13話 最初からやれ
目の前の敵に集中し精神を研ぎ澄ませる。
敵は一匹。
ただ、そいつの基礎戦闘能力はオレより高い。
だからこそ一旦、冷静になって心を落ち着けてから応戦する。
近づいてきたジャイアントゴブリンが雄叫びをあげてこん棒を勢いよく振り下ろしてくる。
回避して脇腹に斬り付けてやろうとしたがそれはできなかった。
振り下ろすと見せかけてオレに向かってタックルをしてきたのだ。
まさかの頭脳プレイに慌てて距離を取ったせいで隙ができたのに反撃ができなかった。
対格差を生かした戦術だ。
軽業師とまでいかないがちょこまか動かれるのが相当癪だったのだろう。
それなら懐に飛び込んできた時に攻撃すればいいと考えたか…。
巨体と重量を載せた突進はそれだけでゴブリンのオレには脅威になる。
接近戦しか攻撃手段がないと踏んで待ち構えて反撃することにしたようだ。
つまり肉を切らせて骨を断つ戦法というわけだ。
それならこっちにも考えがある。
まず状況を把握するべく辺りを見渡す。
入ってきた通路を背にジャイアントゴブリンがおり、オレはそいつの真正面に居る状態だ。
後ろは行き止まりでなにやら排泄物やら食べかすなどが散らかっている。
ここは広場で図体がでかいあいつがこん棒を振り回すにはうってつけであった。
そしてあいつはこっちに向かって怒りで罵倒しながらゆっくりと近づいてくる。
通路に居るはずの女戦士による援護は期待できないときたもんだ。
まるで袋小路に追い詰められた鼠のようだった。
仕方なく後退する。
壁に追い詰められどんどん逃げ場を失っていく。
ジャイアントゴブリンがその様子を見て不気味な笑顔をしてこちらに迫ってくる。
ああダメだ詰んだ。
攻撃しようとすればこん棒と体格のリーチ差で逆に攻撃を受けてしまう。
それを回避したとしても突進で大打撃を被るだろう。
後ろに壁があり後退できないうえにこん棒を振り回されたら回避しきれずにどう足掻いても一撃を受けてしまう。
かといって短剣を投げつけても軽く弾かれて無意味に終わるだろう。
オレから切れるカードなんてそんなもんだ。
はっきりいって詰んだ。
こちらがどう行動しても痛恨の一撃を喰らってしまう。
せいぜいできるのは…。
〈おいどうしたインポ野郎!さっさと、かかってこいよ!〉
〈それともオレに怖気づいたか!?図体だけでチンコと度胸は、そこら辺に転がっているゴブリンよりちっさいんだな!〉
〈いや、ゴブリンに失礼だったわ!最下層である人間の精液未満だわ!済まん済まん!〉
〈精液は繁殖に役立つけどお前は繁殖すらできないインポ野郎だもんな!ハハハハ!〉
ゴブリン語で思いっきり煽って馬鹿にすることだった。
下等生物である人間の精液未満、アホみたいに死んだゴブリン以下、インポとゴブリンからしてみれば我慢ならない単語を並べて煽ってみた。
すると歯を食いしばってプルプル震えて顔を真っ赤にして息を粗くするのを見てしまい実は本当に小心者でインポ野郎だったのだと思ってしまった。
〈ごめん本当のこと言って悪かったな。見逃してやるからさっさと荷物をまとめて人間の目に留まらない場所まで必死に逃げて欲しいな〉
とつい心の中で思った事を素直に口走ってしまうのも仕方がなかった。
さっきまで煽ってたのにガチで心配されたのが逆鱗に触れたのか。
こん棒なんて必要ねぇや…といわんばかりにぽいっと放り投げて地面を思いっきり蹴り込んで『野郎、ぶっ殺してやらぁ!』と叫びながら弾丸の様に馬鹿正直にこちらへ突っ込んできた。
それを大回りなサイドステップで回避するとすごい衝撃と共に悲鳴があがった。
そこには怒りに身を任せて勢いよく壁に激突して身体から血を流して痛がっている肉ダルマがいた。
態勢を整えて両手で片手剣の柄を握り力任せでおもいっきり叩き斬る。
かかったなアホが!
冷静にこん棒を振り回されたらどう足掻いても痛恨の一撃を喰らうが馬鹿正直に突っ込んできた場合は別だ!
お前が隙を作ってくれるならいくらでも無傷で反撃できるんだよ!
激痛で身動きが取れなくなるのは自分の身で実証済みだ!
ましてや激痛で悶えている図体のでかいゴブリンなどただの的に過ぎん!
そして何度も刃を叩きつけて肉を圧し斬ったところで止めの一太刀を浴びさせようとした。
…が斬り方が甘かったのか想像以上にタフだったのか立ち上がってきた。
どうせこれで終わりだと思い一太刀を浴びせたら斬り付けた感触と出るはずのない音で違和感を覚えた。
おそるおそる刃を見てみると根元の近くで折れていた。
自分の顔がどんどん青く染まっていき身体は冷え込んでるのに汗が吹き出しているのを感じる。
なんで折れるんだよ!?
と思ったが良く考えれば投げつけたり叩き斬ったり無茶をやってて碌な扱い方をしてなかった。
慌てて剣帯から短剣の柄を掴んで再度斬り付けようとしたが無理だった。
怒声をあげて怒りに身を任せて次々に殴りこんでくる拳に対処しないといけなくなったからだ。
ちょっと待ってちょっと待ってゴブリンさん!ラッスンゴレ…タンマ!タンマ!
曰く、生半可に剣術をかじった奴よりド素人が剣を振り回すのが厄介と聞いたことがある。
今、その状況。
殴り掛かってきたと思ったら蹴り込んできてすぐに突進をかましてきたので躱したらその回避した方向に転がり込んでくる有様だ。
こんなのどう読んで回避しろと?短剣でどう応戦しろと?
目の前に拳が飛び込んできたので慌てて短剣でガードするが勢いよく吹っ飛ばされてしまった。
自分が対格差とパワーではじき返せずに吹っ飛ばされたのを瞬時に理解する。
だがそんなことはどうでもいい。
着地した瞬間、無我夢中で前方の右斜めに飛びこんで、こっちに突っ込んできたジャイアントゴブリンをギリギリのところで回避する。
こんなのが【Eランク討伐対象】なんて嘘だろう!?
ランクが高いはずの森牙狼の方がよっぽど弱かったぞ!?
世の中の理不尽さを呪いつつ自分が限界を迎えているのを感じる。
息が完全にあがっていて吐き気があり目の前が暗くなって頭がクラクラする。・
そして限界が来たのか風景が赤くなって視界が歪んでいく。
ああ…この目の前が真っ赤な感触どこかで…。
以前にもあった気がすると思っていたら突如身体中に電撃が迸ったかのような感じがした。
すると目の前がクリーンになりこっちに突っ込もうとするジャイアントゴブリンがくっきりとよく見えるようになり何故かその動きはさきほどと違って少しスローモーションに見えた。
慌てて回避行動をする為に別の方向に飛び込んだら何故かさきほどの疲労が感じられずとんでもない跳躍である程度距離を取ることができた。
まるで身体が羽になったように軽くてむしろ視力が肉体の動きについてこれないようだった。
ふと、通路の陰に隠れてこちら窺っている彼女が見えた。
その顔はまるで好奇心旺盛な子供のような笑顔をしていた。
それはバカにしてるのではなく何か珍しい物を見たという純真な笑みを浮かべていた感じだった。
そうしている内にあいつがすごい勢いで殴りこんできたので懐に飛び込んだ。
するとあっという間に後ろに回り込めてしまった。
背後を取れたので左腕に斬り付けると刃が奥深くまで入り骨まで断った感触がした。
あいつが慌ててこちらに振り返る前に距離を取って斬り付けた左腕を観察する。
どうやら左ひじより先は皮一枚で繋がっているようだった。
あいつが痛みで腕を振り回すとその勢いで皮が切れて繋ぎ止めるものがなくなった腕は動きに基づいて勢いよく壁に激突して飛散した。
あれ?なんか身体能力が上がる『強化魔法』でも浴びたか?
エルティアナがそんな気の利いたことをするとは思えないがこのチャンスを生かすことにした。
恐怖に怯えてぶんぶん右腕を振り回すが懐に飛び込んで腹を掻き切ってそのまま後ろへ回り込む。
腹を搔き切れて血が勢いよく噴き出して傷口から内臓が次々に出てきた。
それはとっても赤く新鮮で美味しそうで魅力的な内臓だった。
その飛び出した内臓を右手で抑え込み傷口に必死に戻そうとしているアイツの顔は死ぬまで忘れないだろう。
その眼前に立って蹴り込むとあっけなくダウンしたので左足で身体を抑えて両手で握りしめた短剣を再び腹に奥深くまで貫いて捻り引き裂いた。
噴水の勢いのような返り血を浴びせつつ断末魔のような悲鳴を浴びて必死に抵抗するが無駄であった。
逆流してきたのか吐血して少しの間、痙攣していたが動かなくなってしまった。
ようやく殺せたようだ。
ああ、疲れた。
辺りを見渡してめぼしい物がないのを確認するとそのまま通路の方に向かった。
冷静な顔つきをしたエルティアナと慌てているヒューゴという対照的な2人が出迎えてくれた。
「あのゴブリンを1人で倒すなんてヒューゴさん凄いっス!」
「おめでとう、これで一人前の冒険者になったな」
2人とも奮闘に褒めてくれた。
だがちょっと待って欲しい。
1人で倒したというより1人で倒さずを得なかったのだ!
彼女に文句を言うのは諦めた。
でも何か褒美が欲しい!
運動してお腹が空いたから『骨付き肉』でいいや!
「頑張ったからご褒美が欲しい!『骨付き肉』で手を打つからそれでいいだろう?」
「命懸けの死闘を演じてたのに骨付き肉とか兄貴ハンパねッス!」
「うん、分かったよ。ついでにヒューゴも私がおごってあげるよ」
「エルティアナ姉貴!ありがとうございます!」
こうしてオレ達はエルティアナのおごりで飯が食えるようになった。
洞穴に巣くっていたゴブリンを鏖殺した以上、この場に用はない。
そう思うと急ぎ足でヒューゴ共に通路に向かっていくこととした。
「でも詰めが甘いな」
彼女の一言を聞き取るまでは。
振り向いてジャイアントゴブリンが居た場所を目視した。
すると苦痛で顔をしかめつつもこん棒を持って立ち上がっていた。
おいおい嘘だろう!?
あの致命傷でまだ立ち上がるのかよ!?
ヒューゴは慌てて槍を構えていたがそれ以前に彼女は遥か前方におり瀕死ゴブリンと向かい合っていた。
一矢報いようと右手でこんぼうを握りしめて襲い掛かってくる。
「褒美と言っちゃなんだけど少し面白い物を見せてあげる」
慌てて駆け寄るオレ達を尻目に彼女は動じず『紙切れ』の両端を掴んで掲げていた。
すると彼女を中心としてなにやら靄が出た。
そしてすぐに突如、『紙切れ』から火の玉が打ち出された。
打ち出された火の玉はすぐに巨大になりジャイアントゴブリンを丸ごと飲み込んですごい勢いで壁に叩きつけた。
あまりにも一瞬で呆然としてしまったが1つだけ頭に浮かんだことがある。
見たことがないはずなのにかその『魔法名』を知っていたのだ。
『火炎 初級魔法 “火球”』と。
おそらく前世の知識から出てきたものだろう。
だが問題はそれだけじゃなかった。
その威力だった。
巨体であるジャイアントゴブリンをも飲み込むほど巨大な火の玉が衝突した岩盤は、ランタンや松明以上の眩い光を放っていた。
岩盤が異常なほど高熱になり融解して『溶岩』となっていたのだ。
それも直撃した岩盤だけではなく天井や周りの壁、少し離れた場所に転がっていた片手剣の折れた刃すら容易に溶かしていた。
明らかに初級魔法の威力じゃない。
メラゾーマじゃないメラだとかそういった次元じゃなかった。
『暴発』という単語を思い浮かべるほど異常な威力だった。
困惑するオレ達とは違ってそれを涼しげで見届けた彼女はそ知らぬ振りをするかの如く普通に通路に向かっていた。
その歩みを止めたのはヒューゴだった。
「それ『火炎 初級魔法 “火球”』の【呪文書】じゃないですか!王国軍でも所持してる人はかなり限られた貴重品のはずなのにどっから手に入れたっスか!?」
「とある事情で安く買い叩けた曰くつきの物だよ」
「つまり非合法の闇ルートで手に入れた物っスか!?」
なるほど確かにあんな物が流通してるとは思えない。
彼女は物知りだけど明らかに裏事情にも精通してるような感じが以前からしてたので別に驚きはないが…教えてくれたっていいじゃん!
というか、最初からこれ使ったら一瞬で討伐できたじゃん!
オレの今までの苦労を返せ!
最初からやれよ!
「詳しく話せないけど見ての通り欠陥品の【呪文書】なんだよ。あれでも威力を1/10まで抑えたんだけどね」
彼女が気が付いたように解説を始めたが…。
私、何かしちゃいましたか?
的な発言に聞こえてきてなんか腹が立つ。
「呪文書といっても製作者によってバラつきがあるんだけどそれでも『これ』は普通に使用すると『暴発』して使用者を巻き込む欠陥品で処分するのも労力と資金が居るから業者から安く譲ってもらったんだ」
「魔力を扱えない人用に生み出されたのが呪文書なのに使用したら自爆するって酷いっスね」
「そうそう、だから魔力を流して威力をコントロールして放ったっていうわけ!本当はこっそり使用するつもりだったけどさっさと処分したかったから使わせてもらいました」
結局、うまいこと流されてしまい帰路に着いた。
道中では特に異常はなかった。
あるとしたら彼女が『あれは電撃魔法の-』と小さな声で独り言を呟いただけだった。
そして出口に近づいた時、彼女は何やら工具で何カ所か穴を空けて何かを填め込んだ。
疑問に思って尋ねたが軽く流されて入り口から離れた場所で待機させられてしまった。
ちょうど巣穴を見張っていた場所でありエルティアナが狙撃していた場所である。
「良し、これからさっき仕掛けた爆薬で巣穴を爆破するから大人しくしていてくれ」
「ちょっと待ってください!勝手に爆破したら自然環境に影響が!?」
彼女は親指を立てて当然の如く巣穴を爆破するのを宣言する。
そしてその奇行にツッコミを入れるヒューゴ。
もうこいつ、兵士辞めて芸人になった方がいいんじゃないかな。
と思いつつ、この先の展開が読めるので黙って傍観する。
「大丈夫、地主と王国に爆破する許可取ったし入り口を爆破して埋めるだけだから!」
「いやいや、こういうのは『国家資格』がいるんですよ!?Dランク冒険者じゃ」
「大丈夫!私は国家資格を持っているから安心して良いよ!まだ疑うなら後で資格書見せてあげるから」
知ってた。
いつもオレが反論しても事前に対策を打ってるせいでどうしようもないのだ。
それにあの洞穴がそのままだったらゴブリン以外にも何か住み着きそうだから爆破するのは正解だろう。
「ヒューゴ、彼女はそういう人なんだ。諦めて傍観しような」
彼の肩に手を当てて優しく諭す。
彼は納得できない様子だったがすぐに彼女が爆破してしまった為、納得せざるを得なくなってしまった。
こうしてオレ達はゴブリン退治を終わらせて冒険者ギルドのある『ヴァレリアン』の街に戻って報告書を書いて提出した。
ちなみに『ジャイアントゴブリン』と書こうとしたが強制的に『ホブゴブリン』にされてしまった。
解せぬ。
そのあとは、3人で飲み会しようとしたが自分がゴブリンであったことを思い出して慌てたが受付嬢からもらった手紙を開封して真剣な顔になったヒューゴはオレ達に礼を言って慌てて外に飛び出していった。
エルティアナと顔を見合わせたがすぐにどうでもよくなり彼女のおごりで『骨付き肉』をたくさん食べた。
とってもおいしかった。
特に骨に付いている肉筋がおいしくてたまらなかった。
食べ終わっても日記を書いて寝るまで骨をしゃぶっていた。
というか、いつまでも骨をしゃぶる気だった。
骨をしゃぶったまま寝ようとしたら彼女に怒られてしぶしぶ骨を捨てたのは言うまでもない。
そして目を瞑るとあっという間に意識が落ちていった。
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新米兵士との共同クエストを終わせた。
それがきっかけでまさかあんな残虐な大事件に巻き込まれるとはこの時は夢にも思わなかった。
そして、人類はおろか亜人種、魔族、そして神族を巻き込んだ大事件に発展するとは予想できるはずもなかった




