出発
アレリアは向かい合ったジークに、問いの答えを目で訴える。
ジークはじっとこちらを見ていたが、ふと視線を外してもう一度こちらを見て口を開いた。
「…と言われても、僕は弓は持ってないんだよね」
はっと我に返ると、無茶な事を口走っていた事に気が付いた。そりゃそうだ。
「弓が欲しいんだ?帝国は弓の普及率が高いの?」
「え?いや、専門的な人は殆どいなかったよ。私も習ったのは旅の狩人だったし…」
ふうんとそっぽを向いて周りを警戒するジークが、いきなり立ち上がって上着を脱いだ。
「えっ?」
「君もフード脱いで」
「えええ!?」
半ばはぎ取られるようにフードを奪われた。
ジークは上着を丸めてそれにアレリアのフードを被せて、人型を作った。
「え?え?何してるの?」
「弓が必要なんでしょう?君はここに居て」
そう言うと、ジークは自ら矢に狙われる市場に走って行った。出てきた途端、近くに矢が刺さるような気配がしたが、それはすぐに消えた。
もしかして私の代わり…?それより何か説明してから行ってくれないかな!?もうっ
しかし危険を顧みないジークの行動に違和感を感じた。少なくてもラエルはジークの身の安全を優先していたはずだ。
でも、今なら逃げられる…
ふとそんな考えが浮かんだ。けれどその考えは一瞬で改めた。
おそらく自分のせいで市場の人を巻き込んでいる、その上ジークに囮のような真似をさせているのだ。それで一人逃げるような事は良心が許さなかった。
誰だって楽な方を選びたい、自由に心穏やかに生きたい。けれどその手段に人を騙したり裏切ったりすれば、それは罪悪感として一生圧し掛かる。そしてそれを平気だと思える人間にはなりたくなかった。
騎士道の志には誠実や礼儀もある、つまり自分に恥ずかしくない生き方をしろという事だ。
アレリアは忠誠を誓った女王の元を逃げ出したので、もう騎士は名乗れない。
けれど間違った生き方をしてるとは思わないのは、最後の誇りだった。
「よしっ」
こそっと建物の影から覗くと辺りは静かだが、まだ市場の方は煙があがっている。
しかしここにずっといるわけには行かない、もう少し待ってジークが帰って来なかったら帽子を深くかぶって出て行こうかと思った。
その時、何故か上から声がした。
「ど、けえええ」
「ひえっ」
ラエルが空から降ってきた。
何かが壊れるような音と、ガラスが割れる音が入り混じって、無事とは言えない着地をしたようだった。
「い、生きてる…?」
アレリアは空を見上げて、もしかしてあの建物から飛び降りたのかと怖い想像をする。
自分なら死を覚悟する。
「いってえ!くそ」
何で痛いで済むの
思いのほか丈夫なラエルに感心しつつ、何故ここにいるのか質問した。
「お前が頼んだんだろ?ほらっ」
ここを出て行ったときのジークと同じようにフードで丸めたようなものを持っていたが、中身は上着ではなく、弓矢だった。
「ジークはルイと一緒に非難させたから心配すんな。一番どうにもならんのはお前だ」
確かに
渡された弓を確認すると、想像以上にデカい。
「重い」
「文句言われても知らねーよ」
こんな事なら愛用の弓を持ってくればよかった。軽量化にすぐれた一級品だ。けれど、さすがに武器の持ち込みは躊躇った為置いてきた。
引いてみたが、やはり慣れない弓は使いにくそうだった。
「けど、やるしかない」
「お前、弓使えるんか」
じーっとこちらを見ているラエルを無視して、標的の方に向き直った。
殺傷力は足りないかもしれないが、相手の弓はここまで届くのだ。理屈的に、こちらも同じように射程距離だった。
しかし、何度も決められるような余裕はない。弓矢は一度で決めなければ、二度目はかなり当たる確率が下がる。相手に身構えられるからだ。そう考えると、とても不便だとでも言えるような武器だった。
それでもアレリアは弓を極めようとした。自分が女だったから。
腕力ではどうしても男騎士に敵わない、けれど素早く剣を振るう俊敏さも持ち合わせていない。魔法の才能もなければ、剣技の才能もなかった、そんな騎士として悔しかった思い出が頭を過った。
「ラエル!ちょっと重心がずれないように支えてて。ここ、滑る」
「おう」
自分の足を踏ませるような形で後ろ抱きにされる。ラエルの体温が背中を伝って熱い。
「もし矢が飛んでた来たら避けてね」
「わかった」
ぐっと弦を引き相手を見定めるとふと、昔師匠に言われた事が頭を掠めた。
“そこはきつくても緩ませないように。矢の軌道がズレるため、的中率が下がってしまうから”
師匠の教え方はスパルタだったし、騎士達からは陰で何か言われてたのは知っていた。
けれどあの時努力したから、今誰かを助ける事が出来る。
矢を離すとそれは伸合いの延長線上を綺麗に飛んでいき、油断していた刺客に肩口に当たった。そして間髪入れずにもう一人に狙いを定めて撃ったが、次は腕を掠める程度で避けられてしまった。
そして相手も矢で撃ち返してくる。
「あっ!」
ちょうど無防備だったアレリアの頭に当たりそうになり、一瞬死を覚悟した。
しかし、後ろにいたラエルが片手でそれを防いでくれた。ラエルの腕に矢が刺さり血が流れ出てくる。
「っ…!ちょっと」
「あれ?あいつ倒れたぞ。矢は当たってないだろ」
「矢の一本で相手を倒せるとは思ってないからね。矢じりに痺れ薬を塗っといた」
「おぉ、かっこいいなお前」
だから弓を学んだ、一撃で倒す事は出来なくても、掠れば身動きを出来なくすることは工夫を凝らせば可能だったからだ。ハルから様々な薬の知識を学び、命中力を高め、習得した。それは人を害する術だけれど、自身を守る盾にもなる。
「それよりアンタ!腕!助けてくれたのは感謝するけど!ありがとう!!でも自分の身体を傷つけるような真似しないで!矢に毒でも塗られてたらどうするの!?体調おかしくなったりしてない!?」
アレリアのあまりの気迫にああとかおおとか呻いて頷くしかできないラエルは、とりあえず止血して立ち上がった。
「これで大丈夫かね、とりあえずあいつらを警備に渡してジークたちと合流するぞ」
「うん…それと」
小さな声で謝ると、ラエルは聞こえないふりをしてくれた。
その日の夕方無事?に検問を抜ける事が出来たが、ジークはお怒りだった。
「あのジジイども、裏切りやがって…」
なんか言葉遣いがラエル化していて怖い。
こそこそとルイとラエルに何事かを聞く。
「なんでももうちょっと早く出れるはずだったのに、長老会が後始末が、余所者の手続きがとか難癖つけて来たみたいですよ。多分上も一枚岩ではないので、帝国側についてる者もいて怪しい人間を国の外に出したくなかったみたいですね」
私、ジーク達いなかったら旅はここで終わってたかも?
変な縁に初めて感謝する。
振り返ればまだアセノーは見えるが、正確にはもうここは西の大陸ではない。
初めて見る東の大陸への街道を、アレリアは軽やかに踏みしめた。




