38話 ゴブリン、クランに加入する
エミリーに無理やり起こされて数時間後、はっきり目覚めたものの今後もあの起こした方が主流になると考えると憂鬱になる。
だったら早く起きればいい話だがやっぱり人によって苦手なのはある。
というかゴブリンは夜行性、人間と生活リズムを合わせるとどこかに齟齬が発生するものだ。
…などと言い訳しても起こされる以上、何か対策を打たなければならない。
とりあえず金欠なので冒険者ギルドにやってきたわけだが中に入ると受付で見覚えがある集団が屯しているのが見えた。
げえっ!オレを虐める乱暴者のパーティ御一行様だ。
慌てて身長が高く重武装しているエルティアナの後ろにこっそり隠れた。
エミリーも何故かオレの後ろに隠れたようだが気にしないことにした。
「あれは『古代の鳥』のクランか。この国でもあそこまで多種族で構成されているクランは珍しい」
「思ったんだけどクランってなに?」
「手っ取り早く言うと、冒険者のチームって感じ。パーティとは違ってリーダーになるには制限があったり規則があったりするけどそれを差し引いても加入するメリットがある」
「普通にパーティとかチームで良いんじゃないのか?」
「クランは、状況の応じて構成員である冒険者を派遣したり情報を共有したり脱初心者が一人前になるまでお世話になったりするよ」
そう言ってエルティアナは、メモを取り出して羽ペンを走らせたかと思うとそのページを破って渡してくれた。
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クランとは、冒険者が集まったチームである。
・クランは自由に構成できるパーティと違って制約がある
・加入するには、Eランク以上かつ、読み書きができる事
・リーダーはDランク以上、構成員より同格かそれ以上のランクでなければならない
・サブリーダーも決めることができるのでリーダーのランク以下であれば何人でも任命出来て複数の街で活動することができる
・構成員がリーダーのランクを超えた場合は、2か月の猶予が与えられてその隊員にリーダーを移譲するか、リーダーがその構成員と同格かそれ以上のランクになって継続するか選択できる
・人数の制限は特にないが普通は10人から100人くらいの規模
・有名になると冒険者ギルド側が優先して旨味がある依頼を受けられるようにしてくれる
・情報共有やベテランが加入している関係で脱初心者は加入するのがお得な一方で、いじめやパシリにされることが多く問題になっている
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彼女の字は綺麗で整っているのに躊躇いがなく勢いで書いているのは凄いと思う。
オレが同じようにやったらただの殴り書きになってしまい暗号文になってしまうだろう。
現実を逃避するのも限界なのでもう一度見てみるが目がチカチカする。
「なんかクランって面倒だな…普通にパーティで良いんじゃないか?」
「大所帯になるとどうしてもパーティじゃ規則で揉めるしなにより冒険者ギルドではクランの派閥があるから加入しないと面倒な事に巻き込まれるよ」
「加入しても面倒な気がするけど…」
「弱小クランであってもギルド側が公平に仲裁してくれるからその分、安心できるよ」
クランの説明を聞いただけで頭が痛くなってきた。
今のオレは、エルティアナとエミリーでパーティを組んでいるけどいずれクランに加入しないといけないかもしれない。
だけどゴブリンの加入を認めてくれるクランなんて存在するのだろうか。
『ゴブリンですがよろしくお願いします』
『ゴブリンが居たぞ!殺せ!』
『ぎゃああああ!ぐふっ!』
ダメだ。死ぬ未来しかない。
というより目標は長生きなのでまとまった金を手に入れたら冒険者を引退してどこか遠い所でほのぼの暮らしたい。
エルティアナと組んだのも1人で生きていける知恵と知識と経験が欲しかった経緯がある。
この事は、彼女にも伝えており一人前になるように指導してくれているのはありがたい。
「んっ?あそこに居るのは噂の凸凹コンビだね」
「おっ久しぶりに見かけた気がするぜ」
『古代の鳥』の御一行様に勘付かれてしまった。
後ろに隠れていてもやっぱり無理があったか残念だ。
「よう!エルティアナ!相変わらず火傷がチャーミングで凛々しい顔してんな」
「タイラー!女性に失礼じゃないかい?」
「サンディ姐さん!彼女は明らかに男よりも男らしくて女に見えないんだけどなー」
最初にエルティアナに絡んできたのは豹型獣人の武闘家タイラー。
それを咎めているのは大きな鎧とオレの背丈くらい大きい両手剣を背負った蜥蜴人の女剣士サンディ。
そして森人では珍しくクロスボウで狙撃手を務めているクロフォード。
後方にも何人か居るけど厄介なのはこいつらだ。
「それは誉め言葉として受け取っておくよ、タイラー」
「素直に怒ってくれた方が良いんだが…なあ微笑むのやめてくれよ!」
「あーあーだから止めておけと言ったのに」
ちなみ、こいつらはDランク。
エルティアナと同格の連中だがノリでからかったタイラーが彼女の妖艶な笑みを見て真っ青になってガタガタ震えている様に明らかに実力差がある。
獣人は人間の3倍の戦闘能力があると噂されているがこの様子だと…。
とりあえず虎の威を借りる狐になれず大熊の後ろに隠れているオレは、その様子を傍観していたがエミリーの存在を忘れていたので慌ててキョロキョロと見渡してみる。
彼女は、いつの間にかタイラーの背後におり何か触るそぶりをしたり観察している様子であったがなんか空しそうにこちらに帰ってきた。
「どうやら私を感知できないみたいですね」
「今朝、オレを起こしたようにあの技をやればいいじゃないか」
「さすがに敵でもないし見ず知らずの方に使いたくないです」
逆に言えば敵か、知り合いなら容赦なくやるって事だなこいつ。
どうやったらこいつを懲らしめられるか考えなければならない
破魔札とか聖水とかでなんとか懲らしめたいんだけどそんな高価なお買い物するくらいならお腹いっぱい肉料理を堪能したいのが本音だ。
「懐かしい顔を見てつい、いびりたくなったんだ。済まん」
「毎回思うんだけど謝ってるのか馬鹿にしてるのかはっきりしてくれると嬉しいんだけど。そこんとこどうなのクロフォード?」
「獣人特有の愛情表現というか習慣みたいだからなんとも言えない。というか対極に位置する森人に訊かれても困りますよ」
「教国が獣人の国家を躊躇いもなく滅ぼしてきた気持ちが良く分かる気がするよ」
彼女の呆れた顔を見ればどれだけ獣人と関わるのが鬱陶しいか分かる。
悪い意味で人懐っこい彼らは横暴な態度で触れ合おうとするので他種族と良く揉めるのだ。
この国で喧嘩と聴けば、真っ先に彼らを思い浮かべるほど好戦的で積極的な種族である。
人間ほどではないが活発で探求心があって良くも悪くも人懐っこい性格の為、4大種族の1つに数えられるほどであるが彼らが堂々と暮らしていける国は、この王国くらいのものだ。
出会い頭に挨拶代わりに胸ぐら掴まれたり悪口言われたりすればそうなるわ。
そんな種族の被害者筆頭であるオレが代弁してみるがなんか空しい。もっと簡単にあしらえるように強くなりたい。
「ほらほら戻って来てヨ。こんな所で油を売ってる暇はないゾ」
「無駄な時間嫌い。早く来て」
「あれを見ると熱血漢だった昔を思い出すのう」
髭を触っている調合師の鉱人がローウェル。
までならいいのだが他の連中が異形である。
声がかすれているアヒルっぽい奴が魔法学校を首席で卒業した賢者のホイスラー。
ザ・竜娘といわんばかりの彼女は高位魔術師のミシェル。
明らかに鳥人と翼竜人のイメージ合わない連中である。
もうちょっとタイラーみたいに種族を生かした戦い方をしろよと突っ込みたくなるが野暮であろう。
「そういえばメンバーが少ないみたいだけどどうしたの?」
「提携関係だった『青い翼』の連中と大喧嘩して解散したんだ」
「大体タイラーのせいだね。もう少し優しくできんかったのかい?」
「どうもあいつらと馬が合わなくてな。チマチマと精神攻撃してくる連中なんか嫌いだ」
やっぱそうなるわな。よし、この間にオレは逃げさせてもらう。
ストレスのはけ口にイライラをぶつけられたらたまらんからな。
少なくともメンバーの顔と名前を覚えるほど弄られてきた過去のせいで関わりたくない。
「おっとゴブタロウ!前より少し大きくなったか!?俺が確かめてやろう!」
「ぎゃあああ!やめろおおお!」
ムキムキの男のハグなんて嫌じゃー!
せめてムキムキの女にしてくれー!
暑苦しい抱擁なんて熱血漢同士でやってろ!オレはホモでも熱血漢でもないぞ!
ああああああ!!!
「エルティアナ た す け て -」
「おっと、部下を虐めるのはここまでにしてもらおうか」
「俺からすればめちゃくちゃ優しく接してるつもりなんだがな」
「ほら、離してやんな」
サンディに咎められて地獄の拷問から解放されたオレは慌ててエルティアナの後ろに隠れる。
やっぱ嫌いだ。
乱暴なタイラーも口煩いサンディもインテリで偉そうなクロフォードも嫌いだ。
そして守護霊面して目を細めて口を尖らせてタイラーに威嚇しているエミリーもなんか嫌だ。
「タイラーもっと優しくする」
「うるさい!これでも最大限優しくしてるつもりだ」
「斥候と盾役と槍兵と神官…数えるだけでうんざりするほど役職が抜けて人手不足なんダ。早く欠員を補充したいが中々良い奴が居なくてナ」
注意する為に近づいてきたミシェルの香水とメスの匂いが鼻をくすぐるがどうも好きになれない。
上半身が完全にドラゴンの肉体のせいではなくクランとやらのリーダーであるのにちゃんとした対策を取らずに揉め事を起こすせいだ。
知的ぶってる鉱人と鳥人も同類だからな?
オレが嫌がってるのに何度もスルーした件の恨みは忘れんぞ!
「そうだ、ゴブタロウ。このクランに加入してみたらどう?」
「嫌だ!」
「いろんな人たちと関わることで自分の世界が広がっていくから経験したほうが良いよ。特に信頼できる人物を創っていくのは大切な事だし」
「何でいじめっ子グループに入らなければならないんだ!」
「この世は、拒否だけで暮らしていけるほど優しい世界じゃないよ。むしろ対立や喧嘩を乗り越えて目標に向かって努力したり対人関係を経験したほうが良いよ」
「そうですよゴブタロウさん!私だって腹黒狸やら自称婚約者の連中を相手にしてきたんです!」
とりあえずエミリーは闇が深いからスルーするとして…こんな奴らと一緒に活動するのか?
ぶっちゃけこの6人、全員嫌いなんだ。
他に12人くらいいた気がするが顔を思い出せないけど別方向で嫌みったらしい連中だった気がするし精神がすり減って鬱になるだけだと思う。
「私だっていつまでもゴブタロウと一緒に居られるとは限らないからね」
「なあ、エルティアナ!オレは」
何か反論しようと口を開こうとした時、背後から身が凍るほどの視線に貫かれた気がして振り返るとエミリーの瞳孔が全開で微笑んでおり震えあがるほど不気味であった。
生者では絶対見ることはできないあり得ない瞳孔の開き方で何やら得体が知れない化け物を相手にしている感じがして気が狂いそうであった。
すぐに彼女はいつもの微笑んでいる顔に戻ったがさっきの瞳孔はまだ頭に焼き付いている。
「なんかとんでもない視線を感じなかったか?」
「奇遇だね。私もそんな感じがしたよ」
エルティアナは、一見すると苦笑している感じだが明らかにわざと微笑んでいる。
思わず微笑んだ感じではなく世間体を気にしてそして何より平常心を保つように笑っていた。
クランに加入する反論をする気は、すっかりなくしてしまい彼女が書類を書きに受付に行くのを背後で見送ることしかできなかった。
一方、エミリーは考え込んでおり気になったがむやみに話しかけるのも億劫なので彼女が自分から話しかけてくれる環境の構築をした方が良いだろう。
いくら人間の感情があるとはいえ亡霊。いつ悪霊に変化しても可笑しくないのだから。
なにより彼女の性質上、自分で貯め込む性質があるようなので適度にストレスを発散させないとまずいことになるという直感があるともいう。
結局、『古代の鳥』にオレとエルティアナが加入することになったがエミリーの文字は当然なかった。
これが後に大きな意味になってきそうだが問題が起きない事を願うばかりだ。
あっけなくクランに加入したがこれからどうなっていくのか見当もつかない。
オレの冒険者としての生活はまだ始まったばかりだ。




