第5話 報告書デートと照れるジェミー
『フィニスに突如起きた魔物出現事件! 現地に居合わせた「クローバー」の素早い対処で事なきを得ましたが、今回の件……どう思いますか? ガトーさん』
『そうですね。一点、確実に言えることがあるとすれば、「クローバー」が居なければもっと被害が拡大していた可能性が高いってことですね。おかげで大きな被害を出すことなく、討伐ができました』
『さすがは「クローバー」ですね! なお――……』
街灯のタブレットにからそんな声が聞こえた。
ふと見上げると、俺が生配信した映像をバックにガトーさんとショウさんが何やら解説をしていて、街行く人々は足を止めてそれを見ている。
混乱防止のために特集配信を素早く手配するあたり、さすがは冒険者ギルドとガトー・ツォーミ男爵といったところか。
俺たちが対処に当たったフィニスを突如襲った魔物出現事件だが、冒険者ギルドや王立学術院が総出で原因を調査したものの、現在もどこから現れたのかは不明のままとなっている。
冒険者ギルドの地下から〝溢れ出し〟があったのなら、ベンウッドやママルさんが気付くはずだし、もっと被害は大きくなっていたはずだ。
あの魔物達は、俺達『クローバー』の拠点がある居住区域を中心に数匹現れただけで、他の街区には姿を見せなかったらしい。
『無色の闇』がある中央街区から離れたここに出現した理由は、まだわかっていない。
もしかすると、ここのところ観測されている世界の不安定性によるものかもしれない。
まさか、街中に魔物が出現するとは予想もつかなかったが。
ただ、大きな被害がなかったことが不幸中の幸いだった。
ケガ人はいたが軽傷だったし、家屋への被害も一部にとどまってそれほどではない。
フィニスにおける混乱が少ないのも、そういった事実が大きいのだと思う。
「『クローバー』さまさまだよ。あんなのが暴れたらもっと大きな被害が出ててもおかしくなかったよな」
「だな。これだけの被害で済んだのは彼等のおかげだ。もっと感謝しないと」
「実はさー、あのとき現場にいてー、『クローバー』の戦い……生で見たのね! もう、すっごかった!」
「マジ? いいなー。オレ、マリナちゃんのファンなんだよ。見たかったなぁ」
特集配信を見終わった住民がそんな話をしながらタブレットを離れ、夜の街を歩いていく。
魔物が現れた直後だというのに、些か能天気ではないかと思わなくもない。
「やれやれ、もう少し危機感とか持ってほしいな」
「しょうがないわよ。冒険者でもなきゃ、町の外の事なんて配信でしか見ないし、魔物だって画面の向こうの存在よ? 恐怖よりも興味が優先しちゃってるんでしょ」
ぼやく俺の隣で、ジェミーが苦笑する。
冒険配信が市民の娯楽になっている現状では、確かに危機感が薄れても仕方ないとは思う。
魔物の恐ろしさは、実際に対峙した者にしか理解できないのかもしれないな。
「ほら、行きましょ。見つかったら面倒だし」
「そうしよう。今日の報告書も追加で上げないといけないしな」
「ホント真面目ねぇ」
ため息まじりにジェミーが俺の手を握る。
柔らかな手の感触に少しばかり驚いて、ジェミーを見ると本人も何やら照れた顔をしていた。
「たまの二人きりなんだから。もうちょっとアタシのコト、見てくれてもいいでしょ?」
「あ、ああ」
いきなりの甘えたに少し驚きながらも、そっと手を握り返す。
いい大人がこんなことでと思わなくもないが、こうした関係になってからはまだまだ日が浅い。
つまり、少しばかり初心なのだ。俺も、ジェミーも。
「はー……それにしたって、せっかくの休暇が台無しよ。何なのよ、あの魔物は」
「根拠の薄い推測だけど、『無色の闇』関連なのは間違いないと思う」
「また、現れるかしら?」
「わからないな。だけど、ベンウッドとシルクは違和感があると言っていた。何かあるのは間違いなさそうだ」
それが今回の件と関係が深そうなのは、昼のシルクの様子でわかる。
彼女は魔物が現れた時、『似た感覚』だと言っていた。
つまり、鋭敏なシルクの感覚が捉えている『何か』が地震や魔物出現と何らかの関連性がある事を示唆しているということだ。
「ほらほら、考え事は帰ってからする。アンタってホントどこでも仕事を始めちゃうんだから」
「悪癖だとは自覚してるよ。でも、長らくサポーターとして生活してるうちに、こうなっちゃったんだよ。きっと、もう治らない」
軽く頭をかいて言い訳をしていると、握った手を離したジェミーがするりと腕を組んできた。
ジェミーが近くなって、少しいい匂いがする。それと、柔らかな感触。
当の本人は、顔を赤くして目を泳がせているが。
「当ててんのよ!」
「まだ何も言ってないよ、ジェミー」
相手が切羽詰まっていると、逆に冷静になってくる。
つまり、ジェミーが可愛らしく思えてしまった。
「ただの帰り道でも、今はアタシと二人なんだから。考え事は後! いいわね?」
「いいとも。こんな風にされたら、考え事もできないしね」
「アンタのそういうところ、よくないわよ? この、女たらし」
優しくしたはずが、なぜ糾弾されているのだろう。
まあ、このいじらしい様子を見てしまえば全く気にもならないけど。
「今日はアタシがユークの部屋に行こうかしら」
「え」
「知ってるわよ? 昨日はレインを連れ込んだでしょ?」
軽く固まって、否定のために首を左右に振る。
「誤解だ。連れ込んだわけじゃない」
「部屋にいれちゃったなら一緒でしょ?」
「表現に齟齬がある。魔法を使う者同士、正しい表現と解釈に努めよう? な?」
しどろもどろになる俺をくすくすと笑って、ジェミーがよりぎゅっと俺の腕を抱きこむ。
余計に彼女の体温と柔らかさを意識してしまって、思考がまとまらない。
「キミったら、時々妙に積極的だよな」
「そりゃそうよ。アタシ、自分に正直なんだもん」
どこか上機嫌な様子で、にこりと笑うジェミー。
以前のように落ち込んだり泣いたりしないだけずっといいとは思うけど、些か手強くなったとも感じる。
「わかった。ちょっと相談したいこともあるし、寝酒に付き合ってもらおうかな」
「……あら、へんね? 今日はちょっと素直」
自分で言い出しておいて、それはないんじゃないだろうか。
俺だって、思うところはある。
それに、こう言ってはなんだか情けないが……ジェミーには少し甘えやすい。
同期冒険者のよしみというか何というか、俺の愚痴を忌憚ない意見で叩き潰してくれるので、かえって助かったりするのだ。
「いいわ。いーっぱい甘やかしてあげる。朝までね」
なんでバレたんだろう。
そんなことを考えながら、俺は軽く苦笑して頷いた。





