表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/127

第十二章 -Treasure hunt- 『ルベルス』

「イッチーさん、見えてきましたよ! ルベルスですっ! 中央大陸ですっ!」

「おお~! メチャクチャ大きい街だね!」



 ――中央大陸、南の玄関口『ルベルス』


 中央大陸南部で唯一、西の大陸、南の大陸との航路を持つ街。

 大陸最大の商業都市である『アンクーロ』との交易も盛んなこの街は、三大陸の中継地として、そして自らが持つ海産物の市場と合わせ、大陸内でも有数の巨大都市と言える。

 そして更に付け加えるなら――


「物凄い綺麗な街だね」

「本当ですね……。噂には聞いてましたけど、私も見るのは初めてです……」


 船上から徐々に見えてきた海岸線のその街並みは、いつか向こうで行ったナポリを彷彿とさせる。

 湾をぐるりと囲むように山の斜面に並び立つその姿は、ナポリとアマルフィ海岸の良いとこ取りをしたような、まさしく風光明媚(ふうこうめいび)な見事な景観だった。


「ここからは私も、見る物全部が初めての経験です。……何だかワクワクしますねっ」


 ティアレが珍しく興奮気味に語る。


「そっか。そういえばティアレも中央大陸は初めてなんだったね」

「はいっ。ここから私の本当の旅が始まります」

「って言っても、西の大陸でも随分色々とあった気もするんだけど……」

「アハハッ、確かにそうですね。イッチーさんと一緒にいると、本当に色んな事が起こりますね。ふふっ」


 言ってる内容の割には、嬉しそうだ。


(何か原因は僕、みたいに言われてるのは気のせいだろうか……。いや、思い返してみれば確かにその通りなのかもしれないけど……)


「あっ! そう言えば遅くなっちゃいましたけど、大切な事を忘れてました」

「ん? 何かあった?」

「ほら、イッチーさん、いつものやつ」

「いつもの? ……あ~、もしかして……」


 ティアレの表情から何となく察する。


(そう言えば今回は、出発前そんな空気でもなかったもんな……)


「それじゃあ、遅くなったって言うか、もう着いちゃうけど。ハハッ」

「いいんですよ、気持ちの問題ですから。ふふっ」

「そうだね」


 コホンと一つ咳払いをしてから


「次に目指すは中央大陸――」

『ルベルス!』


 船上に僕ら2人の声が高らかに響き渡ったのだった。


......................................................


「いらっしゃいませ。失礼ですが、お二人はイッチー様とティアレーシャ様で間違いありませんか?」

『……』


 思わず2人で顔を見合わせてしまう。

 恐らく今僕らの頭の上には、大量の???が浮かんでいる事だろう。


「どうかされましたか? こちらの手違いでしたら――」

「あっ、いえ、そういう訳じゃなくて。イッチーとティアレで合ってます」

「左様ですか。何か問題でもございましたでしょうか?」


 あまりにも慇懃(いんぎん)な対応に、思わず少したじろいでしまう。


「え~っと……、何ていうかその、トーガさんやフロッソさんとは、随分その……、感じが違うなぁと……」

「そ、そうですねっ。何かこう……、トーガさんとフロッソさんは、もっとこう、ラフと言うかフレンドリーと言うか……」


 どう説明したものか悩みながら、2人でなるべく言葉を選んで慎重に答える。


「ハハッ、そうでしたか。それではもう少し柔らかくいきましょうか」


 くだけた態度で、豪快に『ガッハッハ』といった感じで笑う2人と比べると、物腰も丁寧で柔らかく、笑い方もどことなく品がある。


「改めまして、『三毛猫亭』へようこそ。(わたくし)はトーガ、フロッソ、三兄弟の長兄で三毛猫亭(ここ)のオーナーの『エリオ』と申します。以後お見知りおきを」

「わざわざご丁寧にありがとうございます、エリオさん。僕はイッチーです」

「私はティアレです」


 胸に片手を当て、優雅に腰を折るその仕草は妙に様になっていて、本当にあの2人の兄弟なのかと疑ってしまうレベルだ。

 しかもやや中性的な美形で黒の燕尾服に身を包むその姿は、宿屋の主人と言うよりは、まるで王室の執事のようだった。


(いや、だからと言って、別にトーガやフロッソがブサイクとかって訳じゃない。あの2人はあの2人で、簡単に人の心の壁を崩してしまうような、人懐っこい不思議な魅力があった)


「恐らくトーガ、フロッソと比べると、随分とタイプが違う。そんな所でしょうか」


(表情を見ただけで、こっちの考えてる事を見抜く所なんかは、確かにあの2人とそっくりなんだよなぁ)


「えっと……はい。正直に白状すると、そうです……」

「ハハッ、気になさらないで下さい。土地柄に合わせている部分もあるんですけどね。あの二人はあんな大雑把に見えて、あれでしっかりと人を惹きつける力を持っていますからね」


 ちゃんとあの2人の事も理解してる所なんかは、さすが長男といった感じだ。


 ――その時だった


 チリンッ!


 三毛猫亭の広々とした正面ホールの、フロントカウンター前にいた僕らから見て後方。

 エレベーターが降りて来た事を告げるベルが鳴り、2人組の姿が出てくるのが見えた。


 かなりの長身で、落ち着いた着流し風の和装に刀を携えた、大人っぽい兎耳。

 それとは対照的に、明るい原色の目立つネイティブアメリカンのような衣装の、小柄で子供っぽい猫耳。


「いってらっしゃいませ」


 エリオがそう言った所を見ると、多分三毛猫亭(ここ)に投宿してるお客さんなのだろう。


 長身の兎耳の女性の方が、チラッとこっちを見て軽く頭を下げてくる。

 釣られたようにこっちを見た猫耳の子と、一瞬だけ目が合った。


(……あれ……? なんだろう……。今一瞬、なぜか奇妙な懐かしさみたいな物を感じた……)


「イッチーさん、どうしたんですか? ボーッとして」

「……えっ? いや、ちょっと……」

「お知り合いでしたか?」


 エリオがそう尋ねてくる。


「いや……、そういう訳じゃ……」

「あっ! イッチーさん、やっぱり猫耳とか兎耳がいいんですねっ!?」

「そうなんですか?」


(ちょっと待ってくれ……。何か完全に、余計な誤解を拡散してる気がするんだけど……)


「いやいや、そうじゃなくて。なんかこう……、懐かしさ、と言うか、どこかで会った事があるような……?」

「口説き文句ですか?」

「そ、そうなんですかっ!? イッチーさん」


(だから更に変な誤解を上乗せするのは止めてくれ……)


 エリオの方は目が笑ってる所を見ると、こっちは完全に分かっててわざとやってるな……。


「えっと、今の2人組は?」

「知っていたとしても、語る口は持っていませんが、正直に言うと(わたくし)も良く存じ上げません。昨日戻られて、今回が二度目。……そうですね、お二方共、二週間程前にご利用された時が、初めてのお客様ですね」


(ラントルムかノーベンレーン辺りで、会ってるのかとも思ったけど、どうやらそれも違うようだ。そもそも2週間前にここにいたとなると、僕はまだこの世界にすら来ていない事になる)


「そう、ですか……」

「もしかして、本当にイッチーさんの、昔の知り合いだったりするんじゃないですか?」

「えっ?」


 今度は急に心配そうな顔で聞いてくるティアレ。


(ああ、そうか。ティアレからしたら、僕が記憶を失くす前の知り合いって可能性も考えるのか。残念だけど、この世界に僕の知り合いは1人もいないんだ)


 ティアレには、いつか折を見てちゃんと話さないといけないかもしれない……。

 どう説明しようかと悩んでいた時、丁度良い言い訳を思いついた。


「ほら、ティアレ、あれだよあれ」

「あれ? あれってどれですか?」

「フロッソが言ってた2人組って言うのが、さっきの2人じゃない?」

「あっ! 確かに言われてみればそうですね。猫耳と兎耳の2人組なんて、そんなに大勢いる訳じゃないでしょうし、1日違いでルベルスに向かった、って言ってましたもんね」


 それと僕にはもう1個、確信への手掛かりがあった。


「エリオさん。あの2人が泊まってるのって、ここの一等室じゃないですか?」

「ンンッ……。そういった質問は、本来はご遠慮願いたいのですが……。……どうやら既にフロッソが、口を滑らせているようですね……」


 エリオは暫く考え込む素振りを見せてから


「ハ~ッ……、仕方ないですね。そうです。あのお二方も、イッチー様とティアレーシャ様に使って頂くのと同じ、一等室をご利用になっています」


 盛大な溜息の後に、半ば諦めたように教えてくれた。


「ねっ?」

「イッチーさん、どうして分かったんですか?」


 実は、そんな大層な推理を繰り広げた訳でも何でもない。


「いやほら、僕らと入れ替わりで、あの白猫亭の一等室から出たって言ってたでしょ」

「はい」

「って事は、もしあの2人が同一人物なら、決して安くない白猫亭の一等室を借りれるぐらい、お金持ちって事になるよね」

「そうですね」

「なら、もしその2人が、1日違いでルベルスに着いてるとすれば、当然ここで借りるのも?」

「……あっ、三毛猫亭の一等室?」

「大正解」


 チエちゃん先生ばりの、”大変良く出来ました”をティアレにあげたい気持ちでいっぱいになる。


 2人で笑い合っていると


「コホンッ……。盛り上げっていらっしゃる所、大変申し訳ないのですが……」


 随分と改まった様子でエリオが割り込んできた。


「そういった、他のお客様の詮索は、タブーですので、控えていただけないでしょうか?」


 精一杯笑顔を作ってはいるが、顔が引き攣ってるし、目が全く笑ってない。


(あ、ヤバイ……。なんかコメカミがピクピクしてるし、これ絶対マジなやつだ)



『す、す、すいませぇぇええええん!』


 ――三毛猫亭の壮麗(そうれい)なロビーに、僕ら2人の叫びが木霊するのだった……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ