冒険者
「とうとう来ちゃったんだ、フレド国……」
「来ちゃったね~」
感慨深く、シェスは目の前の光景を見つめた。
その隣に立つフード姿のソルも、目を細めている。
二人の前に広がるのは、ずっと向こうまで続く賑やかな市場。
多くの人々が行き交い、道はざわめきで満ちている。
どうやら春の祭りを控えているようで、一層賑やかな様子だ。
フレド国――その入国審査所を潜り抜けた先の光景は、まるでその国を表すかのように明るいものだった。
シェスが故国であるローワ王国を離れて、三年。
シェスとソルは冒険者となり、諸国を巡っていた。
ローワ王国から追われる身であるため、どの国にも長居することなく様々な国を転々としてきたが、フレド国はそんな二人の一つの終着地点だ。
エヴァジオン家が新たな拠点をフレド国と定め、シェスとソルの二人にとって家族とも呼べる者たちが、この国に暮らしているからである。
エヴァジオン家にはローワ王国の監視がついていたため、シェスたちはまっすぐフレド国を目指すことができなかった。
三年たってようやくローワ王国の目を気にせずともよくなり、こうしてフレド国の地を踏めたのである。
「それじゃ早速、冒険者ギルドに向かっちゃいますかー」
「うん!」
シェスの返事がいつになく力強いのは、再会の時を待ちきれない思いが溢れたからだ。
二人は手をつなぎ、見つめていた光景の中へ、足を踏み入れていく。
冒険者ギルドを目指すのは、二人が冒険者だから、という理由だけではない。
そこが、エヴァジオン家との窓口になってくれる場所だからだった。
あらかじめ手紙でアミティエから冒険者ギルドの場所を教えてもらっていたので、二人は教えられた目印を頼りにすいすいと進んでいく。
様々な商品が並ぶ店々に目が奪われそうだったが、今は再会を前に気持ちが逸って、まっすぐに目的地を目指した。
「ここ、か……」
「立派な建物だなー」
大きな通りから少し奥に入った場所に、冒険者ギルドの建物はあった。
どこの国でも大抵の場合冒険者ギルドは風格のある佇まいをしているものだが、ここもまた重厚な趣を見せている。
「……なんだか緊張してきたかも……」
「冒険者ギルドはいつも使ってるじゃんか」
「そうだけど、そうじゃないって分かってるくせに……」
シェスは唇を尖らせた。ソルは笑って、そんな彼女の背を軽く押す。
「ほら、行こー」
「あ、ちょっと待って、心の準備が……」
シェスの心の準備が終わるのを待っていたら日が暮れてしまう。ソルはぐいぐいとシェスの手を引いて、ギルドの扉を開けた。
フード姿のソルに、中にいた冒険者たちの視線が寄せられる。
ソルは全く気にせず、正面にある受付カウンターへ歩み寄った。
受付の女性と軽く挨拶を交わし、ソルは上着の内ポケットから自身の冒険者証を取り出す。
冒険者ギルドから渡される冒険者証は、親指ほどの大きさの、長方形の金属製のプレートだ。
冒険者は実力によってランクづけされていて、下から銅、青銅、鉄、銀、金、となっており、プレートがどの金属であるかで、ランクが分かるようになっていた。
ソルのプレートは、金。
それは、ソルが冒険者の最高ランクであることを示していた。
プレートにはソルの名と、識別のためのアルファベットと数字が刻まれている。
「すみません、預かりものを受け取りに来たんですけど」
受付の女性に自身の冒険者証を見せて、ソルは告げた。
隣でシェスも、あわあわと冒険者証を取り出す。
彼女は冒険者証を首に掛けていて、首元から引っ張り出したそれは、白金であった。
白金は、聖女の証だ。
「『神々の僕』を――」
品物の名前、と思しき単語を、ソルは声を潜めて告げた。
目の前の相手以外には、聞こえない音量で。
――この符丁、大丈夫なのかな……。
シェスがそわそわと相手の反応を見ていると、目の前の女性は一瞬目を見張り硬直したが、すぐに微笑んでみせた。
「かしこまりました。少々お待ちください」
そのまま受付裏の部屋へ入ってしまったが、別の女性職員がシェスとソルの前へ出てくるのに、そう時間はかからなかった。
「お待ちしておりました。お会いできて光栄です。どうぞこちらへ」
にこやかに告げて、二人をギルド奥へと案内してくれる。
尊敬のような、憧憬のような眼差しを向けられて、シェスは居心地悪く身じろぎした。
「こちらのギルドと、奥の建物とが地下で繋がっておりまして……。奥の建物が、お求めの場所になります。ご足労をおかけしますが、安全のためにこちらの通路からお願いいたします」
地下通路を進み、建物間を移動する。
エヴァジオン家がギルドに深く関わっていると分かってしまう構造だ。
この三年間冒険者として旅をしてきて、シェスが驚嘆したことの一つがそれである。
エヴァジオン家はローワ王国だけでなく、世界中で静かに根を張っていた。
エヴァジオン、という名が知れ渡っているわけではない。
けれど、こうしてギルドに強い影響を持つように、世界の浄化のため、彼らは様々なところと関係を築いていた。
「……こちらのお部屋でお待ちです」
地下通路から今度は階段を上がり、ギルドとはまた違った雰囲気の廊下に出る。
ギルドという場は重厚さを醸し出していたが、こちらは明るく繊細な印象だ。
その一階の奥の一室で、先導してくれていた女性は足を止める。
その一言に、シェスは目を見開いた。
――お待ち、って……。
シェスの驚きはそのままに、目の前でドアが開かれた。
そこに立っていたのは、紛れもなく、シェスが思い描いていた人物で――。
まさかフレド国に入ってここまですぐに再会が叶うとは思わず茫然としてしまうけれど、シェスの体は動いていた。
何歩かの距離を、駆け寄る。
ぎゅっとその人に抱き着いて、シェスは相手の名前を呼んだ。
万感の思いをこめて。
「アミさん……!」
「シェス……、お久しぶりです」
今か今かとシェスたちを待ちわびていたアミティエもシェスの背に腕を回し、力を込める。
それからアミティエは、シェスの顔を覗き込んだ。
「お元気そうで……、何よりです。顔色が、ずっと良くなりましたね」
「はい……」
アミティエと別れた時のシェスは酷いものだったろう。
シェスは苦笑して、アミティエを見上げた。凛とした美女ぶりは相変わらずで、安心する。
「髪を切ったんですね」
「はい。手入れも楽で、気に入ってるんですよ」
ほんのわずかアミティエの顔が曇った気がして、シェスは笑った。
シェスが今の髪形を気に入っているのは本心だ。
ソルもアミティエも気にしなくていいのに、と思いながら、自身の髪に触れる。
「似合ってませんか?」
「いえ、お似合いですよ。少し色が変わりましたか?」
「そう、かもしれません。赤味が増した……かな?」
アミティエもシェスの髪に触れる。
けれどそれは長くは続かず、我慢の限界を迎えたソルが、シェスを引き寄せていた。
「アミ姉さん、シェスのこと、触りすぎじゃない?」
「口を開いたと思ったらそれですか……」
頬を膨らませたソルに、アミティエは呆れを隠さなかった。
「……まあ、いいでしょう。座りましょうか。今、飲み物も用意させておりますので」
アミティエは部屋に置かれたソファを指した。
そこに腰を落ち着けて、シェスとソルはアミティエと向かい合う。
アミティエが頼んでいたらしい茶と、それに合う菓子が運ばれてくるのは、それからすぐのことだった。
「それにしても、三年も経ったのに、あなたは成長していませんね」
アミティエは茶を一口含み、ソルにそう言い放った。
ティエル子爵領の神殿で、シェスとソルが並んでいた頃を思い出す。
アミティエは冷たく言いながらも昔を思い出し、二人が変わっていないようで安心していた。
「この男と二人きりで、旅に問題はありませんでしたか?」
「それは、全然」
むしろ、ほとんど全てにおいてソルがシェスをサポートしてくれていたと言って過言ではない。
ローワ王国を出る際、一人で行こうとしていたことがいかに無謀だったかと、シェスは常々思い返すのだ。
「まあ、有能であることは否定しません。実力も突き抜けていますしね。そうでなければ、シェスのことを任せられなかったでしょう」
言って、アミティエは遠い目になる。
「とはいえ、二人だけの金級パーティ、『朝焼け』のことを伺った時は、さすがに耳を疑いましたが」
アミティエのその台詞に乾いた笑いを零したのは、シェスの方だった。
『朝焼け』は、シェスとソル、二人のパーティ名だ。
名付けたのはソルで、シェスの髪の色が朝焼けみたいだから、という理由である。
ローワ王国の北の町でやっていたように魔獣を倒していたら、いつの間にか冒険者階級が上がり、金級というトップに上り詰めていた。
追われる立場で、どうして注目の的となるような立場になってしまったのか。
頭を抱えたが、あまり気にしないことにした。
というのも、まさか逃亡中の大聖女が金級パーティの一人として活躍しているとは考えづらいようで、全く疑われなかったのだ。
そもそもそれ以前からも、シェスたちはそこまで追手のことを気にせずにいられた。
というのも、ローワ王国が国際的に孤立しており、他国の協力をほとんど得られずにいたからである。
ローワ王国は聖女の生まれる国、女神信仰の中心として知られてはいるものの、瘴気の強い森に囲まれ、他国との国交がほとんどない。その上、女神の力に守られた地と驕り、他国を見下している。
故に、そんなローワ王国から聖女の指名手配が出たところで、惜しみなく協力するような流れにはならなかったのだ。
これが真実危険な犯罪者であるとか、何か必死になる理由があれば渋々でも協力体制が敷かれたかもしれない。
しかし、ローワ王国の主張の通り聖女が罪を犯したのならば神聖力を失っているはずで、そこまで警戒する必要はなく。
もし当該の聖女が神聖力を保有したままならば、ローワ王国の申し立てには矛盾が生じる。
そのためどの国もローワ王国の主張をまともに受け取らず、渡された指名手配書を自国内で公開する程度で済ませてしまった。
それさえ、もし聖女が見つかって力を失っていないなら自国に引き入れたい、という下心が動機だ。
しかもその指名手配書が、あまりにも粗雑だった。
シェスの人相書きが本人と全く似ていないのである。
長い茶髪の、骸骨のような顔をした、凶悪な表情の似顔絵を見た時、シェスは怒ればいいのか喜べばいいのか分からなかった。
「なにこれ全っ然別人じゃん。シェスはこんなに可愛いのに……」
ソルは当初激怒していたが、その内冷静になって、こう呟いていた。
「……まあ、これなら絶対気付かれないだろうけど……」
「髪の長さも変わっているし、あんまり気にしなくてよさそうだから、助かるよな……」
最終的には、二人して微妙な面持ちで頷き合ったものである。
「二人が順調に活躍されていたようで、何よりでした」
アミティエはそう言ってくれるが、シェスは恐る恐る問いかけた。
「あの……、隠蔽工作とかそういうの、アミさんたちに迷惑をかけてしまっていましたか……?」
「いいえ、そこは気にされないでください。その――、ローワ王国がその点、能力不足でですね……。我々への監視は怠っていなかったのですが、冒険者のことはほとんど追えていませんでした。二人について、全く把握していません」
シェスは安堵するが、それだけではいられなかった。
シェスと接触する可能性のあるエヴァジオン家には、ずっと監視がついていたのだ。
それがどれだけエヴァジオン家の負担になったか、シェスには分からない。
けれど、罪悪感を覚えずにはいられなかった。
シェスが気にしてしまうことは、もう一つ。ローワ王国がエヴァジオン家への監視さえできなくなった、という事実だ。
だからこうしてアミティエに再会できたので、それ自体はシェスたちにとって幸いなことである。
しかしそれは、ローワ王国の危機を示していて――。
「……しばらくオレたちここでのんびりしようと思ってるけど、それならアミ姉さんたちと出かけたりする分には問題ない感じ?」
顔色を悪くしたシェスの手をさりげなく握って、ソルは話をそらした。
シェスがエヴァジオン家のことも王国民のことも気にかけずにはいられないと知っているから、二人して楽しみにしていたことを口にする。
「ええ、これまでにも白金の冒険者の方には声をかけてきましたから。私の方からいつものように有望な冒険者に接触した――という体でいけば良いかと思います」
シェスの表情が翳ったことにはアミティエも気付いていて、ソルの問いにそう返す。
「二人が金級パーティであることが、良い隠れ蓑になりそうですね」
「シェス、有名になっといて良かったな!」
「いや、うん、その結論でいいのかな……?」
ソルとアミティエの笑顔に、首を傾けるシェスだった。




