55話 はじめての ひとごろし
凍てつく息吹が身体に染みわたる。
ただでさえ寒いのに素足のせいでどんどん体内が冷えているのが実感できるな。
「サンクトグラード攻略戦か。どれだけ損害が出るんだろう」
「戦略的にも重要都市と聴いていますので、おそらく強固な抵抗が予想されるかと」
寒い!!寒すぎる!部下達の話すら耳に入ってこない。
というか物理的に耳が痛い。
「しかし、『軍団司令部』の指令が二転三転しているせいで第三軍団が混乱していますね」
「多国籍で構成された連合軍だからなー司令部も振り回されてるんじゃないか」
と上官らしく格好良く言ってみたが末端の兵士からすれば溜まったもんじゃない。
あの駐屯地は、聖印騎士団が占領しており、亜人種ということで武器の補充もできず、進軍した第三軍団に合流させられてしまった。
よって、主力武器は円匙。短剣?そんなもの回収できなかったよ。
「見ろよ、あれが第三軍団の副団長殿だ」
「人間だったのか。いや、人間で良いのだが」
ちなみにこの軍団、エミリーの街も含めた被害地域に所属しているので復讐の為か、士気と殺意が高く他の軍団と比べていろんな意味で突出している。
だがパンタゴーヌ王国軍兵士だけではなく金目当ての多国籍の傭兵も加わっている為、一枚岩と言えず何とも言えない雰囲気が漂っていた。
「赤髪なんて初めて見た」
「西部出身の将軍だそうです。保守主義のせいで軍上層部に左遷されたようですがこのご時世、司令部に招集されて最前線に投入されたんでしょう」
ラザールが解説してくれたので知ったか振りに頭を振る。
確か王国軍の編成は、5個軍団と支部軍で構成されていてこの本隊は、第三軍団の半数になる3万の兵力を抱えている。
エルティアナ曰く、人間が円滑に指揮できる人数は200人ほどらしい。
あの軍団長補佐の影響下に置かれている兵力は、王国軍3万と傭兵4千。
命令は指揮官を通しているとはいえ、すごい人物だ。
「だが、いくらなんでもその装備で冬を越すのはきつくないか」
「補給線が伸びきってるだろうしな。このままセルジュ副団長に従っていいものか」
王国兵や傭兵達がなんか不安げに呟いていて聞いてて不安になってくる。
塹壕から飛び出して本隊と合流して2日が経過したが、まだ湿地帯を迂回しておりサンクトグラードに辿りつくまで1週間は掛かるそうだ。
しかも急激な気温の変化に耐え切れず、何百名か高熱で寝込んでおり更に進軍が遅れそうである。
「飽きました!飽きました!何も変わらぬ風景、連日の曇り空!もう帰りませんか?」
「ダメだ。我慢して進軍しよう」
「ゴブタロウさんはともかく、私はずっと憑依していてやることもなく暇なんです!」
ずっとエミリーを体内に憑依させており、人目が付きにくい真夜中にしか自由行動がとれず彼女は苛立っているようだが、オレだってイライラしている。
「おい雪だぞ!」
「こんな草も生えん荒れた土地にも雪が降るんだな」
いやだな。ただでさえ素足で辛いのに、雪原を越えていくと考えるとやる気スイッチがオフになる。
そう思ってたのは自分だけではなかったようで、いつの間にか部下達の姿は無く、一時の休息をもうちょっとだけ静かに味わえそうだ。
「ゴブタロウさん提案があります!」
「どうしたの?」
「私が偵察に行くっていうのはどうでしょうか!どんなに遠くに行ってもゴブタロウさんの元に帰れますし疲労もありません!」
「ダメ、エルティアナに任された以上、エミリーを1人にするわけにはいかない」
「えーーーーー!」
自信満々のエミリーの提案を聞いていたが、精神的に不安定な彼女を1人で送り出したくなかった。
半ば、エルティアナから呪縛霊を押し付けられた形になったがやっぱり知り合いなので無視するわけにもいかずとにかく会話して、少しでも彼女に人間性を残すので精一杯だ。
「嫌な臭いだ」
「失礼ですね!私は臭くありませんよ!」
「霊体に匂いなんてあるわけないだろう!敵襲だ!」
また風に乗ってゴブリンと、良く分からない魔物の匂いが鼻をくすぐった。
布マスクをしてこれなのだから、体臭は酷いし、敵兵力は多いのだろう!
「敵襲だ!4時方向!迎撃しろ!!」
「敵兵力、ゴブリンライダー!赤色軍隊蟻、毒岩蛙、下級悪魔1000以上!」
先鋒の部隊が敵兵力を発見したようだ。
さすがに嗅覚特化した…いや何かしらの感知能力が高い奴らが居るのだろう。
「妙だな、せめて来た割には既にボロボロな気がする」
「先の戦闘で敗れた敗残兵なんだろう!気にすることは無い!」
望遠鏡で覗いてみる限り、士気は低く何故か青白く動きが鈍かった。
「撃て撃て!」
「やった命中したぞ!次弾装填!」
まずは砲兵による野砲の砲撃で、先鋒の後続が打撃を被り後方部隊が混乱したようだ。
と言っても、【督戦隊】とかのせいで進軍するしかないようで大した影響は無さそうだ。
先鋒は矢や魔導砲が直撃してバタバタと倒れていくが全滅までとはいえず、友軍の先鋒の部隊と前衛が交戦を始めた。
「おいそこのDランク!お前も戦え!」
「はい、分かりました!」
兵力も質も士気も勝っているオレ達には大した事がない規模だ。
既に半数以上の敵兵力は地面に血塗れで打っ伏しており、もはや戦闘ではなく虐殺である。
〈苦じい!たずけで!〉
〈たす、ごぉはぁ!!〉
ゴブリンライダーの狼が槍兵によって仕留められ地面に転がりつつも呻き声を挙げながら敵陣の中で助けを呼ぶゴブリン。
そんな哀れな同族を円匙で介錯させてあげて次の敵に備える。
〈やだだあ!ゴホゴホ!がっ!!〉
〈身体が!重い!くるじいごはっ!!〉
前の伏兵だったゴブリン達の声は聴いていなかったが、なんか病人を戦場に駆り出している感じがした。
学徒兵や老人はおろか、病人すら駆り出さないと追い詰められているのか。
そう思ったが、このボロボロな病人達が寝込んでいた友軍の兵士の症状に似ている気がした。
「あっさり終わって、私の出番はありませんでしたね」
「なあ、エミリー、あのゴブリン達を見てどう思った?」
「動きが鈍かったですね。あの大虐殺の時と比べると遥かに弱い感じがします」
「ゴブリンの会話を聞いたんだがなんか苦しんでいるみたいだった」
やはり、弱体化しているのが一目で分かるのか。
前世の記憶とゴブリンの本能が、この場から逃げた方が良いと告げている。
「よし、制圧成功!敗残兵力への追撃命令を出せ!」
「どうせ、向こうで敗北者は狩ってくれるさ!」
「この勢いでサンクトグラードを陥落させるぞ!」
兵士達が勝利に酔っているが、もうそれどころじゃなかった。
魔王軍は、病人を使って病気をばら撒く気じゃないかと。
「ゴブタロウさん!よく円匙だけ生き残れましたね!」
「僕みたいに剣術だけではなく電撃魔法で切り抜けたんでしょう」
「ラザール、アルフォンス、今すぐこの場から離れた方が良いぞ」
2人はオレの発言を聞いて顔を見合わせたがすぐにこちらを見て笑っていた。
一方、エミリーは話についていけず2人の背後で指を立てたりして遊んでおり緊張感皆無だった。
「このゴブリン達は、全員病人だ!早くこの場から離れないと感染するぞ!」
「そうですか?間抜けなゴブリン達が正規軍に蹴散らされたとしか思えませんでしたが」
「ゴブリンの専門家であるオレが言うから間違いない!こいつら病人で、魔王軍はオレ達を病気に感染させるつもりだ!」
必死に訴えてみたが他人事である。
確かにゴブリンの病ってなんだという疑問があるかもしれない。
蜥蜴人の鱗が剥がれる病気とか接点がない人間至高国家では知られていない様に、情報がない以上、オレの憶測にすぎず説得力もなく戯言をぬかしているにしか見えないだろう。
「それは本当か?」
「はい、奴らは何かしらの病を患っています!放置していればオレ達に病気が感染して、戦争どころじゃ…な、く…」
声をかけてきた人物を見て凍り付いてしまった。
「何故そうと言い切れる」
「ゴブリンの専門家だからです!」
セルジュ副団長!?なんでトップがこんな最前線に居るんだ!?
やばい、軍紀を乱す発言をよりによって司令官の眼前で発言してしまった。
助け舟を求めようとしたが、オレの部下2人は速攻で見捨てたようであらぬ方向を見ていた。
「ふむ、なるほど…貴公はそれを確信しているのか」
「はい、そうであります!」
「念のために死体は焼却、体調が崩れた者は隔離するとしよう」
とりあえず厳罰は免れたようだ。
Dランク冒険者なので正規兵ではないがこの第三軍団の部隊の一員である以上、怖くてしょうがない。
「報告します!本隊中央、臨時司令部からゴブリンが襲来!戦闘が発生しました」
「召喚魔法か!?それとも転送魔法か!?」
「分かりません、兵力は大した数ではなくすぐに制圧できました!」
副官らしき鳥人がセルジュ副団長に報告していた。
「すぐに臨時司令部に戻る」
そう言って中隊を引き連れて司令官は本隊中央部に戻っていった。
あまりにも生きた心地がしなかったので、晩飯を食べたあと、『落雷ゴブリンのどたばた奮闘記』にいつもより多めに情報を書き込んで、全てを出し切ったように意識が闇へと落ちていった。
「衛生上の問題とはいえ穴を掘って死体を放り投げるなんてどうかしてるぜ!」
「あとで燃やすんだからちゃんと深く掘るぞ!」
「どうせなら暖房に使えないか?不謹慎だが寒くて身体がうまく動かん」
「おい、そこ!私語厳禁だ!何度言わせる気だ!」
「「すみません!」」
翌日、タイラーと一緒に穴掘りをしていた。
予想した通り、軍団が所持していた円匙を例の塹壕に置き去りになっており、半数以上が喪失していた。
例の戦闘中に聖印騎士団が乱入してきて無理やり撤退させた為に、塹壕に個人の持ち物や生活物資を置き去りにしてしまった兵士が居たようで不満をこぼしていた。
だが、それはまだ良い方で守備隊員のうちの3/4の兵士は食事をしに最低限の武装して本隊に戻って、そのまま進軍した為、騎兵なのに馬が居ないという事例があったとか。
「手が痛いから円匙貸してくれ」
「私語厳禁だ」
「チッ!」
やはり円匙を持ち出したオレは正しかったようだ。
窃盗品という事実がオレの心を痛めていたが、軍需品を管理している少佐に打ち明けたら、引き上げる時にもっと回収しておけよっと突っ込まれたので少しは気が晴れている。
一応、聖印騎士団が後から補給物資として返却してくれるそうだが、信用できない。
「よし、これで充分だ!作業員は速やかに退避!点呼完了次第、死体を穴に放り込め!」
作業監督者の一言で少し気が緩んだのか作業員たちは会話しながら登っていく。
それを見ている監視も咎めはせずにその背中に引き寄せられるように去っていった。
「タイラー!これで終わりだってよ!」
「よし、これで…また雪か」
昨晩は雪のせいであまり眠れなかった。
それどころか雪掻きに作業に追われて、それが終わったら朝食をとってすぐに死体を燃やす為に穴掘り作業、正直やってられん。
「ゴブタロウ」
「はい!」
「よし、お前は食事に行っていいぞ!後は別の班がやってくれる」
よし、監督官の許可をもらったのでお先に食事に行くとしよう。
「早く、昼飯を食べよう!肉体労働をした後の肉料理は最高に美味しいしな」
「同感だ!やっぱり喰わなきゃ生きている実感がないぜ」
「ん?なんか騒がしいな」
タイラーと合流したので今日の昼飯は何かと会話していたら人だかりができていた。
「ふざけんな!なんでてめぇの料理が多いんだ!」
「しょうがねえだろう!それだけ食べなきゃいけないんだから!」
吹き出しのテントの前で、王国軍兵士の獣人と傭兵の剣士が口喧嘩していた。
どうやら料理の量で揉めているようだ。
「またやってるのか…」
「パンタゴーヌ王国以外では、均等に料理を分けないと納得しないらしいな」
以前、冒険者ギルドは、クエスト以外の報酬を大半を没収するという話を聴いた。
最初は納得しなかったが、どうも種族によって一日の食べる量が違うのでクエスト報酬を均等に分けると破産する亜人の冒険者が居るせいでそうなっているという事が分かった。
例えば、人間は飲まず食わずでも3日は生きられるが獣人は個体にもよるが一日食事をしないだけで餓死をするそうだ。
しかも自分の体重に匹敵する量を食べる者がおり、ギルド側は、苦肉の策で過剰報酬をそういった冒険者に還元している話だった。
「要するに人間様と同じ量にしろって事か」
「酷い話だぜ全く、種族差を考慮してくれない奴らは殴りたくなるほど嫌いだ」
食事に浮かれていたタイラーも厳つい顔になっており、巻き込まれそうなので少しずつ距離を取って逃げる準備をする。
だが、読まれておりすぐに肩を掴まれて連れ戻されてしまった。
「お前らには『常識』を分からせないといけないようだな!郷にいては郷に従え。それが分からん奴は、身をもって知るがいい!」
「穀潰しが!3人前も食ってすぐに腹を空かせる劣等種族が!」
配給に不満を持った傭兵隊と、言い掛かり甚だしいと言わんばかりに獣人達が武器を構えており、もはや友軍どころか敵として認識しているようである。
「ゴホゴホ…ごはっ!」
「うっ」
極限まで緊張が高まった環境を破ったのは傭兵でも獣人でもなく先に食事をしていた兵士であった。
いきなり吐き出して机に伏せたり苦しそうに椅子から転がり落ちた。
巻き添えになった食器やナイフなどが地面に叩き付けられ大きな音となって辺りに響いた。
「貴様ら!料理に毒を混ぜたな!」
「ふざけんな!倒れた奴、同族だけで人間はピンピンしてんじゃねーか!」
「ははっははっは!こうやって穀潰しを減らすってか?やってくれるな傭兵が!!」
「こき使われた挙句に毒料理だと!絶対に赦さねえええ!!」
それと同時に友軍同士で戦闘が勃発した。
精々20人ほどであるが、味方同士が殺し合う異常事態となっており、もはや内乱である。
まあ、突発的に発生した戦闘はすぐに終わると、見物人たちは誰もが思っただろう。
「しまった!」
「貴様!よくも曹長を!!」
「おのれ!!奴を打ち取れ!ポーラ曹長の敵を討つんだ!」
「「「おおおおおおおお!!!」」」
「ぎゃあぎゃあうるさい癖に弱い人間がつけ上がるんじゃねえ!やっちまえ!」
「「「うおおおおおおおお!!!」」」
倒れた兵士を救護しに向かった衛生兵が不本意にも獣人の間合いに入ってしまい攻撃を受けて動かなくなってしまった。
それが大人気の女兵士だったことから、自称親衛隊が傭兵に加担して獣人を攻撃し始めた。
不利になったのを悟って同族を救うべく関係なかった獣人や好戦的な亜人種が加勢し交戦を始めてしまった。
「反乱兵を鎮圧せよ!」
「アイサー!203憲兵小隊、突撃ー!!」
「「「おお!!」」」
更に野次馬に混じっていた一個小隊が独断で鎮圧を試みた為、更に大乱戦になってしまい、もはや種族の問題ではなくただ内乱である。
こうなってしまっては、司令官率いる複数の大隊でないと鎮圧できない。
「おい馬鹿共!すぐやめろ!」
「獣人が!指図するな!」
「タイラー下がれ!介入すると却って悪化するだけだ」
タイラーの懸命な叫びも空しくこの騒動に掻き消えて代わりに暴言が飛んできた。
思わず、参戦しようとしたタイラーの手を掴んで必死に妨害をする。
「ゴブタロウ!離せ!」
「反逆者として裁かれるぞ!一旦、ここから離れた方が良い!」
「お前はあれを見逃せって言うのか!?」
「介入したら二度と美味しい飯が食えないぞ!一回逃げて指揮官に報告したほうが良い」
「くそがあああ!」
何とかタイラーを戦場から遠ざけることに成功した。
見えるだけで300人以上が参戦しており、もはや武力介入なしでは鎮圧できないが下手に参戦すると反逆者として戦後裁かれかねないので一旦、退くしかない。
まさか、食事中に戦闘が発生するとは想定しておらず、介入した一個小隊以外まともな装備をしておらず、その場から逃げる者、安全地帯で傍観する者、上官に報告するの者などバラバラである。
「きゃああああ!」
「劣等種族が!!」
炊き出しをやっていた猫型獣人の女性に向かって斧兵が襲い掛かろうとしていた。
「ああああ!!」
「危ない!」
「邪魔をするな!」
こちらに逃げ込んできた女性を守るために円匙のさじ部を突き出して振り下ろされた斧の軌道を逸らす。
なんとか逸らしたものの今度はオレがターゲットになってしまった。
「助太刀するぞ!」
「待て待て!3人がかりはズルいぞ!」
「“身体憑依”!」
「よくやったエミリー!」
まさかの増援に戸惑ったがエミリーが憑依して前方の敵に鎚を振り下ろして無力化してくれた。
当然、もう1人に攻撃されるがその前に彼女は体内から脱出して無慈悲な槍が錯乱した兵士に突き刺さる。
その直後、エミリーは槍兵に乗り移って、そのまま身体を操って大乱戦になっている戦場に向かっていった。
「退け!その女が毒を混ぜなければポーラ曹長は殉職しないんで済んだんだ!」
「知るか!勝手な憶測で攻撃してくるな!」
残るは、青い兜の胸当て、見慣れた王国軍の装備を身に着けた人間。
だが、錯乱状態で口頭の説得が不可能なのは、本気で叩き付けてきた斧ですぐに分かる。
「軍法会議で裁かれるぞ!馬鹿な真似はやめろ!」
「馬鹿な真似だと!?貴様から先に殺してやる!!」
身体能力、武器と共に向こうが上だが、円匙のリーチ差でなんとか攻撃を受け流せている。
何度も激突によって発せられる金属音が鼓膜を貫き振動が奴に本気を教えてくれる。
「ちょこまかと小癪な!!」
「今なら間に合う!武器を捨てろ!」
「天使が犠牲になって悪魔が悠々と生き残るのは!絶対に!許さん!ゴミ共が!」
「この分からずや!」
左腕を何度もさじ部で叩き付けて斧を手放すようにしたが興奮状態で痛覚が麻痺しているようだ。
一応、斧を振り回す速度は落ちているようだが、正規の訓練を受けた兵士相手にゴブリンは分が悪い。
「大人しくしなさい!」
「邪魔をするな!!」
奴がオレに夢中になっている内にさっきの女性が背後から羽交い絞めをしてくれた。
女とはいえ、種族の差で身体能力は兵士より上だ。
そのチャンスを見逃さず、円匙のさじ部を手の甲に叩き付けて斧をはたき落とした。
ついでに斧を遠くに飛ばした。
ああ、やっと終わった。
というかエミリーは今何やってんだろう。
「ああああっ!!」
だが、それを考えさせてくれるほど、甘くはなかった。
慌てて声がした方を見ると兵士は勢いよく前転して拘束を解いたようだ。
奴は、衝撃で動けない女性に跨って短剣の柄を両手で握り締め刺殺しようとしていた。
「いい加減にしろ!!」
その姿を背後から見たオレは、その一言と共に、円匙を隙だらけだった頸部に力いっぱいに振り下ろした。
何かを粉砕した感覚と、不気味な音が聴こえた気がしたが兵士は衝撃で吹っ飛んで女性から離れた。
女性を一目見て転倒による怪我らしきもの以外に外傷はなかったので、仰向けに転がっている兵士の元に行くと、首があらぬ方向に曲がっていた。
確認した当初は、まだ苦しそうに兵士はもがいていたが、すぐに動かなくなった。
これは、知っている。
いや知らないはずはない、ゴブリンや魔物をこの手で命を奪ってきたのだから。
だが、今回はいつもと違った。
今日、オレは人を殺した。
「大丈夫だよ、あんたは悪くない」
女性の励ましの声も、通報されて急行してきた地面を揺るがす大隊の軍靴の足音も、もはやどうでもよくなった。
なあエルティアナ、オレは人殺しになったよ。
人って簡単に死んじゃうんだな。
眼の前が真っ暗になったようでつい、自分の顔を触ろうとしたが温かい液体が手を濡らした。
考えるまでもない。
少し前まで共に過ごして会話していた兵士の返り血であった。
その血は、オレを呪うようにべっとりと手に付着していた。




