8 後始末
大夜会での鮮やかな制圧から数日後。
新体制の樹立に追われる私の執務室に、最後の「片付け」の時間が訪れていた。冷たい地下牢から引きずり出されてきたのは、男爵令嬢マリアだ。
泥と涙で汚れたドレスのまま彼女は震える手で私を見上げ、必死に命乞いを始めた。
「え、エレノア様……!
お願いです、命だけは……!
私はただ、エドワード様に言われて『貴方が私をいじめた』と嘘をついただけでございます! 全部、全部あの男が計画した冤罪ですわ。私は被害者です!」
マリアは涙をぽろぽろと零し、哀れなヒロインを演じきろうと必死だった。
自分はただの駒であり、罪をすべて元王子になすりつければ、なんとか釈放してもらえるのではないか——そんな浅はかな計算が透けて見えている。
私は書類から目を離さず、サラサラと万年筆を走らせながら、極上の笑みを浮かべた。
「ええ、知っていますわ。貴女がエドワードをそそかし、階段から突き落とされたり、ドレスにワインをかけられたと自作自演していたことも。
……ですが、マリア」
私は優雅にペンを置くと、机の上に一冊の分厚い羊皮紙のファイルを出した。
「『冤罪』というのはね、そんな雑で稚拙な小細工のことを言うのではありませんのよ」
「……え?」
「セバスチャン、読み上げなさい」
控えていた執事が一歩前へ出ると、冷ややかな声でファイルを開き、朗々と読み上げ始めた。
「男爵令嬢マリア。
隣国の軍事諜報機関と密約を交わし、我が国の重要防衛拠点の地図および国家機密文書を売却。その報酬として莫大な裏金を受け取り、さらには王国を崩壊させるべく第一王子エドワードにハニートラップを仕掛けた国家反逆罪」
「な……ッ!?」
マリアの顔から、完全に血の気が引いた。
「な、何ですかそれ!? 嘘です!
私、そんな恐ろしいことしていません! 隣国なんて行ったこともないし、機密文書なんて見たこともありませんわ!!」
「あら、おかしいですわね?」
私は愛らしく首をかしげると、パチンと指を鳴らした。
すると、兵士が持ってきたのは、マリアの部屋の隠し金庫(とされている箱)から押収されたとされる「隣国からの密書」、彼女の筆跡そっくりに書かれた「密売の帳簿」、指示書、そして「王子のワインに盛っていたとされる即効性の媚薬」の瓶だった。
「証拠はすべて揃っておりますわ。筆跡鑑定もバッチリ、ワイン瓶からは貴女の指紋も検出されました。
……もちろん、我が家の優秀な機関が『仕込んだ』ものですけれど」
「ひっ……! 捏造……! 全部捏造じゃないですか!!」
ガタガタと全身を震わせ、叫ぶマリア。そんな彼女を、私は冷徹で美しい瞳で見下ろし、そっと唇に指を当てた。
「ええ、そうですわね。
でもね、マリア。完璧な筆跡、完璧な動機、誰の目から見てもぐうの音も出ない証拠を揃え、裁判官も貴族も民衆も、全員が『こいつが黒だ』と納得せざるを得ない状況を作り出す——」
私はうっとりと微笑みながら、絶望に白目をむくマリアの耳元で優しく囁いた。
「——罪の捏造は、こうやるのよ」
「狂ってる……貴女、狂ってるわ……ッ!」
マリアは激しく首を振り、錯乱しかけていたが——不意に何かを思い出したように、その目が大きく見開かれた。彼女の視線が兵士たちの腰に下げられた武骨な銃のホルスターへと注がれる。
「あ……そうよ……あの時、大夜会で使ったあの武器……!
ライフルに拳銃……! この中世ヨーロッパ風の世界に、あんな火薬兵器が存在するはずないじゃない……!
貴女、まさか……ッ!」
マリアは青ざめた顔に縋りつくような光を宿し、ひざまずいたまま前へ身を乗り出した。
「転生者……!
貴女、私と同じ『転生者』でしょ!?
前世の知識で銃を作ったのね!? 同郷じゃない! 仲間じゃないっ!!」
「……あら?」
「と、とぼけないで!
乙女ゲームの悪役令嬢に転生して、チート武器で無双したんでしょ!?
ねぇ、お願いだから助けて! 私たち同胞じゃない!
現代人同士、協力し合いましょうよ! 私、ゲームの隠しルートや裏技の知識なら全部教えるわ! 貴女の忠実な手下になるから!
だから命だけは……ね!?」
必死に日本時代の「共通言語」を並べ立て、同郷の絆という都合の良い糸に縋りつこうとするマリア。
私は……ただ首をかしげ、心底不思議そうに目を丸くしてみせた。
「テンセイシャ? チート……? マリア、お薬の副作用で頭が混乱していらっしゃいますの?
銃器など、我がローゼンベルク領の優秀な職人たちが長年研究を重ねて開発した、至高の技術革新に過ぎませんわ」
「嘘よ! とぼけないで!! 貴女だって日本人なんでしょう!?
お願いだから助けてよぉぉっ!!」
叫ぶマリアを、私は冷ややかに見つめ返す。
(フッ……本当、どこまでも自分勝手で浅はかな女ね)
私は心の中で冷徹に吐き捨てた。
何を今更、転生者同士だからと手を差し伸べてもらえると思っているのか。
私を「悪役令嬢」と決めつけ、冤罪をでっち上げて陥れ、抹殺しようとしてきたのは他ならぬこの女なのだ。相手を殺そうと刃を向けた以上、自分が返り討ちに遭って殺されたところで何の文句が言えようか。
私は自らの力で、この国の頂点へと上り詰めた。
だというのに、追い詰められた途端に「実は仲間だった」などと泣きつき、すり寄ってくるとは笑止千万。今更この女を生かしておいたところで、我が公爵家になんのメリットもないどころか不確定要素というリスクにしかならない。
「で、ですがエレノア様!」
マリアは冷たいシラケた空気を感じ取り、さらに必死の狡猾さを浮かべて叫んだ。
「こんな無茶苦茶な暴挙、いくら公爵家でも押し通せるはずがありませんわ!
国王陛下だって……国王陛下にこの企みが知られたら、いくら公爵家だってタダじゃ済まないはずです!
だから、ね、お願いです、取引をしましょう!
私が『悪いのは全てエドワード王子』って証言するから、私を助けて……!」
必死に縋り付こうとするマリアの言葉に、私はクスクスと鈴を転がすような声で笑った。
「あら。取引、ですか?
……ふふ、マリア。貴女は何も分かっていらっしゃいませんのね」
「……?」
「国王陛下はね……もう、いらっしゃいませんのよ」
静かに告げられた言葉に、マリアの瞳が丸く見開かれた。
「な……何を……言っておられますの……? 陛下が、いない……?」
「ええ。大夜会での愚行をお聞きになった国王陛下は、エドワード殿下を強くお諌めになったのですわ。
……ですが、己の罪を認められない愚かなエドワード殿下はあろうことか逆上し、実の父である国王陛下をナイフで刺してしまったのです」
「お、エドワードが……陛下を刺した……!?」
予想もしなかった物語の成り行きに、マリアは口を極限まで開け絶句した。驚愕のあまり、全身の血が引いていく。
「ええ。
そして逆上した殿下は、取り押さえようとした我が公爵家の兵たちに激しく抵抗し……その場で取り押さえられる際に、不運にも命を落とされましたわ」
「と、取り押さえられる際に死亡……!? エドワード様が……死んだ……!?」
「ええ。あまりにも痛ましい悲劇でございますこと。
……そして、一命を取り留めたものの重体となられた国王陛下は、死の床で深く涙を流され、我がローゼンベルク公爵家へ政権の全権移譲を言い残されたのです」
私はうっとりと胸に手を当て、さも悲しげに溜め息をついて見せた。
「——という『完璧なシナリオ』が、すでに全土に発表され、国民も貴族もみな涙を流して信じておりますわ。
……ねえ、マリア。どこに我が公爵家を阻む国王陛下がいらっしゃいますの?」
「う、嘘……嘘よ……ッ! 全部、全部貴女たちが捏造したストーリーじゃないの!!
エドワード様も、陛下も、貴女たちが――ッ!」
「真実がどうであるかなど、誰も興味はありませんわ」
私は冷たく言い放ち、執務机の上の書類に最後の署名を記した。
「世間にとっては、我が家が作った『わかりやすい物語』こそが唯一の真実。
そしてこの王家の悲劇を引き起こした元凶である男爵令嬢マリア……貴女の処分は、明朝の公開処刑と決まりました」
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁっ!! 嫌です、助けて、助けてぇぇぇっ!!」
半狂乱となって泣き叫ぶマリア。
セバスチャンが静かに顎をしゃくると、控えていた黒衣兵たちが暴れる彼女の腕を掴み、力任せに引きずっていく。
「嫌ぁぁぁ! エレノア様ぁぁぁっ!! 同胞でしょぉぉぉっ!?」
遠ざかっていく悲鳴と命乞い。
扉が重々しい音を立てて閉ざされ、執務室には再び静寂が戻ってきた。
私は背もたれに深く体を預け、窓の外に広がる王都の美しい街並みに視線を移す。硝煙と血の匂いはすっかり消え去り、そこには我が公爵家が統治することになる、新しい王国の姿があった。
「ふふ……」
私は手に持った万年筆をくるりと回すと、新時代の幕開けを祝うように、満足げな笑みを浮かべたのだった。
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