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01.見誤らない

※人外描写、流血・暴力表現、死亡描写、一部BL的表現を含みます。

 泣く子も黙る丑三つ時。昼間は少なからず人通りがある住宅街の路地裏でも、この時間であれば人っ子一人存在しない。

 腰まで伸びる長い髪をひとまとめにしながら、匂いを頼りに地元の人間でさえも忘れ去ってしまっているであろう公園を目指し、一人歩いていた。

 女が一人で深夜に出歩くのは、いくら比較的治安の良いと言われている日本でも、危ないことは分かっている。

 だが、私には明確な理由がある。この世界には、人間ではないモノ──怪異と呼ばれる存在が居る。やつらは自らを「怪異と呼ぶな、きちんと名前がある」と主張するが、私には関係ない。

 普通の人間では怪異を認知することが出来ない。それを良いことに怪異たちは人間に害をなし、なんの罪もない人間たちをいとも簡単に殺めていく。

 それを未然に怪異の被害を防ぐのが、私の目的だ。別に誰かに頼まれた訳でもない、ある種の趣味ようなものだった。──それに、私の中の醜い衝動も満たされる。

  公園に近付くたびに、何かが混ざり合う言うなれば混沌とした匂いに思わず顔をしかめた。正直、吐き気がする。

 私は生まれつき、怪異が視えていた。怪異は独特の匂いがするため、人間か否かは分かる。今夜は当たりだ。本能的にそう思った。

 足音を殺し、この公園唯一の出入口で身を屈め、中の様子を伺う。

 十一月も半ばに差し掛かると言うのに薄手のコートを羽織り、ブランコに座りながら手元のスマートフォンを凝視している、黒髪のどこにでも居そうな男が居た。男が微かに動くたびにブランコはギィギィと嫌な音を立てていた。だが確かに、あの男からこの異様な匂いは発せられている。

 黒いジャンパーのポケットに忍ばせていたナイフを握りしめ、周囲を確認する。人通りは相変わらずなく、公園をぐるっと囲むように生垣が植えられており、生垣を越えて逃げるには背が高く、かき分けて進むには手入れがされていない。

 先述した通り、出入口は一つ。他に目立つ遊具もないため、殺すには容易な場所だ。

 後ろ手にナイフを隠しながら慎重にターゲットへ近付く。すると男はこちらに気が付いたのか顔を上げ、不満そうに眉をひそめ口を開いたが、すぐに表情を変え不思議そうに首を傾げた。

 

「……? こんばんは。こんな時間に何を? って……僕もか。女性が一人じゃ危ないですよ」

「そういう貴方も危ないんじゃないんですか? ──吐き気のする匂いがするって、アンタ……なに?」

「えっと……身だしなみは一応、気にしているのですが……」


 男が言い終わる前に間合いを詰め、首筋を狙ってナイフを素早く振りかざした。経験上、これで相手は確実に死ぬ。

 ──だが、ナイフが弾かれた。目の前の男は無抵抗なのに、だ。

 弾かれる前に、何か固い物に防がれた感覚があった。カラン、とナイフが地面に落ちる音を聞きながら、咄嗟に男の首を目掛けて腕を伸ばした。

 私が襲い掛かった勢いで男はブランコから手に持っていたスマートフォンと共に地面に転げ落ちた。私は男に馬乗りになりながら、首に両手を当て強く力を込めた。

 

「……ッ! ど、して、こんなっ、ことを? 出来れば、理由をっ教えて、ほしいのです……が」


 そう問う男は、決して抵抗しなかった。まるで、今日ここで死ぬことが決まっていたかのように。

 思わず、手の力が緩まった。その影響で急に気道が確保され息を吸い込み、顔を背けながら咽る男に私の手は微かに震えていた。

 これから殺されると言うのに、なぜ理由を知りたがる? なぜ抵抗しない? 生殺与奪権は、確実に、私が握っているのに、──なぜ、私はこの男に恐怖している?

 「アンタから、人じゃない何か……怪異と怪異が混ざったような混沌とした匂いがした、から……て言うか! なんで抵抗しない訳!? 私が言うのもなんだけど、アンタ殺されそうなのよ!?」

「君……凄く嬉しそうに笑っていたから。人を殺すのに笑顔だなんて、とても不思議だったから、つい抵抗するのを忘れてしまって。──理由を、聞いても良いですか?」


 実は、頭と背中を強く打ち付けて凄く痛くて、腕を動かすのも億劫で。と力なく笑う男に、私は思わずため息をついた。


「じゃあ、死ぬ前に教えてあげる。……アンタは、さ。人間を殺したいと思ったこと……、ある?」


 私の問いに、男は首を横に振った。


「私は……あるの、人間を殺したいって思ったことが。アイツに虐められて憎いとか、嫌いだから、とかそんなのじゃなくて。お腹が空いたらご飯を食べるように、眠くなったら眠るように。手が汚れたら、手を洗うように。

 私は、人間を見たら殺したくなるの。老若男女関係ない。隙を見たら殺したくなる。でも、人間を殺してはダメなのも分かってる。法で決まっているから、じゃなくて……人間として。私は化け物になんてなりたくない。死んでもごめんよ」


 一つ深呼吸をし、続ける。


「でも気付いたんだ。人間じゃなきゃ良いんだって。人型の化け物なら私のこの醜い衝動も満たされる。だから私は怪異を殺す。怪異は視える人があんま居ないから、騒ぎになりにくい。それに人を殺してる怪異も視たこともあるから。じゃあ、私が代わりに殺しちゃおうって。怪異を殺しても証拠が残らないから、人間を殺すよりマシなの」

「……僕は君の言う怪異のことを友人から聞いたことがあります。だから知ってはいるけれど、視えないし、聞こえないし、気配を感じることも出来ません。君の言うことはあまりにも身勝手ですし……なにより、僕は人間です。君に殺される理由がない」

「じゃあアンタのこの匂いはなに!? ただの人間なら、何もせずにナイフを弾くなんて出来る訳ないでしょ!?」


 男は微かに呻き声を上げながら、自身の首に掛かっている私の手首に手を添えた。

 それは決して離せ、と言う訳でもなく真っ直ぐと私の目を見据えていることから話しを聞け、と言うことなのだろう。


「……まず、僕には君が標的としている人型の怪異の友人が居ます。自称なので本当なのかは分かりません、僕には確かめる術がありませんから。その彼曰く、僕はどうやら人ならざる存在を惹きつけてしまうそうです。なので、僕を守るためにお呪いをかけていると言っていました。ナイフが防がれたのはそれが理由であり、君の言う混沌とした匂いの原因……なのかもしれません。……これで君の疑問点、二点の解答になりましたか?」


 私は何も言わずに、男の首に掛けていた手を離した。

 嗅いだことのない、だけども確かに怪異が発する匂いと同じ匂いが、この男からはする。だが、怪異であればとっくの昔に反撃していただろう。それがないのなら本当に、彼は人間なのかもしれない。──信じることは、とても難しいけれど。


「ありがとうございます。僕からも、質問を良いですか?」

「…………なに?」

「君はずっとその狂気と共にありながら、完全に狂うことはなかった。これは僕の憶測ですが、その狂気に呑まれる方がよっぽど楽だったと、僕は思うのです。なぜ、君は、君のままでいられたのですか? そうだな……人が好きだからですか?」


 男の言葉に、息が詰まった。

 ──人が、好き?

 今まで殺す対象としてしか見ていなかった、人間を? 私が? 私が怪異や殺人鬼に成り下りたくなかったから、手を下さなかっただけの存在を……?


「やっぱりそうだ。僕が人間だって言ったら、殺すのやめてくれましたし。君が気付いていないだけで、君は君が思っているよりも人が好きなんですよ」


 男は優しい笑みを浮かべ、そして私の後ろを見ながらよく通る少し大きめの声を発した。


「ああ、廻。もう出てきて良いよ。ありがとう、待っててくれて」

「なのなぁ、ダーリン。もう少しで死ぬところだったし、何よりそいつは無害な怪異だって殺したれっきとした殺人鬼だ。優しくする必要ある?」


 急に聞こえた声に、後ろを振り返る。

 そこには、月明かりに照らされたウルフカットの銀髪がキラキラと輝いていて綺麗だ。上下グレーのスエットを着た長身痩躯の男は、つまらなそうに立っていた。

 出入り口は一つしかない。にも関わらず私は彼が近付いて来ていたことに、気付かなかったのだ。目の前の男との対話に夢中だったから、と言われてしまえばそれまでなのだが、足音もそれそこ匂い──は、今組み敷いている男の匂いが強すぎるため、機能していなかった。しかし、微かにだがこの二人の男は同じ怪異の匂いがする。

 完全に不覚を取った。二対一では完全に分が悪い。慌てて男の上から退き、地面に落ちていたナイフを回収し、廻と呼ばれた銀髪の男に向ける。

 だが、銀髪の男は私には何の興味も示さず倒れている黒髪の男に近付き、手を貸して起き上がらせた。


「あるよ。彼女はまだ、人は殺していないから」

「はぁ? じゃあ人じゃない彼らは死んでも良いって?」

「それは違うよ。そりゃ人間でも、人間じゃなくても、殺しちゃダメだよ。彼女は廻の言う怪異の善悪が分かっていなかったってだけ。これからはちゃんと見極めて、殺めてしまった無害な怪異の分まで生を全うしてくれるって僕は信じてるから」

「はぁ……。ダーリンのそう言うとこ本当に好きだけど、マジで嫌いだわ……。ただの快楽殺人鬼だったらどうしてたわけ?」

「? もしそうだったら僕が死ぬ前に廻が駆けつけて、助けてくれるでしょ」


 そう言い切った男に、銀髪の男は大きなため息をつきながら、その場にしゃがみ込んだ。


「いや、そうだけどな!? ダーリンには死なれたら困るから! 俺のこと信用しすぎ!」

「ははは。廻だからね。ああ、そうだ」


 男はこちらを向いた。気休め程度でしかないが、ナイフを二人に向けるが気にした様子も見せずに男は笑った。


「僕は、さっきも言ったように君を信じます。君の中にある狂気を、僕は否定しません。誰にだって、狂気はあると思っていますから。顔を出しているかいないかの違いで。ただ見誤らないで欲しいんです。本当に殺すべき相手のことを。もし、君がその狂気をどうにかしたいと願うのなら、鳩羽神社を訪ねてください。あそこの宮司さんなら、君の狂気を認めた上で進むべき道を指し示してくれると思いますから」

「ちょっ!? 俺の職場を巻き込まないで欲しいんだけど!?」

「良いだろ、別に。宮司さんだって『いつでも頼ってね』って言ってたし」

「それはダーリンに対してな!?」


 二人のやり取りを聞きながら、ジャケットのポケットにナイフをしまった。口からは思わず笑い声が漏れてしまっていたが、止めることは出来なかった。


「は、はは! なにそれ、私の狂気を否定しないの? 殺そうとしてたのに? 警察にでも突き出しなよ! その方が絶対にアンタのためじゃん! 信じるってさあ! 私のなにを信じてるわけ!? 頭可笑しいんじゃないの?」

「君は僕を殺さなかった。廻のことも殺さなかった。理由はそれだけです。ああ、そうだ。まだ名乗ってなかったですね。鳩羽神社を訪ねる際には、国木田誠に言われて宮司を訪ねた、と言ってください。あっ廻本人を尋ねても良いので」

「はぁ? 嫌だね、ダーリンを怪異と間違える女なんて」


 国木田と名乗った男は、本当に、なんなんだ? 馬鹿が付くほどのお人好しなのか? 私もまだ数十年しか生きていないが、こんなお人好し見たことがなかった。

 だからなのだろうか。彼の言葉に説得力があるのは。私は、彼を──国木田誠を信じても、良いのだろうか。私の狂気を否定しなかった彼を。


「……本当に、否定しない? こんなどうしようもない私を。人殺しがしたいって思う、私を」

「はい。否定しません。だってその狂気を否定してしまったら、君自身を否定することになるから」

「……人を殺したいって思う私を、嫌いにならないで……良いんだよね?」

「はい。嫌いにならないで良いと思います。なぜなら君は、その狂気を正しく飼い慣らせると僕は思っていますから。そのために、誰かを頼るのも悪いことではありません」

「……うん、私もう間違えたくない。間違えちゃいけないってちゃんと分かったから。私は人間を殺したいのに、人じゃなきゃ良いやって思っていたの……凄く身勝手だったって、ちゃんと反省します。その……廻? さんも、ありがとう。やろうと思えば私のこと、すぐに殺せたよね」


 そう言えば、廻はただただ面倒くさそうにこちらに視線を向けた。


「ダーリンがお前を信じるって言ったからな。お前の殺意がまだダーリンに向いてたら殺してたよ」

「うん、ごめんなさい。人が好きかどうかはまだ分からないけど、でもちゃんと向き合う。そうだ、私は木舟夕。高校二年生。じゃあそろそろ行くね、補導されるの嫌だし」


 バイバイ、と手を振れば、二人とも手を振り返してくれた。

 公園に残った二人の男は、少女の背中を見届け、そして国木田は廻を睨みつけた。


「で、なんでこんなとこに呼び出したの? お陰で大変な目に遭ったんだけど」

「ごめん、ハニー。知り合いの妖怪があいつに殺されたからさ、ハニーを囮にして殺そうかなって思って」

「はぁ…………あのさぁ、まぁ僕を囮にするのは良いけど、廻の口から殺すって言葉、僕は聞きたくない。それにあの子はもう誤って廻の友人を殺さないよ」

「じゃあ、俺のこのやるせない気持ちを、復讐したいと思う気持ちをハニーはどうしてくれんの?」


 廻は真っ直ぐと国木田を見た。

 どう答えが返ってくるかは、付き合いが長いためなんとなく察せられる。だが、問わずにはいられなかった。あの怪異殺しの少女の気持ちを動かした、国木田の言葉を廻は待っていた。


「どうもしないよ。だって君は僕と同じくらいの歳にしか見えないのに、うんと年上なんだろ? 普段は年上を敬えって言うんだから、自分でどうにかしてよ。でもそうだな、もしも本当にあの子のことが許せないのなら、その時は──」


 彼女を許した僕を殺してね。


 さも当然とばかりに言う国木田に、廻は内心「そうだよなぁ」と思いながら、国木田の肩に額を当てた。


「ハニー。俺もハニーの口から殺してとか聞きたくねぇな〜。もう見透かされてると思うけど、ダーリンが信じるつったから、どうもしねぇよ。本当に神社に来るなら、ちゃんと助けてやるつもり」

「なら良かった。早く帰ろ、僕もう眠いしなんなら明日、朝からバイトなんだけど」


 肩にのし掛かる頭をポンポンと撫でながら、国木田は早く帰ろうと、廻の手を引いて歩いて行く。

 月明かりに照らされる廻の影には、確かに人ではない何かの影が伸びていた。

勝手が分からず、再投稿させていただきました。

大変失礼いたしました。

少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

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