→B「いや、サクラのところへいかないと…」<ガイ視点>
「そうでしたの。でしたら、私と一曲いかがですか?」
「いや、サクラのところへいかないと…」
申し訳ないと頭を下げると、試しに言っただけですわ、私にガイ様はふさわしくありませんから、と微笑んだ少女は素直に道を譲る。そんなことはありませんよ、と建前だけ残し、踊りだす人々の合間を通り抜けて、バルコニーへ向かう。途中、知り合いに会釈だけをして、辿り着いた先に探し人の背中に声を掛けようとした瞬間。
「久しいな、ガイ」
「生徒会長…」
「おいおい、生徒会長は学園にいた時の称号だろう。ディオでかまわないよ」
シャンパンのグラスを片手に、目鼻立ちが整った甘いマスクの青年が軽く笑う。灰色の髪が耳元まで流れるよう整えられ、ガイを紫紺の瞳がとらえる。
「良かったな。お前は寂しいかもしれないが、ダリアが幸せになって」
「あぁ、本当に」
「貴族社会ほど堅苦しいものはないからな。俺も年貢の納め時だよ。今までのように自由にはできないさ」
「メイリー嬢と婚約したらしいな。父上が言っていたよ」
「まだ仮だけどな。せいぜい振られないよう頑張るしかない」
「そうだな、俺も同じようなものだ」
「お前が?ガイがいなければサクラだって俺を選んだのに。そのお前がそんなこと言うなよ」
冗談交じりに肘でつつかれる、気安い奴だから皆が生徒会長に選んだのだ。
久しぶりに会うと言うのに、遠慮がない。
「お邪魔のようだから行こうかな。ガイ、もしサクラを振る時が来たら俺のところに寄越せよ」
ちらりとバルコニーへ一瞥を向け、勝手な事ばかり言うディオに苦笑を禁じ得ない。そんなことあるはずないよ、そう告げて別れた。
先ほど見たときと同じように、空を見上げる少女に話しかけた。
「どうかした?」
「何でもないわ」
振り向きもせず、答える少女。肩に手を置いて、促した。
どうか、こっちを向いて。
「ダメだよ、サクラ。ちゃんと自分の気持ちを言って」
今度こそ、間違えてはならない。
心の奥底で溢れ出そうとする感情に蓋をして微笑んだ。
自分たちが歩む道は一つしかない、少女が言ったことだ。
『未来なら変えられるわ』
そう、今から未来は変えられるのだ。この小さな手を守る為に、自分にできることを考えなければいけない。
そのために取り返せない過去を振り返る時間はないのだ。
『ガイの初恋はダリアなんでしょう?』
確信めいた言葉に、否定は出来ない。
けれど、初恋だけが恋じゃないのだ。
それに気づかされた存在、ダリアに必要とされなくて、寂しかった時に一緒にいてくれた。
「何を不安に思っているかわからないけど、僕はちゃんと君が好きだよ。言っただろ?」
過ちは繰り返さない。
決意を新たに、サクラを後ろから抱きしめた。桜の花の香りがガイを包み、華奢な身体がすっぽりとガイの腕におさまる。
「なんだか私、ズルしたみたいで…嫌なの。それは私のせいなんだけど。…本当は私、スザクのことが好きだったの。小さい頃、一度だけ会ったことあって、思い出して欲しくて話しかけたわ。見事に振られちゃったんだけどね」
明るく震えた声でそう言い放つ彼女は、泣いているようだった。
「そんな時にガイがずっと傍にいてくれて嬉しかった。だから、私気づけば貴方を好きになっていた。でも、それはただ縋りたかっただけなのかなぁって」
「うん」
「もしかしたら逃げただけなのかもしれないの」
「うん」
「…嫌いになったでしょ?」
知らなかった、スザクが好きだったのか。そのことに驚くが、だからといってサクラの印象が変わることはない。
「嫌いにならないよ。サクラが言ったんだろ?僕たちは似た者同士だから。きっとお似合いの二人なんだよ」
「そうかしら?」
「そうだよ」
あの時、手を引いてくれたように。
今度は自分の番だ。
振り返り、ガイの瞳の中を覗き込む少女に安心させるように微笑んで。
「サクラはそのままで良いんだよ。何も悩む必要はない。そんな君を僕は好きになったんだから」
「ガイ…」
ようやく笑ってくれたサクラに、ガイの心も晴れていく。
二人で幸せになろう。
初めはどうであれ、真実にしていくために。