第五十五話:謎の美女
聖蘭小学校も本日で一学期終了となれば、やはり末っ子組も明日からの予定にワクワクしている訳である。
学校の帰り道、相変わらず仲の良い末っ子組は手を繋いで夏休みの計画を話し合っていた。
「純君、明日から何しよう?」
「えっとね〜、まずはラジオ体操に行って、帰ってご飯食べて宿題して、お昼は学校のプールに行くでしょ、それから……」
いくつもの予定を指折り数えながら歩いていると、ふと、電柱に張られた鮮やかな広告が純の目に飛び込んで来た。
書いてある文字は花火大会で、それに純はパアッと表情を明るくした。
「夢華ちゃん、明日お祭りだよ!! 兄さん達誘って一緒に行こう!!」
「お祭り!? 行きたいっ!!」
元々、祭り好きな夢華はすぐその提案に飛び付いた。そして、先程まで夏休みの予定を数えていた指は祭の醍醐味を数える指へと変わった。
「金魚すくいして、ヨーヨー釣りやって、射的やって……」
「林檎飴とタコ焼きも食べたいよね」
「あとかき氷も食べたいな」
「花火、すっごく綺麗なんだろうなぁ」
夜空に咲く花火の美しさは誰もが夏を感じるのに一役買ってくれそうだ。
しかし、それを感じる事もなく夏を過ごしていきそうな長男をこの二人は持っている訳で……
「でもお兄ちゃん夜勤かなぁ? しばらく大変だって連絡があったみたいだし」
「龍兄さんもいつ呼び出されるか分からないからなぁ」
末っ子組ながら兄達の仕事の大変さはよく理解している。しかし、末っ子に甘い兄達は彼等の我が儘にも入らない願いをちゃんと聞いてくれる存在である。
「夢華ちゃん、ここは……」
「うんっ! 紗枝お姉ちゃんに頼もう!」
護身用に持たされている携帯電話をランドセルから取り出し、純は祭のことを紗枝に頼めば、彼女は任せときなさいといとも簡単に承諾してくれた。
「きっと啓吾さんもお祭りに行けるよ」
「うん!」
明日が楽しみだねぇ、と言いながら二人はまた手を繋いで天宮家に帰って行った。
一方、自分のシフトが最近紗枝に好き勝手に変えられていることなど露知らず、啓吾は病院の外で一服していた。
クーラーがガンガンに効いている室内というのも彼の体感温度は好んでくれないようで、日影で涼むのが何となく合っているようだ。
「あ〜」
ようやく一仕事を終えたと気だるい声を出す。龍達と過ごす三連休を手に入れたのはいいとしても、有り得ないシフトをしばらく熟さなければならない。
まだオペをぶっ続けでやらなくていいことだけは有り難いが……
その時、彼の琴線に何かが引っ掛かったかと思えば、いかにもビジネスウーマンといった声が後ろから掛かる。
「随分お疲れのようね、ドクター啓吾」
「ん? 誰だあんた」
いかにも面倒臭そうに啓吾は首だけ振り返ると、ライトブルーのスーツを着たスーパーモデル級の美貌を持つ妖艶な女がそこにいた。
黒髪を持ってはいるが、目の色から彼女が純粋な日本人ではないと分かる。それに啓吾は彼女から一般人という空気を感じ取ることが出来なかった。
寧ろ彼女は自分と同じ類の人間ではないかとさえ思う。
それにしても香水の匂いが男を誘惑しているような気もするが……
「名乗らなければならないかしら」
「人の名前を呼んでおいて名も明かさないのはおかしいだろう?」
「そうかもしれないけど、今はまだ伏せておくわ。今日は医院長の客人として来たのだけど、残念ながら彼は留守だったようね」
「そりゃ俺達と違ってまともに働いてないからな」
「フフッ、随分ストレートな物言いね」
「ここの医院長の評価としては妥当だ」
さらに付け加えるなら、小物臭を漂わせる日本代表と言ってやってもいいが。
「それで、アメリカから何のビジネスをうちに持ち掛けに来た?」
「あら、分かるの? 随分賢いのね」
「俺もアメリカにいたんでね。それにアメリカの医者以外の来客者となれば狙いは天宮家か?」
煙をゆっくり吐き出す。しかし、けっして視線と声から啓吾に隙がないと女は感じていた。
「そうね。天宮家というよりその兄弟のうちの誰か……、とだけ言っておきましょうか」
「教えてくれるとは随分余裕だな」
「それだけのハンデをあげてもいいと思ったのよ、啓星」
ピクリと啓吾は反応する。自分の前世といわれている名前を知っていると言うことは、彼女は天空記の存在を知っているということ。
そんな啓吾の反応に彼女はクスリと笑い、艶のある髪を耳にかけた。
「きっとまたすぐに会えるわ。それまで私を忘れないでね」
「……一つだけ忠告しとくぞ。そんなに高いヒールを履いている女はあの兄弟の好みじゃない」
「そう、参考にさせていただくわ」
妖艶な笑みを残して女は去って行った後、啓吾は設置されている灰皿にタバコを押し付け、ずっとそこにあった一つの気配に声をかけた。
「……隠れていて正解」
「あら、バレてたの?」
「あの女は気付いてなかったけどな」
「隠れんぼは得意だからね」
話を立ち聞きしてたのは紗枝だった。何となく自分は出ない方がいいな、と遠慮しておいたのである。
「それでまた天空記なわけ?」
「だろうな。それも随分真相に近い情報を持っていそうな」
「そう、やっぱり気になる?」
「初対面の女に啓星と言われたら気にしておかないわけにはいかないだろ」
「結構美人だったし?」
「俺はあそこまでプライドの高そうな女は好きじゃないね。下手したら次男坊と同族の口の悪さがないだけの女だ」
「でも遊びには大歓迎?」
「まぁ、黒髪は好きだけどな」
ニッと挑戦的な笑みを浮かべる啓吾に、刺されないようには気を付けときなさいね、と紗枝は軽く受け流す。
「だけど本当、龍ちゃん達はいろんな人種にモテるわねぇ」
「俺が好きになるぐらいだ、当然だろ」
「そう? じゃあ、龍ちゃんが大切にしている末っ子ちゃん達のお願いは絶対聞いてあげなくちゃね」
「お願い?」
その後、紗枝は啓吾に末っ子組が祭に行きたいという要望を伝え、面倒だという啓吾を脅迫し、見事彼は明日の夜勤が末っ子組のお守りへと変わるのだった……
さて、ようやく天空記は少しずつ動く気配を見せてきています。
今回登場した謎の美女ですが、第一章に登場した和装美女と同一人物ではありません。
なので謎の美女の特徴をあえて書かせていただきました。
そして夏休みのイベントの一つ、お祭りが翌日にやって参ります。
末っ子組の願いをあっさりと聞いてくれる紗枝さんって、やっぱりすごいなぁと作者も感心しています(笑)
そんな紗枝さん、よく考えたらまだピチピチの二十二歳でありえない権力者ですよねぇ(笑)