第五十話:平穏はここにある
篠塚啓吾という男は面倒臭がりのわりには気が利く兄でもあった。
純によってほぼ壊滅状態に陥った自衛隊基地は見るからに無惨としか言いようがなかったが、その中で服やらタオルやらと必要なものを拝借する。
そしてキーはなかったが、重力の力でトラックのエンジンをかけて演習場までドライブである。
ただ、手に入れたかった天空記は見付けることが出来なかったが……
「ん……?」
「うん……」
トラックの荷台でタオルをかけられて眠っていた末っ子組は同時に目を覚ました。
純はぼんやりした視界の中で、首にタオルをかけた翔の姿を一番最初に捉える。
「おっ? 起きたか、純」
「翔兄さん……あれ? 僕なんで自衛隊の服着てるの?」
「夢華もなんで??」
起きた途端、末っ子二人は疑問付だらけになった。しかし、それも無理はないといった表情を兄姉達は浮かべる。
そして、その理由を今までの経緯とあわせて秀が小学生でも分かるように簡潔に説明してやると、二人はすごいと騒ぐなり首を傾げるなりといった反応を見せた。
だが、兄姉達はあれだけ暴れといて……、と言いたくなる事実を聞く。
「記憶がないのか?」
「うん」
「ないの」
だよねぇ、と末っ子組は互いに主張する。それを聞き、運転を龍に代わってもらっていた啓吾は尋ねた。
「龍、どう思う?」
「まぁ、ショックを受けて記憶がとぶことはあるが……」
「う〜ん、だけど記憶喪失というのも違う気がするけどなぁ? てか、脳系統はそこまで詳しくねぇし。龍はいけるのか?」
「救命の処置ぐらいで記憶のメカニズムに精通してはないよ」
長男二人はやはり医者なのか医学方面の話にそれていく。
ただ、それに付き合ってると埒があかないので、翔はこっちはこっちと話題を変えた。
「医者達はほっといていいさ。それにしても北天空太子はすげえ水の力だったぜ!? お前ならプール作れるかもな。あっ、夢華は出来るのか?」
「う〜ん、やったことないなぁ」
「夢華、作る必要なんてないですからね。力の無駄です」
年少組は相変わらず賑やかである。でも、夏休みは皆で行きたいねぇと夢華がニッコリ笑えば、紫月も眉尻を下げてしまう訳で。
「水の力……」
翔に言われて何となく純は両手を向かい合わせてみれば、水の球体が現れてそれは勢いよく翔の顔面に直撃した。
「冷たっ!! 何すんだよ!」
「あれ? 出て来た?」
もう一度出来るかな、と思い純は両手に力を集中させる。すると今度は不安定ながらも空中に水の球体はふわふわと浮かび上がる。
それが兄達にとっては非常に神秘的な現象に思えたが、末っ子組はパアっと満面の笑みを浮かべた。
「すごい! 純君も魔法使いになっちゃった!?」
「うん! 夢華ちゃんと同じだね!」
「うわっ! 集中力切らすな!」
非常に嬉しそうな末っ子組とは対象的に、集中力が切れた純の水の球体の餌食に再度翔はなるのだった。
「純っ! お前さっきから何で俺にばっか水掛けんだよ!」
「日頃の行いの悪さじゃないんですか?」
とは言いながらも、紫月は翔の頭に新しいタオルをかけてやる。だが、やはり次男坊は次男坊だった。
「純君、水のコントロールの練習がてら翔君にたっぷりかけてあげなさい。頭を冷やすには丁度いいでしょうから」
「へっ、だったら秀兄貴が一番適役じゃないか。水を滴らせた方がいい男になるんだろ?」
「今更水を滴らせる必要性など僕にはありませんよ。寧ろ、翔君は滴らせなければまずいい男になれないでしょう?」
また次男坊VS三男坊が始まる。そのやり取りに純と篠塚姉妹は楽しそうに笑い、相変わらずあきねぇな、と助手席に座っていた啓吾は呆れながらも笑った。
しかし、運転手はまだ眉間にシワを寄せて真剣に考え込んでいる御様子である。
「啓吾」
「ん?」
「今更ながら思ったんだが、高原老はどうしてあそこまで生を求めたんだろうか」
「どうして、って言われてもなぁ……」
確かに分からないな、と啓吾は答える。
数百年もの間、ひたすら天宮家から離れず生きて来た高原はただ不老不死を手にしたいだけだったのかと、全てが終わった後に龍は考え出していた。
「天空記に何が記されていたのかは分からないが、ただ生きるだけのために数百年も必要なのかと思ってね」
「そうだな、俺は本と美女がいれば問題ないけど高原老はそうでもなさそうだったもんな」
「ああ、だから思ったんだ。もしかしたら、ただ一目だけでも天空王の覚醒を見たかったんじゃないかってね」
「そりゃ随分なロマンチストだな。お伽話を信じた爺さんか」
「だけど書物の価値は理解していそうだったから」
「まぁ、実際に北天空太子と従者が現れたからな」
啓吾はう〜んと背伸びをしてフゥと息を吐き出した。
そして、もし本当に自分達の覚醒の時を待っていたのならば……、と頭の中で問いかけてみる。
しかし、考えたところで現状ではその答えは見付かりそうにもなかった。
「龍、本当今更だ。とにかく今日はもう考えるのやめ! どうせまたいろんな奴らが来るっていうなら、しばらくは平穏に暮らすべきだ。何より折角の連休が勿体ない!」
「……そうだな」
窓から心地よい夏風が吹き込んで来る。夕日がふわりと彼等を優しく包み込んでくれる。
しばしの平穏と告げられても龍は落ち着いていられた。後ろから聞こえてくる弟妹達の賑やかささえ失わなければ、これから何が起ころうともきっと大丈夫だ。そして……
「皆、おかえり〜!!」
「ただいまぁ!!」
彼を迎えてくれる人がいる。平穏はここにあった。
これにて天空記第一章終了です。
まずは読んでいただいてありがとうございます☆
さて、今後は『天空記(2)』と分けようかなぁとも思ってたんですけど、アクセス数が他の話より好調なようなので、このまま続けてしまいます。(お気に入り登録もしていただいてますしね)
次回から第二章に入りますが、『よりハードに、よりトラブルを、何よりLOVEを!』と一章より強化をはかりたいなあと思っています。(ハードル上げて大丈夫か!?)
では、第二章をお楽しみに☆