第六十四話:飲酒運転はするな
週末、天宮家の別荘に出発した一行は賑やかな会話を繰り広げながら目的地に向かうはずだったが、少なくとも柳が乗るはずだった助手席に啓吾が乗っているあたりで秀の予定はかなり狂っているようである。
そんな秀の機嫌は運転中だからこそ爆発はしていないものの、額に青筋を立てて低空飛行中だ。
しかし、その元凶は連勤明けの所為か、大あくびをして全く気にした様子はなく、それどころか注文を付けるほどだ。
「次男坊、ちゃんと安全運転しろよ?」
「……何で啓吾さんが僕の車に乗ってるんですかねぇ? 紗枝さんと一緒に来れば良かったのに!」
「仕方ないだろ? あいつは急にオペ室行きになったんだ。だから少し遅れるんだとよ」
「そうですか。だったら、兄さんの車で末っ子組の邪魔でもしてたら良かったんじゃないです?」
「あいつらは純粋なガキだからな、どこかの腹黒い次男坊とは違うさ」
それに龍の隣には沙南お嬢さんが座るべきだろ、ともっともな理由を付け加えれば、後部座席に座る翔、紫月、柳も首を縦に振った。
「だいたい、何で啓吾さんは自分の車で来ないんですか!」
「連日の徹夜なんだ、運転するのが面倒くせぇ」
「だったら家で寝とけば良かったのに!」
「別荘で寝るさ。避暑地なんだろ」
淡々と答える啓吾に秀はさらに苛立っていくが、後部座席に座る三人はお菓子をつまみながら和やかに談笑していた。
「ああいうのってさ、見ていて面白いよな?」
「私は呆れて仕方がありません」
「そう? お兄ちゃんと秀さんってすごく仲がいいと思うけど?」
柳はくすくす笑う。まさか自分のことで毎回言い合いになってるなんて思ってもいない笑みに翔と紫月は顔を見合わせた。柳らしい、という意見が二人の顔に書かれている。
「だけど柳、気をつけろよ。海には次男坊みたいな危険な男がうようよしてるからな」
「秀さんが危険なの?」
柳は目を丸くし、紫月は兄さんの方が遊ぶじゃないですか、とでも言いたそうな表情を浮かべた。
しかし、危険といわれた秀は全く気にせずニコニコしながら答えた。
「啓吾さん、妙な言い掛かりは止して下さい。柳さん、確かに海には柳さんに声をかける価値のない獣が沢山いると思いますけど、そんなのは啓吾さんが全て片付けてくれるはずですから、僕らは楽しく遊びましょうね」
「はっ、はい……?」
今までそんなことあったかしら、と柳は目を丸くして首を傾げるが、だいたい柳が行くところに啓吾が付いて行って蹴散らしているため、彼女は自分の魅力を全く理解していないのであった。
それが秀や沙南にとっては堪らなくツボにはまっているのだけれど。
「だけどさ、秀兄貴だって普通に遊べないだろ? 渚の美女どころかおばさん達まで声を掛けて来るじゃんか」
啓吾と紫月は吹き出した。海辺で暑苦しいおばさん達が秀に群がっている光景は容易く想像出来る。
しかし、秀は自分が容姿端麗だと自覚しているためあっさり言い返してくれた。
「仕方ありませんよ。こういう容姿をしてると翔君と違って万人受けしますからね」
「お前、平然としてよく言えるよな……」
柳と紫月は凄いなと笑う。だが、秀が美青年というのは紛れも無い事実なため厭味っぼくもなく、ナルシストという評価も彼には値しない。
「それに翔君、大丈夫ですよ。渚の美女もおばさんも今年は啓吾さんに任せましょう。僕は柳さんと一緒にいれば、カップルに見えて声を掛けてくる女性なんていないでしょうし」
「秀さん!!」
「次男坊っ!! テメェ海に沈めるぞ!!」
柳は真っ赤になり、啓吾は暴れようとしたところを後ろに座る紫月が押さえ付ける。こんなところで事故になど遭いたくはない。
しかし、翔は確かにその通りだな、と去年のことを思い出しながら納得していた。
「そういえば去年、龍兄貴と沙南ちゃんの間に入り込んで来た渚の美女はいなかったな」
「沙南さんは渚の美女なんていうレベルではないですからね」
「そうね、とても魅力的だもの」
後部座席に座る三人はカップルを邪魔するナンパというのはなかなかないと簡潔に結論付けたが、秀と啓吾はあまいなと付け加えた。
「確かにそれが一般的な結論でしょうけど、一番の理由は兄さんだから近付けないんだと考えた方が正しいですね」
「ああ、違いないな。祭の時でさえ龍は問答無用で相手を蹴散らしてただろ? 水着姿の沙南お嬢さんに声をかける命知らずなんか出たら、折角の休みを医者として過ごす自信があるな」
それを聞いた三人は、絶対二人の邪魔だけはしないでおこうと心から思うのだった。
すると、沈黙を破るかのように柳の携帯の着メロが鳴り始める。沙南からだ。
「もしもし、どうしたの沙南ちゃん?」
『次のサービスエリアで一旦休憩しましょう。ちょっとこっちのガソリンがまずいのよね』
「分かったわ、伝えておくわね」
柳は携帯を切り秀に次のサービスエリアで休憩する旨を伝えると、啓吾が提案した。
「だったら次男坊、お前俺の食料買っとけ。ガソリンは入れといてやる」
「相変わらず人を使おうとしてますよね」
「末っ子の面倒を見るエネルギーがないんだよ」
「ったく、仕方のない人ですねぇ」
ただしガソリン代は奢ってくださいよ、と言えば、余裕と啓吾は返すのだった。
それからサービスエリアに着き、龍と啓吾は弟妹達とあとから合流すると伝え、ガソリンスタンドへと車を走らせた。
そして、給油してる間に一息入れようと、啓吾はアイスコーヒーを買い龍に差し出す。
「お疲れさん」
「ああ、サンキュー」
缶の蓋を開けて龍はぐっと一口飲んで溜息をつく。それから快晴の空をを見上げ、絶好調な太陽は本日も活躍しそうだなと思う。
「見事にこの辺はガラガラだな」
「ああ、まだ一般家庭はどこかに出掛けるシーズンじゃないからな。今日は空いてて助かったよ」
「全くだな。だけどさ、この分ならカーチェイスも出来そうじゃねぇ?」
「おいおい、ここは日本なんだからやるなよ」
「次男坊の車はそのために作られたって感じだけどな」
否定はしないよ、と苦笑すると同時にスタッフが龍達の元にやって来た。
「お客様、完了致しました」
「ありがとう。啓吾、いくぞ」
「ああ」
缶をごみ箱に捨てて二人は車に乗り込もうとしたところに、パトカーが何台もガソリンスタンドに入り込んで来た。
一体何なんだ、と啓吾が呟けば警察官が二人を取り囲む。
「何か御用ですか?」
「君達の呼気を検査させてもらう」
そう告げられるなり、問答無用で検査を受ける羽目になったが、酒など飲んでいないので二人は不本意ながらも従った。
そして、すぐに検査結果は出される。
「君達、間違いなく飲酒運転をしているね」
「はっ?」
「僕達はコーヒーは飲みましたが酒は飲んでません。それに昨日の夜は働いてましたし」
「嘘を付くな! 実際にアルコール反応が出てるじゃないか!」
「言い掛かりは止して下さい。小さな子供がいるのにそんな馬鹿はまずしません」
「そうだな、飲酒運転だけは人として絶対やらねぇな」
悲惨な事故が報道されているのにやる奴の気が知れない、と啓吾は言ってのけるが、車内まで調べられて出て来た数本のワインに文句を付けられる。
「では、君達の車から出て来た酒は何なんだね?」
「栓も空いてないのに飲んだと言いたいのですか?」
全くである。いくらなんでもそこまで言い掛かりを付けられてはたまったものではない。
「いい加減にしろっ! 貴様達は大人しく罪を認めればいいんだ!」
ついに龍達は銃を突き付けられた。しかし、もうすっかり慣れてしまったのか、啓吾は表情を変えることもなく両手を上げて尋ねた。
「龍、飲酒運転の罪は銃殺刑か?」
「実際にやったならそれぐらい重いのかもしれないが、冤罪を被せられるなんて御免だね」
「そうだな。それにこいつら警察にしてはちょっと偉そうだし」
「じゃあ、公務執行妨害にはならないな」
二人が話している内容はどうやら当たりのようだ。的を得た言葉に偽警察官は少々動揺しながらも吠える。
「ごちゃごちゃと騒ぐなっ! 我々の指示に従わなければ痛い目を見るぞ!」
「それはお前達の方だ」
やる気になった龍を見て啓吾は楽しそうに笑うのだった。
いよいよ別荘に行く天宮家と篠塚家ですが、早速行き掛けからトラブルに巻き込まれた模様。
偽警官の皆さん、ガソリンスタンドで爆発事故を起こさないように気をつけて下さい。
龍はまだリフレッシュしていませんから(笑)
そして、秀の美貌は渚の美女にもおばさんにも受けているみたいで(笑)
一体彼等の別荘ライフはいかがなものになるのでしょうか。