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探偵角倉聡介~水鏡湖のセイレーン~  作者: はつき


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第一話 イッツウノテガミ

 ある夏の夕暮れ、太陽は沈んで間もなく、あたりにはまだ光が残っている頃、一通の手紙が探偵事務所に届けられた。受け取りに出たのはこの埃っぽい探偵事務所には似つかわしくない、きれいに整えられた髪にハイカラなメガネを身に着けた紳士的な男だった。男はこの探偵事務所の主に声をかけた。



「聡介、寝ていないでそろそろ起きろ。君に手紙だ。今日は雪が降るのかもな。」



男に声をかけられると、ソファーから一人の男が起き上がった。



「んー。なんだ、敬いたのか。仕事は?」



「一時間ぐらい前からいる。今日は非番だ。まったくどこに鍵開けたまま寝るやつがいるんだ。この前も鍵を閉めろと言ったろ。」



「うちには盗むものなんてありゃしないよ。」



だらしのない声を出しながら、寝ぐせのついた頭をかくこの男こそ、この探偵事務所の主、角倉かどくら聡介である。


この角倉聡介というのはやや裕福な家庭で育ち、そのまま甘やかされて大人になった男である。親の死後、受け取った遺産で小さな探偵事務所を構え、これまたのんびりと暮らしている。

角倉に声をかけた紳士は氷室敬一郎と言い、警察官だ。年は角倉と同じ二十六。角倉とは腐れ縁である。

角倉は氷室に促さるがまま手紙を開けると、招待状が顔を出した。招待状を送ってくるような知り合いのいない角倉は不思議に思いつつも同封されていた便箋を取り出した。



「突然のお手紙失礼いたします。急ぎ角倉聡介先生に依頼したいことがございまして、筆を執った次第です。つきましては同封いたしました舞踏会にどうかお越しください。」



「誰からだ?」



「てらかどとみこって人。なんか聞いたことがあるな。招待状だ。僕に依頼があるんだとさ。」



氷室は差出人を見て驚愕した。手紙はある資産家からのものだった。

自他ともに認めるぐらい流行やら噂には鈍感、名前を覚えるのは大の苦手の角倉でも名前を聞いたことがあるほどの有名人だ。そんな有名人が名もない探偵に何の用だろうか。

首を傾げた氷室は、この手紙に何か不穏な雰囲気を感じた。



「彼女は舞踏会では話題に上がらないことはないほどの時の人じゃないか。たしか十五年ぐらい前に兄一家を亡くしていたような。本当に可哀想な事件だったから覚えている。何かの間違いじゃないか?君はネコの依頼しか受けたことがないだろうに。もしくは詐欺か?最近は詐欺が横行しているからな。きっとそうだ。まさか君行こうって言うんじゃないだろうな。君は人のたくさんいる場所は嫌いだろう?」



「なあに、大丈夫だ。それより喜びたまえ敬一郎君、これで少しは暇という病気が治りそうだ!」



角倉はソファーに再び寝転ぶと高笑いをした。氷室の忠告も暇すぎておかしくなりそうだった角倉の前では役に立たなかったのだ。

尚も心配する氷室を尻目に、角倉は二度寝に勤しんだ。





豪華な装飾が施された鏡の前で寺門富子は綺麗に手入れされた髪をとかしていた。赤い部屋着に身を包み、何か謎めいた空気をまとうこの女性は、四十五歳とは思えないほど若々しい。



「勇さん、次のドレスは何色がいいかしら?前回は濃紫色だったから他の色にしてね。」



「なら深紅なんてどうでしょう?あなたの妖艶な瞳に良く似合うと思いますよ。まあ美しいあなたなら何でも似合うでしょうけど。」



電話の相手の若い男は富子の恋人、畑山勇。

電話が終わると、ほぼ同時に扉をノックする音がした。



「お入り。」



「失礼いたします。富子様、次の舞踏会の件ですが角倉様の出席の確認が取れました。北村様からも手紙が届いています。それから林田様が明日富子様に会いたいそうです。いかがいたしましょう。」



「そう。角倉さんがお見えになったら、すぐに私の部屋へご案内して。末子が私に会いたいって?またどうせお金のことなのでしょうね。北村さんの手紙もきっと次の出資のことよ。お金のことばかりで嫌になるわ。そう思わなくて?」



「お金を持つ者の宿命です。では、林田様とは明日の夕方でよろしいですね。北村様へのお返事がございましたら、女中にお渡しください。」



「もう、あなたったら面白みがないのね。下がって良いわ。」



富子は秘書の村田文子が部屋を出ていくと一人ソファーに腰を掛けた。一息つこうとした時、今度は電話がけたたましく鳴った。少し不快な顔をしつつ富子が出ると、背筋をなぞるような不愉快な声が一方的に話してきた。



「寺門富子。決心はついたか?一か月後の舞踏会で十万を鞄に詰めて、お前の館の街に面した方とは逆側の庭の隅に置け。一家を殺し、莫大な遺産を受け取ったお前なら十万ぐらい出せるだろう。」



「あなたは一体誰なのよ!いい加減にして、私はだれ一人殺していないわ。分かった、不気味な手紙をよこしたのもあなたね。」



「一家を殺すよう命じたのはお前だろう。それでもお前の手は汚れていないといえるのか?まあ、言うとおりにしなければ世間に公表するまでだ。そうなれば警察も動く、お前は終わりだ。」



「・・・いいわ、お金はくれてやる。これで満足?」



「それで良い。忘れるな、このことを他の者に話したり、金を回収しに来た私の手下を捕まえたりすれば、お前のやったことをすぐにばらす。」



電話が切れると、富子は震える手で机にある鍵のかかった引き出しを開けた。そこには脅迫と受け取れる言葉が乗った紙が数枚入っていた。いずれも蛇のようにくねくねした赤黒い字で綴られている。富子の頭の中に自分の行いを知りうる人物たちが浮かんだ。



「末子。いや、あの子は共犯者だし、私が終わればあの子も終わる。文子は私と行動を共にするけど、あの時はまだ私の側にいなかったし、そもそも証拠は何もないから知りえないはずよね。となると末子が雇った殺し屋のだれか?でも舞踏会に来るのはみんな私の顔見知りよ。それとも・・・」



富子は体全身に悪寒が走った。



「いや死んだはずよね。殺し屋は湖に落ちたと言っていたし、それにあの時は冬。そうよ、冬の湖に落ちて助かるはずがないわ。」



富子は勢いよく机を閉めると、ベッドに潜り込んだ。



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