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8.変な臭いがするよ

 週明けはいつもダルい。会社に行きたくない。って気持ちを振り絞り出社する。一日働かされてヘロヘロになる。でも、今日の私は違う。家にシッポちゃんがいる。そう思うだけで元気が出るのだ。


「ただいま~」


 家に帰ってきてドアを開いて中に入った瞬間、変な臭いがした。獣臭ではない。食べ物を腐らせたような、カリカリがふやけて発酵したような酸っぱい臭いだ。


 直感でわかった。この臭いはシッポちゃんが放っている。そもそも、今日ほどではないが、昨日までもシッポちゃんが同じ臭いをしていた。でも、理解できない。昨日、お風呂場でシャンプーをした。だから、外でついた臭いは消えているはず。


 トイレの臭いではない。ケージの奥側に置かれたトイレに、うんちは残っていない。それに、オシッコっぽい臭いでもない。猫砂も汚れた様子はない。


 じゃあ、食べ物かと言うとそうでもない。食べ物はカリカリが少し置かれているが、発酵するほど古くはないし汚れてもいない。


 私はネットで検索をした。この臭いは正常ではない。シッポちゃんの体に何か異変がある。もし、原因を解明すれば、シッポちゃんが元気のない問題を解決できるはず。単純にそう思った。いや、願った。簡単に薬か何か振りまければ治療できる。そう信じ込みたかった。


 いくつかのサイトを見ていると、ある一つのことが見えてきた。そして、それが正解なのかシッポちゃんを観察して確認することにする。


 室内着に着替えて玄関まで戻ってきた私は、シッポちゃんを観察することにする。シッポちゃんはケージの中で眠っていた。横になったまま動かない。その状態のシッポちゃんに近づいてケージの入り口を開く。するとシッポちゃんは目を開けた。何処にそんな元気が残っていたのかと思うような動きで、ピョンと座り直す。


「そろそろ出たいんだね」


 シッポちゃんからの返事はない。代わりにケージからゆっくりと出てきた。


 私はウェットティッシュを何枚か用意し、すり寄ってくるシッポちゃんの顔を拭く。拾ってきたときほど鼻水は出ていない。だからと言って体調が回復したわけではない。顎の付近を拭き取ると、よだれがついてきた。いや、違う。涎じゃない。黄色い。医者じゃないから断定はできないけど、うみのようだ。


 あごの部分を見てみる。歯が飛び出している。何故だろう。これが普通なのか。それとも、口がただれていて歯が出てしまうのだろうか。


 歯周病のせいで嫌な臭いを発している。それは確定しても良さそうだ。と言っても、どうすればいいのだろうか。


「ちょっと窓を開けるか?」


 背後から声をかけられた。振り向くと父親が立っていた。しゃがみ込んで私が捕まえているシッポちゃんの頭を撫でる。


「どうして閉めていたの?」

「リビングのエアコンを効かせてたんだ。どうやら、暑いと調子が悪くなるようだ。なにせ、ここ数日は残暑が厳しいからな」

「だから臭いが籠もってたんだね」

「ああ。折角、シャンプーしたのに効果がなかったな」


 そんなことはない。そう反論したかった。でも、心の何処かで間違っていない。とも思えて言葉が出ない。


「歯周病みたいだな。歯とか口の中が良くないからご飯を食べないし、声も出さない」

「病院に行ったほうが良いのかな」


 私は奥歯を強く噛みしめる。


「それはお前に任せる。だが、病院に行っても延命しているだけだ。自分で飲んだり食べたりできなくなったのだから、寿命を科学で伸ばしているだけに過ぎん。それが悪いこととは言わないが、そこまでやらないことが悪いとは言わん」

「でも、責任があるじゃない」

「もし、ずっとうちで飼っていた猫ならばそうかもしれん。だがな、拾ってきた猫だろ。路上で死ぬよりは良かったんじゃないか」


 確かにそう。シッポちゃんは私が助けなければ、間違いなく車にかれていただろう。道路の中央から動かなかったし、御飯も食べていなかった。一日生き延びることだって出来なかったに違いない。


 でも、それは自然なことなのかもしれない。野良猫が食べ物を得ることができなくなり、動けなくなったら死んでしまうのは仕方がないことだ。野良猫の寿命は、一説には三~五年と言う。長く生きることが出来ない運命なのだ。


 シッポちゃんは、先生の話では六~七歳。それを考えると野良猫としては長生きをしたと言える。本当に野良猫ならば……。


「出来る範囲でやればいいじゃないか。うちは石油王じゃないからお金が余っているわけではない。病院で延命しなくても、最後まで面倒を見てあげれば、それで良いんじゃないか?」

「でも、もしかしたら治るかもしれないじゃない」

「いや、もう、この状態だと難しいんじゃないか。見た感じ、口内炎や歯周病がかなり進行している。そのせいで内臓系もダメージが蓄積しているだろうし。もし、あと一年でも前に動物病院に行って治療を開始したならば違ったかもしれない。だが、症状は末期的だと思う。それに、先生も言ってたんだろ。対処療法しか出来ないって」

「違うよ。検査して見ないと最適な治療ができないって」

「けど、検査すれば治るとも言わなかったし、検査もあまり推奨されなかっただろ。もし、治せる自信があるならばそう言ったんじゃないかな。曖昧なことを言ったということは先生もあまり長くないことを感じていたんじゃないかな」


 父親の言うとおりだった。私も先生の言い回しがどことなく奥歯に物が挟まるような氷原に感じられた。


「大事なのは愛情を持って最後まで面倒を見てあげることだろ」


 父親の言葉に打ちのめされる。私はシッポちゃんに愛情を持っていただろうか。ちゃんと世話ができていただろうか。この子のために何かしてあげれただろうか……。


「偉そうに言って、面倒を見てるのはアタシじゃない」


 いつの間にか、母親が父親の背後に立っていた。エプロン姿で笑みをニッコリと浮かべている。


「二人共、夜ご飯できたわよ。その子をケージに入れて早く来てね。冷めちゃうから」


 母親は言うだけ言うと、リビングに戻っていく。


「御飯を食べてから、シッポッポに餌でもあげるか」


 父親は立ち上がり、母を追いかけるようにリビングに向かう。


 別に、急いでシッポちゃんに御飯をあげる必要はない。そもそもカリカリは食べないから、流動食を無理やり食べさせるしか無い。一人では出来ないから母親に手伝ってもらわなければならない。でも、そんなことをすることに意味はあるのだろうか……。


 ポジティブな考えがちっとも出てこない。人間、空腹時には良い考えが出てこないんだ。私はそう考えて、夜ご飯を食べてからシッポちゃんの世話をすることにした。

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