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9. 私が奪ってしまったもの

 小さいときから、家族というものがよくわからなかった。

 父はいつも忙しそうにしていて、ほとんど家にかえってくることはなかった。母は私を嫌っているのか、顔を合わせようとすらしなかった。

 私にとっての母は乳母として通っていたクレアの母上で、そして、クレアはわたしにとっての姉妹であった。

 公爵家令嬢として生まれ、一般の家庭というものを知らなかったのでこれが普通なのだと思っていた。


 しかし、そんな甘い思いはあの日に崩れ去った。 

 そのときのことは今でもはっきりと思い出せる。


 殿下から髪の色が公爵家の両親と違うことを指摘されて、公爵家の屋敷にいた母に聞いてみた。

 このときは、まだ、母に対しての愛情を欲していて、話しかけるきっかけが欲しかったのかもしれない。


 私に話しかけられた母は、いつものようにイラだたしそうにわたしをにらみつけたが、質問の内容を聞いた途端ニイッと唇を横に広げた。

 それは、まるで得物を見つけた蛇のようだった。


「あなたは、私の娘じゃないのだから、当然でしょう」

 

 母に突然の言葉を投げつけられて、私は呆然としていた。そんな私の様子を身ながら、母はいままで見たことがないような楽しそうな表情を浮かべていた。

 

 その後、父にも聞いてみた。

 私は必死だった。私はこの家の子じゃないのかと思うと恐怖で胸が張り裂けそうだった。


「お父様、私は公爵家の娘なのですよね?」


「どうした、突然? おまえは間違いなく私の娘だ」


 父が私のことを自分の娘だといってくれて、ホッと安心した。


「お母様が、私を自分の娘じゃないとおっしゃられるのです。きっと冗談だったのですね。びっくりしてしまいましたわ」


「ナヴァールのやつめ、話してしまったのか。まあいい、そのうち知ることになるだろうから今のうちに教えておく。このことは決して口外してはならんぞ」


 舌打ちをしてイラだたしそうにつぶやく父を見て、わたしは混乱した。


「おまえは、屋敷に来ていたメイドとの間に出来た子供だ。ナヴァールが生んだ子はあまり出来がよくなかったのでな、メイドの子と取り替えたのだ。お前は母譲りのキレイな黒髪をしていて、愛嬌もあったからな。おかげで、殿下とも婚約を結ぶことができた。私の選択は間違っていなかったようだ」


 自慢げに語る父を見ながら、私がいままで信じていたものが崩れていくように感じた。

 

 私の身代わりになった子について調べると、とある男爵家に押し付けられ、苦しい生活を強いられていることを知った。

 私は、あの子が本来受け取るはずだったものを奪ってしまった。

 

 殿下に会うのが怖くなった。

 あなたが見ているのは本当の私ではありません。

 

 秘密を一人で抱えることに耐え切れなくなり、いつも一緒にいてくれるクレアに打ち明けた。

 クレアは黙って聞いてくれて、そんな子のことは忘れてしまえばいい、公爵家令嬢はあなたなのですと言ってくれた。


 それから、感情にフタをして、あの子のことを忘れようとした。

 

 

 貴族学校に、あの子が入学してきたということを知ったのは偶然だった。

 特待制度を使って入学した貴族がいると聞いて、入学金を惜しむとは変わった貴族だと思い、その名を聞いたのがきっかけだった。

 トーマ男爵家の令嬢だと知りその名をどこかで聞いたような気がしたが、そのときはまだわからなかった。

 

 ある日の放課後、掃除婦のように働いている姿を見つけたのが、初めての出会いだった。

 そして、めずらしいピンクブロンドの髪を見てうちの母と同じ色だと思い、さらに、トーマ男爵家という名前から理解してしまった。


 彼女こそが、わたしの姉であり、本当の公爵家令嬢であるということを……。

 

 私は自らの罪をつきつけられた気になった。

 きっと、これは神が私へ与えた罰なのだろう。

 恐ろしかった。

 はやく彼女に返さなくてはならない。

 だから、私は彼女に全てを返そうとした。

 

 殿下と彼女を引き合わせお互いを意識させる。

 そして、私との婚約を解消させるように仕向けて殿下とあの子が結婚すれば、多少なりとも奪ったものを返すことができるだろう。

 クレアはそんなことをする必要がないといったが、これはけじめだった。


 だけど、彼女と接していくうちに、疑問が出てきた。

 どうして彼女はそんなに楽しそうなのだろう。

 どうして、そんなに家族のことを自慢げに話せるのだろう。

 どうして、恵まれない環境の中でも、自分の進む方向を決めて突き進んでいくことができるのだろう。


 やがて、頭の中を疑問でうめつくされた私は、彼女という存在が理解できない化け物のように見えるようになってきた。

 

 そうして、あの夕陽に染まる校舎のなかで、一生懸命掃除をする彼女の姿を見た瞬間、わたしは……、彼女の背中を力いっぱい押していた。

 ごろごろと階段を転がり落ちてピクリとも動かなくなった彼女の姿をジッと見下ろしていた。


 ハッと我に返って、なんてことをしてしまったのだろうと後悔しながら彼女に駆け寄った。

 どうやら、気絶しているだけのようでホッとしたところで、誰かの足音が聞こえてきた。

 

 ビクリと身を縮こまらせると、階段の下側から殿下が登ってきているのが見え、私はとっさに逃げ出してしまった。

 

 部屋にもどった私をみてクレアが心配そうに見ていた。よほどひどい顔をしていたのだろう。


 そうだ、これは丁度いい。

 彼女を怪我させた犯人として私の名が挙がれば、殿下も私を断罪なさるだろう。そのために、クレアに私が犯人だと思われるようなウワサを流すように命じた。

 クレアは痛ましそうな顔をしながらも、私の命令に従ってくれた。

 

 あの子から全てを奪いさらにクレアにも迷惑をかけて、私は罪を重ねている。早く終わらせないといけない。

 

 ウワサを聞きつけたのか、真偽を確かめるために殿下が部屋にいらした。

 部屋に入ってきた殿下は、公平に聞き取ろうとする態度を崩さなかった。この方に、罪人である私などふさわしくない。

 

 「私があの子を階段から突き落としたのだ」と、不思議なほど冷静に答えることができた。

 殿下はショックを受けた後、失望した顔を私に向けてきた。

 そのあと、あの子もやってきた。

 さあ、あなたの手で私を断罪してちょうだい。

 

 きっと、この事件を起こした私との婚約を、殿下は解消なさるだろう。

 そうなると、あの父のことだから公爵家からも放逐されるかもしれない。


 それでいい、もともと私が受け取るはずではなかったものが、この手から離れていくのだから。

 

 あとは、あの子が殿下とくっついてくれれば、あの子に報いることができるだろう。

 殿下もあの子のことを憎からず想っているようだし、あの子も殿下を好きになっているのがわかっていた。

 

 いつ断罪の日が来るのかと恐怖におびえながら待っていたが、とうとう卒業式の日を迎えてしまった。

 殿下が私のことを放置しておくことなどありえないはずだ。王として、罪人を果断に裁くことができる人なのだから。

 

 卒業パーティーの会場にいると、扉が開け放たれ、殿下が入っていらした。

 その傍らにはあの子がいるのが見えた。

 

 なるほど、この場を使って私を処断なさるということなのですね。

 

 しかし、殿下の口から飛び出した言葉を聞き、私は自分の耳を疑った。

 さらには、あの子まで私が犯人ではなく、ただの事故だという始末であった。

 予想外の展開に頭が追いつかないまま混乱していると、あの子は今のままで自分は十分幸せだと言い放った。


 もう、わけがわからなかった。私は一体何をしていたのだろう、なんのためにあんなことをしたのだろうか。

 硬直する私に、クレアがささやいた。

 

「ベアトリクス様、あなたはサラさんに奪った全てを返すことが贖罪になるとおっしゃられました。サラさんが幸せというのならば、貴女はもっと幸せになって、彼女にお返しすればいいのです」

 

 私が、幸せになる……。今まで考えたこともなかったことだった。

 うつむかせていた顔を前に向けると、緊張で頬を紅潮させた殿下が私の返事をじっと待っていた。

 そこには、手を伸ばせば届く幸せが待ってくれていた。

 こんな私を知っても、好きだといってくれた方だった。

 

 私は自分の手を伸ばし、その手を取った。

 

 それから、私は自分が幸せになるために全力を尽くすことにした。

 父のこれまで隠してきた悪行を暴き、脅して当主の座から引きずり落とした。

 さらに、あの子が本来受け取るべきだった権利を渡すことにした。

 親族たちは猛反対したが、きっちり話し合いをして黙らせた。

 

 そして、殿下との結婚を迎えることが出来た。

 とても幸せな気分だったが、このあと結婚パーティーで待ち受けていることを考えると気が沈みそうだった。

 

 結婚パーティーにはあの子の家族も呼んでいた。

 いくら、財を与えたところで、トゥールーズ公爵家がトーマ男爵家にした仕打ちは残っている。

 これも、決着をつけなければならないことの一つだった。

 私が王家に入ったことで公爵家の醜聞を表にだすことができないため、せめてもの謝罪の意味をこめてパーティーに招待した。

 

 私の実の母であるサーシャさんの姿をみた瞬間、恐怖のせいで唇が震えた。

 あの人は、私が実の娘だと知っている。そして、一度も会いにいくこともしなかった薄情な人間だということも。

 

 だけど、サーシャさんは裏のない心からの笑顔でおめでとうと言ってくれた。

 その笑顔は、サラと同じものだった。

 血がつながらずとも、あの子は親からしっかりうけついでいるのだと、とてもうらやましく感じた。

 

 それから、殿下と握手を交わすあの子の姿を見た。

 笑顔を浮かべてはいるが、悲しげに見えた。

 

 ごめんなさい、やっぱり、その人をあなたにあげることはできそうもないです。

 殿下の隣こそが、私の幸せなのだから。

 

これでこのお話は完結となります。


悪役令嬢のテンプレを意識して書いた内容でしたが、いかがだったでしょうか。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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