第四十七話:一つの伝承が現実となる時
天空記の一節にこのような表記がある。
『北の天を治める太子、水の力を司り地に雨を降らせ人界に海を創る。是、生命の始まりなり』と……
電車から飛び降りた天宮家の年少組はすぐに砲弾の的になった。しかし、さすがは超人的なのか、ひょいひょいと砲弾の雨を避けながら二人は能天気な会話を繰り広げる。
「あっちゃあ〜! 兄貴達と結構はぐれちまったよ」
「皆大丈夫かなぁ?」
「心配すんな! 兄貴達は俺達よか強いんだからやられたりしねぇよ!」
「うん、そうだね」
「それにこんないたいけな子供にまさか核ミサイルとか撃って」
とっさに翔は純を抱えて高くジャンプした。彼等を狙ったものはまさに核ミサイルそのものである。それに翔は若干表情を引き攣らせた。
「おいおい……、俺達そんなに日頃の行い悪くないよな?」
「分かんないよ」
いいかどうかは別として、核ミサイルを撃ち込まれるほど悪行を働いた覚えはない。だが、撃ち込まれて来るミサイルを避けながら会話する余裕があるのはさすがというべきなのか……
「翔兄さん、やっぱり核ミサイルは跳ね返せないかな?」
「そうだな、無理するのはやめよう。だけどやられっぱなしは嫌だから、まずはミサイル発射台をブッ壊そうぜ!」
「うん!」
純はパッと明るい笑顔を浮かべた。どちらかといえば、いつも守られている純は翔と一緒に何かが出来ることが嬉しくて堪らないのである。
ただし、それを龍が聞いたとなれば間違いなく眉間にシワを寄せて考え込むのだろうけど。
そしてこういうことに関してのみ、すぐ有限実行するのが天宮家の三男坊たる由縁である。双眼鏡で二人を監視していた隊員が上官に報告する。
「少佐! 例の少年二人が姿を消しました!」
「そんな馬鹿なことがあるか!!」
「全くだよな、その少年達はどこにいったんだろうなぁ??」
「なっ!!」
何ともおちょくった声が聞こえたかと思えば、少佐と呼ばれた男の背後に翔は立っていた。隊員達の視線も一気に翔に集まる。
「貴様っ!! 一体どこから!!」
「あの爆炎が立ち上ってるところ」
問われたことに翔は丁寧に答えた。しかし、翔が指し示した場所からこの高台までの距離は数百メートルはある。それをほんの数秒足らずでこの少年は来たというのだ。
「それよりおじさん達さ、純はまだ小学生なんだぜ? ミサイルなんか撃っていいと思ってんの?」
声はいたって穏やか。しかし、普段より静かな怒りが翔を取り巻いているため隊員達は動くことが出来ない。
「いくら大君っていうじいさんの命令でもさ……」
翔は戦車に向かって歩きだし、それに八つ当たりするかのように拳で粉砕した!
「弟に手ェ出すんじゃねぇよ!」
「このっ!!」
少佐は翔に向かって発砲したと同時に他の隊員達も銃を乱射する。
しかし、それは全く当たらず、翔は少佐を一撃で地に伏せさせミサイル発射台の上に立った。
「天宮家家訓! 恩は必ず返せ、礼節は重んじろ、悪意は全力で退けろだ!!」
「このガキ〜!!」
「いっ!!」
翔は高く舞い上がった。それと同時に砲弾が破裂しミサイル発射台は破壊された。
弟がいるにも関わらず、そんなありえないことを平然としてやってのける兄はこの世に一人だけ。
「秀兄貴!」
「なんだ、ついでに翔君も巻き込まれてくれたら良かったのに」
「秀さん……」
片手で砲弾を投げ遊びながらさも残念という表情を浮かべている秀に、柳はなんと言えばいいのか分からなかった。
だが、弟は言いたいことが山とある様子で秀の前に着地した。
「ひでぇや! 兄は弟を守るのが普通だろ!」
「これでも小さい頃は守ろうと思ってましたよ。でも、君はそれを拒否して成長したじゃないですか」
「だからってミサイル発射台に砲弾投げ付けるなよ!」
「あれを壊しておかないと僕の気もおさまらなかったんですよ。ここに来るまでどれだけ撃ち込んで来たか」
「自分の都合かよ!」
周りではいくつもの爆発が起こっているのに、この兄弟は全く緊張感のかけらすらなく己の言い分を相手にぶつけるだけだった。
しかし、言い合いをやめる共通点はある。
「ところで、純君はどうしてるのです?」
「ああ、あいつはこの近くに戦車があったからそれを壊しとけって言っといた。無人だったから多分大丈夫だろ」
「そうですね、それくらいなら危険もないでしょうし」
普通は十分あるのでは、と柳は言いたくなったが、この二人に常識など言っても仕方はなさそうだ。
もちろん、純もその程度のことは問題ないと笑顔付きで返してくれそうだけれど。
「では、僕は柳さんを連れて先に兄さん達と合流してますから、翔君は純君を連れて戦線離脱してなさい」
「純はともかく俺は」
「下のものは上のいうことは聞くものです。おそらく敵は僕達の力を個々にも集団戦でも把握してるはず。
ならば当然、これからは弱者から狙ってくるでしょう。純君が人質にとられた場合、兄さんは動けると思いますか?」
「そりゃ……」
おそらく動けない。もちろん、純の体で耐えれることならすぐに動くだろうが、ここは自衛隊の演習場で高原もいるのだ。何が起こっても不思議じゃない。
「分かったら早く行きなさい。それと言っておきますけど、もし純君の身に何かあったら……」
秀は傍に落ちてた砲弾を拾い上げると、純の元に飛んでいった戦闘機に遠慮なく直撃させた!
「あのぐらいは覚悟しておきなさい」
「は……い…」
満面の笑顔で告げられ、翔はすぐに純の元へ飛んでいった。
一方、戦場のど真ん中にいた龍達はといえば……
「龍お兄ちゃん、助けてくれてありがとう」
「どういたしまして」
ぺこりと夢華は頭を下げて礼を述べる。戦闘機からのミサイル攻撃によって地形が随分変わり、地面には大穴がいくつもあいていた。
その大穴の一つに龍は飛び込み、啓吾と紫月も二人に合流した。もちろん、龍達と合流する前に彼等は戦闘機の数機は撃墜しているわけだが……
「龍、夢華は無事か?」
「あっ、お兄ちゃん、紫月お姉ちゃん!」
ぴょこんと夢華は啓吾に抱き着けばさらりと頭を撫でられる。
「何とかね、柳ちゃんは秀がいるかぎり問題ないと思うけど」
「当たり前だ! 柳に怪我なんかさせたらあいつの頭上に戦闘機落としてやる!」
そのシスコンぶりに紫月が溜息を吐き出したと同時に、近くでまた爆破が起こる。おそらく他の四人の誰かが何かやらかしたな、と龍は思った。
「それより夢華、どっか悪いのか?」
いつもならくっついて来た後に花ぐらい飛ばしている少女はやけに大人しくなっていた。そういえば大人しくなってるな、と紫月も夢華に視線を向ける。
「……妙な感じ。何だか胸がザラザラするの」
「……紫月、お前達は一度戦線離脱しろ。俺もやな予感がしてきた」
「はい、分かりました……」
紫月は夢華を抱え、爆炎の上がらない場所まで飛んでいった。
「啓吾」
「龍、急いで俺達も高原老を潰しに行った方がいい。夢華が何かを感じてる時は絶対最悪なことが起こる!」
いつになく真剣な表情を啓吾は向けた。それは明らかに未来を危ぶんでいるもの。
「分かった。だったら」
二人は高く飛び上がり戦闘機の上に乗った。
「その元凶になりそうなものは全て破壊する!」
「ああ!!」
龍が戦闘機に穴をあけて大破させ、啓吾が重力を発動させて操縦不能に陥らせれば、呆気なく戦闘機は次々と墜落していく。
演習場はさらに火の海へと変わっていった……
その喜劇とも呼べるような様子を高原は安全な基地の司令室から眺めていた。次々と破壊されていく兵器の数々と天宮家と篠塚家の超人技にご満悦の様子だ。
「大君、覚醒に一番近いのは天空王というわけではなさそうですね」
和装美女は妖艶な笑みを浮かべて告げた。
「うむ。沙南姫を誘拐されて覚醒しなかったのじゃ、思っていたよりも冷静だったのじゃろう。だとすれば……、陸総殿」
「はっ!」
大君の傍に控えていた陸軍総司令官は緊張を含んだ声で返事をする。
「狙いは天宮純、天宮家の末っ子に集中放火をかけよ。最新のミサイルがこの基地にはあったじゃろ?」
「待って下さい!! いくら何でもあれは!!」
「やれ」
冷たい笑みに陸軍総司令官の背筋に悪寒が走り、彼は敬礼すると急いで指令を出した。
一方、純を連れて戦線離脱するように言われていた翔だが……
「全く、これじゃあ純の所に行けねぇだろうが!!」
翔は純の元に行こうとしたときから有り得ないほどの集中放火を受けていた。それでも怪我一つしてないのは彼の成せる技なのだろうが。
しかし、兄が近付いてくると感じたのか、純は戦車を壊すのをやめて翔と合流しようとした。
「兄さん!」
純が翔の元に走り出そうとしたとき、純の後ろに無数の光が走る!
「純っ!! 避けろ!!」
「えっ?」
その直後だった。一つの伝承が現実のものになる。天に浮かぶ太子に和装美女は穏やかな笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。
「綺麗ですね……」
「ついに目覚めたか、北天空太子……」
やっと見えることが出来た太子に歓喜を覚えながら高原は呟く。
北天空太子は二百代の時を越え降臨した……
謝罪します。
やはり翔はどんなに活躍させようとしても邪魔されるかそれ以上にかっこいい大人達が傍にいるため霞んでしまいますねぇ(笑)
でも、今回は明らかに次男坊がでしゃばった性です、砲弾投げた性です、戦闘機墜落させた性です!
そして、描写は次回になると思いますが、純君こと北天空太子が現代に降臨!
いつも兄達に出番を取られて大人しい末っ子、兄以上の活躍が出来るでしょうか??