。知的でクールだが、内に強い誇りを秘める。
皆様、こんにちは。
『不条理な世界をデバッグする方法』、いよいよ第1章の幕開けです。
理不尽な社会システム、身勝手な権力者、そしてそれを神の教えで正当化する宗教組織。そんな絶望的な「歪み」に対し、元ITプロジェクトマネージャーである主人公・アルトが、冷徹な頭脳と死神の権能をもって真っ向から挑みます。
感情的な復讐ではなく、ロジカルな構造改革として理不尽をぶっ潰していく痛快なダークファンタジーの始まりです。どうぞお楽しみください!
薄汚れた灰色の空から、冷たい雨が鉱山都市ロズウェルの石畳を容赦なく叩きつけていた。
魔導石の採掘で莫大な富を生み出すはずのこの街の表通りは、しかし活気や豊かさとは無縁の、澱んだ諦念と泥にまみれていた。
「――耐えよ、民よ。現世の苦難は、天にまします神が与えたまいし試練の網。これを耐え抜いた者のみが、至光の楽園へ至る道を許される……」
街の中心にそびえ立つ大聖堂の巨大なバルコニーから、黄金の法衣をこれでもかと着飾った地方教会の最高神官――ドルドが、慈悲深い笑みを貼り付けながら拡声の魔道具を通して声を張り上げていた。
その足元では、痩せ衰えた人間や、長い耳を折り曲げられたエルフの労働者たちが、泥まみれになりながら魔導鉱石の詰まった重い木箱を必死の形相で運ばされている。鞭の音が鳴り響き、力尽きた者が路傍に倒れても、衛兵たちはそれをゴミのように見下すだけだった。
「神の御心だとさ。実に素晴らしいコストカットの口実だ」
喧騒から遠く離れた、路地裏の深い影の中で。
水たまりに落ちる単調な雨音に紛れて、低く、どこか冷ややかな声が零れ落ちた。
闇に溶け込むような、隙のない仕立ての漆黒のロングコート。その裾を微かに翻し、古びたレンガの壁にもたれかかる男――アルト。
整った端正な顔立ちは常に冷静沈着を保っており、その冷ややかな眼差しには、目の前で繰り広げられる過酷な搾取の光景が、感情的な悲劇ではなく、一つの「巨大なシステム的欠陥」として映し出されていた。
(過労死という理不尽な納期で現実を強制終了させられた俺が、流れ着いたこの異世界でも待っていたのは、権力者たちの身勝手な搾取構造による『二度目の死』だった。泥を舐めさせられ、用済みとばかりに命を奪われたあの理不尽な絶望――。
……だが、不条理なシステムに、これ以上屈する気は毛頭ない。三度目の死など、最初から選択肢にない)
アルトの脳裏で、現代日本で幾多の修羅場を乗り越えてきたプロジェクトマネージャーとしての思考が、淀みなく、かつ猛烈なスピードで回転していく。
目の前の都市が抱える構造的欠陥の分析は、すでに完璧に完了していた。
この街の支配構造は、三つのレイヤーでガチガチに固められている。一つは地方領主が握る圧倒的な武力と過酷な徴税システム。二つ目は、その搾取を「神の試練」へとすり替えて民の反抗心を摘み取る教会の洗脳ドグマ。そして三つ目は、それら全てを外敵や反逆者から守るために都市全体を覆う、多重の魔導防衛結界だ。
一見すれば、それは鉄壁のコンプライアンスならぬ、鉄壁の独裁システムに見える。だが、どんなに複雑怪奇に見える組織や建造物であっても、構造を徹底的に分解・抽象化してしまえば、必ず「単一障害点(単一のボトルネック)」が存在するものだ。
「……見つけた。中央教会の地下深く、魔導炉心と直結している旧式の『魔力供給結界』。ここさえピンポイントで断ち切れば、都市全体を覆う防衛網の同期は完全に崩壊する」
アルトはふと、綺麗に整った口角をわずかに持ち上げた。それは恐怖や焦燥の色ではなく、緻密にスケジュールされたプロジェクトを完璧に最適化していくときのような、静かで冷徹な愉悦の色だった。
その時、耳を澄ませていたアルトの意識を引くように、背後にそびえる教会の地下牢へと続く鉄格子の向こうから、鋭く冷たい気配が走った。
「――人間が。何のつもりでこんな深部まで入り込んできた」
暗がりの向こう、水滴が垂れる冷たい石床の奥から、息を呑むような美貌が浮かび上がった。
銀色に輝く長髪、血に濡れたような深いエメラルドの瞳、そして人間のそれとは明らかに違う、長く尖った耳。
高貴な血筋を示すその少女――フィリアは、両手首を呪縛の魔導枷でガチガチに繋がれながらも、侮蔑と知性が複雑に入り交じった冷たい眼差しでアルトをじっと睨みつけていた。
「お前のような、人間の特権階級に阿る犬が、どうせまた私たちの研究成果や知性を合法的に強奪しにきたのだろう? ……醜いな。いくら猫を被ろうとも、その血に流れる卑劣な搾取者の本性は隠しきれないらしい」
フィリアのトーンには、人間に対する拭い難い憎悪と、それでも折れない知性的な気高さが満ちていた。
だが、アルトはその罵倒に対しても眉一つ動かさず、ただ静かに彼女を見据えた。
「犬に見えるか?」
短く問い返し、アルトは一歩、暗がりのなかに足を踏み入れた。
その瞬間、彼の背後の空間の影が、まるで意思を持つかのように黒く、ドロドロと歪み始めた。
「俺はただの通りすがりだ。……だがね、お前のその理不尽に縛られた知性と誇りを、勝手な理屈でリソース扱いして搾取しているこの世界の『システム』には、どうしようもなく虫酸が走るんでね」
「……何を、言っている……?」
フィリアの瞳が、わずかに見開かれた。
目の前の男から発せられているのは、人間のそれではない。かといって、この世界の神官たちが崇める神聖な気配でもない。もっと根源的で、すべてをフラットに無に戻すような、圧倒的な死の気配だった。
アルトの右手が、空間の裂け目からスッと引き抜かれる。
そこに現れたのは、物質の質感すら超越したような、禍々しくも圧倒的な存在感を放つ漆黒の巨大な鎌――『断罪の死神鎌』だった。
刃の表面が、微かに冷たい青白い光を帯びる。
その刃先が掠めさえすれば、いかに強固な魔導結界であろうと、敵が身に纏うどんなに厄介な固有スキルや特殊装甲であろうと、例外なく強制的に切断・無効化される。それが、『深淵の主』と契約した執行人に与えられた絶対的な権能だった。
「お前は、一体……何者だ……?」
フィリアが息を詰まらせ、その圧倒的なプレッシャーにわずかにたじろぐ。
アルトは冷徹で不敵な笑みを浮かべたままで、崩壊寸前の歪んだ街並みへと視線を戻した。
「名前などどうでもいい。……さあ、予定の時刻だ」
漆黒のロングコートの裾が、夜風と雨粒を弾いて大きく翻る。
理不尽な特権階級と、神の名を騙る腐敗した宗教システム。そのすべてを根絶するための最初の一歩が、今、静かに踏み出されようとしていた。
「この世界の構造は歪んでいる。……強制執行の時間だ」
いよいよ『不条理な世界をデバッグする方法』の物語が本格的に動き出しました!
辺境の鉱山都市を舞台に、最高神官ドルドが敷く「神の試練」という名の搾取構造に対し、元PMのアルトが冷徹な頭脳と死神の鎌でどう切り込んでいくのか。そして、最初に出会ったエルフの参謀・フィリアとの間に、今後どのような絆が生まれていくのか。
次回の第2話では、いよいよアルトの初陣と、敵の厄介な固有スキルを攻略する頭脳戦のプロセスが描かれます。どうぞご期待ください!




