第7話 カルト教団と脅迫状
「来たか、『クローバー』」
ギルドマスターの執務室を訪れた俺たちを、ベンウッドが座ったまま迎える。
「ああ。それにしたって、あんな呼び出し方をしてどうしたんだ?」
「ああ、お前らに見せたいものがあってな」
届いた【手紙鳥】の内容は、シンプルな呼び出し要請だった。
差出人はギルドマスター名義ではないベンウッド個人。
こんな私的な内容を、わざわざ冒険者ギルドの正式書式に則って送ってくる辺り、どうも妙な感じがする。
俺に何か察しろと言わんばかりだ。
「ママル、あれを」
「はい」
壁際に控えていたママルさんが、壁掛けのタブレットに記録用の魔石らしきものを挿す。
しばしして、タブレットには目深にフードを被った集団が映し出された。
揃って独特の文様が描かれた真っ白なローブを着ていて、ひどく胡散臭い。
『お初にお目にかかる。』
『我々は「第七教団」。この世界の真実を知る者だ』
『無知蒙昧なる人々よ、そして真実を妨げる冒険者ギルドよ』
『全てが暴かれ昇華される時が訪れた。世界の変革はすぐそこに在る』
『いくら小窓を閉じようと無駄だ。頂に至る道はすでに開かれた』
『終わりが来る。我らが真実を呼び、世界がそれを受け入れるのだ』
まるでカルトな新興宗教のプロモーションにしか見えない。
しかし、語られる内容には引っかかる部分もある。
示唆する何かを意図的に隠した様な言葉の数々に、じわりとした気味の悪い違和感があった。
「こいつは、フィニスの西居住区から生配信された映像だ。あの時間帯にな」
「何だって……?」
「王立配信局のツォーミ男爵が、ギリギリで配信をカットしてくれたんで人目には触れとらんが、タイミングが良すぎる」
「例の魔物襲撃事件と何か関係があるのか?」
俺の問いに、ベンウッドが首を左右に振る。
「現状は判断できん。しかも、これだ」
机の上に、一通の書簡を投げ置くベンウッド。
封筒はどこででも購入できるようなシンプルなものだが、先ほどの映像で見た文様と同じマークが描かれている。
そして、手紙そのものには不可解な言葉が羅列されており、最後に一言だけ意味深な言葉が記されていた。
――「もう始まっている」と。
状況からして、『第七教団』を名乗る者からのメッセージであることは間違いなさそうだ。
もやもやと渦巻いていた嫌な予感が、目の前で輪郭を帯びていくような感覚に陥る。
「あからさまな挑発だな、これは」
「ああ。今回の襲撃事件……こいつらと何か関係があるのかもしれん」
「その可能性は高いと思う。今回の事件、実のところ俺も人為的なものじゃないかと考えてはいたんだ。方法は皆目見当つかないけどさ」
「調査の結果、『無色の闇』から〝溢れ出し〟が起きた形跡は見つからなかったんだがな、入り口にあたる地下空洞に若干の崩壊跡が発見された」
「そこから出た?」
「いいや、あのデカさの魔物が何匹も出入りできるようなもんじゃねぇ。だが、『無色の闇』そのものに何か起きてる可能性はある」
歯切れが悪い。
つまるところ、調査が行き詰っているという事なのだろう。
ならば、別のアプローチが必要になるか。
と、ここまで考えてベンウッドが俺達を呼び出した意図を察した。
「さてはベンウッド。この件を俺達に投げるつもりだな?」
「うむ。現状、この件に関して派手に動くわけにはいかん。ベディボア侯爵閣下から、秘密裏にと釘を刺されたんでな……いつもの国選依頼に偽装する形で連中の調査を依頼したい」
ベンウッドに促されたママルさんが、俺に依頼票を差し出す。
「目的地は……エドライト共和国? 国境をまたぐのか?」
「ちょうど、あちらさんから迷宮探索に長けた腕利きを寄越してくれって要請も来てたんでな、それに便乗する」
「私が調べたところによると、この『第七教団』はエドライト共和国のノエド自治区に活動拠点があるようなんです」
俺の言葉に、ベンウッドとママルさんが依頼情報を補足する。
なるほど、状況的に都合がいいってわけか。
「連中について、他には?」
「わからん。ギルドマスターのワシでも把握してなかったレベルの無名集団なんだ」
あるいは、させなかったという事なのかもしれない。
そうだとすると、何故いきなり表舞台に姿を現したんだ?
隣国の無名なカルト教団が、ここに来て突然に。
「休暇をやるって約束したのに、すまん」
「埋め合わせはしてもらうぞ、ベンウッド」
「わーってる。だが、これに関しては実力があって信頼できるお前たちに頼むしかねぇ」
『無色の闇』調査依頼の時も同じ頼み方をされた気がする。
まあ、ベンウッドに――伝説のパーティ『アヌビス』のメンバーにこうまで信頼を寄せられるのは、悪い気はしない。
それにサーガ叔父さんがいない今、俺がこの男の力になれればいいとも思っている。
「みんな、いいか?」
「はい。わたくしは異論ありません。フィニスはわたくしの第二の故郷でもありますし、これ以上好き勝手させるわけにはいきません」
「ボクも、だいじょぶ。がんばろうね」
「アタシもオーケーよ。てか、ユークが決めたなら誰も反対しないと思うけど?」
「そうっすよね。ウチももちろん問題なしっす。現地調査から諜報、斥候までお任せくださいっす!」
仲間たちが各々に頷いて返す。
そんな中、一番に返事をしそうなマリナだけが黙ったままでいた。
「マリナ?」
「へ? うん! あたしも大丈夫だよ! うん」
少し驚いた様子で、慌てて返事をするマリナ。
「何かあるなら言ってくれよ? ギルドマスター直々の依頼って言っても、断れないわけじゃないからな?」
「ううん、大丈夫。ごめん、ちょっとぼんやりしちゃったみたい」
もしかしたら、疲れがたまっているのかもしれない。
まだ前回の冒険から帰って来て数日。俺やシルクにしたって各種の書類整理に追われていたりするくらいだ。
マリナが担当している動画編集は神経を使うところがあるし、好きなことだからこそ頑張りすぎてしまったという可能性もある。
「ベンウッド、出るにしても準備と休息が俺達には必要だ。五日は欲しい」
「もちろんだ。ギルド経由で向こうでの身分証と国境通過証を準備するにも少し時間が必要だしな」
「ああ、よろしく」
そう小さく頷いて、席を立つ。
マリナが疲れている以上、他のみんなも疲れているはずだ。
必要なら、後で俺がご機嫌伺いにでも来ればいい。
「ネネ、無理をしないように。現地についての事前情報は、私の方である程度まとめておきますから」
「助かるっす。でも自分のでも調べられることは調べておくっす!」
「そうね。それじゃあ、ギルド書庫から資料だけチョイスしておくので、後で取りにいらっしゃい」
「はいっす!」
にこにこと笑うママルさんに、元気よく返事するネネ。
いくつかの冒険を経たことで一人前と認めたのか、どこか二人の関係は柔らかくなった気がする。
師弟というよりは、親子と言った方がしっくりくるくらいだ。
「それじゃあ、失礼しますね」
シルクがぺこりと頭を下げ、それに倣うように仲間達も頭を下げて退室する。
ここでもマリナは少しぎこちない感じで、少しばかり心配になった。
後できちんと話を聞いた方がいいかもしれない。
仲間の体調不良に気がつけないなんて、リーダーとしてもサポーターとしても失格だ。
せめて、フォローくらいはしておかないと。
「それじゃ、何かあったらまた教えてくれ」
「おう。無茶ばっか言ってすまねぇな」
苦笑するベンウッドに俺も苦笑を返し、小さく会釈して俺はギルドマスターの執務室を後にした。





