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第十二章 -Treasure hunt- 予兆

「おはようございます、イッチーさん。……その……、昨夜も凄かったですね……」


(ああ……、またこのパターンなのか……。ティアレさん、まさか分かっててやってませんよね?)


 寝呆けた頭でぼんやりとそんな事を考えていると、丁度ティアレが開けた窓から入って来た心地良い風がカーテンを揺らし、潮の香りを運んでくる。

 僕はこの匂いが嫌いじゃない。

 海のすぐ傍だった事を思い出し、徐々に頭が回り始める。


「んっ……、おはようティアレ」


  ――コンコンッ


(はい、来ました、来ましたよ)


「はい」

「ああ、俺だ。フロッソだ。ちょっといいかい?」

「いいよ、ティアレ。開けてあげて」

「悪いな。起こしちまったか?」

「いえ、もう起きたとこですから大丈夫ですよ」


 予想通りと言うか何と言うか、フロッソはススーッと僕のすぐ傍までやって来ると


「(おいおい、なんだ兄ちゃん、大人しそうな顔して夜は変身しちゃうタイプかい? ベッド一つで良かったんじゃないか?)」


(こんな所までトーガにそっくりなのか……)


 相変わらずティアレは、不思議そうに首を傾げている。


「いや~しかし、昨夜は盛り上がったな。ハッハッハ」

「はい……、ラントルムでも凄かったんですけど、昨日はそれ以上でした……」


(わざとだ……。絶対この2人わざとやってるだろ……)


 しかし昨夜が、ラントルムの時以上の騒ぎだったのは本当だった。


 街の人達も(くだん)の集団失踪の事で、行き場のない鬱屈を抱え込んでいたのも大きな理由の一つではあったんだろう。

 けれどそれ以上に、ラントルムでの一夜とは決定的に違った点が一つある。

 トーガから詳しい話を聞いていたフロッソは、開店前から既に万全の準備を整えていたのだ。


 周辺の住人や宿屋、酒場、飲食店などとは協力体制を敷き、商会まで巻き込んで盛大なお祭り会場を作り上げた。

 衛兵詰所にも根回し済みで、自費で専門の冒険者を警護に就かせる事で、失踪捜索の人手は一切(わずら)わせない確約を取り付けていた。

 従来の白猫亭の従業員には、特別手当を出す事で全員総出。

 それでも足りない人手は、急遽臨時で就業員を雇うという徹底ぶりだった。


 それだけの騒ぎになっていれば、元々何も知らなかった人でも、当然何事かと集まってくる。

 何だか良くは分からないけど、随分と賑やかな事になってるから、という理由で更に人が人を呼ぶ。

 結局僕の登場時点で、演奏の有無を別にしても、既に完全に温まった会場が出来上がっていたという訳だ。


 トーガといいフロッソといい、この辺りの嗅覚はさすが商売人としか言いようがない。

 ぶっつけ本番でも即あれだけの対応を見せたトーガにしても、トーガからの話だけでこの状況を作り上げたフロッソにしても、どちらも尋常じゃないフットワークと対応力なのは確かだ。


(ただ僕はもちろん、唯一トーガもフロッソですらも予想しきれなかった事は、黒猫亭での演奏を見た人間の中に、次の船でそのまま僕らを追いかけて来た一行が相当数いた事ぐらいだろうか……)


「街の連中も少し雰囲気が良くなったし、今日からは正式に冒険者への捜索依頼も出すそうだ。手の空いた連中で、自主的な捜索隊も出てるって話だしな」

「そうですか……。少しでも力になれたんなら良かったですけど」

「……でも、……やっぱりまだ、見つかってないんですね……」


 不安げに俯いたティアレの表情が曇る。


「いや、そもそもこれはこの街の問題でな。たまたま立ち寄った嬢ちゃん達が、思い悩む必要はないんだからな? ああやって盛り上げてもらっただけでも、皆十分感謝はしてるよ」

「早く見つかるといいですね」

「ああ、心配すんな。きっと見つかるのも時間の問題だ」


 僕ら2人を安心させようと振る舞ってくれているのが伝わってくる。

 中の人年齢がそう変わらない僕としては、こういった心遣いが良く分かるだけに辛い部分もあった。


「それはそうと、兄ちゃん俺が何しに来たかは、もう分かってるんだろ?」


 気分を変えようとしてか、急に明るい声でそう尋ねてきた。


「あ~……、もしかして『サイン』ですか?」

「そうそう、それよ。トーガから聞いてな。もう黒猫亭(あっち)じゃ兄ちゃん達の使ってた部屋、もう既に予約が殺到してるらしいぞ」

「……本当ですか?」

「マジもマジ、大マジよ。兄ちゃん達が贔屓にしてる、って事で宿自体の評判もうなぎのぼりって話だ」


 結果的に、それで少しでもトーガに恩返しが出来たなら良かったと思う反面、困惑する気持ちもあると言えばあるのだが……。


「まぁ、もっとも」


 フロッソはなぜかそこで急に勿体ぶるように押し黙った。


「?」

「既に予約が殺到してるのは白猫亭(うち)も例外じゃないがな」


 そう言って悪戯っぽく笑うと、ウインクを送ってくるのであった。



「しっかし、あの獣人の姉ちゃん2人もタイミングが悪かったな~。出発が後1日遅ければ、昨夜の祭りにも便乗出来たのになぁ」


 丁度壁にサインを書き終えると、フロッソがふとそんな事を漏らした。


「獣人? 何の話ですか?」

「いや、実は兄ちゃん達とほとんど入れ違いで、この部屋から出てった2人組がいてな。この一等室は、もちろん他にも何部屋かあるんだが、ここの方がちょっと眺めがいいんでな。その二人組が急に出る事になって、それで急遽この部屋を兄ちゃん達に使ってもらう事にしたって訳だ」

「へえ……、そんな事があったんですね。でもなんでその人達は、急に出発する事になったんですか?」


 僕も考えていた当然の疑問を、ティアレが先回りする。


「いや~、それが俺にもサッパリでな。いきなり血相変えて『申し訳ないが、今から出発する事になったでござる』とか言い出してな」

「……ござる?」


(なぜか酷く馴染みのある言葉な反面、強烈な違和感も同時に感じるのは気のせいだろうか……)


「なんか従者っぽい感じの、兎耳の姉ちゃんがそんな感じでな。もう一人は猫耳だ。まぁ余計な詮索はしないのが、この仕事のルールだからな。詳しい事情は分からんが、ルベルスに向かうって言ってたから、もしかしたら向こうで会う事もあるかもな」

「はぁ……、兎耳と猫耳の2人組、ですか……」

「イッチーさん、もしかしてそういうのがタイプなんですか? ラントルムでもモテモテでしたもんね」


 そう言いながら、ジト目を向けてくるティアレだった。


「……は、はい?」


(そんなあらぬ疑いを向けられても、正直困るんだけど……。僕は別にその手の特殊な属性や性癖は持ち合わせてない……、と思う……)


「ハッハッハ、穏やかじゃないなぁ。ま~ま~、お嬢ちゃん、男ってのはそういう生きもんだからな。広い心で見てやらないと、広い心で。ガハハッ」


(全然フォローになってないし……って言うかどう見ても絶対楽しんでるだけだろ……)


「……広い心、ですか……」

「そうそう、本妻は本妻らしく、ドーンっと構えてりゃいいって事さ。ガハハハハッ」

「ほ、ほ、ほん、本妻って!? わ、わ、私は別にっ、そういうのじゃ!」


 真っ赤になってしどろもどろのティアレと、それを見て大笑いするフロッソであった。



 ――しかしこの時


 僕もティアレも、これが後に繋がる大事件の前触れだったとは、全く知る(よし)もなかったのである……。

今回から分割編集に合わせて、投稿も1話を短めに分割であげていこうと思います。

物足りないと感じる人もいるかもしれませんが、その分更新頻度は上げていきますので。


これからもよろしくお願いします。


海凪美波流

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― 新着の感想 ―
[一言] ようやく全体の折返し、61話まで。異世界系というと戦いが目に付くものではありますが、本作は(まだまだ序盤ゆえか)そこを躱して演奏のチカラを見せ付ける部分に重きを置いていて、個人的には楽しく読…
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