雨の中子犬を保護しようとしたら全力で吠えられるような人生だった
冒険者で賑わうギルドの受付カウンター前が、水を打ったように静まりかえる。
眼鏡にお下げの受付嬢はぷるぷると唇を震えさせ俺に告げた。
「だ、ダリンさん……いえ、ダリン様の……あ、あのダリン閣下のパーティーメンバー募集ですが……残念ですけれど希望者ゼロ人でした」
しばしば勝手に様付けされるけど、閣下は初めてだな。
「本当に誰もいなかったのかよ? もう一度ちゃんと調べてくれ」
「ひぃっ! お、怒らないでくださいぃ!」
「怒ってねぇから。ったく、まあこっちは慣れっこだし、気にしないでくれ。あんたが悪いわけでもねぇんだし」
周囲を見回す。筋骨隆々の重戦士もローブに身を包んだ魔導師風も、俺の視線から逃げていった。
地方都市の中じゃセントイナカはデカいし、冒険者もレベルが高いって聞いてたんだけどな。
背後がざわついた。
「おい、野郎の額の十字傷……魔族千人殺しのダリンってマジかよ」
「真っ赤な魔獣の眼光は浴びた返り血が染め上げたっていうじゃんか」
「あの銀髪もやべぇよやべぇよ。自分と色がかぶってるってだけで、白銀竜をイカスミで真っ黒にしてプライドをズタズタにしてからなぶり殺したって噂だし」
「オレが聞いた話じゃ魔族をSATUGAIする前に必ず角をぶち折るらしいぜ。その角をコレクションしてるんだとか」
「ひえぇおっかねぇ。この街にいる間は戸締まりしっかりしとこ」
好き勝手言いやがって。俺は受付嬢に向き直る。
「全部嘘だからな」
「は、はいぃ! そ、そうですよねダリン閣下がたった千人で済ますだなんて。白銀じゃなくてさらに上位の黄金竜ですし、角といわず全身の間接を逆方向に折りまくってオブジェにして、豪邸のギャラリーに並べていらっしゃるということですよね!!」
なんだその猟奇的なご自宅は。こっちは故郷から追放されて帰る場所もないから冒険者してるんだぞ。
受付嬢は目に大粒の真珠を浮かべた。
「あ、あの! 失禁してしまいそうです! ここでお漏らしする許可を与えてください!」
「トイレ行きたきゃ行ってこいよ。我慢は体に毒だぞ」
「し、失礼いたします!」
カウンターから飛び出すと少女はポタポタとしずくを垂らして走り去った。
もちろん、涙のだ。
不本意ながら、泣かせた女の数は千人をくだらないかもしれん。男はその倍はいってるけど。
ため息交じりにギルド支部の建物を出ようとすると。
「おいこっち来たぞ!」
「道を空けろ殺されたいのか!?」
「俺には故郷に残した嫁と娘がいるんだ。まだ死ねないから道を譲るZE! 人生ターンエンドしたくないからッ!!」
まるで海が割れるみたいに、人混みの中に出口へと続く一本道が拓かれた。
あること無いこと無茶苦茶いいやがって。ったく……ご家族は大事にしろよ。
◆
セントイナカの中央通りに出る。と、ガリガリに痩せた盗賊風が、ナイフをちらつかせて街の娘に言い寄っていた。
「よぉよぉ、ねぇちゃんちょっと付き合えよ? 上モンの白い粉が手に入ったんだ。一緒に天国に行こうぜへっへっへぇッ!」
男は痩せ犬がする呼吸よろしく、舌をべろりと出して下品に笑う。
娘は見るからに嫌がっていた。
俺は男に近づくと背後から肩を掴んで振り向かせる。
「おいコラ。ナンパにナイフはいらんだろ。告白すんなら花束でも用意しとけって」
「んだテメェこっちはこれからお楽しみのすみませんごめんなさいもうしません小麦粉です小麦粉か何かなんです」
目が合うなり盗賊風はナイフを投げ捨て土下座した。
イキり散らかす奴ほどコレである。
気を取り直し、俺は娘に笑顔を向けた。きっと怖かったろうに。安心させるにはまず、スマイルからだ。笑顔は誰にでも贈れる花束なのだから。
「大丈夫か?」
「ごめんなさいもう大通りを歩いたりしません路地裏とか隅っことか下水道とか日の光の当たらない場所を歩きますというか実家に帰って慎ましく暮らしますからどうか命ばかりはお助けください」
イキリ盗賊風と並んで街の娘も額を地面に擦り付けた。
土下座は本当は額つけないってどっかで聞いたっけかな。知らんけど。




