第三話「お金じゃ買えない想い」
金星七瀬はやっぱり節約上手だ。
いや、正確には、"生活上手"だ。
俺、田上は子猫のゴマをきっかけに金星さんの家に行くことになったわけだが…。
女子高生の、それも一人暮らしの家って、
どんな服装で行ったら良いんだーーーー?
うおーーーーーーー!
前日俺は、クローゼットをひっくり返す勢いで服を漁ったり、風呂には2回入った。
廊下ですれ違う姉に「きも」と言われた気がするが、今回は聞かなかったことにしよう。
ニャーーン^ ^
あ、そうそう。
子猫のゴマは無事、うちで飼うことになった。
ゴマは初めて家に着いた瞬間、ソファまで走っていくとごろんと寝転がり、おやつは?と言わんばかりのジト目でニャオン〜♪と鳴いた。
母さんも父さんも、突然できた末っ子にすでにメロメロだ。
俺の家庭内ヒエラルキーはやっぱり1番下なのかよ!と拳を握ったが…、まぁ、悪くはない。
ゴマ、お前は初めてできた俺の弟だ。
好きに撫でさせてもらうから覚悟しろよ。
〜
「ここで、合ってる…よな?」
渡された住所の通り来てみたけど、そのマンションはなんというか、俺の想像した"女子高生の家"とは少し違った。
古びた建物の階段をカンカンと登ると、柵に止まっていたカラスが羽ばたいた。
各部屋の洗濯機は外にあるタイプ。
なんというかここは、アパートというより"荘"だった。
実際、入口のコンクリート壁には「アオバ荘」と書いてあったし。
そして俺は結局、いつも通りのいけすかない服で来てしまった。
よし、いくか。
"ピンポーン"
"ガチャ"
「あ」
「田上くんっ、いらっしゃい」
当たり前なのだが、金星さんだった。
学校での姿とは違い、綺麗な黒髪をポニーテールにして、Tシャツワンピースを着ていて、なんというか、プライベートの金星さんはどことなくラフだった。
「どうぞあがって」
「お、おじゃましまーす」
「狭くてごめんね。どこでも座っちゃって。
田上くん、お茶でいいかな?」
「いや、全然、お構いなく…」
ひい〜〜〜〜〜。
どうしたら良いんだよ!何を話せばいいんだよ!
とりあえず俺は、机?っぽそうな四角い箱の横にある座布団のうえに正座した。
こ、これが金星さんの家か。
6畳程度のたたみの部屋には、簡易的なベッドと、机のような箱、テレビはなく、小さな棚には本が並んでいた。
その本棚の端には「ネコの飼い方」「短期で爆速貯金術」なんてタイトルの本もあった。
居間の隣にある3畳ほどの台所で、金星さんは俺にお茶を入れてくれている。
ん?
台所の窓辺に、オレンジの皮が紐で吊るされていた。
その下には、ペットボトルが半分に切られた容器がいくつか並んでおり、緑の葉が伸びていた。
観葉植物かと思った……けど、よく見たら、ニンジン?
「田上くん、おまたせっ」
金星さんは、その机のような箱に、麦茶と、花柄の皿に載せた食パンの耳ラスクを出してくれた。
そして、おれの前に座った。
「ねぇ田上くん、これ机?って顔したでしょ」
「えっ」
金星さんは、ふふっと笑って俺に説明してくれた。
「それね、実はダンボールなの。見えないでしょ?
ダンボールにね、白い和紙をちぎってペタペタ貼ったの」
「おお、なるほど!本当だ、すげえ全然見えない!」
フフンッと気を良くした金星さんは話を進める。
「あの干してあるオレンジの皮はね、
お風呂に入れたり、お茶にいれて楽しんでるの」
「あ〜それ、絶対いい香りするやつだ」
「そうなのっ!
それで、あの植物達は水耕栽培。根菜のヘタをつけておくと葉っぱが育つんだよ。豆苗もね、サラダに入れたりお味噌に〜…って」
「どうした?」
金星さんは頬を赤らめて俺の方をチラッと見た。
「ごめんなさい、ひとりで話しすぎちゃった…」
俺は確信した。
いや厳密には、
前から感じていたことが、確信に変わった。
金星さんは、「…可愛い」。
「ん、なんか言った?」
「なにも?」
いかんいかん。心の声が漏れてしまったようだ。
「そ、それはそうと、ゴマは元気だぞ。
もう俺より家族に可愛がられてるっつーか…」
「よかったあ。田上くん、本当ありがとうね」
そういうと金星さんは立ち上がり、よいしょ、と押し入れの中から大きな紙袋を出してきた。
「はいっ。これ、ゴマのごはんとミルク。あとは、おもちゃと、ペットシートと、首輪も。」
「おおー助かる!ありがとう!」
袋から覗く赤い首輪には、"ゴマ"と書かれたプレートがついていた。
ああこの人は本当は子猫と暮らしたかったんだろうなと思った。
「今度は…金星さんが、うちに来てよ」
俺は考える前に口をついて言葉が出た。
「ゴマも会いたいはずだ。」
一瞬少し空いた窓から暖かい風が吹き込んで、どこかで風鈴の音がした気がした。
金星さんは横髪を反対側の手で耳にかけ、俺の方を覗き込んだ。
「いいの…?」
可愛い。
「?…なんか言った?」
「なにも?」
ありがとうゴマ。いや、弟よ。
この恩を俺は一生をかけてお前に返す。
こうして俺はこの後、スマホを持っていない金星さんの代わりに猫について色々調べて、金星さんとスマホを覗き込んで見た。
子猫のうちにお風呂に慣れさせると良いこと。
危険なものを周りに置かないこと。
爪切りの方法や、トイレ掃除の方法。
時折、柔軟剤の香りがわかるほどの近さにドキッとしたが、姉の「きっしょ!」と言う声が脳裏をよぎり、しっかりと子猫の飼い方について学習に集中した。
ふたりきりの時間はあっという間に過ぎ、
俺はそろそろお暇することにした。
「田上くん、今日はありがとうね」
「いやいや、金星さんこそ」
「来週は……じゃあ…」
「……おう」
またね、と小さく手を振る金星さんの姿が帰り道中ずっと脳内再生された。
あーどうしちまったんだ、俺。
〜
「ただいまー」
「ニャオ〜〜ン^ ^!」
家に帰宅すると、ゴマが走って迎えてくれた。
大きな紙袋をクンクンと嗅ぐ。
「自分のって、わかるんだなゴマは」
「ニャオ!」
ん?
紙袋の中には封筒のようなものが入っていた。
「なんだろう?」
?!
封筒の中には一万円札が二枚と、メモが入っていた。
"田上くん、ありがとう。
よければワクチン代などに使ってください。
全然足りないとは思うのだけれど、
気持ちだけでも受け取ってほしいです。
金星七瀬 "
あーやられた。
もう、守ろう。
俺は金星さんを守る。
何から?そんなことはわからない。
ただ、俺は金星さんを守りたいと思ったんだ。
「ニャーーーーーーーン!」
「あ、ゴマ!!」
おやつを咥えて走り出したゴマを追いかける俺の顔は、笑いながら少し泣いていたと思う。
金星さんの家の棚の上にあった、家族写真。
お母さんとお父さんと手を繋ぎ、
見せたことのない顔で笑う幼き日の、金星さん。
勝手なのはわかっている。
それでも俺はどうしても、
あの笑顔を見たいと思ってしまったのである。
と、とりあえず来週までに、
この汚ねえ部屋をなんとかしねぇとな…。




