4 あれ、まさか!?
わたしがエドワード殿下の胸に抱きすくめられながらワクワクと期待に胸を躍らせていた、その時だった。
「発言の機会をいただき、感謝いたしますわ、エドワード殿下」
扇子をパチンと閉じ、一歩踏み出したエレノアの顔を見て、わたしは思わず息を呑んだ。
困惑? 焦り? 絶望?
——違う。
彼女の唇に浮かんでいたのは、氷のように冷たく、絶対的な余裕を孕んだ笑みだったのだ。
(な、何なの……? なんでそんな顔できるのよ? ゲームのイベントなら、ここであたふたと言い訳を切り返して撃沈するはずなのに……!)
エレノアは殿下を軽くあしらうと、大広間の貴族たちに向かって理解できないことを呼びかけた。
「私に罪があると信じ、エドワード殿下の断罪を支持される方は【右手側】へ。
殿下の言葉を疑い、あるいは我がローゼンベルク公爵家を支持してくださる聡明な方は【左手側】へ。
……皆様どうぞ、移動なさってください」
(は……? 何言ってんの、エレノアは? 怒ったり泣いたりするどころか、会場を分ける……!?)
「何を企んでいるのだ、貴様……?」
エドワード殿下が不審そうに低く唸る。やはりエドワードにとっても、エレノアの言葉は想定外だったようだ。だが、エレノアはどこまでも優雅に微笑んだまま、鈴を転がすような声で言い放った。
「企みなど滅相もございませんわ。
ただ……王家を背負う御身でありながら、ご自身の言い分をどれだけの貴族が支持してくださっているのか、確認されたくはございませんか?
それとも……ご自分を支持しているものがわずかだと判明してしまえば体面を失くされますから、前言撤回いたしますか?」
「な、なんだと……!? 不敬だぞ貴様!!」
エレノアの煽り文句に、殿下の額に青筋が浮かぶ。
「ハッ! 愚かな女め! まさか貴族たちの支持がお前にあるとでも言うのか!?
それでこの私が断罪を撤回するとでも思ったか!
この場にお前を指示する者など、存在するはずがなかろう!」
見事に挑発に乗った殿下は、顔を真っ赤にして大広間の貴族たちへ向かって吠えた。
「いいだろう、貴様の惨めな現実を思い知らせてやる!
おい皆の者、エレノアの希望通りに動け! オレを指示するなら【右側】、エレノアなら【左側】だ!」
ざわつく大広間。
だが、王子の言葉押され、ほとんどの貴族たちがゾロゾロと【右手側】——つまり殿下の背後へと集まり始めた。
「くっくっく……見ろ、エレノア! これがわたしの支持だ! お前を支持する者など、わずかな数しかおいないではないか!」
全体の八割を超える貴族が、ぎゅうぎゅう詰めに右側に固まった。
(よし……よし! 理由は分からないけれど、結局エレノアの人望のなさが際立っただけじゃない!)
わたしはすかさず殿下に抱きつき、はっと、息を吐きだした。
そうよ、何をしでかすかと思えば自爆じゃない。やっぱりただの愚かなNPCよ!
「ガブリエル! その図々しい女を即刻拘束し、最下層の地下牢へ連行しろ!」
ガブリエルが剣を鳴らし、二人の巨漢の騎士を引き連れてエレノアへ歩み寄る。そう、これで終わり。わたしの完全勝利——そう確信した、まさにその瞬間。
エレノアが、すっと右手を高く掲げた。
「——狙えっ!」
「え……?」
「撃て!」
パパンッ! パパパンッ!!
エレノアの手が振り下ろされた直後——世界が悲鳴を上げた。
耳を突き破るような強烈な連続爆音が大広間に轟く。
頭上の美しいステンドグラスが一斉に爆発するように砕け散り、二階の吹き抜けから、見たこともない黒い軍服集団がロープで一斉になだれ込んできた。
(な……なに!? 魔法撃ち込まれた!? いや、違う……あの黒い筒状の鉄……煙……まさか……ッ!?)
「ぎゃあああっ!?」
「うわっ、な、なんだ——!?」
一瞬で大広間は阿鼻叫喚の血の海と化した。
わたしの視界のすぐ脇で、右側に固まっていた貴族たちの脚や肩が、目に見えない何かに削り取られるように吹き飛び、血飛沫が豪快に舞い散る。
「ひぃっ!? い、痛い! 脚が、わたしの脚がぁぁっ!」
「——銃っ!? なんで!?」
思考が完全にフリーズした。
銃!? どうして!? 連射式のライフル!?
嘘でしょ、ここ中世ヨーロッパ風のファンタジー世界じゃないの!? 魔法と剣の乙女ゲームの世界じゃないの!? なんで近代兵器が大量に配備されてるのよ!!
(あ……あいつ……! エレノア……ッ! 転生者……!? いや、それどころか……前世のチート知識で武器密造して、軍隊組織してたってこと……!?)
ゾッとするような戦慄が背筋を駆け上がる。
あいつが「破滅フラグ回避行動」を一切見せなかったのは、回避する気なんて最初から無かったからだ。くだらないフラグ折りなんてせず、圧倒的な暴力と兵力で『王家ごと物理的に踏み潰す』準備を完璧に整えていたからだ。
「ひいっ……!?」
わたしのすぐ隣で、エドワード殿下が両膝を撃ち抜かれて血を吹き出し、汚い悲鳴を上げて床に崩れ落ちた。
そしてエレノアを拘束しようとしていたガブリエルたちは——声を出す時間すらなく、頭部を正確に撃ち抜かれ、脳漿を撒き散らして即死した。
「嫌ぁぁぁぁぁっ!?」
激痛と恐怖、生臭い血と硝煙の匂いに耐えきれず、わたしは股間に生温かい広がりを感じながら、血の海となった床に這いつくばった。ガタガタと全身の震えが止まらない。
(罠だった……最初から全部、罠だったんだ……!)
「会場を二分する」と言ったあの言葉。あれは断罪回避のためなんかじゃない。
【右側】に集まった王家派をまとめて一網打尽にするための『ターゲットマーキング』だったのだ。
硝煙が立ち込める静寂の中、大扉が開く。
重厚な靴音を響かせて歩いてきたのは、黒い軍服を纏ったローゼンベルク公爵。
「見事な差配だ、エレノア。忠告通り、害虫どもの選別は完璧に終わったようだな」
「お褒めに預かり光栄ですわ、お父様」
倒れ伏すわたしたちの死体と血の海を冷ややかに見下ろし、優雅に微笑むエレノア。
(悪役令嬢……? 違う……あいつはそんなものなんかじゃない……っ!)
わたしは絶望に白目をむきながら、ただただ狂気と恐怖に震え、そして意識を手放した。




