結界
それからしばらく、シェスとソルの冒険者譚で盛り上がった。
アミティエとは定期的に手紙をやりとりしていたものの、シェスの立場もあってあまり多くをしたためることはできなかったので、いくら話しても足りないくらいだったのだ。
「それにしても、世界中のあちこちに聖女がいたなんて、驚きでした」
「ローワ王国じゃ全然聞かないもんな。聖女の生まれる国、って自慢はあるけど、他国のこととかは全然」
シェスとソルの言葉に、アミティエは苦く返す。
「今の王国は外交に弱く、世界の、聖女の現状をよく知りません。それは、我々の責任もあるのですが」
その内容に、向かいの二人は目をぱちくりとさせた。
「エヴァジオン家に、ですか?」
「はい。我々が他国に聖女様を派遣、もしくは聖女様の亡命をお手伝いして、王家には黙っておりましたので」
――それって私たちが聞いていい話……?
冷や汗を流すシェスの前で、アミティエは微笑して続ける。
「瘴気は世界中に広がっていますから。聖女様の派遣は古より続けてきたことでした。ですが、いつの時代からか王家が難色を示すようになりまして……、それならばれないようにやりましょうと、そういうことになったのです。それとは別に、それぞれ事情があって王国から出たいという聖女様も時々おられまして、亡命をお手伝いしておりました」
「へ、へぇ~……」
シェスはどう相槌したものかと迷いながら、様々な国で見てきた聖女たちの姿を脳裏に浮かべた。
ローワ王国を除く大陸の国々では、聖女を二つに大別している。
一つは、駐在聖女。一定の限られた地域の瘴気を浄化する聖女のことを指す。
もう一つは、巡回聖女。こちらは様々な地域を巡り、瘴気を浄化することを請け負う聖女だ。シェスはこちらに属している。
いずれも絶対数が足りていないため、大陸中の課題となっていた。
とはいえ、シェスの出会った聖女たちは、浄化に苦労しつつも、やりがいをもって事に当たっていたものである。
「……そういえば、今更ですけど、大聖女の力というのは、ローワ王国の結界内にいる聖女にしか宿らないものなんですか? ローワ王国の外に大聖女が生まれた例はないですよね?」
「ええ、ご明察の通りです。大聖女様の力は、内部から結界を保つためのものですから。女神様がそう決められたようです」
「けれど、国外への移動はできる……」
「女神様は――、聖女様方を縛ることを是とするような方ではありませんよ」
「……そうですね」
聖典で、女神ソラネルの姿は生き生きと、慈悲深く描かれている。
シェスは聖典の内容を頭に浮かべ、深く頷いた。
「女神様の願われたような世界に、早く近付きたいものです。聖女様方にはずっと苦労を掛け通しですしね」
「でも、これからは聖女の負担も減るだろー? 姉さんたちが開発した結界でさ」
「我々が開発、というと少し言いすぎですね」
アミティエは軽く苦笑した。
ソルの言う結界とは、一年ほど前にフレド国が発表した、魔力を用いた瘴気用の結界のことだ。
これまでこの世界の人々が魔力で作った結界では瘴気を防ぐことができず、聖女の神聖力に頼るしかなかった。
しかしフレド国はその常識を覆し、魔力での瘴気用結界の開発に成功していた
――陰ながらエヴァジオン家と協力を続けて。
さらには、瘴気から多くの民を守るためにと、申し出のあった国にはその技術を無償で提供するとしたのである。
故に、現在、大陸中の国々がフレド国に注目していた。
「入国の時に色々説明を聞きました。すごいですよね。国民や一時滞在者、全員から魔力提供を受けることで個々人の負担を微量なものにする、っていうアイディアも、それを実現させたっていうことも」
「生まれつき魔力が少ない人へのケアもあるし、魔力提供したくない人に無理矢理させるとかじゃないのも、良いよなー。色々考えられててさ」
瘴気用の結界は、既にフレド国を覆うように張られている。
そのための魔力は、国民全員が負担していた。
魔力提供するかどうかは本人の意志に委ねられているが、自身の身の安全のために協力する者が大半だ。
魔力提供しない場合は税金がプラスされるなど、不公平が生じないように法整備も最初からきちんとされているようで、シェスもソルも感心することしきりだった。
「俺は提供する気満々だったのに、術が上手く作用しなくて、お金払わされちゃったしな……」
「そういう方も、時々いるようですね」
しょんぼりするソルに、珍しくアミティエが慰めの言葉をかける。
「二人して結界には関われなかったなー」
「うん……」
シェスはシェスで、聖女であるために、術に適合できなかった。
聖女には滞在日数等に応じて瘴気の浄化依頼をこなすことなどが求められるということである。
結界内は無事でも、外には瘴気が溜まるのだ。
それでも、瘴気の広がる範囲が限定されれば人々は安心して暮らせるし、聖女も浄化がしやすい。
本当にありがたい結界だ、とシェスは思う。
「でも、歴史の大転換点をこの目で見れて、今日は朝から大興奮でした。この結界が、他の多くの国で早く使われるようになるといいですよね」
「ええ。次はそれが課題です。ですが一つの山場を越えたので、エヴァジオン家としては少し安堵しているところでもあります」
アミティアは噛み締めるよう告げる。
エヴァジオン家は、女神を失って以降ずっと、瘴気から人々を守るために動いてきた。
まだ道半ばで、先を急ぐ気持ちもある。それでも結界が完成した達成感は、言葉で表すことができなかった。
「浮かれすぎている者もいて、気を引き締めるのに苦労していたりもしますが……、シェスたちの来訪を知れば、また浮かれる者が増えそうですね」
「皆さん、こちらにいらっしゃるんですか?」
「おりますよ」
気遣わしげなシェスに、アミティエは優しい声音で答える。
「首都にいる者たちは、後で連れてきましょう。皆も会いたがっておりましたので。地方にいる者は、その内。それから……、サジェスは今、結界の様子を見に地方を回っております。一月後には戻る予定ですので、その時に」
シェスはほっと胸を撫で下ろした。
アミティエの表情からも、皆この国に無事に辿り着いていたようだと分かり、安堵する。
「サジェスと共に、結界の開発に非常に大きな貢献をしてくださった方も国を巡っておられて――、いずれ、その方のこともご紹介させていただきます」
アミティエは何故か束の間、憂うように瞳を伏せた。
シェスは彼女の言葉に目を瞬かせ、口を開きかけたが、それよりもアミティエが立ち上がる方が早い。
「そろそろ昼食時ですね。おすすめのレストランがあるのですが、いかがですか?」
その声は明るい。
気のせいだったかな、とシェスは少し首を傾げ、「楽しみです」と、ソルと共に立ち上がったのだった。
その後、一旦シェスとソルは冒険者ギルドの方に戻り、正面からそこに入ってきたアミティエと白々しい初対面のやりとりをした。
聖女のいる金級パーティと繋がりたいエヴァジオン家、という演出で、三人でレストランへと移動する。
他人の目もあるので会話内容には気をつけなければならなかったが、アミティエがフレド王国のことを色々と教えてくれ、有意義で楽しい時間を過ごした。
「フレドも料理がおいしくて嬉しいな」
「調味料とか色々研究したい!」
「明日、よろしければ市場をご案内しますよ。様々なスパイスもありますから、楽しんでいただけると思います」
そんな会話をしつつ、エヴァジオン家所有の建物へと戻る。仕事の話をするという体で、ギルドの建物を経由した。
そこには今度は、顔馴染みの神官たちが揃っていて――、再会できた喜びに、シェスは笑ったり泣いたり大忙しになる。
三人で昼食をとっている間に集まってくれていたようだ。
ソルは最初こそまたシェスがとられたと唇を尖らせていたが、その内彼も輪の中に引き入れられて、笑っていた。
「……フレドに入って初日からこんなに皆さんと会えるとは思っていなかったので、何だかいっぱいいっぱいです」
再会の時間はあっという間だった。
神官たちが帰ってしまい、静かになった部屋で、シェスはそう零す。
顔馴染みたちの元気な姿を思い返して安堵するシェスに、アミティエは優しい眼差しを向けた。
「アミさん、皆さんと会わせてくださってありがとうございました」
「お礼など。会いたかったのは、私たちも同じですから。それに、まだまだ歓待させていただきますから。いっぱいになるのは早いですよ?」
「かん、たい?」
茶目っ気のある様子で告げるアミティエに、シェスは目をぱちくりとさせる。
「まずは一旦、宿にご案内しましょう。夕食まで少し時間がありますから、そちらで休憩されてください。夕食もご馳走を用意していますから、堪能してくださいね」
「さすがアミ姉さん、抜かりがないな~」
アミティエはそれに当然と頷く。
そんなアミティエが二人を連れて向かった先は、首都でも有数の高級宿だ。
「ちょちょちょ、アミさん、さすがにここは……」
「まあまあまあ」
外観からして高級感溢れる宿は、エントランスも高い品位が感じられるようだった。
にこやかな受付の女性とやりとりをしたアミティエは二本の鍵を受け取り、たじろぐシェスの背を押す。
「二人の部屋はこちらです」
そう、アミティエは二階の最奥の二部屋を指した。
一旦三人で、奥の方の部屋へ入る。
その部屋の広さに、シェスは愕然とした。調度品も高級なものが取り揃えられているようで、恐ろしい。
「本当はエヴァジオン家所有の邸をご案内したかったのですが、さすがに危険ですから。代わりにこちらの部屋を手配させていただきました。宿泊費も既に支払い済みですから、何も気にせず、遠慮なく使ってください」
「ぅえ……?」
シェスは変な声を上げてしまった。
部屋に入った時点でフードを外していたソルが、うろたえた声に笑って、シェスの頬を突く。
「シェス、意外にこういうところも庶民派だよなー。子爵家の邸に、こういう絵とかあったんじゃないの?」
「ないよ! うちは落ち目の子爵家だったからそこまで裕福じゃなかったんだって」
「その様子ですと……、もしやこの三年間、安宿を使っていたのですか?」
アミティエの非難の目が、ソルに向く。
ソルは肩を竦めた。
「だってシェスが怯えるからさー。安宿、っていうか、まあ普通の宿を使ってたよ」
「ランクが上がってからもですか?」
「うん」
ソルは素直に白状した。
シェスは目を逸らし、言い訳する。
「いやだって、先のことを考えると、お金のこととか、心配で……」
「そう言ってエヴァジオン家からの支援金も大事に大事にとってるから、依頼で稼いだ金も含めて、オレらの財産、結構な額になってるけどなー」
「使ってくださいよ……」
「最初の頃の装備はそれでちゃんとしたの揃えさせてもらいましたよ? あの、とても助かりました。ありがとうございました」
「それはお役に立てて良かったですが……」
元貴族令嬢のシェスの金銭感覚が浮世離れしているよりはいいのだろうけれど、とアミティアは頭痛を覚えた気がしてこみかみに手を当てた。
シェスはエヴァジオン家に罪悪感を持っている。それも彼女の抑制に繋がったのだろう。
「まさかとは思いますが、節約のしすぎで二人で一つの部屋をとったりはしていないでしょうね……?」
シェスを託す際、アミティエはソルにこんこんと言い含めたものだったが――。
殺気を込めて、アミティエはソルを見やった。
「そこはちゃんと気をつけてました! 野営の時も同じテントには寝ないようにしてたし! やっぱりそれは結婚してからって決めてたから!」
「……あ」
胸を張って言い切ったソルの隣で、シェスは思わず声を漏らす。
この三年間、手紙には何となく書きづらく、アミティエには二人の関係を報告していなかったのだ。
再会したら伝えようと思っていて、すっかり忘れてしまっていた。
「……シェス? ソル?」
「アミさん、あの、言いそびれてました! あの、私たち――」
「めでたく、恋人同士です!」
満面の笑みで告げるソルが憎たらしい。
アミティエは拳を間髪入れずに突き出し、妹分を奪っていこうとする男の顔を殴りつけたのだった。




