第四十一話:天界最古の歴史書
リムジンから堂々と龍が降り立った場所は風流な庭付きの屋敷だった。気温も夜とはいえ夏にしてはやけに涼しい。きっと高原の避暑地の一つなのだろうと思う。
そして門をくぐり数メートル歩くと、玄関の前に桜色の和装を身に纏った美女が一人立っていた。
「ようこそ、天宮龍様」
彼女は一礼し扉を開ける。物腰は穏やかでも凛とした声が付け入る隙を与えない、その容姿は実に艶めかしくまるで桜をイメージさせる美女。
ただ、その色香に龍は酔うことなく、寧ろ警戒心をより強めるかのようにその和装美女を見据えると彼女は綺麗な微笑を浮かべて誘う。
「どうぞこちらへ、大君がお待ちです」
それから庭園を眺めながら廊下を歩き、庭園中心部の部屋の障子が開けられる。そこは月明かりと灯籠を頼りにした薄暗い部屋で、高原は酒を飲みながら来客者を心待ちにしていたのであった。
「ようこそ、天宮龍君」
「折原沙南はどこですか」
高原はニッコリ笑って挨拶するが龍はすぐに切り返した。落ち着いた声の中には相当苛立ちが見えるが高原はそれに構わず続けた。
「待て、まずは君にようやく会えた事を喜びたい」
「僕に会いたければそちらから出向けば良かったはずです。わざわざ郷田などを使わずとも祖父の知り合いなら会う機会ぐらい作りました」
「ふむ、確かにそれも一つの手ではあったがわしはお主達の力に興味があっての、まずは確信を得たかったのじゃよ」
「それが弟達や友人宅を襲い、沙南を拉致した理由ですか?」
あくまでも全て核心を突こうとしてくる龍の言葉に、一切の詭弁は通用しないと察した高原は顎髭を撫でながら答えた。
「随分手厳しい意見だが全ては郷田が勝手にやったこと。わしはお主達の力を知るためにどのような手段をとっても構わんと許可はしたが、その方法まで口を出した覚えはない」
「それでは答えになっていません。僕は部下の過失の責任問題を問うつもりはない。
知りたいのはあなたのような天上人が一般人である僕達に何の目的があって接触して来るのかということだ」
龍の威圧感が高原に叩き付けられるが、高原はそれでも顔色一つ変えることはなかった。その傍で和装美女も口元を隠しクスクスと笑っている。
「まるで矢のようじゃの……」
高原は一刻、和装美女に部屋の外に出るように命じれば彼女はスッと立ち上がり一礼して出ていった。
「では、本題を話す前に質問じゃ。天宮龍、本は好むかの?」
「……人並みに」
弟達がいれば本の虫だの活字中毒だの言っていたに違いないが、生憎、今夜はふざけている場合ではなかった。
「ふむ、祖父の天宮聖の血を継いでいるだけはあるの。では、お伽話は好むかの?」
「自分の興味だけなら物によりけりだ。しかし、作者の思想を歴史的観点やただのほら話という点でしか見られない愚か者になるつもりはない」
「ほう、では歴史書の全てが正しいという意見は持っているか?」
「……表面的なことと隠し用のない事実は全てその時代の歴史家が書き綴ってきたと思っている。ただし、それが正しいとか間違ってるという意見をあんたと交わすつもりはない」
いつまでも続く質問を龍は切る。前置きなど必要ないとその表情は語っていた。
「うむ、実に面白い意見じゃ。では、『天空記』というお伽話は知っておるかの?」
「……いや、聞いたことはない」
かなりの読書量をほこる龍でもその書の名前は聞いたことがなかった。歴史のことまで尋ねられたとすれば、数百から数千年前の代物かと判断は出来るが。
その答えに高原は笑みを浮かべると、盃を手に取って酒を一口飲み下した。しかし、その一口だけで彼は酔うはずがないが、とても素面とは思えない答えを告げたのである。
「そうだろうの、この世に存在しない作者すら分からぬお伽話として扱われている書じゃ。そして、我々にとってその書はこの世界に数冊しかない天界最古の歴史書と伝えられておる」
さすがの龍でも混乱しかけた。
歴史書とは人間が生きてきた記録と彼は認識しており、天界という存在すら定かではない世界の歴史書など有り得ないとしか考えられなかった。
もしあるというならば、どこかの宗教の起源が記されてあると言ってくれた方がまだ納得出来るが、何故か心はそれを否定することが出来なかった。
そして、僅かばかりの時間で整った言い訳にも近い考えは言葉となる。
「……ふざけた話だ。確かに世界には無数の名前すら知られないまま消えた本はあるだろうが、一お伽話を天界の歴史書と決め付ける発想に付き合うつもりはない。それこそ歴史家に対する侮辱だ。
それに天界という世界が実在してると俺は思えない。あくまでも一思想世界として作られたものだと思っている」
「それが普通だろう。だが天宮龍、この書に記されているのが御主達の前世と言われれば興味が湧かんかの」
高原は龍を試すかのように笑った。しかし、龍は心を落ち着けるためにも目を閉じて答える。
「……随分と面白い発想だが興味はない。俺は前世が何だろうと今を平和に暮らすことに力を注ぐだけだ。
お前が何を信じようと否定はしないが、それを俺達に押し付けられるのは迷惑でしかない。理解したならさっさと沙南を返してもらう」
「相当あの姫が大切らしいの、東天空太子、いや天空王といった方が良いかの?」
胸を押さえてしまうほど鼓動が強く打つ! そう呼ばれて何かが自分の中を駆け巡る。それを見て満足そうに高原は笑った。
「ほほっ、良い反応をしておる。思考は前世を否定しようとも心臓は正直じゃの」
「それが何だという? 例えあんたの言葉に反応しても意味など」
「あるんじゃよ。天空記の一節に記されておる。
『天空族二百代の時を越え、四天空王は再び蘇る。その王の名を龍、秀、翔、純として』とな」
さらに鼓動は早く強く打ち出した。思い出せ、かつての自分が何者だったのかと脳裏で誰かが告げている気まで感じさせられる。
しかし、龍はその声を必死に振り払い、少し乱れた呼吸を整えて答えた。
「……偶然に過ぎない。だいたい、いつの時代に書かれたものかも定かではないヨタ話を信じてどうなる」
「ほう、ならばさらに偶然を教えようか。お前達と関わり始めた篠塚家、彼等の前世の名は啓星、柳泉、紫月、夢華。
重力、火、風、水を操りお前達の従者だったと記されておればどうじゃ?」
「何だと……!!」
それは先日知らされた篠塚家の秘密と酷似していた。紫月と夢華にいたっては名前まで同じだ。彼等の前世といっても何等違和感がない。
「さらに記されておる内容を語っても良いが」
「もう結構だっ!! だいたいあんたは俺に前世を教えるために呼んだわけじゃないだろう! さっさと目的だけ話して沙南を返せっ!!」
先刻より絶対的な覇気が叩き付けられる! それを受けて身体に痺れるような感じを覚えさせられながらも高原は平然とした面持ちのまま、ゆっくりとした調子で話始めた。
「……悠久の時を手に入れる、そのきっかけが主らの存在じゃ。天宮龍、お主の血肉をわしに寄越す気はないか?」
月光に照らされ、高原の表情はより怪しいものになった。
はい、天空記とは天界最古の歴史書とのことらしいですねぇ。(実在するものではないですからね、あくまでもファンタジーなんで)
しかしお伽話が歴史書という考えを龍さんは全く持ってない上に、天界は一思想世界としか考えてなければ大君のいうことなんてただのヨタ話にしかなりませんが……
そして篠塚家の前世もちょこっと話されました。
彼等は従者だったと言われてますがそれが一体何なのかとまだつっこまないで下さい。
そして大君の目的は血肉!?
一体天宮家にはまだどんな秘密か隠されているのでしょうか…