7.お風呂でシャンプーしたよ
「日曜日なのに早いわね」
目を覚まして顔を洗っていると、母親の声がした。手ぬぐいで拭いてから、声の方を向くと母親は洗濯機から洗い物を取り出している。
「早いってほどでもないけど……」
私の記憶では午前七時。いつも起床する時間と同じだ。日呼びだから特別早いというわけでも遅いというわけでもない。
「それより手伝ってくれる?」
「シッポッポの掃除かい」
「そうそう。シッポちゃんの掃除って言うより、ケージの底に敷いている新聞紙を交換したり餌を新品にしたりだけどね」
「餌ねぇ……」
洗濯を中断させた母親と一緒にケージの中を見ると、シッポちゃんは元気そうだった。と言っても、暴れまわるほどではなく、昨日の死にかけているかのように横たわっているのに比べてって意味だけど。
「やっぱり、残っているんだ」
「食べれないのかね」
「どうなんだろ。拾ったときも神社の鳥居下に置かれていた猫缶もミルクも口をつけていなかったから」
私はケージを開けた。すると、シッポちゃんは自分の力でケージから出ると、私にすり寄ってくる。甘えているのかな。私が頭を何度も撫でていると、シッポちゃんは飽きたとばかりに玄関の土間部分に降りた。
やはり、猫は探検好きなんだ。いろいろな場所に興味を持ち、箱でもあれば自分のサイズなど考えもせずに飛び込んでしまうのだろう。私が微笑ましく見ていると、シッポちゃんは土間の中央でしゃがんだ。
何をするのだろう。そう、呑気な気持ちで見ていると、徐々に広がりだす黄色い液体。あ、だ、ダメダメ。そこはトイレじゃない。
「お母さん、なんとかして!」
ボーッと見ていた母親に声をかける。しかし、母親も何が起こったのか理解できないのか動きが遅い。
優先度を考えて、私は慌てて自分の靴を持ち上げる。ダイジョブ。玄関ホール側に脱ぎ捨てられていた靴まで洪水は届いていない。すぐさま、靴入れに放り込んで安全圏に脱出させる。
「どうしようかねぇ」
シッポちゃんを持ち上げた母親が困っている。
「すぐにケージに入れちゃって。まずはここの片付けを優先」
私は母親に命令すると、ティッシュ箱に手を伸ばす。が、すぐに引っ込めて雑巾を取りに行く。階段下の収納スペースから、こんなときにはなにかに使えるかもしれない。と、捨てずに取っておいた雑巾代わりのボロボロのタオルを取り出す。小走りに玄関まで戻って面積を広げていた水害を抑えることに成功する。
「これ、もう捨ててもいいよね」
「好きにしていいわよ」
ケージの横に置いていたビニール袋に詰めて外に持っていく。外栓でジョーロに水を汲み土間の清掃を始める。
「ちゃんとトイレはケージの中に入れておいたのに」
「そんなこともあるんじゃないの」
猫は基本的に綺麗好きだ。トイレも苦もなく覚える。躾けるわけではない。猫の習性がトイレを使わせるのだ。そのはずなのに、シッポちゃんは土間の部分でオシッコをしてしまった。どうしてなんだろう。片付けながら考えていると、母親がぼそっと口にする。
「もしかして、路上生活が長くて土間のほうが道路に似ていたのかしらねぇ」
一理ある。そう思うものの一瞬で否定する。シッポちゃんは神社にいた。神社にはトイレにしやすそうな砂利や土がある。都会のようなコンクリートジャングルではない。この街は、自然がふんだんに存在する。
「でも、良かった」
私は土間の清掃を終えてから母親に言う。食事も取らない。水も飲まない。そんな状態で不安になっていたけど、今は元気そうだしちゃんとオシッコも出た。生きている証拠だ。
「ねぇ、お母さん忙しい?」
「忙しくない主婦なんかいないわよ」
「そっか。シッポちゃんにシャンプーをしてみたかったんだけど。オシッコで汚れちゃったし」
「いいんじゃない? 暇な人に手伝ってもらったら」
「暇な人?」
「いるじゃない。漬物石のように動かない人が」
そう言うと母親は洗濯物を持ってリビングに向かう。そして、うなだれた様子の父親が代わりにやってきた。
「シャンプーするんだって? 噛まれないか?」
「噛むというより引っかかれる可能性はあるけど……。シャンプーして欲しいんだよね」
「ああ」
「抑える方よろしくね」
「大丈夫か?」
「ダメそうだったら中止にすればいいじゃない」
私は風呂場のガスのスイッチをオンにして、シャワーを水を抜いたお風呂に流す。いくら夏で暑いとはいえ、水をかけたら暴れだしてしまうに違いない。私は人肌程度の温度になったお湯を洗面器に汲みシャワーを止める。
「連れてきてもらっていい?」
「ああ」
私は猫用シャンプーを持ってお風呂場の奥に入る。そして、入口側にシッポちゃんを置いて父親に軽く押さえてもらう。
「ごめんね~」
私は洗面器から少しお湯を取りシッポちゃんにかける。今すぐにでも暴れだし飛び回り逃げ出すんじゃないか。と思いきや、シッポちゃんは大人しく動かない。
「いけそうだな」
「うん」
私はシッポちゃんが大人しいのを幸いに頭部以外はお湯で濡らしシャンプーで全身を洗う。首もお腹もお尻も尻尾も、綺麗にシャンプーで洗っていると、伏せの状態になっていたシッポちゃんは、お風呂場の床を舐めだした。
「ッ駄目だよ。それ、シャンプーのお湯だよ」
私はシッポちゃんに注意するが、シッポちゃんは言うことを聞かない。暴れだすよりはマシだけど、シャンプー入りのお湯を飲むのは健康に悪そうだ。私は全身のシャンプーを洗い流す。
「タオル取ってもらっていい?」
父親にお願いすると、父親は返事をせずにタオルを取りシッポちゃんの体を拭き始める。
「ちょっとドライヤー取ってくるね」
シッポちゃんと父親の横を通り抜ける。居間に置いてあるドライヤーを持ってきた私は父親にお願いしてお風呂場から出してもらう。
「出来るのか?」
「手で温度を確認しながらやるから」
私はシッポちゃんの体をドライヤーで乾かす。もう、神社の入り口にいたときのシッポちゃんとは違う。十分に綺麗になった。毛もふかふかしてきた。これで家の中で遊べそうだね。
私がシッポちゃんの頭を撫でると、シッポちゃんは嬉しそうな表情を見せた。




