35話 城内にて
パンタゴーヌ王国、それはこの地域の古代語で五角形を表す名前。
その国家名の由来の通り、王都ロワールは五角形の都市である。
1130万を超える人口を誇るこの国の王都は、様々な亜人種で溢れており比較的仲は良好である。
周辺国家、特に人間至高主義を掲げるデュラント教国出身の人々から見ればさぞ驚くべき光景であり違和感を覚える事だろう。
それはこの王国の成り立ちに関係している。
この国の地理は平地が多く農業が盛んで比較的豊かな土地柄である。
故に周辺国家から度々侵攻されて戦乱に巻き込まれやすいという欠点でもあった。
度重なる戦乱に吹っ切れた多民族は、外敵への脅威に一致団結して『大将軍』を頂点とする傭兵団を作り上げて外敵を撃破して追い払ったとされている。
これが魔族の国家を除けば世界一の軍事大国と謳われるパンタゴーヌ王国の始まりであった。
外敵を備える為に軍事国家となったこの国は、建国当時から王や貴族が居たものの軍の傀儡に過ぎず徴兵によって発生した人手不足を補うために教国などの周辺国家から追放された亜人種を国民として正式に認めて発展していった。
そういった経緯によりこの国では、亜人種に対して友好的であり人権はおろか伯爵の爵位を持つ者までおり、平民のまとめ役に過ぎなかった貴族や王族は、権力には責任を伴うというノブレス・オブリージュの考えが主流となっている。
周辺国家に習って形式上は、裕福に見えても実際は中間管理職に過ぎなかった国王であったが長引く平穏な世の中で強大化した軍部の権力を少しずつ消失させていき幾度の内戦を得てようやく祖父の時代に常備軍に編成することに成功した。
こうして軍事力は、デュラント教国の聖印騎士団に譲ることとなり我が王国は更なる文化と工業と農業が発展していくはずだった。
さきほどの報告を聴くまでは。
「それは真なのか?」
「はい、間違いありません。先遣隊が惨状を報告してきております。書類はー」
「執務室の机の上に置いてくれ。今は情報をまとめるのが最優先だ。そうであろう?」
「仰せの通りに」
私は、パンタゴーヌ王国の国王、ルイ・ジャンヌ・パンタゴーヌであるがこの時ほど責務を放り投げて寝室へ逃げ込みたい時は無かった。
現在、魔族の犯行と思わしき流血事件が王国全土、いや各国で発生している。
これが日常的に発生するゴブリンの仕業であったなら私の耳には入らないだろう。
5719の人口を誇るヴェールヴィエンヌの街で虐殺事件があり主犯は、全滅を免れた守備隊によって討伐されたものの推測される犠牲者5410人という数字は前代未聞であり小規模でありながら類似した事件が国内だけで24件がある判明している。
王国だけで犠牲者1万人を超えたという一連の事件の裏で魔族の国家である『ウラジミール魔帝国』が関与しているとされて議会や軍部があたふた対策を練っている事だろう。
問題なのは、ようやく縮小した軍部の権力が増して祖父以前の様な軍事政権が樹立しないか冷や汗ものであり魔帝国だけではなく軍部にも警戒しなければならない。
「ヴェールヴィエンヌの伯爵家令嬢であるエミリー様は逃れているとされていますが未だ発見に至っておりません。捜索隊を更に派遣した方がよろしいのでは?」
「ダラディエ宰相、彼女が生きている可能性があると考えておるのか?」
「…何しろ守備隊の連絡では死者の大半が消滅しており個人的にですが彼女はそれに巻き込まれたと考えるのが自然ですな。近隣の街でも守備隊が街に助けを求めたという話もありませんので」
長い付き合いであるダラディエ宰相は、真剣な顔立ちで淡々と意見を述べている所をみるとやはりエミリー伯爵令嬢が亡くなっている可能性が高いと思われるが希望が一握り残されている以上、結論づけるにはまだ早い。
なにより教国や周辺国家も独自の捜索隊を派遣しているのをみると彼らよりも先に彼女を確保しなければならない。
例え死体であっても彼女を欲しているのに変わりはないのだから。
豪華な装飾が施された執務室の窓からは血生臭い事件があったにも関わらず何事もなく市場に活気が溢れておりまだこの国は、平和に満ち溢れている。
それが悪い事だとは思わない。
平和は大衆も貴族も王も望んでいるのだから。
だが秘密裏に鎧や武器、食料などを大量発注しており戦争への軍靴の足音が聞こえてくる。
この王国を防衛する王国軍の装備は周辺国家のなかでは軽装とされている。
兜と胸当てと手袋とブーツが青色に統一されていてバッジを身に着けていれば王国兵と揶揄される通り、下手すれば傭兵や冒険者よりも軽装ではあるがそれは、人間以外の亜人種が装備することが想定されているからである。
この国の人口1130万の4割弱が亜人とされており傭兵も王国民としてカウントされている以上、彼らの影響力は無視できないものであり中には生まれ故郷を奪った教国に復讐を誓っている過激派も居る。
そういった輩が潜んでいる軍部の力が増しており徐々に制御できなくなっている。
「陛下、ご報告を申し上げます!第3軍団長のガムラン将軍が至急、ダラディエ宰相殿と共に第2会議室へお越しくださいとのことです」
「分かった。すぐに向かう」
「ハッ!」
私の直属である近衛兵が慌てて会議室に来るよう急かしてくる。
軍靴の足音は更に大きくなっている。
窓から見える国民の内、数えきれないほどの犠牲者が出ることは間違いないだろう。
『第三次魔大戦』から数百年、また魔族と交戦しなければならない。
だが弱気になっている場合ではない。
私はこの王国のトップであり王国民の模範的存在であるのだ。
決して弱音は吐かないし隙も見せてはならない。
「では宰相行こうではないか」
「仰せの通りに…」
私は決して問題から逃げずに向き合っていく。
それが身の破滅を招くことになろうとも…。
例え同盟国や軍部が魔帝国と密かに繋がっていても…。
◇◇◇◇◇◇
警備兵に身分証を確認してもらい数十分、ようやく中に進む事を許可された。
正直言ってなんて事をあそばしてくれたのよ…と口に出したくなるが必死に唇を噛み締めて我慢するしかない。
ここはウラジミール魔帝国の中心である魔王城、門衛や衛兵であっても圧倒的な階級があり、あたし程度では簡単にあしらわれるだろう。
なによりこの兵士は上位の悪魔族でありただの吸血鬼であるあたしでは簡単にねじ伏せられるほどの実力差があった。
そうこうしてる内に約束の時刻は迫ってきておりパープル色のアフタヌーンドレスの裾を持ち上げて優雅に振舞いつつ急いであたしの主の部屋へと向かう。
ここは天下の魔王城、すれ違う兵士や使用人は誰もが高位の存在でありただの吸血鬼であるあたしに見下した視線を送ってくるがこの際、無視をする。
ようやく主の執務室に辿り着いたが足を止めてしまう。
何故なら執務室の扉の横に不自然なオブジェが置かれていたから。
女であるとはいえ吸血鬼であるのでこういった物には耐性があるものだけどその異質な肉塊に恐怖を覚える。
頭で辛うじて人間と判断できる肉塊が蠢いておりまるで肉団子が生きているように微動だしておりあたしを誘うかのようにこちらを見ている。
複数の頭と1つの肉団子、そして数えきれない目や指で構成されている触手があった。
扉の前に待機しているはずの兵士の姿は見られずもしやこの肉団子の正体と錯覚してしまうが主はそのような事をしない御方なのでマッドサイエンティストである『五芒星将』が嫌がらせに設置した物であろう。
時計を確認してみると約束の時刻になんとか間に合ったようだけどこのクラリモンド、中々足を踏み入れてドアノブに手を触れられない。
もしあの方に無礼を働いても笑って許してくれるだろうけど正体を知っている以上、生半可な覚悟で執務室に入れない。
その気になれば吸血鬼はおろか魔王城を瞬く間に海の底へと沈められる至高の御方、いえそれを発言すれば大魔王様に向けて…と訂正を要求するほどの忠誠心がある五芒星将が1人。
「クラリモンドです。ご命令通り報告書を持参して参りました」
「よろしい、入室を許可する」
「失礼いたします」
覚悟を決めて扉にノックを4回して入室を許可された以上、ここに踏み止まってわけにはいかずドアノブを掴んで回して入室をする。
執務室は、ほど良く暗くて吸血鬼にとって活動しやすい空間である。
微かな血の匂いと鼻を撫でてくる香水の匂いで思わず気を緩めたくなるが目の前にいる御方達の姿を拝見して思わず姿勢を正してしまう。
机の前に佇んでいる妖艶な雰囲気を漂わせる珍しい黒髪のご婦人はマーヤ様。
滑らかな長髪に奇麗なお肌、こちらを惹きつける赤い瞳が女であるあたしでさえも嫉妬せずに惚れてしまう美女であるが正体を知っていればそのような考えは浮かばない。
見事に赤いイブニングドレスを着こなしており豪華なケープを羽織っている淑女に見える彼女は始祖の娘でありれっきとした吸血鬼王という種族である。
元は平民の人間であったあたしと違って生まれながらにして吸血鬼である彼女の実力はすさまじいものであり思わず跪いて靴を舐めたくなるほど差があった。
そんな彼女は視線で報告を促しており慌てて口を開く。
「スコルツェニー様、例の調査が終わりご報告申し上げたくてー」
「御託は良いから早く報告してくれないか?短気なのは知ってるだろう?」
「は、はい申し訳ありませんルサ…スコルツェニー様!」
吸血鬼の始祖の娘であるマーヤ様を秘書にするほどの実力者であり執務室の椅子に座る御方は、あたしの主であり五芒星将が1人、スコルツェニー様。
ストレートの短髪な白髪にこちらを惹き込む紅い瞳を持つおとぎ話に出てくる吸血鬼のイメージ通りの姿をしている。
「現在、各国で発生した100件を超える流血事件は、我ら魔王軍の攻撃ではないと結論づけることができました。現に魔王軍の主力部隊は待機しており高位な召喚魔術を使える者は全員、動きがあった様子が見られません」
「デュラント教国の自作自演についてはどうだ?」
「はい、あたしの恋人にして教国の上層部である高位神官の彼によるとそういった行動ができる特殊部隊に動きはなく精鋭部隊もそういった命令を下された様子がないとのことです」
だけどもあたしの恋人の権限を越える存在が暗躍してる可能性も否定できない。
少なくとも教国のトップである女教皇の仕業ではないと思うけども…。
「ならばゴンサレス魔導国の賢者クラスの線はどうだ?あの国は昔から異世界から勇者とされる若者を数多く召喚したとされている。今回も賢者が暗躍したとみるとどうだろう?」
「その可能性は低いと存じあげます。例の事件を引き起こせる宮廷魔術師クラスは、国内に片手で数えられるほどしかおらず全員が城内に居たとことです。あの結界が張られている城内で幻覚魔術を使う事は不可能であり複数の目撃者の情報は間違いないと思われます」
といっても召喚した勇者たちが自作自演に流血事件を起こした可能性も否定できない。
現にマッチポンプで勇者たちの名声を高めた事件があったのもある。
でもあたしからすれば正直どうでもいい。
今は、スコルツェニー様の機嫌を損なわないようにするのに精一杯だから。
この御方を好ましく思わない連中は『ハーレム野郎』と陰口を囁いている。
部下であるマーヤ様やあたしが女吸血鬼であるからだ。
あの美しいマーヤ様には永遠の愛を誓った夫が、ただの吸血鬼であるあたしには人間の恋人が居るのを知ってると『寝取り好きの糞野郎』と評価されたりするが当の本人は気にしていないようである。
5名の武闘派師団長と評される五芒星将の内、唯一師団を所持しない師団長であるスコルツェニー少爵様は、一見するとただの吸血鬼かもしれない。
でも実際は、あたしらを凌駕する眷族をいくらでも生み出せるうえに悲恋を回避するように尽力してくれた至高の御方である。
大魔王様から直々に【瀝血】という異名を授かり人間界では【殺戮鬼神】と評されたスコルツェニー少爵様は、【魔帝国で最も危険な化け物】と評しても良い御方。
3個小隊ほどしか部下が居ない分、フットワークが軽く他の五芒星将と違って大魔王様の勅令で暗躍できるのでこの御方の実力を知る者は、必ず跪いて敬意を払う。
決してこの御方が活躍できる機会が訪れないよう、そしてあたしの恋人の安全を願う。
「一連の事件についてはこの書類にまとめておきました。どうぞお受け取りくださいませ」
「あらあら私に渡さずにスコルツェニー少爵様に直接渡せばいいのに」
「あたしじゃ間に1人挟むのが精一杯で直接対面できるほどの格はありません」
「ふふふ、今すぐここを防音にして特訓してもいいのだが?」
「あああ、申し訳ございません、スコルツェニー様!無礼を働いたことを深くお詫び…」
「その畏まった話し方が嫌いと何度言えば分かるのかなクラリモンド?」
そう発言したスコルツェニー様は優雅に立ち上がり指を鳴らす。
すると唯一の出入り口である扉の鍵がかかる音がして慌てて振り向くと、まるで大気中に漂っていた存在が姿を現したかのように音もなく出現した淡い青色の羽衣を羽織った青白い肌をした美女達が居て微笑みながらどう足掻いても逃がさないという眼差しを向けてくる。
せめて恋人か、あの女騎士が傍に居ないと耐え切れないプレッシャーが身を貫いてくる。
所詮、小娘が吸血鬼になったところで小娘でしかない。
決して危害は加えてこないと分かっていても精神的に押し潰されそうで胃薬を持ってこなかったことに後悔するがせめてレディとして恥が無い様に振舞うことにする。
ここには異性は居ないのだから別に問題はないけど女としてのプライドが許さなかった。
そう、あたしはクラリモンド、女として恥を見せるわけにはいかないのよ!




