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第2話 早起きと馴染みの露店

 ――翌日。

 俺の隣で眠るレインを起こさぬように、そっとベッドを抜け出した俺はさっと着替えて、身支度を整える。

 昨晩は、結局ジェミーの弟であるテックにその許嫁、それにニーベルンも加わっての大宴会となってしまった。

 これを見越して、大型の個室を手配したシルクはさすがと言わざるを得ない。


 今回の国選依頼(ミッション)に出ている間、ニーベルンを拠点に一人残していくのが心配でどうしたものか、と悩んでいたところにテック達が世話を申し出てくれたのだ。

 ニーベルンと年の近いテックとその許嫁のスウはすぐに馴染んで仲良くなってくれたので、フィニアスを離れている間もあまり心配せずに済んだ。


 ニーベルンが冒険者を志している以上、できるだけ現場を踏ませたい気持ちはあるのだが、国選依頼(ミッション)で向かう場所の多くは、危険度が高い場所だった。

 まだ正式に冒険者登録ができない年齢のニーベルンを連れて行くのもどうか、ということになったのだ。


 ……ニーベルンにはかなり、不満を口にされたが。


 なにせ、彼女は黄昏に染まる『グラッド・シィ=イム』の王女だ。

 異界の出身であるが故にその気配には鋭敏で、俺たちも舌を巻くくらい博識だったりもする。

 それに加え、半年以上も別の世界を()()()旅してきており、冒険者としては一人前と言えなくもない。

 だが、正式な冒険者登録ができない成人前の少女を国選依頼(ミッション)の現場に連れて行くのは、あまりよくないと判断した。


 実際のところは、俺たちの心配が勝ってしまったことの方が大きいが。

 冒険者としての経験はともかく……まだ十一の子供なのだ、彼女は。

 出自の特殊性やこの世界に来た経緯についてはともかく、今は普通の子供として過ごしてほしいという気持ちが強い。

 だから、あえてフィニスに残ってもらった。


「先生?」


 考え事をしながら下の階に降りると、椅子に座ったシルクが髪を梳かしていた。

 絹のような銀の髪に窓から差し込む光がさらさらと反射して、息をのむほど美しい。

 見とれていると、俺の視線に気が付いたシルクが少し恥ずかしげに笑った。


「あんまり見つめないでください。朝から気もそぞろになってしまいます」

「ああ、ごめん……じろじろと。ちょっと不躾だったな」

「もう、そうではありませんよ。先生に見られるのは、好きですよ?」


 見とれていたんだと正直な言葉が出かかったが、少しばかり気恥ずかしくて喉まで押し込む。

 代わりに、シルクの手からから櫛をそっと取り去って髪を梳かしていく。


「せ、先生?」

「二人の時は?」

「……ユークさん?」


 恥ずかし気に俯くシルクの髪を、丁寧に梳かす。

 彼女の美しい髪に触れられる立場というのは、なかなかに悪くない。

 普段、女慣れしない俺をからかう時はこんな風ではないのに、こうして少しばかり距離を詰めるとこうも可愛らしくなる。

 ヴィルムレン島では、お互い色々と確かめ合った仲だというのに。


「よし、きれいになった」

「ありがとうございます。今日一日、髪を結わないでいたいくらいですね」

「そのままでも十分かわいいけど?」


 思わず、口から軽口じみた本音が飛び出す。

 シルクの顔がみるみるうちに赤くなっていくのを見て、少し笑ってしまった。

 変なところで初心なんだよな、シルクは。


「もう、ユークさんったら」


 長い耳をぴくぴくと動かしながら、ジト目で俺を見るシルク。

 何したって可愛くしかならないんだ、もう諦めてくれ。


「……ともかく、今日の予定を決めましょう。どのくらいの時間にギルドへ向かいますか?」

「そうだな……帰還報告は昨日してるから、ベンウッドもママルさんも朝から詰めてるだろう。朝の鐘が鳴ったら、もう向かおうか」


 フィニスでは労働者に時刻を知らせるために、朝の鐘を鳴らす。

 冒険者ギルドでは、その時間に依頼票の更新をするのが慣習になっていて、実質的なギルドの就業開始時間ともなっているのだ。

 つまり、その鐘の音を合図にここを出ればギルドマスターであるベンウッドも、受付嬢であるママルさんもおそらく冒険者ギルドにいるはず。


「わかりました。今日はみんなばらばらに起きてくるでしょうし、朝ごはんは露店でいただくというのはどうでしょう?」

「そりゃいい。そういうの、なんだか久しぶりだな」

「わたくしもです」


 両手を合わせて笑うシルクに、なんだか俺まで嬉しくなってしまう。

 この拠点を得てからは、持ち回りで食事の準備をすることが多くなった。

 駆け出しのころはよく露店でハムとマスタードを挟んだだけのシンプルなサンドイッチなどを朝食代わりに買い食いしていたものだ。

 テテナナ通りでやっていた、あのサンドイッチの露店はまだやっているのだろうか?


「あれ? 二人ともお早いっすね」


 扉が開いて、そんな声が俺たちに投げかけられる。

 見れば、両手袋を抱えたネネが器用に扉を足で押し開けてこちらに歩いてくるところだった。


「おっと。大丈夫か?」

「問題なしっす! でも、助かったっす」


 袋を一つ受け取って、リビングのテーブルの上に置く。

 中身は、食材がほとんど。


「もう市場に行ってきたのか?」

「今日は朝市の日っすからね。冒険資材はまたあとで冒険者通りに行ってくるっす」

「何度も悪いな、ネネ」


 俺の言葉に、ネネが快活に笑って首を振る。


「ウチにできることをしてるだけっす。必要なものがあったらまた教えてほしいっす!」

「ああ、まずはいつも通りでいいよ。薬品類は俺がチェックするし、魔法道具(アーティファクト)も俺がやるよ」

「あー……そこらへんは、ウチじゃわからんすからねー」


 すっかり『ウチ』が定着してしまったらしいネネ。

 みんなにバレていたことをしばらく引きずっていたようだが、吹っ切れたのかもしれない。


「二人はそろそろっすか? 朝ごはんはどうするつもりっすか?」

「ああ、久々に露天で買い食いしようと思ってさ」

「いいっすねぇ。ウチも軽くいってこようかな」


 小さく首をかしげるネネにシルクが提案する。


「じゃあ、三人でいきませんか? ネネはこういうの詳しそうですし」

「にゃ、ウチは露店は結構詳しいっすよ! シンプルで美味しいサンドイッチを出す店がテテナナ通りにあるんすよ」


 得意げにするネネの言葉に、ピンとくる。

 テテナナ通りにある美味しいサンドイッチの露店と言えばあそこしかない。


「では、そこでいただきましょうか。いいですか? 先生」

「もちろん。久しぶりだよ、あの店も」


 そう頷く俺に合わせたかのように、朝を報せる鐘の音がフィニスに響き渡った。


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