8 保健室にて
「なんでタヌキにそこまで言われなければならんのだ」
郁也が目を覚ましての第一声が、これだった。
目の前に見えるのは、白い天井。
知らない天井ではないが、あまり見慣れていない天井ではある。
何故ならここは、保健室だからだ。
昔から健康優良児であった郁也は、保健室とは無縁の生活を送っていたので、訪れたこともない。
郁也が寝かされていたベッドをグルリと囲むピンクのカーテン越しに、外の音が感じられる。
静かな中でガサガサという物音がするので、今は授業中で、ここには保険医がいるのだろう。
――俺は、どうなったんだろう?
清水からプリントを受け取っていて、倒れたのまでは微かに覚えているのだが。
郁也がそんなことを考えつつ、保健室初体験に郁也が多少緊張しながら、ベッドから起き上がっていると。
「ああ、橘くん、起きたかい?」
郁也が起きたことに気付いた保険医が、カーテンを開けて覗き込んできた。
保険医は若い男で、温和そうな人である。
この人事は、一部の男子生徒からは「保険室の先生といえば、若くて美人なおねーさんだろー!?」と不評らしいのだが。
郁也は今までの学校生活で、保険医が若い女性であったことはない。小学校では二度入れ替わったが誰もが小柄なおばちゃんだったし、中学ではゴツいおじさんであった。
「保険医イコール若い美人なおねーさん」とは、一体どこの常識なのだろうと、不思議でならないわけだが、それは置いておいて。
「あの、俺はどうしてここに?」
現状を尋ねる郁也に、保険医がニコリとして答えてくれた。
「ああ、清水先生が慌てて運んで来たんだよ。
君みたいな立派な体格な子を横抱きにできるなんて、清水先生は案外鍛えているんだなぁ」
郁也は今、不穏な内容が聞こえた気がする。
――横抱き……?
それはアレか、いわゆる世間で言うところの、「お姫様抱っこ」という体勢のことを述べられているのだろうか?
郁也の教室のある棟からこの保健室のある棟までは、敷地内の真逆に位置しており、当然遠い。
その中を、自分はお姫様抱っこで運ばれて来たという。
はっきり言って、めちゃめちゃ目立っただろうに、何故その体勢で運んだのか?
いや、保健室まで運んでくれた親切は、ありがたいのだけれども。
郁也が悩ましい気持ちで唸っていると。
ガラッ
ゾワッ!
保健室の戸が開くと同時に、郁也の鳥肌が立つ。
「おや、橘くんは起きたんですね」
『君子危うきに近寄らずー!』
戸を開けた清水の声と同時に、あのタヌキのセリフが聞こえた気がしたのだけれど。
「危うき」の方から近寄って来られたら、どうすればいいのだろう?




