ここに来て登場する新しい俺!
「いてて…」
気がつくと俺はやっぱり縛られてて、今度は家の裏の倉庫のようなところに監禁されていた。扉の隙間から入ってくる光だけが、真っ暗な倉庫内に一筋の線を映し出している。文字通り監禁だった。後頭部に鈍い痛みを感じながら、俺は白咲達が帰ってきた時のことを思い出した。彼女が家に俺もよく知る男を連れてきた。そいつは橘誠一郎、つまり俺自身の体だ。
「そんな馬鹿な…」
自分で自分の姿を見たとき、俺は情けなくその場にヘタリこんだ。メッセージを読んだ時点ではまだ信じていなかったが、こうして自分自身を見たときの衝撃は凄かった。俺の意思とは無関係に、目の前で自分が動いている。実に変な気分だ。
「誰だお前は!?」
俺は半笑いで俺を見つめていた俺に、目をひん剥いて掴みかかった。冷ややかな目で、横に立っていた白咲が憤る自分の体を引き止めた。
「ちょっと待ちなさいよ。そもそもあんたこそ誰なのよ。朝から勝手に私の体なんかになって」
「俺は橘だ! 橘誠一郎だッ!」
「誠一郎はここにいるじゃない。しかもちゃんと男の体を持った」
白咲にそう促されて俺が頷いた。つまり、俺ではないもう一人の俺が。
「そうだ。俺が橘誠一郎なんだ」
「ほら」
「ちょっと待て!男の体…?なぜ分かる??まさか白咲、確かめたのか?俺の体を…」
「黙れッ!変態ッ!」
白咲が容赦なく自分の体を…つまり俺をぶん殴った。俺はひっくり返ってベッドの角で頭をしこたま打った。涙目になりながら俺は彼女の横に立つもう一人の俺を睨む。
「白咲、騙されるな…そいつは偽物だ!」
二人はそんな俺を見下ろしながら、何やら意味深に見つめ合った。
「ねえ、よく聞いて。私は白咲雪花。女の子の体で、心も女の子よ」
「ああ」
「そして彼が橘誠一郎。私の幼馴染で、心もカラダも彼自身だと本人は言ってる」
「それは違う…!」
「最後まで。そしてアンタ。あろう事か私の体を勝手に使って、しかも自分は誠一郎だと言い張る」
「そうだよ。俺こそが真の橘誠一郎だ…!オリジナルは俺なんだ…」
やれやれ、といった感じで二人は肩をすくめた。ちょっと待ってくれ。俺がおかしいとでも言うのか?
「どう考えてもアンタの存在が一番おかしいのよッ!」
「宇宙人か何かかもしれない。とにかく騒ぎにならないウチに、逃げないように縛っておこう」
「うわあっ!!」
俺は本日何回目かの女の子みたいな声を出した。
「俺と同じ記憶で同じ考えしてるヤツがうろついているっていうのは、ホント不気味だしなァ…」
「あたしも、自分と同じ姿した人間が歩いてるって思うと、ホラーでしかないわ」
倉庫の扉を締める前、二人はそう言って俺を化物か何かのようにジロジロと見回した。恥ずかしい話俺はもうかよわい女の子みたいに涙目で震えるしかなかった。そうやって此処に閉じ込められてもう数時間は経っただろうか。
寒い。このまま俺はどうなってしまうのだろう。しかし本当に…俺は俺なのだろうか?二人の話を聞いていると、確かに俺の方が怪しさ満点だ。心や記憶は俺、橘誠一郎そのもの。だけどカラダは幼馴染の白咲雪花に間違いなかった。
俺は一体何者なんだ?暗闇の中で自分自身について疑問を投げかけていると、突然その答えが扉の向こうからやってきた。
「こんなところにいたのか。もうめちゃくちゃ探したよ君の体」
何の前触れもなく突然開いた扉の向こうを、俺は呆気に取られて見ていた。そこにいたのは、見たこともない少年だった。見た感じ俺より年下だろうか。その彼の横に立っていたのは、何とまたしても俺だった。俺は目を丸くした。ここに来て登場する新しい俺!まだ先ほどの第二の俺の衝撃もさめやらぬままだというのに!
第三の俺は体は男のくせに、何故か女子の制服を着ている。先ほどの俺は女装するような奴には見えなかったから、きっとニューカマーだ。恥ずかしそうに内股になる俺を見て、俺は吐き気を覚えた。もうたくさんだ。一体この世界に、まだ見ぬ俺はあとどれだけいるのだろう。あとどれだけ俺は俺に出逢えば、俺は俺だって胸を張れるだろうか。扉の向こうで出迎えた少年が、独り自我崩壊する俺に笑いかけた。
「ごめんごめん。パラレルワールドで精神を入れ替えたのはいいけど、まさか君がこっちの世界に転生するとは思わなかったよ」
少年が俺の縄を解いた。俺は彼の言葉の意味が分からなかった。は? パラレルワールド? 何の話だ?
「誠一郎さん、はじめまして。僕は白咲雅人。雪花姉ちゃんの弟だよ」
「は?」
「君はこっちの世界の人間じゃない。君たちは普段、《平行世界》といって、僕らとよく似た別の次元で暮らしてる。君はまず向こうの世界で、姉ちゃんと入れ替わったんだ」
「え?」
彼が隣にいる第三の俺を指差した。少年が言うには、俺は確かに幼馴染と体が入れ替わったらしい。今彼の横にいる第三の俺こそ、白咲の精神を宿した俺の肉体であった。妙に女っぽい仕草を見せているのはそのためだ。だが入れ替わった俺たちの住む世界は、今いるこの世界ではなかった。こちらの世界にもまた、俺と白咲は同じように存在していた。それが先ほど俺を化物扱いした二人だった。
「ところが君が入れ替わったまま、こっちの世界に来ちゃったから話がややこしくなってね。説明が大変だから、とりあえず向こうの世界のお姉ちゃんにも来てもらった。さあ早く自分たちの世界に戻るんだ。目が覚めたら僕が体も記憶も元通りにしてあげるから」
「ちょっと待て。お前は何者なんだ??」
そして何故タメ口なんだ? 俺は頭を掻きむしった。ちょっと、ボサボサにしないでよ!と第三の俺が怒鳴った。いや、本来俺の住む世界の白咲か。
「大丈夫。こっちの世界の君たちもきっと夢だと思って忘れるよ。これがきっかけに仲良くなればいいんだけど、それはまた別のお話」
「おい、答えになってないぞ」
「その姿で怒られるのは何か怖いな、ねえお姉ちゃん?」
それはどっちに話しかけたんだ。まだ事態を整理できない俺たちを引っ張りながら、弟は棒のようなものを取り出し目の前の空間に切れ目を作ってみせた。俺と白咲は目を丸くした。突如空中に出来た切れ目。その向こう側には、まるで別の空間が存在するかのように不可思議な色が広がっている。異世界への通路のようなものだ、と少年が説明した。
「じゃあね。向こうの俺によろしく」
「は……!?」
入れ替わった俺たちをひょいと切れ目に放り込むと、彼は切れ目の向こうで笑って手を振った。
「ぎゃああああああ!」
「うわああああああ!」
結局この奇妙奇天烈摩訶不思議な現象に何の答えもなく、謎の空間に突き落とされた。俺たちは必死にお互いの体にしがみつきながら、不思議な色の中を下へ下へと落ちていった……。
「………」
朝目を覚まして、いの一番に鏡をチェックすると、そこにはいつもの俺が映っていた。俺というのはつまり、橘誠一郎だ。幼馴染の白咲雪花ではない。俺は溜飲を下げた。何だか誰かに聞かれたら精神を疑われそうな夢を見ていたせいか、起きてから心臓の高鳴りが酷かった。思い出すだけでも顔から火が出るほど恥ずかしい。離れ離れになった世界で、お互いの心がお互いの体を求め合う妙に生々しい夢だった。だけど鏡の中に映っているのは昨日と変わらない野暮ったい目、ボサボサの髪、そして荒れた素肌。試しに撫でてみた俺の胸は、気持ち悪いくらいゴツゴツしていた。何だか損をしたような気分だが、きっとこれで良かったのだ。全て変な夢だったのだ。
…だけど、本当にそれだけなのだろうか。そもそも何故俺はあんな夢をみてしまったのだろう。少し迷いながら、俺はスマホを取りに部屋に戻った。
「珍しいわね。アンタが私と一緒に学校行きたいなんて」
横を歩く白咲が、不思議そうな顔で俺を眺めた。歩幅を合わせながら、俺はさり気なく昨日のことを尋ねた。
「昨日?何もなかったわよ?」
「ふうん…」
俺はなんでもない風を装って話を流した。やはり、夢だったのだ。少なからず落胆している俺を俺の中に見つけて、俺は驚いた。
「あ…だけど」
急に思い出したように白咲が立ち止まった。俺は振り返って彼女の顔を見つめた。
「何か弟が急に熱出して大変だったわ。ずっと家族会議がどうとか、うわごと繰り返して」