第七十六話:医者達
ハワード国際ホテル。五つ星の超一流とだけあって、その外観も雰囲気もまた従業員でさえ別格と思わせるわけだが、やはり例外はあるものだ。その代表が客である。
「すっげぇ! やっぱ一流は違うよな」
「あっ、兄さん、あそこにかわった彫刻があるよ!」
「おっ! 面白そうだな、行ってみようぜ!」
容姿はけっして悪くもなく恰好も失礼には値しないが、着いた途端に騒ぎ出し走り出す客を迎えた事は、おそらくこのホテルでは初だったに違いない。龍が走るなと注意しても全く聞いてないようで、彼はまた気苦労を背負うのだった。
そして、彫刻の前に来た二人は何やら見慣れない動物にそれぞれの感想を述べる。
「う〜ん、鳥の顔をした妖怪?」
「いや、鳥ライオンだろ」
「翔、お前は本当に勉強しろ。これはグリフォンだ」
「グリフォン?」
なんだそれ、と年少組は首を傾げる。
「ああ、天上の神々の車を引く役目を担ったと言われる幻想獣だ。また他にも欲に目の眩んだ人間の処罰というのもあるがな」
「へええ、そんな獣がなんでこんなとこに置かれてるんだよ」
なんか逆に置かない方がいいのでは、と翔は続ければその疑問に啓吾が答えた。
「三男坊、龍が言った他にも説はあってな、紋章学でグリフォンは黄金を発見し守るという言い伝えがあり、それに鳥の王・獣の王が合体していることから王家の象徴としても使われてる。
ハワードにとっちゃどっちも都合のいい意味合いなんだろうが、置かれてる理由としては芸術を楽しむってとこが妥当なんじゃねぇの?」
「そうですね。ここを訪れる客にとっては彫刻云々より中のサービスの方が興味ありそうですし。翔君の食事と同じようにね」
「あ、そりゃひどいや秀兄貴。いくら俺でも芸術に全く興味がないわけじゃないぞ」
「毎年食欲の秋な人が何を言ってるんですか」
そのやり取りにまた一行は騒がしくなる。もう勘弁してくれ……、と龍は額に手をやり、責任を放棄したくなった。
そんな会話を聞いていたのだろう、スーツ姿の一人の紳士が龍達に近付いて来た。
「さすがはドクター龍と啓吾、博識でいらっしゃる」
白髪にブルーの目をした明らかに日本人ではない容姿。秀と啓吾はピクリと反応したが、龍は全く態度に出さず紳士の方を向いて尋ねた。
「あなたは」
「はい、私はハワード医学研究所室長をしておりますロバート・ディアスと申します。ミス・セディは少々遅れるとの事なので、それまでは私がお相手致します」
表情穏やかに告げてくるロバートだが、龍は内心で警戒し、沙南に自分の腕を離すように告げて一歩前に進み出た。
「分かりました。秀、お前達はレストランで食事してろ」
「兄さん」
「少し込み入った話になりそうでね、それを聞きながら食事をするとなると味が落ちるからな」
「ふ〜ん、だったら同じ医者として俺は同席させてもらうか」
「あっ、だったら私も」
「啓吾、紗枝ちゃん」
何故と問いたくなるが、二人は止めるなとばかりにすぐに切り返して来た。
「ああ、気苦労性の長兄を見ながらコース料理を満喫するのは悪くないかと」
「私もよ。ちょっと個人的な怨みがあるから、是非とも参加させてもらいたいわね」
それでもダメかしら、と微笑を浮かべる二人を止めることはどうも無理そうだ。だったら仕方ないな、と眉を下げて龍は了承した。
「分かった。それじゃ秀、頼んだぞ」
「はい」
「では、こちらへ」
三人はロバートの後に続き別室へと向かっていった。
それを見送りながら、やはり年少組は心配といった感情を隠せない様子だ。
「……お兄ちゃん達大丈夫なのかな?」
「心配いりませんよ。あのロバートという人がどれだけの人物かは知りませんがあの三人がかりで勝てないはずもないでしょうし、寧ろ相手に同情ぐらいしてあげてもいいかもしれませんよ?」
「それもそうね。じゃあ、ここの料理しっかり研究しちゃおっかな」
「そうですね。あっ、あっちにバイキングがあるみたいですよ」
「バイキング!? 行くぞ純!」
「うん!」
やっぱり芸術より食じゃないですか、と秀がつっこむのを女性陣達はくすくす笑い、一行はバイキングレストランに歩みを進めるのだった。
龍達が案内された部屋は調度品が並ぶVIPルームだった。
おまけに頭上には一体いくらするのだろうかというシャンデリアがキラキラと光を放ち、ガラスごしにはどこかの有名な庭師がプロデュースしたという一風変わった芸術を堪能しながら食事が出来るようである。
そして、料理の方もどうやらホテルで一番最高級の食材をふんだんに使ってくれてるようだ。
「さあ、召し上がってください」
まず毒なんて入れてこないだろう、と三人は平然として前菜に手を付ける。まあ、入れられたとしても何の毒なのか瞬時に判断できる医者ではあるのだけど。
「さて、今回三方には私の研究所に来ていただきたくミス・セディが聖蘭病院を訪問させていただきましたが、返事をNOと返された理由を伺いたいところですな」
前菜を口に運びながらロバートは龍の方を見ると、やはり量が少ないのか龍はさっさと前菜を片付けて答えた。どうやら、彼はテーブルマナーを守る気などさらさらないらしい。
「簡単な事ですよ。俺達は医者であり権力を求める愚者ではない。戦争好きな権力者の下で自分達の腕を振るう気になれません」
「ほう、我々が他国の戦争に介入してるのをご存知とはさすがですな」
「それを否定しないあなたの元に行きたくないということですよ。解剖マニアのロバート・ディアスのもとには特にね」
そう言われロバートはニヤリと笑った。その笑みは間違いなく危ない解剖マニアだな、と啓吾の評価を受けるには充分だった。
ただ、食事の最中にそのマニアックな話をされることだけはご遠慮いただきたいものだが。
「さすがはドクター龍、ハワードの名前だけには惑わされなかったか」
「当たり前だ。医院長から引き抜きの話を聞いたとき、すぐに俺達を引き抜きたいといったもとの人物を調べさせてもらった。そして出て来たのがあんたの名前だった」
「それは光栄だ、私はそこまで有名だったのか」
それには啓吾がハンと鼻で笑って答えた。龍が喧嘩腰なら、ネクタイもきちんと絞めとく必要もないかと緩めながら。
「まさか。捕虜達を使って生態実験ばっかりやってるクズ医者が有名な訳がないだろ。もちろん俺達もその材料にされるつもりはないがな」
啓吾も前菜を食べ終えフォークを投げ置いた。どうやら全て当たりらしく、ロバートはさらに笑みを浮かべる。
「すばらしいね、それだけの情報は菅原財閥の提供かね?」
「残念だけどうちだけじゃないわ。だけど、私達は核心に近いところまで来ている。あとはあなたがぺらぺらと喋ってくれれば私達の本当の敵が炙り出せるのよ」
紗枝の真摯な目がロバートを貫くと辺りは一気に緊張した。特にその空気を作り出している青年は静かに尋ねた。
「質問は二つで終わる。高原老の傍らにいた女を知っているか?」
「知らないはずもないよな、あんたはハワードにいく数年前、高原を何度か診たことがあるんだろ?」
啓吾も口を挟みロバートは認めるしかなくなった。
「ああ、あの女か。確かに高原の傍にいつもいたな」
「その彼女が俺達に会いたがっている主がいると教えてくれたが、お前はその主がどこにいるのか知ってるのか、知らないのか?」
「知ってどうするのかね?」
「直接会って聞きたいことがある。そのあとのことは話した後に決めるさ。それでどうなんだ?」
さっさと答えろ、と龍は静かに威圧する。しかし、ロバートはそれに臆する事なく答えた。
「残念だが私も知らないな」
「……そうか」
この件についてはこれ以上問い詰めても仕方がないかと龍はすぐに断念した。やはりロバートは天空記とは無関係らしい。
「ならば二つ目の質問だ。ロバート・ディアス、ハワードを隠れみのにしてるお前達の黒幕の事を吐いてもらおうか」
「なっ!!」
ロバートは面食らい席を立ち上がろうとしたが啓吾が重力で縛り付ける。
「おっと、逃げられると思うなよ。まだ質問の途中だ」
「ぐうっ……!!」
体にどれだけの重力がかかっているのか、ロバートは身動き一つ取れなくなった。
「昨日私を襲ってくれた潜水艦なんだけどね、あれは軍のものじゃない上にハワードにも関係なかったのよ。
だけど、あなたの名前が突き止められたからハワード以外にもちょっかいをかけてくる馬鹿がいると思って調べてるのよ。早く言った方が身のためじゃない?」
紗枝がにっこり笑うと、さらにロバートに対する負荷が増加した。そして、龍が立ち上がりロバートの首筋に手をあてる。
「これ以上負荷をかければ大理石の床に穴を開けてしまうからな。最後にもう一度だけ問う。お前の黒幕は誰だ?」
もはやロバートに逃げ場はなかった。
今回は医者達が相変わらずというかなんというか……
だけど自分達が巻き込まれた件をちゃんと調べてる辺りさすがというかなんというか……(そればっかりじゃん!)
ですがこのロバートという人物に本当同情ぐらいしても構わないという秀の意見は見事に当たりです。
龍だけでも威圧感たっぷりなのに啓吾が重力で押さえ付けて紗枝さんがにっこり笑って……なんて普通の神経の人だったらいっそ殺してくれという状況です(笑)
だけど一体ロバートが何を吐かせられるのか、今後の話にも関わってきますのでお楽しみに☆