第七十五話:各々準備完了
ホテルでディナーとなった一行は、紗枝に引き連れられそれぞれが正装することになったわけだが、やはり紗枝は紗枝である。
沙南と柳をひっ捕まえて菅原財閥のヘアメイクアーティスト達に生贄の如く差し出し、紫月と夢華はどれがかわいいかなぁ、と楽しくドレスアップさせてようやく自分の準備へと取り掛かった。
「さすが紗枝お嬢様ですね、とびきりの逸材をメイクさせてくれるのですから」
「そうでしょう? だけどまだ年少組二人は垢抜けさせたらダメよ。将来の楽しみがなくなっちゃうから」
「ふふっ、天宮家年少組のお相手ですか?」
「そういうこと」
メイクアップアーティストと話しながら彼女もどんどん美しくなっていく。傍目で紫月と夢華を見ながら紗枝はニッコリ微笑んだ。
それから最後の仕上と紗枝にルージュの口紅が落とされたとき、別室にいた沙南がシンプルな薄桃色のカクテルドレスを着て入って来た。
「あっ、沙南お姉ちゃん!」
「あら〜夢華ちゃん、可愛いわね!」
「エヘヘ、グロス塗ってもらったんだ。それにね、爪もキラキラなの!」
タイトル「初めてのお化粧」とでもいう感じで実に初々しい夢華のドレスは黄色のチャイナドレス。それも少し動きやすそうな感じである。
そして、夢華に対して紫月は少し冷たい感じのメイクが施されていた。クールビューティーの彼女には寒色系がよく似合う。
「紫月ちゃんは大人っぽいね」
「紗枝さんがコーディネートしてくれたんです。翔君がいたら絶対動き回るだろうからって」
なるほど、だから両サイドスリットの深い、紫のチャイナドレスなのかと沙南は納得した。特に紫月は蹴技まで繰り出すのだし。
そして、薄水色に銀糸で刺繍を施してあるカクテルドレスに身を包んだ紗枝も椅子から立ち上がり、沙南に近づいて仕上がり具合をチェックする。
あくまでも彼女の楽しみは進まなすぎるカップルに刺激を与えることだ。
「うん、沙南ちゃん良い感じに決めたわね。少しだけ背伸びしたお姫様ってイメージに仕上げてもらうようにしたんだけど気に入った?」
「ええ、すごく素敵なんだけど……」
「まあ、龍ちゃんは正装するとねぇ……」
「本当、反則よあれ……」
二人は揃って溜息をついた。美女二人を反則といわせる龍の正装って……、と紫月は想像するが、確かに兄の数倍は素敵だろうなと思う。
「あとは柳ちゃんね」
「すみません……お待たせしました」
柳は頬を赤く染めながら入って来た。
彼女が着ているのは、背中が大きく開いた白地にエメラルドグリーンがさりげなく混ざったイブニングドレスだ。そして生地の所々、小さな宝石でも付いているのか角度によってキラキラと光を放っている。
まさに今日のパーティーの主役は柳だと言わせるほど彼女は美しく飾られており、部屋にいた者達は感嘆の声を漏らさずにはいられない。
「お姉ちゃん……」
「綺麗過ぎます……」
妹達が言葉に出来ないほどその美しさは際立っていて……
しかし、やはり柳は柳である。紅潮した頬で小さな抗議をした。
「紗枝さん、やっぱりこのドレス恥ずかしいです……」
「イブニングドレスってそういうものよ。まあ、秀ちゃんが無意識にお持ち帰りしちゃうかもしれないけど……」
「紗枝さんっ!!」
お持ち帰りって何?と尋ねてくる夢華に、紫月はまだ夢華が知るには早いと頭を撫でてやる。
「それに今回、柳ちゃんにとってはただの晩餐会とはいかないと思うのよ。相手はハワード財団、というより夢の中に出てきた妖姫!」
「紗枝さん、だけどそれはまだ確証があるわけじゃ……」
「でも沙南ちゃんと私の夢にも出て来て、おまけに秀ちゃんがハワードに取られそうになってるなんて偶然が重なりすぎてると思わない?」
柳は俯いた。確かに偶然が重なりすぎてると思う。
セディに会ったことがあるわけではない。しかし、夢の中で彼女は南天空太子を愛していた事は事実で、きっと現代でも秀のことを気に入ってるのは間違いないと思う。
だけどそう考えて胸が痛むのは柳泉の性なんじゃと思う自分がいて、夢で見た柳泉ほど苦しい恋を秀にしているのかと問われたら自信がなくて……
すると優しい表情を浮かべた紗枝は柳の手をとって告げた。
「柳ちゃん、もう一度だけ言っとくわよ。秀ちゃんのことが本当に好きだと思ったら誰にも遠慮なんかしちゃダメよ。何があっても飛んでいきなさい」
「紗枝さん……」
まっ、柳ちゃんがその気になれば秀ちゃんなんてイチコロでしょうけど、と笑えば、沙南もそれには納得しているようでがんばれと親友に抱き着いた。それに柳はあたふたしてしまうのだけれど。
そんなやり取りをしてると部屋の扉がノックされた。
「どうぞ」
「おい、そろそろ行くぞ」
入ってきた人物に女性陣は目を丸くした。意外な人物の意外な正装を見たからだ。
「あれれ? お兄ちゃん?」
「どうしたんですか、その恰好」
「二人とも、一応晩餐会なんだから」
柳はくすくす笑う。啓吾のタキシード姿など初めて見たからこそ起こる反応である。
美青年には違いないので確かにその辺の女性からダンスに誘われるぐらい「いい男」には違いないのだが、何より見慣れない。なので「かっこいい」というより「意外に似合う」との評価である。
「俺だって柄じゃない」
何よりきつい、とネクタイを緩めそうになったのを妹達が我慢しろと止める。すると今度は廊下から感嘆の溜息が聞こえて来た。ああ、来たのね、と紗枝は思う。
「皆の仕度終わったかい?」
その声に部屋にいた者達が全て龍に見惚れた。啓吾と全く正反対の反応が口々に突いて出て来る。
「うわあ〜!! 龍お兄ちゃんかっこいい!」
「ほんと素敵ですね」
「さすが天宮家家長ね」
髪をセットして仕事用の眼鏡は外して、タキシードを着ただけでとんでもない男前になるあたり、本当に性質が悪いと沙南は思う。
しかも本人は無自覚なのだから……、と心の中で悪態を突くが、結局沙南も頬を朱くして見惚れてしまう。
「ほら、沙南ちゃん」
柳の言葉に沙南ははっとして、いつものようないたずらな笑顔を龍に向けて近付いた。
今日は露出を押さえている性なのか、昨日の刺激があまりにも強すぎて免疫が出来た性なのか龍は冷静だった。
「龍さん、とても素敵よ!」
「うん、ありがとう。沙南ちゃんもドレスよく似合ってる」
「ありがとう。立派にエスコートしてね」
「かしこまりました、お姫様」
腕を差し出し沙南はギュッとそれに自分の腕を絡める。今日は大丈夫そうだな、と紗枝は微笑むと啓吾はぽつりと呟いた。
「……ホント、男の俺から見ても龍はいい男だよな」
「そうよね。これを見ても服を着崩そうなんて考えられる人間がいるんだから不思議よね」
「俺に対する当て付けか?」
「何ならネクタイおもいっきり締め付けてあげてもいいけど?」
さっき緩めたネクタイを紗枝は元に戻してやる。もちろん、苦しくなるギリギリまでやるのが彼女らしいが。
「それで本日の主役は?」
「お待たせしました」
今度は絶世の美男子が入って来たと部屋は湧いた。ふわりと薫る香水はおしゃれな秀らしいなと啓吾でも思うわけだが、彼には柳しか目に入ってなかったのか、すぐに彼女の左手を取り指先に唇を落とす。
「今、次男坊って叫んだら殺すわよ」
シスコンは叫ぶ前に紗枝の殺気に当てられ部屋から連れ出された。二人の世界を邪魔したらいけないな、と紫月は夢華の手を引いて外に出る。
だが、突然の行動に柳は顔を真っ赤にしてこれ以上ないパニックに陥った。
「し、ししっ、しゅ、秀さん……!?」
「柳さん、今日はエスコートさせていただきますのでよろしくお願いしますね」
「えっと……は、はいっ!」
「おや、いつも以上に顔が真っ赤ですけど?」
「だ、たって!! 秀さんが!! キ、キ……!!」
もうこれ以上勘弁して……、と柳は泣きそうになっている。それがあまりにも楽しいらしい秀は、やはり悪戯な笑みを浮かべていて。
「すみません、相手が調べてた僕達の情報を見たら柳さんは僕の恋人みたいなんで、ちょっとそれに悪ノリしたくなりまして」
「……悪ノリしないで下さい」
まだ紅潮したままの表情が本当にツボにはまってしまう。この表情が自分は本当に好きなんだなぁと自覚はある。
ただ、胸のどこかにもう一人の自分がそれ以上の何かを必死に求めているのが気に食わなくて押し殺しているのだけれど。
「ははっ、本当にすみません。ただ、それだけ僕達は調べられているのは事実です。相手の趣味だけならまだしも、ちょっとハワードの動きを見るかぎりいろいろ予測が立ちますので、出来るだけ僕からは離れないでくださいね」
そして、秀はポケットから赤い宝石の付いた指輪を柳の薬指にはめる。サイズもいつ知ったのだろうかピッタリだ。
「今日の僕達は婚約者です。それと……」
秀は柳の耳に何かを囁いた。それに柳ははっとしながらも答える。
「……私も、愛してます、秀さん」
甘い空気がその場に立ち込めた……
みんなバッチリ正装して準備万端です。
天宮家の年少組は次回登場します。
とりあえず今日は龍が逃げ出さなくて良かったなあと思います。
まあ、彼はハワードと戦いに行くわけなので沙南ちゃんから逃げ出してる場合ではありません、ちゃんと活躍してくださいね。
そして最後に悪戯を通り越して来た秀さん……
もう本気で柳ちゃんのことが好きだといってほしいんですが、なんで彼は言わないんだろう……
と思ってたら柳ちゃんの口から愛の告白が……!!
えっ?秀さん告白しちゃったの!?
次男坊がそんなさりげなく!?




