第四十話:ゴリラの末路
剣士を前にした翔はいつものように不敵な笑みを浮かべて相手の出方を待つ。出来れば少しは楽しませて欲しいな、とそう物語る表情に啓吾はやれやれと思いながらも木の上から見守ることにした。
ただし、油断禁物だということがすぐに証明される。松宮はスッと刀を構えると即座に斬撃を繰り出してきた!
「ふんっ!!」
「やばっ!!」
すぐに身の危険を感じ取った翔は横に跳んで斬撃を避ける。しかし、当然動くことのない岩は綺麗な切り口をさらした。
「うわぁ、すげぇな。岩が真っ二つに斬れてるよ」
「よくかわしたな小僧」
「兄弟一身軽なんだ。喰らうわけにはいかないね」
「ならば」
「おわっ!!」
高く舞い上がり木の上に着地するが、今度はその幹が斬られ翔はバランスを崩し地上に落下する。だが、相手がその隙を逃すはずがない!
「もらった!」
「おっと!!」
翔は片手で地面を押し、横に飛んで斬撃をかわす。ただ、一向に攻撃体制に入れない翔を見て啓吾は呆れた声で提案した。
「三男坊、代わってやろうか?」
「余計なお世話だいっ! 珍しくメインディッシュを秀兄貴に譲ってもらったんだから最後まで俺がやる!」
はたして秀が譲ったのがメインディッシュかどうかは怪しいが、翔がやられない限り啓吾は手を出すのをやめておくことにした。
もちろん、そう簡単にやられるはずもないだろうと思うからこそ傍観していられるのだが。
「先に木の上にいる男を斬っても構わないが?」
「それは絶対無理だと思う。お前、刀取り上げられたらただの雑魚みたいだし」
そうだろうな、と啓吾は納得する。格闘技はあまり得意ではないが、優男に負けるほど啓吾は弱くない。というより、重力で充分片付く。
そして、重力は使えないが翔は啓吾以上に強靭な身体を持っている。つまり、翔が相手を倒す方法は簡単なこと。
「では、刀さえなければ君は私を簡単に倒せると?」
「オウ! だからまず刀を壊す!」
「その前に斬る!!」
松宮は刀を大きく振り下ろし、翔は肩からバッサリ斬られて血を噴き出すはずだった。
だが、翔の腕に刃が当たった瞬間、それはポッキリ折れて地面に突き刺さった。翔の腕は血を流すどころか斬り傷すらない。
「何だと!?」
「へへっ、忘れてたんだ。秀兄貴が俺に説教する時、たまに包丁持ち出してくるから怖かったんだけど、よく考えたら一般人に刀振り下ろされて俺が斬られるわけがないんだ」
「おい、普段どんな説教されてるんだお前は……」
思わず疑ってしまう天宮家の教育方針だが、とりあえずここでそれを聞くのはやめておくことにした。
「それにやっぱり喧嘩は拳だよね!」
「小僧!!」
「せいっ!!」
松宮が掴んだ銃を蹴り飛ばし、翔はその反動を使ってさらに仕掛けた。
「くらえっ!!」
「うがああっ!!」
上段回し蹴りを後頭部に食らわし、松宮の体は外壁まで吹っ飛ばされた!
「へへん、一丁上がりっと!」
翔はニッコリ笑い、とりあえず片付いたな、と啓吾は松の木の上から飛び降りた。そして、その場から逃げ出そうとした郷田親子の前に立ち塞がる。
「おっと、逃げんなよ」
「寛之!」
「オウ! こんなインチキ野郎なんかに俺が!!」
啓吾に殴り掛かろうとした瞬間、郷田親子は重力の枷を掛けられた。
「跪け、俺はゴリラに見下される趣味はない」
「この……! 何で立てない!!」
「当たり前だろ? 俺は化け物なんだぜ? まっ、ゴリラ二匹片付けるのはこいつだけでも十分だけどな」
「ひいぃ……!!!」
冷酷な表情を浮かべて黒々とした銃口を郷田親子に向ける。彼の腕は先ほど披露されているため、それだけでも震える要因になった。
「まぁ、もうすぐ最悪の参謀が来るから待ってろ」
「もう来てますよ」
「秀兄貴!」
秀は数冊の書類をもって現れた。その表情は非常に黒く、何よりご満悦だ。
「すみません、この屋敷が広かったものでいろいろ探しちゃいましたよ」
「面白い本とかあったか?」
「残念ですがゴリラに文献は読めないみたいなので全くありませんでしたよ」
「そりゃ残念だ。あれば俺ん家のコレクションになったのに……」
「啓吾さん、それは窃盗罪になると思うな」
「ゴリラに文献を持たせてる方がよっぽど罪だ」
緊張感のない会話がゴリラの前で繰り広げられる。その隙に逃げ出したいところだが、啓吾は重力を緩めるどころかジワジワと強くしている始末だ。
「ですが面白い書類は見つけましてね、郷田議員、これが何か分かります?」
「それは……!!」
「そうです、あなたの汚職の証拠です。どれも公に曝されたらあなたの人生は地に落ちますね」
ひらひらと書類を目の前でめくってやるが郷田は開き直った。
「警察ならいくらでも丸め込める! それに日本人は馬鹿だからな! 一政治家の汚職などすぐになかった事になるさ!」
「おやおや、あなたの顔だけではなく日本の政治も随分腐敗してますね。
では仕方ない、息子の寛之さんにも聞きましょう。先程あなたが監禁していた女性達がいましたが、彼女達の中には殺害されたとして処理されてる子もいました。もし彼女達が逃げたらどうします?」
「逃げられる訳無いだろ!! あいつらは既に薬漬けにしてあるんだ! 一歩たりとも動ける訳無い!」
啓吾の眉がピクッと動いた。医者としての性が働く。
「そうですか。ですが、お二人にはそれだけしゃべっていただければ充分です。今の言葉、とっくにライブ中継されてますからね。それも世界中に」
その瞬間、全てがフリーズしたような気がした。黒さ全開の秀にさすがの啓吾も一歩後退する。
「次男坊、何やった……」
「簡単な事ですよ。各テレビ局の知り合いに面白い映像が中継されると情報を流しておいたんですよ。僕はただカメラマンになっただけです」
「へぇ、最近のカメラはよく出来てるな」
秀の服に付いていた小型カメラに翔は感心した。一見ではとてもカメラには見えない代物だが、高画質、そして音声までちゃんと拾ってくれるように改良に改良を重ねたものらしい。
「とりあえずこれであなた達の人生は終わりです。この書類はこちらで有効利用させていただきますよ」
「この……!!」
優美に笑う秀にゴリラが二匹、必死に襲い掛かろうともがくが重力の枷に縛られては当然立ち上がることも出来ない。
そんな二匹を見て、これ以上吠えられるのは面倒だと秀は啓吾に告げた。
「啓吾さん、トドメよろしく」
「へいへい」
「うぎゃあああ!!!」
夏の夜にゴリラは吠えた……
その頃、天宮家には静かな時間が流れていた。
夜食はあと温めるだけで、いつでも食べられるようにしてあるので特にすることもなく、紗枝と柳はコーヒーを飲みながら龍達の帰りを待っていた。
ただし、末っ子組はそろそろレッドゾーンに入る時間だ。そんな二人に紗枝はクスリと笑って告げる。
「純君、夢華ちゃん、お布団敷いてあげるから眠ってていいわよ」
「うう〜! 沙南お姉ちゃんが帰ってくるまで起きてる」
「僕も起きてる。兄さん達に紗枝さん達を守るように言われたんだもん」
いつも十時には夢の中にいる末っ子組は必死に睡魔と戦っていた。体を動かしていればまだ起きていられたかもしれないが、ただ待つだけの時間は非常に長い。
そんな二人を微笑ましく思いながら、ずっとノートパソコンをいじっていた紫月は末っ子組に声を掛ける。
「心配しなくても大丈夫ですよ。秀さんがゴリラ達の悪事を全世界に流したみたいですから、もうすぐ帰ってきますし」
「そうね、それと龍さんだったら二人が夜更かししてることを怒ると思うわよ?」
紫月と柳に諭されて二人はそうかなぁ、と顔を見合わせる。
「大丈夫。沙南ちゃんなら明日には元気で二人におはようって言ってくれるから、ねっ?」
「……分かった。純君、私もう眠い……」
「僕も……」
安心したのか二人はすぐに夢の中に落ちていった。
それから和室に布団を二つ敷いた紗枝は、お互いにもたれ掛かるようにして眠る末っ子組を離すのが惜しいなぁ、と思いながらも純を抱え、柳が夢華を抱えて布団に寝かせてやる。
「紫月ちゃんと柳ちゃんも眠っておいたら?」
「私は大丈夫です。翔君に帰ったら夜食を食べさせる約束ですし」
「私も待っていたいので……」
二人とも全員がこの家に帰ってくるまで待っているつもりだった。何より眠れそうにはない。
そんな二人を少しでも解してやろうと紗枝は明るく言った。
「秀ちゃんと翔ちゃんは幸せものね〜。こんな可愛い子達に思われて」
「紗枝さんっ!」
「断じてありません」
そんな二人の反応に、やっぱり可愛いなぁ、と紗枝は笑った。
しかし、龍からの連絡は一向になかった……
これでゴリラは片付きました。
今回はそれぞれのキャラクターが自由に動いてくれたかなぁと思います。
秀さんは相変わらず黒いですけどね(笑)
そしていよいよ龍と大君が対面致します。
はたしてどんな会話がなされ、沙南ちゃんがどういう状況下に置かれているのか、そして恋愛シーンが出て来るのかお楽しみに☆




