3 朝から遭遇
「おはようございます、橘くん。雨なのにバイクですか」
車から声をかけてきたのは清水であった。
確かに見れば、昨日のあの4WDである。
「おはようございます、そうですけど」
郁也が今まさに考えていた問題について言及され、しかし今のところどうしようもなくてとりあえず頷くと、清水が困った顔をする。
「雨の山道は危ないですし、知っていれば家に寄って行ったのに」
「いやそこまでは、それに連絡先を知りませんし」
清水の告げることに、郁也は驚いて首を横に振り、拒否の理由も述べた。
「寺に電話一本で通じますよ」
これに清水はこともなげに返してくる。確かにそうなのだが、それでも「先生行きがけに拾ってください」なんて言えるはずもない。
――にしても俺、清水先生と普通に話せるんだな。
クラスメイトとも馴染めておらず、担任の波木は当たりが優しいのでかろうじて生来のビビリが発動せずに済むが、他の先生たちは怖かったりする。
そして本来ならば清水のような見目のいい人気者は苦手だし、尻込みしてしまうのだが、こうして普通に話せているから不思議である。
たぶん、ショック療法というものだろう。
その後信号が青になったので、清水との話はそこまでで途切れた。
それからすんなり学校へ到着した郁也は、駐輪場で脱いだ雨カッパの水気を軽く飛ばし、バイクにかけておく。
こうしておいて、休み時間にでも様子を見に来て畳んでしまえばいいだろう。
バイク置き場は郁也のクラスの教室からは離れた場所にあり、少々歩くことになる。
晴れた日であれば、敷地内の最短距離を歩く。
けれど今のように雨が降っていると、できるだけ遠回りをしてでも屋根の下を歩きたいので、普段は通らない廊下を通っていた。
この時もそうして通り慣れない廊下を歩いていた郁也であったが。
「……!」
「……!」
どこからか言い争う声がした。
声からすると女子で、強い口調で罵っているのと否定しているのとが入り混じって聞こえてくる。
どうやら廊下の先の階段のあたりでケンカしていて、彼女たちの声は、廊下に木霊するように響く。
――女同士でケンカかぁ。
コミュ力弱めな郁也の苦手とするのが、女という人たちである。
彼女たちは口が強く、郁也が言い合いをしても勝てない。
もちろん、女のすべてがそうではないとは理解している。
けれど郁也にとっての女とは母であり、母はいつも郁也を矢継ぎ早の文句で攻め立て、ヒステリックであったという記憶しかない。
優しい時期もあったのかもしれないが、少なくとも物心の付いた頃にはそうであった。
それにしても、ケンカをするのなら場所を選べばいいのに。
あそこで喧嘩をしていると、上の階にまでケンカの声が響いていることだろう。
もし万が一ケンカを聞かれていると知れたら、「なに聞いてるの!?」と逆ギレされそうな気がする。
――おお怖っ!?
郁也はブルっと震えつつ、気付かれないように足音を忍ばせながら、その場を通り過ぎる。
≪へんなのぉ~? なにあの娘、怖い~! でもへん~!≫
ポン助はケンカする女子というのがもの珍しいのか、興味津々でもっと観察したい風ではあったが、当然郁也はとっとと通り過ぎた。




