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合同授業

 銀暁祭から数週間が過ぎた。

 

 朝は鐘の音で目を覚まし、教室へ向かう。授業を受け、課題に追われ、たまにミレーユと食事をし、寮へ戻る。

 

 特に変わり映えのしない毎日だった。

 あの日アーヴィンと交わした約束も、今はまだ動き出す気配がない。


 気付けば季節は秋の終わりへと移り変わり、朝晩の空気には冷たさが混じり始めていた。


 そんな頃、専門別の授業で一ヶ月間の上級生との合同授業が行われることになった。

 上級生との交流を通して知識や技術を深めるためのカリキュラムだ。


 専門別では、ロゼッタは体術学、ギルベルトは魔法学を履修している。

 そのため今回は一ヶ月間別々に授業を受けることになった。


 普段なら何かとロゼッタの近くにいるギルベルトも、この時間だけはさっさと彼女を置いて専門棟へ消えていく。


 ロゼッタは一人、体術学の授業が行われる闘技場へ向かった。


 女子生徒で体術学を選択している者は少なく、少なくとも同学年ではロゼッタ一人だけだった。


 闘技場へ足を踏み入れると、見知らぬ上級生らしき男二人がニヤニヤと笑いながら声をかけてくる。


「君が噂のロゼッタ・エヴァンスさん?」


「かわいいねー!体術に興味あるの?」


「うん。体を動かすのは好きだから」


「そうなんだ。俺たちが教えてあげるよ」


 こんな細い体の人間に、一体何を教わることがあるのだろう。


 そう思いながら適当にあしらおうとする。


「私は自分で勝手に学ぶから大丈夫だ」


 そう言って立ち去ろうとしたが、男たちはしつこく食い下がってくる。


 おそらくメスだからと舐めているのだろう。

 ドラゴンの恐ろしさを教えてやろうか。


 そう思い、拳に力を込めようとしたその時だった。


「やめなよ男子ー!後輩ちゃんが怖がってんじゃーん!」


 パシン、と軽快な音を立てながら、男二人の後頭部に平手打ちをした人物が割って入ってきた。


 金髪を後ろで束ねており、首元には何か模様が刻まれている。身長は高い。だが驚くほど細い。


 風が吹けば飛んでいきそうな体つきなのに、妙な存在感があった。


「なんだよセイン。お前帰ってきてたのかよ」


「たっだいまー!お土産はありませーん!」


「うわ、うるさ」


「相変わらずだな……」


 上級生二人は露骨に嫌そうな顔をすると、そのままさっさと立ち去っていった。


 その様子を見ていたロゼッタはぽつりと呟く。


「ハブられてる」


「違いまーーす!!!!」


 即座に返ってきた大声に、ロゼッタは少しだけ耳を伏せたくなった。


 しつこい男たちが離れたと思えば、今度はやたらとうるさい男が現れた。

 関わる価値なしと判断したようにその場を離れようとしたが、


「あー!待って待って!」


 慌てたように男が呼び止めた。


「アーヴィン先生から色々聞いてるんだってば」


 その言葉に足を止める。


 先ほどまでの騒がしい調子とは違う。少しだけ落ち着いた声だった。


「俺の名前はセイン・レイフォード。アーヴィン先生の研究室で助手やってるの、よろしくね」


 ヘラヘラとした笑みを浮かべながら、セインは手を差し出してくる。


「……ロゼッタ、よろしく」


 ぎこちなくその手を握った瞬間だった。


 思わず目を見開く。


 とてつもない量の魔力。人間から感じる量ではなかった。


 驚いて手を離すと、セインは苦笑いした。


「あー、びっくりした?俺、生まれつき魔力多くてさー」

 

 ひらひらと手を振る。


「漏れちゃうんだよね。だから接触すると違和感感じる人もいるんだ」


 下手をすればドラゴン以上だ。

 そんな魔力を、この男は当たり前のように纏っていた。


「でもまさか!ロゼちゃんも体術取ってるとは思わなかったなー!」


 もうテンションが戻っている。


「先生から聞いてはいたんだけどさ、俺いろんなとこ飛び回ってるから授業にもあんまり顔出せなくて!」


「飛び回る?」


「そそ!この前なんて西の砂漠まで行ってきたし!」


 楽しそうに身振り手振りを交えて話し始める。


「そこのサボテンジュースがめちゃくちゃ美味かったんだよ!あ、ロゼちゃんにも今度買ってきてあげるね!」


「サボテンを飲むのか?」


「飲むんだよ〜!」


「変な人間だな」


「よく言われる!」


 話題は次から次へと飛んでいく。

 まだ数分しか話していないはずなのに、ロゼッタは少しだけ疲れていた。


 しばらくして体術学の担当教員たちが現れ、授業が始まった。


 本日の課題は武器の訓練。


 闘技場の端には様々な武器が並べられていた。


 剣、槍、斧、大剣、短剣、弓。


 中には見たこともない特殊な武器まで置かれている。


「今日は自分の好きな武器を1つ選べ。それぞれ教員が使い方の基礎から教える」


 教員の声が響くと、生徒たちは一斉に武器棚へ向かった。


「俺はやっぱ大剣かな」


「槍が一番強いだろ」


「俺、今年は剣にしようかな」


 上級生たちは慣れた様子で武器を手に取っていく。

 中には体格に見合わない巨大な戦斧を軽々と担ぐ者もいた。


 同級生たちも憧れがあるのか、派手で強そうな武器を選んでいる。


 大剣、長槍、双剣、巨大な盾。


 どれもいかにも戦士らしい武器ばかりだった。


 そんな中、一人だけ武器棚の前で立ち尽くしている者がいた。


 ロゼッタである。


「……」


 武器……武器とは何だろう。


 ドラゴンであった頃は爪で裂き、牙で噛み砕き、尾で薙ぎ払っていた。

 人間になってからも基本的には拳で十分だった。


 だから武器を選べと言われても困る。どれも使ったことがない。そもそも必要性を感じたこともなかった。


 大剣を持ち上げてみる。重い。別に持てないわけではないが、拳で殴った方が早そうだ。


 槍も持ってみる。長い。邪魔だ。


 弓は引いてみたが、矢を放つまで待つ意味が分からなかった。


「難しいな……」


 珍しく本気で悩む。

 周囲を見渡せば、みな武器を決めていた。


 自分だけが取り残されている。


 ふと、少し離れた場所にいるセインが目に入った。


 何を選んだのか気になって覗いてみる。


「……鞭?」


 セインが手にしていたのは細長い一本の鞭だった。


 剣でも槍でもない。当然、大剣でもない。


 周囲の生徒たちが強そうな武器を選ぶ中、一人だけ妙なものを持っている。

 

「おっ、ロゼちゃん!」


 視線に気付いたセインが手を振る。


「これいいでしょ!」


 嬉しそうに鞭を振り回す。


 パァンッ!!


 乾いた音が闘技場に響いた。


 近くにいた生徒がびくりと肩を震わせた。


「全然良く見えない」


「えー!? かっこいいじゃん!遠くから攻撃できるし、絡め取れるし、便利だよー?」


 へらへら笑いながら鞭を肩に担ぐ。まるで遊び道具でも選んだかのような気楽さだった。

 しかし不思議と様になっている。


「まあロゼちゃんは拳の方が強そうだけどね」


「その通りだ」


 即答すると、セインは吹き出した。


「ははっ! 迷ってるなら適当に選んじゃえば?」


 適当、それが一番難しいのだ。


 ロゼッタは再び武器棚の前に立った。どれも今ひとつしっくりこない。

 そもそも拳で十分な気がする。


 しばらく悩んだ末、視界の端に小さな武器が映った。


 一本のナイフだった。


 手に取る。軽い、邪魔にならない。落としても壊れなさそうだ。


「これでいいか」


 隣で鞭をぶらぶらさせていたセインが目を丸くする。


「え、ロゼちゃんナイフなの?」


「軽い」


「理由それだけ?」


「それだけだ」

 

 セインは数秒黙った後、堪えきれず吹き出した。


「はははっ! いいねいいね!」


 ロゼッタは首を傾げる。


 何がおかしいのか分からなかった。少なくとも、大剣よりは扱いやすそうである。


「ナイフを選んだのか」


 教員はロゼッタの手元を見ると、少し意外そうに眉を上げた。


 周囲では大剣や槍を選ぶ生徒が多い。

 その中でロゼッタの持つ小さなナイフはひどく地味に見えた。


「何か問題があるのか?」


「いや」


 教員は首を横に振る。


「武器に優劣はない。あるのは向き不向きだけだ」


 そう言うと、腰から同じような小型ナイフを一本取り出した。


「まず利点から説明しよう」

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