カミサマにお願い
幸樹×大地
「…梅雨終わったって言ったじゃん」
「いや、梅雨が終わったからって雨が消滅するわけじゃないですよ、大地さん」
「…幸樹のバカ」
なんて理不尽な!
俺に八つ当たりしたお姫さまは、ぷいっと外の方を向いてしまった。キッと外を睨みつけるような視線は結構な恐ろしさ。
昨日から海に行きたいって言ってたからなぁ……
天気予報が外れて雨が降ってるってのが、余計にたちが悪い。
「そんな拗ねなくてもいーじゃん」
真っ昼間から電気をつけて、そんなに面白いわけでもないバラエティー番組を鑑賞。二人掛けソファーに並んで座ってんのは非常によろしいんだけど、肝心の大地の機嫌が斜めだから全部台無しだ。今だってこっち向いてくれないし。
「だってさぁ…」
やっと、まともな会話ができると思ったその時。
「お!」
「…ッ!」
一瞬部屋が白くなった。見ていたテレビの映像が乱れる。すぐ近くに落ちたらしい。光ってから音がするまで早かったし。
「すっげー近かった…って、大地?」
雷って、なんかテンション高くなるよなぁ……
稲妻を見ちゃった日にはもうテンションがバカみたいに上がってさ。かっこいいじゃん、あれ。
って話をしたかったんです、大地と。でも、肝心の大地はそれどころじゃないみたい。例えるなら、なんかに怯えてる子犬、みたいな。
あ。もしかして。
「大地、おいでー」
ふわり、手を広げて「俺が抱きしめてやるぜ☆」ポーズ。もちろん、冗談のつもりで。
「おいでってばー」
「や!」
「えー 怖いんでしょ?」
「だからって、幸樹に抱きつく必要はないさぁ!」
大地はちょっぴりツンデレが入ってると思うんですよ、僕。なんか、大地は俺を振り回して楽しんでるっていうか。……俺が、大地になら振り回されても構わないって思ってるっていうか。
って、妄想を繰り広げてたんだけど、実際の大地の行動はそんなもんじゃなかった。事実は小説よりも奇なり。
「あ、あの…大地、さん?」
大地は俺の腕の中に飛び込んできました。温度が、肌が、匂いがすぐそこ。思考回路が沸騰してる。
突然のことに結局俺の両腕は大地を抱きしめることをしなくて、ただ宙を漂う。わー 情けねぇ……
「ぎゅーってしてよ、ばかぁ!」
……大地さんのお叱りが飛んできました。
ちっちゃく謝ってから片腕を背中に、もう片方で頭をなでなで。少しでも大地が安心できるように。
「雷、怖いの?」
俺の問いかけにコクコクと頷く大地。
いったい、このピカッとしてゴロッてなるだけの何が怖いんだろうか。寧ろかっこいいと思うんだけどなぁ。
まぁ かわいいから許します。
「…だーいち」
「なに…?」
「キス、しよっか」
ちょっと、大胆な行動に出てみる。普段ならこういうことは言えないけど、なんとなく今なら言えるような気がして。
怒鳴られるなら、それはそれでいい。
……いや、マゾとか、そういうのじゃなくて。
怒鳴るってことはそれなりに元気があるってことだし、ギャーギャー騒ぎあってる間に雷が終わればいいなっていう算段なわけですよ。まぁ さっきがさっきだったから、そうなる可能性は皆無に等しいんだけど。
予想通り、コクンと頷いた大地。もう一個の作戦はこうだ。キスで気を紛らわせてしまおう作戦。安直とか言うな!
いや、でも、うん。そこまでのテクニックがあるかと言われれば、激しく微妙なところですけどね……
あいにく、そんなに経験があるわけでもないので、ってネガティブは置いといて。
いざ、作戦実行!
「ン…ッ」
鼻にかかったような大地の声。そんな小さなことにすら欲求を煽られて大変。
ちっちゃくて、ふにふにの唇。見てるだけでも気持ちよさそうってわかるような、キスがしたくなるような、そんな唇。
自分の唇でその感覚を楽しみながら、大地の舌を絡め取る。ちょっと震えて逃げるような感覚がたまらない。
いつの間にか轟音と呼べるまでに成長していた雨の音が遠くなっていく。俺が夢中になってどうするんだって話。でも、それくらい大地とのキスは気持ちよかった。
「…もう、大丈夫?」
どれくらいの間そうしていたんだろう。苦しくなったら息継ぎをして、また求め合って、息継ぎをして、の繰り返し。
外に意識を向けると、もう雨はあがりそうだった。これなら問題ない、と思って、大地を拘束していた腕を放す。
ふいっとうつむいた目の縁が綺麗に染まっている。唇を少しとんがらせて、かわいい。
「…幸樹に知られたくなかったさ」
「なんで?」
「…いい年した大人が雷が怖いなんてさ、バカみたいじゃん」
ぽつりぽつり、吐き出すように言葉を紡ぐ大地。最後には、呆れたでしょ?なんてオマケ付き。
とんでもない! 超超超かわいくてどうしよう!とか思ってたくらいなのに。
「克服しようとか思わないでよ?」
「え?」
「俺がいつでも抱きしめてあげる」
さっき大地にしたように、また両腕を広げる。と、今度は、バカじゃないの!って言われました。大地は耳の縁まで真っ赤っか。
うん。そうそう、やっぱり元気な大地が一番。
「…ねぇ、幸樹」
「うん?」
「…ありがと」
こんな気分なら、また、味わいたい。
なんて。
なんなら、毎日雷でも大歓迎だ。
でも、こんなかわいい大地は他人に見せたくないから。ふたりきりのとき、たまに、お願いします。
おわり