7 怖いんです
郁也の席は、背が高いために他の生徒の視界を邪魔しないようにと教室の一番後ろとなっており、幸いにも教壇の清水からは遠いのだが。
それでも教室という空間内からは逃れられない。
さらに――
「ああ、橘くんは休んでいる間の授業はプリントにしてあるから、分からないところがあればいつでも聞きに来るように」
そう言って郁也のために用意したらしいプリントを手にヒラヒラさせながら、取りに来るように促される。
「……」
郁也は多少顔色を悪くしながら、プリントを取りに行くために席から立つ。
≪コワイコワイコワイ≫
再び、あの声が脳内にこだまする。
郁也は事故で入院する前、清水を怖いと思ったことはなかった。
本当に、これは一体なんなのだろう?
そんな疑問を抱きつつも、わざわざ郁也のためだけに用意してくれたのであろうプリントを、ないがしろにするわけにはいかない。
「どうも」
小声でお礼を述べてプリントを受け取る郁也を、清水が心配そうに見つめる。
「さっきも様子がおかしかったようですけど、平気かい? 退院したばかりなんですし、無理しないように」
清水はそう話しながら、郁也の顔を覗き込む。
その瞬間、清水と目が合い、その黒い瞳に射抜かれたような気持になり、動悸が酷くなる。
≪コワイよぅ!≫
あの声が一際高く叫んだかと思ったら。
フラァ……
「あ、ちょっと、橘くん!?」
なんと、郁也はその場で気を失ってしまった。
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郁也はまた夢を見ているようだ。
どうしてそう思うのかというと、目の前にタヌキがいるからである。
郁也にはタヌキの見分けはつかないものの、知っているタヌキは、以前に夢に登場したあのタヌキしかいない。
そのタヌキがシクシクと泣きながら、何故か郁也を詰って来る。
「ダメじゃん!
あんな怖い人に近付いたら、また死んじゃうって!」
全身の毛、特にもっさりとした尻尾をボフッと膨らませながら、前足で地面をテシテシと叩いて文句を言うタヌキ。
そしてタヌキがしゃべっていることが奇妙ながら、その声が頭の中に響いたあの声であることに気付く。
けど、郁也はタヌキに文句を言われる理由はないし、言っていることの意味がわからない。
いや、今一つ引っかかった点がある。
―― また《・・》、死んじゃう?
その言い方だと、一回死んだみたいに聞こえるのだが。
一体なにを言っているのだ、このタヌキは?
「いーい? 生きて人生楽しみたかったら、安全第一!
君子危うきに近寄らず、なんだからね!?」
タヌキのくせに小難しいことを言うものだ、と思ったら、そのタヌキがスゥ―っと遠ざかっていく。
ああ、夢から醒めるのだとなんとなく分かっている郁也に向かって。
「君子危うきに近寄らずー!」
タヌキが「大切な事だから二度言いました」的に叫んだ。
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