黒星レストランと薄明昇るタルト Lv.4(十二話)
下まで行くと何やら台所の方が騒がしい。
どうやら、アシュメとアウリスが口論をしているようだ。
「アシュメ。また、つまみ食いをして! いい加減やめなさい」
「別にいいじゃない。沢山頂いたのよ。あなたも食べる♡」
台所を覗いてみると埋め尽くさんばかりの果物が台所の上に乗っていた。
アシュメが黄緑色の宝石の様に輝くマスカットを繰り返し摘んでいる。それをアウリスが注意をしていたのだ。
彼女たちの背後でサウザーは素知らぬ様子で一人テキパキと動いていた。
「どうしたんですか、この量?」
ツヤツヤと輝く果物に目を丸くして尋ねる幸。
今にでもよだれが溢れそうだ。
青いタイルの流しで食器を洗っていたサウザーがチラリと振り返り呟く。
「ロトンドさんが依頼のお礼にと言って、少し分けてくれたんだ」
「少しって量じゃないわね」
マチルダもこれには驚かされてしまう。
サウザーは、全くだ、と肩をすくめて見せた。
彼は不敵な笑みを浮かべて起きて来た二人に言う。
「さぁ、座って。アウリス、テーブルの上の果物を片付けるのを手伝ってくれ」
アウリスはこくりと頷いて机の上を片付けていく。
幸とマチルダはゆっくりと腰を下ろしながら片付くのを待った。
急にどうしたのか、待つ事に落ち着かない幸にマチルダは余裕を持って話す。
「大丈夫。すぐ片付くわ。私たちはこうしてゆっくり待っていればいいのよ」
「そうそう、過酷な依頼の後だったもの。しっかり休みなさい」
フフッとアシュメはマスカットの果汁で潤った唇をべろりと舌なめずりを見せる。
「あなたは少しぐらい手伝ってはどうです?」
ギロリとエメラルド色の瞳で睨みを効かせてアウリスは呆れてしまう。
片付けを終えた彼女も席に着いた。
残るサウザーは一人、あれこれと準備を行う。
「サウザー、手伝う事ある?」
もどかしくて耐えられなかった幸は尋ねる。だが、やる事はすでにやり尽くしていた様だ。
サウザーは優しく笑って答える。
「もう大丈夫、あとはこれを運ぶだけだから」
そう言いながら大きなお盆を抱えて、四人の美女が座る机にやって来た。
彼は一つずつ白いティーカップと白く波打つ小皿を並べて行き、同じく白いティーポットで琥珀色の紅茶を注いでいく。
最後に山盛りのフルーツタルトを真ん中に置いた。
まるで宝石を散りばめられたティアラの様に盛られた果物は一つ一つ眩い光を放つ。
サウザーはサッと均等に六等分にして切り分けて彼女たちに平等に配った。
自分の分を置くと残った一つをマチルダの方へ寄せる。
「これは何かしら?」
意地悪な眼差しで尋ねるマチルダにサウザーはそれとなく答えた。
「無事に帰って来くれた……お礼として受け取って欲しい」
マチルダはクスッと微笑みながらティーカップの紅茶を啜る。
「あら、てっきりいなくなって欲しいと思われていたと思っていたわ」
「まさか、あなたがいなくなったら僕も困る」
ボードゲームで腹の探り合いをする様にニヒルな笑みを浮かべる二人。
退屈そうにタルトに乗ったチェリーを転がしていたアシュメが呟く。
「ほら、二人とも早く食べましょ。せっかく、いい感じに冷えた果物がぬるくなっちゃう」
彼女の言葉にサウザーはそうだね、と頷く。
マチルダもつまらない話はやめよと手で振り払いフォークを握った。
「えぇ、そうね」
「いただきます!」
穏やかな昼下がり、遅起きのマチルダは仲間と共にティータイムを楽しむ。
一つ一つ皮が剥かれた果物の上には透明なゼリーがコーティングされている。
崩れ落ちない様に慎重にフォークを下す。
大抵のフルーツタルトだと、最初はスムーズに落ちるが底のビスケットで上手くいかない。だが、今日のタルトは違った。
土台となるビスケットは硬すぎず、柔らかすぎず、程よく砕けて形を崩さない。
掬い上げるとカスタードがたっぷりと中に詰まっていた。
マチルダはそっと口を開けてこぼさない様に頬張る。
眼鏡がズレて、慌てて整えた。
りんごやオレンジ、ブドウにキュウイ、様々な味が口いっぱいに広がっていく。
散らばって行きそうな味はカスタードの濃厚な味に包まれていった。
まるで、世界各地の宝石が一つの宝箱に収められた様な壮大で贅沢な瞬間である。
「う〜ん」
あまりの美味しさに頬っぺたがこぼれ落ちそうになった。
マチルダはすかさず紅茶を嗜む。
さっぱりとした飲み心地でほんのりとした渋みが先ほどの甘さを忘れさせてくれる。
こうする事で繰り返しフルーツタルトの味を楽しむことが出来た。
続けてタルトの周りを囲むビスケット食べる。
ビスケットからはほんのりバターの香りを漂わせていた。
くっついて来たカスタードと落ちてしまいそうな果物を一緒にして食べる。
ザクザクとした硬さに果物の酸味が広がっていく。
この瞬間は本を読み終えた後の満足感とはまた違ってマチルダの心を華やかに満たしてくれた。
「マチルダさん!」
食べる事を楽しんでいたマチルダは、不意に名前を呼ばれて顔を上げる。
見ると頬っぺにカスタードを付けた幸がお茶目に笑っていた。
「とっても美味しいですね」
お茶目な彼女にマチルダは思わず、フッと笑みをこぼしてしまう。
頬を突きながら可愛い部下の頬っぺたに着いたカスタードを取ってあげる。
彼女はペロリと舐めて微笑む。
「えぇ、そうね」
微かな微笑みに丸い眼鏡から覗く視線は魅惑的な大人の女性だった。
幸はそんな彼女にキュッと胸を締め付けられる。
ランサン郵便協会、食の国リトラル支部、支部長マチルダは、やっぱりすごい人だった。
あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。
どうも、あやかしの濫です。
序盤の後書きにあったロトンドさんとの掛け合いですごい量の果物を頂くことになったサウザーたち。
タルトに使ってみましたが案の定余ってしまいました。
「黒星レストランと薄明昇るタルト Lv.4」は以上になります。
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