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天空記  作者: 緒俐
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第五十六話:紗枝の恋愛講義

 天宮家は夕飯の準備で賑やかだった。


 明日から夏休みということで篠塚家の姉妹は「宿題合宿」という名目で天宮家にお泊りである。


 末っ子組は仲良く、高校生組は間違いなく翔にとって悪夢のような数日になりそうだが、やはり気分は夏休み効果が手伝って盛り上がっていた。


「そっかぁ、明日は花火大会だったわね」


 本日は冷し中華に冷シャブ、付け合わせにワカメスープと冷奴と夏メニューとなっていた。錦糸卵を作りながら沙南は話題提供者達に微笑む。


「うんっ! だから皆で一緒に行こう!」

「そうね。だったら明日、浴衣干しておこうかな」


 確かタンスの中にあったかな、と沙南は考える。


「紫月、俺達も」

「死ぬ気で宿題のノルマを片付けてくれたら行きましょう」

「はい……」


 予想通りの反応に翔はがっくりと頭を下げた。そんな翔に苦笑しながら、沙南は紫月に尋ねる。


「紫月ちゃん、紫月ちゃん達は浴衣持ってる?」

「はい、確か家に」

「じゃあ、柳ちゃんに持ってきて貰おうかな。うまくいけば秀さんと病院で会ってるかもしれないし」


 というより会うような時間に秀を病院に向かわせた気が……、と高校生組は思うのだった。



 数日間、自宅を空けるために家の片付けをして、柳が病院に辿り着いたのは夕方だった。夕方になっても病院内は落ち着いておらず、少々騒がしい模様だ。


 それを感じながら数人の医師や看護士とすれ違い、ようやく彼女は医局の前に立った。


 その頃、丁度カルテに書き込みをしていた紗枝は扉をノックする音に反応してそちらを向けば、入って来た可愛いらしい雰囲気を持つ来訪者に笑みを浮かべた。


「あら、いらっしゃい柳ちゃん」

「こんばんは、紗枝さん。兄さんは……」

「龍ちゃんと緊急オペ。待っておくにはちょっと時間がかかるかな」


 相変わらず二人は忙しいらしい。無論、着替えを届けに来て会えないことはよくあることで、逆に手渡せることの方が少ないものだ。

 つまり、それだけ啓吾はいくつものオペに借り出されているということなのだろう。


「じゃあ、すみませんけど、兄さんまたしばらく家に帰れないと思いますので着替えを渡しといてもらえますか?」

「あっ、ゴメン! 啓吾のシフトまた変わったのよ。明日の夜だけ帰れるわよ」


 変わったというより変えたといった方が正解だが、紗枝もさっきまでドタバタしていたようですっかり伝えそこねていたらしい。

 末っ子組が兄達と祭に行きたいという可愛らしいお願いの経緯を説明して、柳は微笑ましく思いながらもすみませんと頭を下げた。


 そして、話は昨日の水着のことに切り替わる。


「それで、昨日選んだ水着着る勇気は出た?」

「紗枝さん、どうしても着なくちゃダメなんですか?」

「当然よ! せっかく秀ちゃんのために私と沙南ちゃんが選んだんだもの、ちゃんと着てもらわなくちゃ」

「紗枝さんっ!!」


 赤くなる柳に紗枝はカラカラと笑う。秀との事をからかう度に表情をコロコロ変えてくれるから可愛くて仕方がない、と沙南が絶賛している理由がよく分かる。


「それにね、柳ちゃんには幸せな恋してもらいたいのよ。啓吾を見てるとなんだかね、柳ちゃんも形は違っても恋することに臆病になってる気がしてね」

「紗枝さん……」


 何となく紗枝が言っていることは分かる。そして、きっとそれは正解だ。


 天宮家と関わるようになってから、人と関わるなんて面倒だと言っていた啓吾ですらこの病院では嘗てないほど上手くやっている。


 しかし、恋愛に関して篠塚家の面々はどちらかといえば消極的だ。啓吾は本気の恋をした事はなく、柳も秀と会うまで鼓動が激しくなることなんて一度もなかった。妹達に至っては恋すら分からないという状況だろう。


 そういった経験があまりにもないからこそ、柳は胸を張って秀が好きだとは言えないのである。


「柳ちゃん、天宮兄弟と付き合いが長いからこそ言えるんだけど、あの兄弟は常識という観点から考えるとどうしても一般からは外れちゃうからね。それを気にしないようにって龍ちゃんは言ってるけど、それでも人との距離を絶対おいてしまうの」


 その気持ちは分かる。自分達も一般という観点からは外れて生きてきた人間だ。だからこそ、どうしても人との距離はおいてしまうのだ。


「だから上っ面だけの気持ちなんかじゃ絶対心を開いてくれないわ、特に秀ちゃんはね。

 今、秀ちゃんは自分達と同じような境遇にいたからこそ篠塚家の面々に心を開いてるけど恋愛は別。多分、秀ちゃんのことだから自然とストッパーを作ってるわ」


 それに家族を守るため、全てのものに対して警戒してきた性もあるのだと聞いて、柳はまるで啓吾と同じだと感じた。


 しかし、そんな秀を知ってるからこそ紗枝は柳に言いたかった。


「だから柳ちゃん、本気で秀ちゃんが好きだと思ったら絶対周りなんて気にしないでね。それと……」

「紗枝さん?」


 突然止まった会話に柳は首を傾げるが、残念という表情を浮かべて紗枝は告げた。これ以上の話は野暮というものだ。


「ここまでにしとくわ。何だか最近、私も天宮家と篠塚家に影響され始めてるのかしら、夢でも柳ちゃんというか柳泉に同じこと言った気がするのよね。それに」


 医局の扉がノックされて開く。まさに絶世の美貌を持つ噂の主が芸術的な笑みを浮かべてやって来たのである。


「こんばんは」

「いらっしゃい、秀ちゃん」

「こんばんは、柳さん」

「はい…、こんばんは……」


 俯いてしまう柳にちょっと意地悪そうな紗枝の顔を見て、秀は何となく彼女達の会話の内容を掴んだ。


 柳が自分の顔を見れないということは、大抵自分との事でからかわれた時だ。だからこそ秀は紗枝に負けないほどの悪戯心が働いてしまう。


 秀は柳の頬に長く綺麗な指で触れると、それは女子を虜にする微笑を浮かべて彼女に尋ねた。


「おや、どうしたんです? 心なしか顔が赤い気がしますが」

「気の性ですっ!」


 顔を真っ赤にして即答する柳の可愛いさに紗枝の心は満たされていく。


 そして、また帰ってからからかおうと秀は思ったのか、まずは彼の主からの勅命を果たすことにした。


「はい、これ兄さんの着替えと沙南ちゃんからオレンジゼリーです」

「ありがとう! もしかしたら甘夏入り!?」

「はい、紗枝さんの好みは押さえてるみたいですよ」

「さすが沙南ちゃん! ありがとうって伝えておいてね」

「分かりました」

「あっ、それと秀ちゃん。ついでで悪いんだけど、明日私の浴衣干しておいて貰えるように沙南ちゃんに頼んでくれる?」

「浴衣ですか?」

「うん、明日花火大会でしょ? 皆で行きましょ」


 そういえばそんな季節だったな、と秀は思う。


 だが、あの多忙過ぎる長男達に行く暇があるのだろうか、と壁に張ってあるとシフト表に目を向ければ、無理矢理変更したような形跡が見えた。やはり紗枝さまさまであるようで聞くのは野暮というものだ。


「分かりました。では柳さん、家に帰りましょうか」

「えっと……」

「今日から家に泊まるんでしょう?」


 にっこり笑いかけてくる秀は恐ろしいほど上機嫌。彼は家族以外で気に入った女の子に対してはとてもいい顔を向けて笑うな、と敵に対しての非情さを知っている紗枝はそう感じた。おそらく本人は気付いていないだろうが。


 そんな直視出来ないような笑顔を向けられ柳は俯いて返答した。


「お願いします……」

「はい。では紗枝さん、また明日の夜」

「ええ。柳ちゃん、頑張ってね!」

「紗枝さん!!」


 ひらひらと手を振って紗枝は二人を見送った後、沙南特製のオレンジゼリーに舌鼓を打つのだった。




やっぱり紗枝さんって書いてて姉さんって感じがします。

第三者の目から天宮家を見て来てるからこそ分かることも多いようで……


にしても秀ってやつはからかい方は柳ちゃんに絶対気があるだろうって思わせておいて(啓吾兄さんが怒るくらいだし)実際の心が恋愛とは違うって……、この策士がぁ!!


でも気に入った女の子(沙南は家族で主、紗枝は姐御、紫月は同族、夢華は妹)というような認識なんで柳ちゃんがからかいの対象になっても仕方がないようです……(笑)




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