(邂逅編)遭遇! 元カノと今カノ
安っぽい色の丸提灯が、公園のフェンスに括りつけられている。わずかに音割れしたスピーカーからは盆踊りの曲いくつかがローテで流れていて、お祭りっぽいムードの演出に一役買っていた。
学区内の夏祭りは全部で三つあるけれど、この西町のものが一番規模が大きい。サッカーもできる公園とその横の公民館の敷地を使って、様々な露店が構えられるのだ。町の内外から人が集まって、もとの公園の原型を忘れてしまうほどに混雑する。
窓子ちゃんとりんご飴を買ってから別れた私は、下駄を模したデザインのサンダルを履きにくく思いながら会場を歩いていた。浴衣はなんというか緩く全身を縛られているみたいで着心地はよくなかったけれど、すれ違う小さい子が「可愛い」とほめてくれたからよしとする。
例年なら友人たちは公民館の入り口付近でたむろしているけれど、私が真っ先に向かったのは公園の奥まった場所にある祭りのアンダーグラウンド――射的やスマートボールなどが立ち並ぶ、テキ屋のエリアだった。
私は賢いから、そんな場所にお金を使うのはバカだと知っている。
知っているのにそこに向かった理由は、例年不良っぽい男子たちがぽつぽつ居るだけの通りに、小規模で安全そうな人だかりができていたからだ。
そしてその中心から駆け寄ってくる、少女が一人。
「コバンワー、深瑠姫サン! おまつりenjoyしてるデスかー?」
頭にナントカレンジャーのお面、右手に水ヨーヨーと綿菓子を装備したバカっぽいファッションのその子は、バカと呼ぶにはちょっと可哀想な可愛い子だった。
ふわふわの金髪にまんまるで青い瞳、そしてもちもちのほっぺ。同じクラスの帰国子女、本当は日本語上手なケイトちゃんである。
「あうん、ケイトちゃんほどじゃないけど……って、それ……」
「ふっふーん、いいデショー?」
くるりと一回転してしてからジャジャーンと掲げられたそれは、ケイトちゃんが大事そうに右手で持っていた真っ赤なケースだった。
『MAGICAL GIRL ⅤS NINJYA』――通称マジニン。最近話題となっているゲームのパッケージである。
「買ってもらったのを持ってきたの?」
「ノンノン、わかってるデショー? さっきあそこのクジ引きで当てたデース!」
顔文字みたいなドヤ顔をするケイトちゃんに対し、私は奇妙さを感じていた。テキ屋のクジ引きは基本的に当たらない。それは単に運不運の話ではなく、そもそも当たりなんか入れていないから――と、私は今まで思っていたのだけれど。
「ケイトちゃん。それ、中身入ってる?」
「あっ、当たって嬉しくなっちゃって確認してなかったデス!」
大慌てでパッケージをぱかっと開けたケイトちゃんは「あった~!」と言ってそのカセットを持ってはしゃいだ。その喜びようにつられてか、食べ物系の露店に居た人たちもぱらぱらとこちらに歩いてくる。
「あまり騒ぐんじゃありません。恥ずかしいでしょう」
「ママみたいなこと言うデス……」
ちゃんとしたママだな、と思いつつ、私はウエストポーチから中身の見えないビニール袋を取り出してケイトちゃんに貸してやる。見せびらかすように持っていて、誰かに盗られたら可哀想だ。
「深瑠姫サンもクジ引きするデスか?」
「んー、どうだろ。でも興味はあるな」
人の波を軽く掻き分け、私はその店の前に辿り着いた。途端、「やったー!」と叫びながら駆けていく男の子とすれ違う。二年生くらいで、掲げていたのはでっかいプラモの箱だった。
「はいはい、とっとと行けー。ラッキーボーイめ二度とくんなよ」
言葉に反して優しげな口調で屋台の中から手を振るその人が男性なのか女性なのか、一瞬わからなかった。骨格がしっかりしていて、白とも水色ともつかないカラーに染められた髪は坊主から一か月伸ばしたくらいに短い。ただ目元のキラキラした化粧や色の薄い唇、シャツの英字を中から押し曲げる胸などが、その正体がかっこいい女性であると教えてくれる。
屋台の手前にある台にでんと置かれた穴開きの箱、奥に見える景品た……様子を窺っていた私の目は、やがてただ一点に引き寄せられることになる。
唇から伸びた煙草。その細い煙が鼻を掠めた瞬間、私はお祭りの夜の中にお姉さんの部屋を幻視した。
だって。
だって、その匂いは――。
「お。嬢ちゃん、ひょっとして魔女さんの知り合いか?」
キラキラのメイクに囲われた眼が細く光る。さっきプラモを持ち帰った男の子に向けたものとは色の異なる、低くて威圧するような声。しかし私は怯むことなく、一歩前に進んで答えた。
「はい、そうです。あなたは、お姉さんの何ですか?」
「――元カノ」
だってその匂いは、お姉さんの匂いと同じだったから。
○○○○○○○○○○
「ふ~ん。なんでこんなガキにって思ったけど、なるほどね。魔女さんの好きそうな女だわ」
キリさんと名乗ったその人は、一時的に屋台を閉店して私を外へ連れ出した。住宅街を適当にぶらつきながら、唐突にそう言ってくる。
「どういうことですか」
「蟻の巣に熱した飴を真顔で流し込めそうな顔してるってこと」
余計にわけのわからないことを言いながら、キリさんはふいに立ち止まる。それからジーンズのポッケに手を突っ込み煙草の箱を取り出して、同じく取り出したライターを使って火をつける。
細く吐き出した煙は、やっぱりお姉さんの匂いがした。
「あたしに煙草を教えたのはさ、魔女さんなんだ」
魔女さんというのはお姉さんだろう。私は答え合わせの質問すらせず「そうなんですね」と返す。思えば突然二人でこんな場所に来ること自体異常なのだ。けれどそれで成立している。色々な前提や準備を放棄して、私たちは今ここに居る。
ここに居ない一人の女を仲介として。
「この煙草さ、もう販売中止になった、ヨーロッパの銘柄なんだよ。魔女さんが教えてくれたやつでさ、買い貯めておいたけどそろそろストックが切れる」
「あの」
「ん?」
煙草の火を指で握り潰しながら、キリさんはこちらを見た。
「なんで、私とお姉さんに繋がりがあるって分かったんですか」
「あたしは特別鼻が利くんだ。この煙草と同じ匂いがわずかにした」
冷たい空気の小さな塊が喉をひゅって通った。
煙草を持っている手が下向きに動いて止まって、ああ普段は道に捨ててるのかな、と思った。そういう推理で当ててきたならまだ良かった。
私から、煙草の匂いが。
お姉さんと触れ合う中で移ったのだろう。あれだけ長く一緒に居るのだ、なにも不思議じゃない。けれど深刻な問題だった。この匂いが始点となって、私とお姉さんの関係が社会にばれるようなことがあれば。
いやそんな段階すら踏む事なく、いま横に居るこの人が――
「あー、心配するなって。嬢ちゃんと魔女さんがどこまで進んでるかは知らんけど、それをどうこうしようって気はないからさ」
「そう、ですか」
嘘かどうかは分からないけど、それでも信用するほかなかった。私はいわば、一方的に弱みを握られた立場でもあるのだ。リツさんがどういう気持ちと目的で行動しているか分からない以上、警戒はするけど抑制はできない。
というか今、なんの時間なんだろう……?
「魔女さん元気?」
「あっはい、元気です」
「まだ探偵やってんの」
「探偵……というか、謎解き? は、してます」
「ふぅん」
キリさんはぐわっと伸びをした。身体が細いというか薄いお姉さんとは違う、なんというか安定感のある伸びだ。見ていて不安にならない。
「あの」
「ん?」
伸びをしたままの姿勢で、キリさんが再びこちらを見下ろす。
「キリさんから見たお姉さんって――どんな人なんですか」
体格も年齢も容姿も、私とはまるで似ていないキリさん。その人がお姉さんの元カノを名乗ること、そして私を気にかけたこと、両方がまだ飲みこめていなかった。そうであると肌で理解できるのに、脳は未だに追いついてない。
「魔女さんはさ、一つの時期に一人の女を丹念に愛する人なんだよ。今は嬢ちゃんの番なんだな。条件は、容姿が魔女さんの好みであること。上質な謎を引き寄せること。それから――悪い女の素質があること」
吸い殻を持ったほうの手で、指を順番に伸ばしつつ言う。私とキリさんの繋がりはうっすら見えたけど、絶妙に答えをはぐらされてるなとも思った。それはお姉さんの生態を明かす言葉ではあるけど、キリさんの主観を通したお姉さんの像は見えないままだ。
そして何より。
「キリさんて――悪い女なんですか?」
「その素質が欠けてたから振られたんだろうな」
抑揚たっぷりのひび割れた歌声が聞こえてきた。気付けば私たちは夏祭り会場の入り口に居て、キリさんの白とも水色ともつかない髪が提灯の灯りに当てられている。キリさんはそのまま公園の中に踏み込んだ。まだ訊きたいことはあったけど、ひとまずこれで会談は終わりらしい。
「んじゃ、あたしから魔女さんへの挑戦状でもやっとくか。元カノが作った謎を今カノが持ち込む……あの人の好みそうなことだろう?
嬢ちゃんがさっき見たように、あたしのクジは滅茶苦茶当たる――さあ、なんでだと思う?」
(今度こそ問題編に続く)
読んでくださっているかた、ありがとうございます。
人生が賑やかになってきたため、当分は隔日更新になると思います。
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