act 3.
<補足>
力は『神様に貰った力』のことで、"力"は『他者の能力』のことです。
くどいですが、ここでも補足しておきます。
「うわぁ・・・これ、本当に大怪我じゃないの?」
リオールの腹部に巻かれた包帯を外し、スティンは顔を顰めた。
爪で抉られたような3本の裂傷が腹部を走っている。きちんと手当てされているとはいえ、薬の匂いと共にむせ返るほどの血の匂いが周囲に散らばった。
患部に軽く触れると、リオールが少し顔を顰める。
「まあ、痛いっちゃ痛いんだが、失血死するほどではないし、お前のくれた薬がかなり効いたからな。もう血は止まってるし、大丈夫だ」
「あんまり無理しちゃダメだよ」
「いやー、ゾーレナーなら狩れると思ったんだよ。それに、折角の里帰りだからできるだけ良い土産を持ってきたかったしな」
ゾーレナーはとかげに良く似た魔物で、大きさは成人男性3人分はあり、レバンほどではないがすばしっこいし、皮膚も硬い。草原に出る下級魔物の中では強い部類に入る。その肉は下級の魔物の中では最も美味で、主に中級以上の魔物の肉を用いる高級料理店でも使われている程だ。
「それで死んだら意味ないでしょ」
スティンはむっとした顔で外した包帯を側に置かれた桶に突っ込んだ。
「強くなったって、死んだらそれまでなんだからね!」
「・・・いや、死なないって」
元々、狩れるという確信があったのだ。少し回避のタイミングが遅れて鍵爪の一撃を喰らってしまったが、上手に回避できていたら倒せていた。そんな自覚のあるリオールとしては、スティンに小言を言われると耳が痛い。本気で心配されていると分かるから、余計に。
リオールはしかめっ面のスティンを必死でなだめた。
「大丈夫だって。次はこんなヘマしないから」
「半年前もそうやって言って、腕をバッサリやられてなかった?」
「あれは、不意打ちだったから対処が遅れただけだ。もう一体出てくるなんて予想外だったからな」
「独り立ちの前にも、何回か毒受けて顔真っ青で帰宅したよね?」
「通り道に毒蔦の群生地があるなんて思わないだろ? 不可抗力だ」
「・・・・・・」
スティンは額に手を当て、ため息をついた。
「今後は気をつけるから、さ。機嫌直してくれ」
「・・・・・・本当、だよ?」
「おうっ」
元気に返事をするリオールを見てもう一度ため息をつくと、スティンはリオールの傷に手を当てた。
と、手の甲に刻まれた刻印が淡く発光する。その後手の平から光が零れ、傷口を塞いでいく。しばらくすると、脇腹は元から傷一つなかったかのように滑らかな肌を晒していた。
「――― はい、これでよし」
「相変わらず、スゲーな」
「稀代の癒し手、クエナ様の御業だもんね」
「・・・自分で使っておいて、人事みたいに言うのかよ」
「人の"力"だから。僕のじゃないしね」
「(・・・全く)」
てきぱきと包帯を片付けるスティンに、リオールは呆れたような目を向けた。
「(もう少し誇ってもいいだろうに)」
実際のところ、他者の"力"を得るのはそれほど簡単なことではない。
今は直接対象となる者を見ることで"力"を得ることが可能であるが、まだ力を得たばかりの頃は直接対象が"力"を使う姿を見なければならなかった。そこで、スティンは様々な専門技術を扱う者から"力"を得るため様々な仕事に就き、役立つ能力を持つ者が王都に来た際はできる限り見に行った。おかげで、使用できる能力はかなり多い。
しかし、使用できるとは言っても、それを使いこなすには努力が要る。例えば、身体の中の魔力を用いる魔術を"力"を用いて使う場合、全く魔力を制御する術を持たずに使えば暴発し、死に至る可能性がある。他にも、獣人特有の声を用いて話す獣人語を"力"を用いて話そうとした場合、人であるスティンとは喉の構造が異なるため、そのまま使えば喉を痛め、声が出せなくなるという難点がある。そうでなくとも、初めて使う"力"は身体に馴染んでおらず、一度くらいならしばらくの倦怠感ですむが、連発すれば身体の負担が大きい。実際、スティンは慣れるまでは何度もぶっ倒れていた。
そんな危ない橋を何度も渡り、身体への負担を軽くするために普通はする必要がない点で努力を欠かさず、"力"を使いこなしている時点で十分評価されてしかるべきだとリオールは思っているのだが、スティンは決してそれを認めようとしない。「人の"力"だから自分が凄いわけではない」と言い切るのだ。
リオールからすれば、スティンは「頑固者」の一言に尽きる。
「そういえば、もう薬使い切った?」
洗い終えた包帯を椅子に干しながら、スティンはリオールを振り向いた。
「ああ。一個じゃ効果が弱かったからな」
「・・・そっか、まだ弱いのか」
スティンは自分の寝台に近づくと、布団を軽く捲った。その下から薄汚れた紙の束を取り出す。
それから紙を数枚捲り、そこに黒炭を尖らせたもので何かを書き込んでいく。
「じゃあ、もう少し強いやつを渡すね。リオールじゃあ弱いのを使う機会は少ないだろうし」
「いや、弱いのは弱いのであったほうが便利だな」
「そう? じゃあ、一緒にいくつか渡すよ」
書き終えると、スティンは再び寝台に紙の束を隠した。その後、寝台の下からボロボロの袋を引っ張り出し、葉に包まれたものをいくつか取り出した。それぞれに、色の異なる紐が巻かれている。
「これが強いやつだから、大きな怪我をした時に使って。今日の怪我は流石に治せないと思うけど、動ける程度には治ると思う。こっちはこの間渡した弱いやつね」
「これは?」
「これは毒消し。下級の魔物の毒なら解毒できると思うよ」
袋の中の在庫を確認し、薬を用意していくスティンを唖然として眺め、リオールはため息をついた。
「(どんどん非凡になってるな、こいつ)」
今スティンが弱いと言った薬は、数ヶ月前は彼が力無しで作れる最も効果の高い薬だったはずだ。それでも、レバンにつけられた噛み傷が薬を塗って数時間後には消えていたところを見ると、決して効果が弱いということはない。実際、それくらいの効果がある薬は結構高値で取引されている。
そんなものをホイホイと渡してくるスティンに、リオールは呆れた。
「あんまり無茶すんなよ」
「平気だって。今は力使ってるわけじゃないし、力を使ってももうそんなに負担かからないから」
「(そういう問題か・・・)」
「練習しないと覚えられないからね」
「(・・・だめだ、こいつ)」
事もなげに言われ、リオールは片手で顔を覆った。
スティンの力は、最初は一度"力"を使うだけでも結構な身体の負担になるが、同じ"力"を何度も使っているうちに身体に馴染み、完全に慣れれば全く身体に負担をかけずに使えるようになる。そのため、彼は暇を見つければ練習のために"力"を使うようにしている。しかも、仕事に支障が出ないよう1日に何度も繰り返したりはしない。そのせいか、そのうち"力"に頼らずともできるようになることもある。例えば、知識とちょっとした体験があればできる薬の作成や魔術、料理はその類のものだ。もちろん、"力"を使ってする場合は失敗することはないが、身体に負担をかけずに同様のことが出来るというのはスティンにとって魅力的なので、慣れてくると"力"を使わずにやるようにしていた。
しかし、その段階にするまで"力"の使いすぎでフラフラしている様子を何度も目の当たりにしてきたリオールは呆れるしかなかった。
「お前、もうちょっと休息取らないと、背伸びないぞ」
「う゛・・・分かってるよ」
スティンが徹夜常習犯な上、フラフラになっているときは食事を抜くこともあると知っているリオールは、いつもこうして釘を刺すようにしている。効果があった例はほとんどないが、言わないよりはましだ。
「やーい、ちび。寝ないからおっきくならないんだぞ~」
「うるさいなっ」
「(こんだけ言えば、今日は寝るな)」
飛んできた枕やら薬の包みやらをかわしつつ、リオールはニンマリと笑った。
読んでくださり、ありがとうございます。