第6話 シャワータイムと急な報せ
「ぐ……」
窓から差し込む光と鈍い頭痛で目を覚ました俺は、自分に〈解毒〉の魔法をかけながら、ため息とともに体を起こす。
どうやら、昨晩調子に乗って飲み過ぎたらしい。
ジェミーが『サンダーパイク』時代の話などするものだから、酒の量が増えたのかもしれない。
ちらりと横を見れば、そんなジェミーが毛布から白い肩を覗かせたまま眠っていた。
うっすらと残る昨夜の記憶によると、お互い強かに酔ってそのまま二人でベッドに入った覚えがある。
そこから先ははっきりとしないものの、状況からして何があったかは明白だ。
「ジェミー、朝だ」
「……まだ朝よぉ……」
寝ぼけて間延びした返事をしつつ、俺の腰に抱きつくジェミー。
おろした髪の毛が触れて、少しくすぐったい。
素直に甘えるジェミーなんて普段はなかなか見られないので、ちょっと可愛い。
「ユークは早起きし過ぎよぉ……もうちょっと、いいでしょー……」
「いいとも。ゆっくりしてってくれ」
再び寝息をたてはじめたジェミーの頭をふわりと撫でて、そっとベッドを離れる。
そのまま着替えようと思ったが、少し汗をかいてしまったようなので予定変更。
さっとバスローブだけを羽織って、地下へと向かう。
「あれ? お兄ちゃんだ」
一階に降りたところで、リビングで本を読んでいたらしいニーベルンが顔を輝かせた。
「あれ? ルン。やけに早起きだな」
「うん。今日は日曜学校だから。それと、マリナお姉ちゃん……ちょっと寝相が悪くて」
小さく笑うニーベルンに、苦笑を返す。
一応、拠点にはニーベルンの自室もあるのだが、彼女はよくお泊りに出かける。
仲間達も嬉しいようで、時には誰がニーベルンに添い寝するかで争ったりするくらいだ。
それに、ここのところ俺達は出ずっぱりだったので、人寂しかったのかもしれない。
「お兄ちゃんは?」
「ああ、ちょっとシャワーを浴びようと思って」
「そうなんだ。昨日は大変だったもんね」
そう目を伏せるニーベルン。
魔物の出現は、ニーベルンのトラウマを少し刺激したかもしれない。
安全なはずの場所が安全でなくなるというのは、彼女にとってひどく恐ろしいものだろう。
「なに、すぐに偉い人達が原因を探ってくれるさ。心配ない」
「うん。お兄ちゃんたちがいれば安心だし、わたしも手伝えることがあったら手伝うね」
「助かるよ」
そう答えつつも、ニーベルンを事情に巻き込みたくない気持ちが強い。
彼女が手にしている『黄金』の力は強力だが、それは彼女に生きることを託した『グラッド・シィ=イム』最後の王の願いの力だ。
あれは、ニーベルンの幸せのためにある力で、俺たちが便利に使っていい類いの力ではない。
「また難しい顔してる。大丈夫、ルンだって『クローバー』の仲間だもん。気を遣い過ぎないで、お兄ちゃん」
少し大人びた顔でくすりと笑うニーベルン。
子供に気を遣わせてどうすると自嘲しながら、小さく頷いて笑う。
気を遣い過ぎて彼女に疎外感を感じさせるのは、むしろ礼を欠く行為だ。
「悪い。いざとなったらルンも頼りにさせてもらうよ」
「うん! あ、ごめんね、引き止めちゃって。行ってらっしゃい」
にこりと笑うニーベルンに軽く手を振って、地下へと降りていく。
念のために誰も使っていないことを確認してから浴室に入った俺は、温水を生む魔法道具を起動して蛇口をひねった。
温かなシャワーを浴びながら、少しばかり昨日のことを考える。
昨日現れたあの魔物は、現状の図鑑に載っていない魔物だった。
気配からしても、『無色の闇』――異界由来の魔物であることは間違いない。
討伐もしたし、被害も少なかった。
そのおかげか、フィニスではこの状況をやや楽観視している空気がある。
だが、ベンウッドを始めとした冒険者ギルドの上役、そしてウェルメリア王国の上層部はかなりこれを問題視しているはずだ。
……これは、あってはならないことだから。
情報統制とニュース配信によって、『大したことない事故』を装っているのは市民の混乱を防ぐためだろうが、少しばかり早計だったかもしれない。
あの魔物は、本来フィニスに現れてはならない魔物だ。
ああまで濃い異界の気配を放つ魔物が、地上部分に現れたという事実は看過できない重みをもつ。
〝溢れ出し〟でも〝大暴走〟でもないとすれば、考え方はむしろ逆だ。
誰かが何らかの方法で、アレを街の中に送り込んだかした可能性がある。
ヴィルムレン島ではイルウェン・パールウッドが違法で強力な魔法道具を使って〝淘汰〟を活性化させていた事例もある。
世界中で起こっている迷宮の不安定化にしてもキナ臭いものを感じないでもない。
この喉に引っかかるような違和感は、一体なんだ?
「ユーク」
控えめなノックの音と、俺を呼ぶレインの声が思考の渦か俺を立ち戻らせる。
はっとして、小さく息を吐きだしてから扉に向かって俺は返事した。
「レイン。どうかした?」
「なかなか、出てこないと、思って。ちょっと、心配、した」
「悪い。すぐに出るよ」
「大丈夫なら、いい。あのね、さっき、冒険者ギルドから、ユーク宛に【手紙鳥】が、来てたよ」
「俺に?」
さて、何の用だろうか。
こんな早朝に【手紙鳥】を使う以上、おそらくなにか急ぎの案件で内密にしたいことだとは思うが。
「内容については?」
「まだ開けてない。ユークのとこに届く前に、ボクが、掴まえちゃった、から」
「わかった。もしかすると昨日の件についての呼び出しかもしれない。すぐに確認するよ」
「ん。上で待ってるね」
遠ざかっていく足音にシャワーを止めて、少しばかり気合を入れ直す。
考えることだけをしていても、悪い推測が増していくばかりだ。
わかることを整理しながら、一つずつ確認していくしかない。
俺の抱えた懸念については、まずベンウッドあたりに共有するくらいで留めておくくらいでいいだろう。
考え過ぎだと一笑に付されるかもしれないが、それならそれで気も軽くなる。
「よし。いくか」
誰に言うでもなくそう独り言ちて、俺は湯気煙る浴室を後にした。





