第十二章 -Treasure hunt- ギルバートの……
ここから先はティアレにとっても初めての土地。
特に先を急ぐ理由も無い僕らは、暫くこの街に滞在するという事で話がまとまった。
三毛猫亭の部屋に案内してもらい、いつも通り汚れを落とした僕らは、さっそく初めての街へと繰り出す事にした。
そしてそれは、大勢の人で賑わう中央通りからちょっと入った所。
観光客向けの宝石店や土産物屋が姿を消し、どちらかと言えば地元の人間向けの、やや落ち着いた感じの店が立ち並ぶ通りを歩いている時だった。
「ティ、ティ、ティ、ティアレ! あれ! あれ見て!」
「ど、どうしたんですか? イッチーさんがそんなに取り乱すなんて、珍しいですね」
――ルベルス商業区
西の大陸、南の大陸、両大陸からの中継地として、中央南部の交易を一手に担う拠点、ルベルス。
王都を除くと、中央大陸の貿易中枢とも言える、巨大複合商業都市アンクーロ。
そのアンクーロの、理路整然と管理された貿易体制とは対照的に、この街の商業区は、無秩序、無節操であるが故の混沌とした繁栄。
つまり一言で言ってしまえば、良くも悪くも『おもちゃ箱をひっくり返したような』、多種多様で雑多な魅力がそこにはあった。
「ほら、あそこ! あの看板の店!」
「看板……? ……あっ」
通りに面した扉の上部に掛けられた、特徴的な木の看板。
ショーウインドウに丁寧に並べられた、美麗な品々。
それはもちろん、通い慣れた御茶ノ水で目にした光景とは比べるべくもない。
しかしそれでも、そこにあったのは紛れもなく――
「……楽器屋、だ……」
そう……、正直に言えば、もう半ば諦めていた。
あれだけ賑わっていたラントルムやノーベンレーンでも、それらしき店は一度も見かけなかった。
『もしかしてこの世界には楽器屋がないんじゃないか』。そんな風にも考えていた。
当然そのガラス越しに見えたのは、リュートやハープ、コンガやボンゴといった、ある意味古くから慣れ親しまれている楽器ばかり。
決してそこにフェンダーやギブソンが並んでいる訳ではなかったが、それでもこの世界で初めて楽器屋を目にした興奮と、この世界にも楽器屋があったんだという安堵で、僕は泣きたくなる程の昂ぶりに包まれていた。
「私も初めて見ます……。西の大陸では一度も目にした事無かったので」
ティアレがそう言うって事は、それぐらいこの世界では珍しいのかもしれない。
「入っても……、いいかな?」
「ふふふっ、なんでそんな事聞くんですか? いいに決まってるじゃないですか、と言うよりイッチーさん止めても絶対入ると思いますけど。ふふっ」
(まぁ確かに今の僕だったら、しがみついて止められても、引き摺ってでも店に入る可能性が高い)
――チリン、チリーン
「えっ? い、い、い、いららっしゃいましぇ!」
(ましぇ??)
「……いらっしゃいませ……」
なにかそういう特殊な語尾なのかと思ったら、単に噛んだだけだったみたいだ。
「うわ~……、綺麗な楽器ばっかりですね……」
「……うん……、どれも物凄く丁寧に造られてるね」
壁に掛けられたリュートも、ガラスケースに納められたヴィオラも、広々とした店内に所狭しと並べられた楽器達は、どれもこれも一目で職人の細やかな仕事が見て取れる逸品ばかりだった。
「あの、すいません」
「ひゃい!? ……、はい……」
(……また噛んだのか)
随分と小柄な女の子だった。
今日三毛猫亭で見たあの猫耳の子よりも更に小さな、ともすれば小学生ぐらいにも見える。
留守中の店番を任されてる子供なのかもしれない。
「えっと、あの壁に掛かってるリュート、ちょっと弾かせてもらってもいいですか?」
「えっ、イッチーさんリュートも弾けるんですか?」
「あ~、うん。そんなにうまくはないけど、それなりには」
音楽家の家系だったマサの家には、なぜか見た事も無いような、古今東西ありとあらゆる楽器が溢れていて、僕らは遊びに行く度に片っ端から触らせてもらっていた。
(今考えると、とんでもない事をしてたな……)
「はわわわわわ……、ひ、弾かれるんでしゅか?」
「あ、もしかして弾いちゃマズイですか?」
「い、いえいえ、そういう訳じゃないんですが……、しょ、少々お待ちくだしゃい!」
そう残すと、大慌てで店の奥へと走って行った。
やがて――
「おやかた~、トッドおやかた~、起きてください~、お客さんですよ、お客さん」
そんな情けない声が聞こえてくると、今度は打って変わって筋骨隆々とした、ヒゲもじゃのおっさんが眠そうな顔で頭を掻きながら出てきた。
一体どんな鍛え方をしたらこんな風になるんだ、というぐらいの頑強な体躯。
丸太の様なその腕は、僕の太ももぐらいはありそうだ。
それなのに身長は、下手したらさっきの子供よりも小さいんじゃないか、ってぐらいに低い。
多分ドワーフと呼ばれる種族だろう。
「ん~? おい、ミンク! 客ったってガキじゃねーか」
「ちょっと親方! 声が大きいですよっ!」
(いや、丸聞こえですけどね……)
「すいません。ちょっとリュートを弾かせてもらえないかと思っただけで、駄目ならいいんです」
「あ~? あんちゃんえらく若いけど、弾けるのかい?」
「え~っと、一応……、触る程度ですけど」
暫くの間、品定めでもするように、僕を眺めていたドワーフのおっさんだったが
「まぁ、いいさ」
「いいんですか? 親方」
「いいも何も、壁掛けのインテリアじゃあるめぇし、俺だってそんな事の為に作った覚えはねーよ。第一たまには弾いてもらわにゃ、コイツだって可哀想だろ」
そう言って踏み台に乗って、壁に掛けられたリュートを無造作に取った割には、大切な我が子を扱うようにそっと渡してくれた。
その様子だけで、この作品がこの人の手による物だと分かる。
クイッと顎をしゃくった方を見ると、バースツールみたいな背の高い椅子があった。
どうやら座って弾けって事らしい。
「ありがとうございます」
リュートは確か大きく分けて2種類あって、これはどうやらルネサンスリュートの6コースと呼ばれるタイプだ。
軽く音を確認すると、盛大に音が狂いまくっていた。
よっぽど長い間弾かれてなかったらしい。
リュートは複弦があるので、とにかくチューニングが面倒と言われるけど、ペグの回しにくさを除けば、後は要するに12弦ギターと手間は一緒だ。
長い間弾かれていなかった割には、ペグはスムーズに回るし、弦も新しい。
弾く人間がいなかっただけで、きちんと手入れがされていた事が良く分かる。
「さて……」
(ああは言ったけど、僕も大してリュート曲のレパートリーがある訳じゃないんだよなぁ……)
選んだ曲は、いつかシュンに教えてもらった、とあるゲームミュージック。
割とテンポが良いのに、なぜかどこか物悲しさを感じさせるとても優しいメロディーで、すぐに僕も好きになった曲だった。
『弾いてるのは竪琴なのに、実際の音はハープだし、なのに曲名はリュートだし、これもうわかんねぇな!』と意味不明にキレていて、『だからリュートで弾いてくれ』、と更に意味不明な要求をしてきたのを良く覚えている。
久しぶりのリュートの感触を確かめながら、ゆっくりとゆっくりと音を紡いでいく。
ナイロン弦じゃない本物のガット弦の、独特の柔らかい響きが店内を包む。
(最後にリュートに触ったのは随分前だったけど、このリュートとんでもなく音がいい……。そして何よりも、恐ろしく弾きやすい……)
多分僕が過去に触れたどんなリュートと比べても、音も質も格段に上だった。
短い曲の最後の残響が消え、そっと顔を上げると、そこには唖然と口を半開きにして固まる、小さな2人の姿があった。
なぜか後ろのティアレだけは、一人でクスクスと笑っている。
「ティアレどうしたの?」
「ふふっ……、いえ、だってイッチーさんに楽器を持たせると、絶対こうなるんだな~って。ふふふっ」
(何がこうなるのか分からないんだけど……)
「ちょ、ちょっと待ってくれ……。あんちゃん、どこが触る程度なんだよ? えらく若く見えるけど、あんちゃんもしかして楽士様なのかい?」
ようやく我に返ったドワーフのおっさんが口を開く。
「え~っと……、楽士、の定義が良く分からないんですけど……、……多分、違うんじゃないかな? 強いて言えば……、そうですね……、音楽家? ですかね」
(うん、多分間違ってないはずだ。一応ミュージシャンだし……)
「音楽家? 俺にはそっちの方が良く意味が分からねぇが……」
2人して顔を合わせ、女の子の方も一緒になって首を傾げている。
その時――
「イッチーさん、イッチーさん」
振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべたティアレが、背中に背負ったままのギターケースを『コンコン』とノックしている。
「ほら、これこれ。ふふふっ」
「あ~、見せた方が早いって?」
「そうです、そうです」
(まぁ確かに百聞は一見に如かずだし、僕の本業はこっちだからね)
「あ、これありがとうございました」
とりあえず一旦お礼を言ってリュートを返すと、近くのテーブルの上にギターケースを下ろす。
「なんだそりゃあ?」
「え~っと、とにかく一度見てもらえますか? これが僕の楽器なので」
「楽器? あんちゃんの?」
「はい」
ケースロックを外し、静かに蓋を開ける。
ケース内の独特の匂いが鼻を掠め、僕の相棒【スーパーアダマス】がその姿を現した。
薄暗い店内に、ショーウインドウから差し込む陽の光。
その光に照らされ、ボディのブルーバーストが鮮やかに浮かび上がる。
「……」
「……」
小さな2人はまるで瞬きすら忘れてしまったかのように、両目を見開いたまま硬直している。
「……な……、……な」
「な……、なな……」
そして今度は、何か意味不明な事を呟きながら、プルプルと体を震わせ始めた。
「……あの?」
2人のただならぬ様子に、さすがにちょっと心配になってきた僕が声を掛けると
『なんじゃこりゃぁあああああああああああああああ!!!』
――狭い店内に、小さな2人の咆哮が轟くのだった……。





