4話
庫裏へ戻って住職の奥様にお焚き上げの様子を見れるかと聞いてみると、自分で写真を火に入れることはできないが、離れて見るだけならできると教えてもらった。場所と時間を聞いて礼を言う。
一度車に戻ると津原の父は目を覚ましていた。津原が運転席のドアを開けてお焚き上げが始まるまで一時間くらいかかると伝える。そのあと少しの話し合いをして、津原の父は一度帰って、用事が終わってから連絡をくれれば迎えに来るという方向でまとまった。面倒をかけますと謝罪すると、「今まで休日に遊ぶ友達がいなかった子だ。よろしく頼む」嬉しそうに笑顔を見せて去っていった。
「じゃあ……歩いて公園でも探すか」
今は午前九時を過ぎたあたり。飲食店はまだ開いていないので、初めて来る土地を当てずっぽうで歩くしかなかった。駐車場をまた出てお寺の入り口を通り過ぎると、すぐ隣が公園になっていた。家が一軒分くらいの敷地にブランコと砂場とベンチがある。ベンチの砂を払って横並びに座り、傍らに車から持ってきたペットボトルを置く。
「これを見てくれ。大切に持っておいてくれと、園継先輩から言われたものだ」
座るやいなや、津原は懐からネックレスを二つ取り出した。どちらも勾玉の形状だが、片方は黒で片方は白い。
「陰陽術か」
「題材はそうだろうけど、そんなに重い意味合いはないんじゃないかな。石がプラスチックだし、中高生が買うくらいの安物だよ」
差し出されるままにネックレスを受け取り、とりあえず調べてみる。両方の目立たない位置にくぼみがあって、試しに合わせてみるとぴったりと組み合わさって円形になる。少し力を込めれば簡単に外れた。あまり触るとくぼみが広がってしまいそうだからこれ以上はやめておこう。
「……つまり、それがどうしたんだ」
「一春と園継先輩の友情の証だと思うんだよ。二人が会えばネックレスが一つになるっていうね」
「そうか。あの二人も女子らしいことをするんだな」
津原はネックレスを受け取りながら噴き出して笑った。「たしかに、園継先輩にはそんなイメージないな」また懐に戻して、表情はすぐに引き締まる。
「で、本題はここからだ。園継先輩が君の部屋に押しかけた日、僕と上秋も来て先輩がいろいろ説明してくれたことがあったろ?」
忘れるはずもない。先輩に包丁を向けられて脅された日だ。あの時、先輩は一春との関係。生い立ち。なぜ両親を殺したのかとこれから何をしたいかを話した。
「やっぱりさ、僕は園継先輩が両親を殺したとは思えないんだよ。感情的な部分もあるけどさ、ちゃんと理屈を立てることもできる」
俺は口を挟まないで手振りで続きを促した。
「園継先輩の説明だと……一春がUSBを入手して、園継先輩に渡すことなく謎の死を迎えた。一方、園継先輩は自宅で両親を殺害。積年の恨みを果たした。ここで引っかかるのは、別居していたはずの両親がなぜ同じ家にいたのか」
「研究のために情報交換していたんだろう。仲違いしていたとは言っていなかったし、同じ家にいるのはありえるだろうな」
「僕もそう考えた。だからそこの説明はそれでいいとして……じゃあ次の問題だ。殺人はいつ行われたのか。警察の調べでは八月の後半から九月の初頭らしいが、僕たちはもっと絞り込める」
八月の後半であれば、目立ったイベントが一つあった。
「八月の二十日だったか。草刈りをやったな」
「そう……!」
津原は興奮気味に、しかし声が大きくならないように意識的に抑えて続ける。
「なぜ寮で暮らしていた一春は親が金庫に入れていたUSBを盗むことが出来たのか? なぜその役割が父親と住んでいたはずの園継先輩には出来なかったのか? 単純な理由を考えれば、一春が独断で園継先輩が家にいない時に盗み出したんだろう。条件が合うのは草刈りがあった日だと思わないか?」
津原の言う通り、園継幸也が持っていたUSBを一緒に住んでいた園継先輩が盗み出さなかったのは不自然だ。そこに理由を付けるなら、津原の推測は現実的な内容といえる。俺も推測だけで考えたことが多いから、無限に考えられる例外を一度無視したやり方に文句はない。そもそも俺たちは事件の真相を究明する立場ではないのだから。
「わざわざ両親が家にいて、園継先輩がいないタイミングを選んで盗みを働いたのか」
「たしかに非合理的だ。だけど、この問題の本質は一春の狙いだ。USBを盗むためなら最悪のタイミングだけど……」
少しもったいぶった津原の続きを代弁する。
「園継先輩に見られずに両親を殺すのが本当の目的であれば、最高のタイミングだったろうな」
「……そう。僕はそう考えた。親を殺したのは園継先輩じゃなくて、一春だったのが真相なんじゃないかって。そしたら八月二十日の昼に両親を殺した意味が伴う。園継先輩にアリバイができるんだ。だから今の園継先輩は、ここまでしてくれた一春を庇ってるんじゃないか」
草刈りの日に一春が両親を殺し、USBを金庫から盗む。そして寮に帰ってから死んだ。そうすれば、現実に起きたこととの矛盾もない。さらにアリバイ作りにも説得力もある。
「あの日についてどこまで話したか覚えてないけど、一春はUSBを持ったまま血を流して死んでいた。これってクローンが死んだ時に体が消える性質を利用して、血と共にUSBを消し去ろうとしたのかもしれない。結果的には残ってしまったけど、一春にはUSBを表に出したくない理由があって行動した。こう考えると園継先輩にUSBが渡されなかった流れが明確になる」
「USBを表に出したくない理由というのは、どんなものだ」
先に進む前に無視できない箇所を聞き出す。一瞬津原が視線を落として思考したのは、考えていないからではなく自信の無さからだった。
「……僕は一春について君たちほどは知らないから、てんで的外れかもしれないんだけど」
そう前置きして、無音の中を冷たい風が吹き抜けた後に続けた。
「園継先輩はUSBを告発するために使った。これと相反するような理由があったと考えるべきだ。クローンの存在を世間に伝えようとした先輩とは逆、クローンはいなかったことにしたかった……とかかな。どうしても想像の範囲になるのは許してくれ」
「証拠が残ってないから想像になってしまうのは仕方がない。それより、クローンの存在していた証拠がUSBだけとは限らないのに、どうして命を懸けられたんだ」
「金庫の中にあったクローン関係の物がUSBだけだった可能性が高い。先輩もUSB以外の証拠については言及しなかったしね。それに園継家で保管していない証拠は手に入らないと思ったんだろう。結果的に、僕らも克己さんからは証拠を得られなかった。いまだにテレビのニュースでクローン研究の情報が取り上げられていないし、一介の高校生が一人で戦える規模の相手じゃなかったのさ」
クリスさんの話でも行政に関わる人が研究に協力していたと言っていたし、徹底的に足跡を消そうとしていた。園継幸也がデータをコピー出来ていなかったら、どうやってUSBに変わる証拠を手に入れられただろうか。それを考えつかない時点で反論はない。
「ああ、そうだ。どうせニュース見てないんだよね。見せておくよ」
津原はスマートフォンを操作して俺にネットニュースを見せた。見出しには『国際法違反の研究に政治家の関与発覚』とある。
「園継先輩か克己さんかわからないけど、出頭する直前に週刊誌とかニュースサイト、インフルエンサーなんかにUSBの中身のうち一部をばら撒いたらしい。フィクションみたいなクローン研究に加えて、テレビを騒がせた高校生による両親惨殺事件が繋がっているとなれば、インプレッションを稼ぎたい人たちの良いエサなんだろうね」
「先輩の思惑通りに広がったってわけか」
「このままクローンが秘密裏にでも造れなくなればね。誰がどう裁かれるかはさておき、研究の管理に関してはさらに厳格化されるんじゃないかな。僕も内情に詳しくないから予想だけど」
長い記事に軽く目を通す。元研究者を名乗る人物から、いつ、どこの研究所でいくらの資金を使い、どうやって研究の隠蔽を行ったかというリークと共にUSBの内容の写しが送られたらしい。園継先輩の起こした事件にも触れられているが、こちらは関係性に触れている程度だ。園継先輩の狙いはクローンが殺人を犯すほど危険だと知らせるというものだったが、記事の中で犯人はクローンを自称していると書かれているのみで、断定的な表現は避けている。
「テレビだとあまり報道されてないみたいだ。SNSだと陰謀だとか隠蔽だとか騒がれてるけど、まだ慎重にいろいろ調べてる最中なんだと思う。海外のニュースでも取り上げられているし、金の流れまでリークされていたら隠し通せやしないだろうね」
スマートフォンを津原に返す。ニュースやネット記事がどう扱おうが、なるようにしかならないだろう。俺たちにできることはもうない。
「それで、まだなにかあるのか」
津原は腕時計で時間を確かめた。
「まだ全然か。そうだな……とても重要で、とても難しい謎が残ってる。これには僕もお手上げ状態だよ」
そう言った津原は実際に両手を小さく広げてお手上げのジェスチャーをした。俺はぬるくなったお茶を飲んで、予想を言ってみる。
「なぜ両親の死体がバラバラにされていたのか」
「そう、それ。強い恨みがあって死体をバラバラに、その後冷蔵庫に入れて隠す……って、これだけ言うとそれっぽい説明にはなる。だけど、遺体を切断するのは大変な作業だよ。力と体力がいるし、なにより時間が必要だ。フィクションの世界でも、バラバラ殺人ってだけで女性が犯人とは疑われにくくなる」
ただの女子高生にはとても難しい。それがまったくイメージ通りの惨状であったならばの話だが。
「家に先輩がいなくなってから、昼過ぎに寮の部屋で一春が亡くなるまでの間に両親を殺害、切断して冷蔵庫に隠す……ものの数時間程度でこれをやるのは、筋骨隆々の大人の男でも不可能に違いないさ。それを女子高生がたった一人で行った。断言するけど、このトリックが解けるならミステリ小説書いた方がいいね!」
津原は熱くなって声を響かせた。たしかに言葉の上では現実的ではない状況が起きていたように考えられる。ならば視点を変えてみよう。
「固定観念に縛られているだけかもな」
「と、言うと?」
「死体はバラバラにされた……バラバラっていうのは五体を胴体から切り離して関節ごとに分ける印象がある。だが首と両足、三部位だけでもバラバラと言えるんじゃないか」
「それは……たしかに。でも、冷蔵庫に入れられるくらいには小分けする必要があるだろ?」
「冷蔵庫というのもサイズが曖昧だが、一世帯用でも大人の背丈くらいの大きさになる。その中の仕切りを外すのは、人体を切るのに比べて楽な作業だ」
「……」
津原は人差し指でこめかみを叩いた。「そんな単純なことに……」と呟いて、こちらに向き直る。
「でも時間がかかる。両親を殺害したあとに首と足を切断するのは、女の子一人じゃ何日も……」
また津原の声が大きくなってきたので、手で制して口を挟んだ。
「八月の終わりから十二月の頭まで、三ヶ月もあれば終わるだろ」
「え? でも……」
なにを言っているんだと顔が物申しているが、すぐにハッとして目を見開く。
「園継先輩の事件の説明は嘘だと思ってたけど……全部じゃなかったのか」
事件の真犯人が一春だと推理していたせいで、殺害を行った人物と死体の処理をした人物を同一だと思い込んでいたらしい。一春が死体の切断まで行った場合では、園継先輩が家を出てから昼までの数時間で全ての犯行が行われたことになる。だが園継先輩が切断を行った場合、事件発覚までの三ヶ月以上の期間が死体の処理に使えた時間になる。
「一春が殺した死体を園継先輩が処理すれば時間の問題はない。そもそも園継先輩は事件を隠蔽しようとしていないからな。USBを回収するために時間を稼いで、自分の犯行に見せる必要があった。そのために一春が作ってくれた草刈りで不在というアリバイを、先輩が自ら壊すために死体に手を加えて冷蔵庫に入れたんだ」
「そうか……目的を達成するためには事件が発覚しなければならないし、すぐに見つかってもいけない。昔からミステリのトリックで見るやつだな。体を冷やして犯行時間の特定を難しくする。まあ、現代科学ではすぐにわかるだろうけど」
正しい犯行時間が警察に特定されても園継先輩の証言に矛盾がなければ問題ないだろう。そういう嘘のためなら頭が回るし、口が上手い人だ。
「もしかしてさぁ、君は園継先輩から聞いてとっくに知ってたのか? ずいぶんとわかってたみたいに話すじゃないか」
疑うような言い方だが、以前のような嫌味を含んだ口調ではなかった。むしろほくそ笑んで聞いてくる。
「一春が死んだ理由は先輩も知らなかったと前もって聞いていた。なら先輩の計画と無関係に死んでいたわけだが、あの部屋を警察が調査しても強盗や誘拐の疑いがかけられていない。つまり一春は他殺の線が薄いと判断できる」
一度区切ると、津原は真剣な顔つきで頷いた。
「ということは一春は自分の手でUSBを盗んだのに、自ら死を選んでいたと推測できる。すると八月二十日の時点で園継先輩と一春の計画は違うもの、あるいは違う目的で動いていたものというわけだ」
「でも、USBを盗むという共通認識はあったわけだ。一春が単独で行っていた犯行だったら、園継先輩は一春がUSBを盗んでいたとは知らないだろうからね。途中まで協力していたのに一春が独断で行うきっかけがあった……」
突然人の話し声が聞こえてきた。公園の周りを歩く人がいるらしく、俺たちは自然と口を止めて声の方を向く。民家の塀の陰から現れたのはおじいさんで、腰に付けたラジオから大音量でパーソナリティの声が流されていた。
「……」
顔を見合わせてから同時に飲み物を飲んだ。少し黙ると十二月の気温で熱を持っていた頭が冷めていく。
「少し歩こうか。体を動かした方が頭も回るらしいし」
津原の提案を受けて立ち上がり、おじいさんが歩いたほうとは反対に歩くことにした。
公園を出ると散歩しているご老人が向かい側から歩いていて、通り過ぎるまで無言で足を動かす。そして通りに自分たち以外の人影がなくなったのを確認して、津原はポツリと言葉を漏らした。
「高名の好意に気付いてたのかな……自分が何者かに悩んでいるときに高名に恋愛感情を向けられたのは、一春に葛藤を与えたのかも」
そう言うと津原は即座に首を振った。
「いや、こういう言い方は良くないな。高名に申し訳ない」
ぶつぶつと内省を始めたので、先に進むために話しを変えさせてもらう。
「関わった全てが遠因になりえる。どこで気持ちが変わったかよりも、変わったことでどう本人にメリットがあったかを考えた方が合理的だ」
「なんかなぁ」こっちを見ないで独り言のように呟く。「君みたいに考えられないんだよなぁ、僕ってさ」
「俺と同じ考え方をするのが正解ってわけでもない。感情的な面は、俺より津原の方が感じ取っている」
「それは君があんまり興味ないだけなんじゃないか」
「まあな。一春がどんな感情を抱いていたか、いくら考えても一つの解釈にすぎない。いま生きている人間が都合のいい説明に使うだけだろう」
「人間……」
「俺たちだ」
「……そうだな」
立ち止まって笑みを浮かべた津原の正面に立つ。クローンは人間なのかという議論に意味はない。今やクローンと人間が区別される壁は園継先輩が壊してしまったのだから、俺たちはこれからも人間らしく生きるだろう。
今日何度目かの沈黙の中に、また話し声がどこからか響いてきた。あの散歩中のおじいさんがグルっとお寺を周って来たのかと見回すと、遠くで自転車を漕いでいる人が声を発しているようだ。しかも男が自転車を漕いで女が荷台に座っている二人乗りときた。閑静な住宅地を騒がしい二人がこっちに向かって来ている。
「おい、砂波。なんであの二人がここにいるんだ?」
「行動原理を理解しようとするな。あいつらは絶対に推理できない例外中の例外だ」
自転車が止まり、荷台にいた女がこちらに向けて手を振った。まさかこんなところで会うことになるとは。
「さなみーん! ふゆっちー!」
「も、もう……ムリ! 疲れた……!」
「あっきー、体力落ちてるんじゃないの?」
「うるせぇ! 二人乗りする体力なんて最初からねぇよ!」
「なにしてんだ、お前ら」
他人のふりをしようかと悩むほどうるさいやつらの正体は中林と上秋だった。たしかに今日、お焚き上げがどうこうと話はしてあったが、年末は実家に帰っていたはずだ。
「今日、この辺のお寺でお焚き上げするんでしょ? 年末なんてやることないし、あっきー誘って来ちゃった」
「二人乗りするなんて聞いてねえけどな……しかもこの辺、坂が多すぎるんだよ」
中林は荷台を降り、上秋は乗ったまま怠そうに地面を蹴って合流した。津原と事件について話していたことは伏せて、あとはお焚き上げが始まるまで待っている状態だと説明する。
「ねえねえ終わったらさ、みんなでカフェ行かない? この辺に古民家を改築したカフェがあるんだって!」
「金なーい。パス」
力ない返事をする上秋に津原が同意した。
「僕も、財布を持ってきてないんだ」
「ちぇ~、じゃあまた今度かぁ」
悔しがった中林に津原は励ますように声をかけている。三人は同じ方へ歩き始め、俺も一歩後ろを付いていく。「金が降って湧きでもしたらいいんだけどな」上秋が言った冗談にみんなは笑ったが、俺は一つ考えが浮かんだ。
「降って湧いたような金ならあるぞ」
俺は園継先輩からお焚き上げの代金として多めに一万円受け取っていたことを話した。残った分は好きに使っていいと言われていたから、全員でカフェに行くのに使おうが自由だろう。
「だから園継先輩の奢りみたいなものだ」
こう言うと上秋と中林から遠慮という文字は無くなり、スイーツを付けようとか一番高いコーヒー飲んでみたいと始まったのを見て津原が笑った。
「正直、元気無くしてるんじゃないかと思って心配してたけど、全然大丈夫そうだな」
「あれでも先輩が逮捕された後はへこんでいたけどな」
園継先輩が殺人を犯したことはニュースでしか見ていないから、どこか非現実な出来事に思えていた様子だったが、さすがに本人がいなくなると二人は身をもって喪失感に打ちひしがれていた。それでも自力で立ち直っていたから心の強いやつらだ。
「……園継先輩は、守ったのかな」
前を歩く中林と上秋に聞こえない声量の呟きに「なにを」と聞き返す。
「一春の人物像っていうかな……だって、誰も一春が殺人を犯したなんて思わないだろ? まあ僕の推理でしかないわけだけど、これを高名に聞かせたら怒るかもしれない。もし信じてくれたら、それでも高名はショックを受ける。中林もそうだと思う」
たしかに二人は一春と深い付き合いだった。失踪と聞いたときですら中林は一人暴走気味だった。上秋は記憶をなくしていたらしいが、もし目の前で死んだ姿を見たまま日常に戻されていたら、それだけで気が狂ってしまうかもしれない。明るい姿を見せてくれているが、あれで精神は薄氷の上に成り立っている。真犯人が一春の可能性があるとは聞かせられない。
「自分が全ての犯人になることで、僕たちの中の一春という人間像は守られる。案外、あの人にとっての行動原理はそれだけで良かったのかな」
「一春は先輩のために、先輩は一春のために……か。まあ、たったそれだけかもな」
上秋と横並びで歩いていた中林が、少し後ろを歩くこちらに小走りで距離を詰めた。
「ねぇねぇ、そのカフェさ、ワッフルが美味しいんだって! テイクアウトできるらしいから、舞ちゃんに買ってあげなよ」
中林は右手の人差し指を立てて手首を振りながら教えてくれた。
「そうか、舞はワッフル好きかな」
「買って帰れば絶対喜ぶよ!」
「わかった」頭の中でカフェのワッフルを買うこととメモをする。午後に実家へ寄るのは面倒だが、舞が喜ぶならそれでもいいか。
最初は一人で来るつもりだったのに、偶然か巡り合わせか、四人の賑やかな団体になってしまった。今にして考えれば、俺一人で事を済ませてしまっていたら全員に文句を言われていたに違いない。それを避けられたのは幸運だった。
お焚き上げというのは一春と向き合う最後のチャンスになる。ここにいる全員がちゃんと一春と別れることができていなかったのだから、俺だけが立ち会うべきではなかった。それは反省しておこう。
あと数分後には死んだ一春を弔うだけではなく、園継先輩や残された俺たちの未練が写真に囚われないために写真に火が灯る。灰と煙に変わっていく化学反応は儀式によって意味が込められて、信じる人には心の救いという理由になる。
信じる心も、救いも求めないこんな俺では、手を合わせて一春を想っても見掛け倒しにしかならないだろうか。それともこの思考も自分への偏見で、中林と上秋、津原だって実は俺と大差ないのかもしれない。差を感じているのが俺の思い込みだとしたら、そしたらきっと、三人の祈りに意味を与えているのは俺自身なのだろうか。
なら、もし見掛け倒しでも行う意味をこの三人が見つけてくれるなら……




