第十一章 -In the shadow- 契約
僕ら2人が中央市場で一通り露店の冷やかしを終え、そろそろ遅めのお昼ご飯でもと立ち寄った、レストランと言うよりは巨大なビアガーデンの様な食事処。
今朝揚がったばかりの新鮮な魚や貝を自分で選び、その場で調理して出してくれるというスタイルが受けているのか、綺麗に着飾った観光客だけではなく、ラフな格好の地元の人間も含めてごった返している。
僕らが選んだのは、鱸に似た白身魚の塩焼きと、小鯵に似た青魚のフライ、それに黒パンと海鮮スープのセットという内容だった。
申し訳ないが、これらに関しては多くを語る言葉を持たない……。
だって美味しいに決まってるんだから。
ただ下処理をして荒塩で焼いただけの鱸。
白身魚特有の淡白な味でありながら、しっかりと身が締まっていて、特にパリッと焼けた皮の部分が香ばしくてたまらない。
二枚開きで丸ごとフライにした鯵に、軽くレモンだけを絞る。
シャクシャクと心地よい歯応えの衣を噛み締めると、中からは良く脂の乗った鯵特有の風味と香りが溢れ出す。
(ああ……、日本人に生まれてよかった……)
つくづくそう思いながら、魚を噛み締めるのだった……。
「なぁ……、聞いたか?」
「ああ、西区の子供ばっかりって話だろ。それに噂じゃ獣人の子だけって言うじゃねーか」
「まだ昨日の今日だから、詳しい事は何も分からんらしいけどな」
後ろの席に座る2人組の男達からそんな会話が聞こえてきたのは、僕ら2人が食事を終え、丁度僕のコーヒーとティアレのアーブ茶が届けられた頃だった。
「どうも中央の方じゃキナ臭い話もあるみたいだし、攫われたんじゃねーかって噂もあるけど……」
「滅多な事言うもんじゃねーよ。それこそ昨日の今日だろ。ただの家出か何かで、今日辺りひょっこり帰って来るかもしれねーじゃねぇか」
「まぁ、そりゃ確かにそうなんだけどよ……」
その会話だけで僕らは2人共、今朝からずっと感じていた、奇妙な違和感の正体を察した。
「イッチーさん……」
「うん……。どうやらそういう事だったみたいだね」
要するにこの街の人達は皆揃って、その人攫いなのか、神隠しなのか、それとも単なる家出なのか、いずれにせよ理由は未だ分からないまま、いなくなってしまった子供達の身を案じていた訳だ。
少なくとも今、後ろから聞こえてきた会話で聞く限りは、まだその子供達は戻って来てないという事なのだろう。
当然軽々しく、ただの家出だろうと言い捨てる事は出来ない。
かと言って、人攫いだ神隠しだと無用に騒ぎ立てる訳にもいかない。
子供達の事は心配だが、結局どうする事も出来ない。
多分そんなモヤモヤとした、葛藤や憤りが態度に見え隠れした結果が、僕達が感じていた物の正体なのだろう。
そしてそれは程なくして、改めてフロッソの口から語られ確信へと変わる事になる。
「いや、スマン。別に隠す気は無かったんだが、なにせまだ何も詳しい事は分かってなくてな。下手に騒ぎ立てて、余計な不安を煽る必要も無いかと思ってな」
「本当にごめんなさいね。今朝主人とも話して、とりあえずこの事は一旦伏せておこうって事になってね」
「いえ、そんな。謝らないで下さい」
「そうですよ。悪気が無いのは良く分かってますから」
本当に申し訳なさそうに頭を下げるフロッソの様子から見ても、嘘じゃない事はすぐに分かる。
旅で立ち寄っただけの僕らを気遣った結果だろう。
今朝は会えなかった奥さんも、今は一緒に白猫亭の酒場でフロッソの隣に座っている。
白猫亭に戻った僕らが、市場で聞いた話をそれとなく振ると、「ここじゃなんだから」と言って、丁度閉店時間中の酒場の方に通された。
すぐに奥さんが淹れてくれたお茶を前に、4人揃って同じテーブルに着いたのがついさっきだった。
「それで……、もし良かったら、なんですけど、もう少し詳しく話を聞かせてもらっても構いませんか? もちろん聞いたからと言って、僕に何が出来るというわけでもないですけど」
「いや、それがそうでもないんだけどな」
「?」
(そうでもないって言うのはどういう意味だろう? 何か僕に出来る事があるんだろうか)
「まぁ、順を追って話すよ。とは言っても、兄ちゃん達が聞いた通り、まだ詳しい事は良く分かってないんだけどな」
そう前置きしてから、フロッソは事の顛末を語ってくれた。
――始まりは僕らの乗った船が到着する数時間前に遡る。
港街という事もあって、この街の朝は非常に早いらしい。
獣人が多く暮らす西区のとある漁師の家で、それは起こった。
漁に出る為に、まだ日が出て間もない時間に朝食を取る父親。
この街では、どれだけ早くても漁に向かう父を見送るのが習慣なので、いつもの様にまだ寝ているはずの娘を起こしに行く母親。
ところが昨夜確かに自室に向かったはずの、娘の姿だけがどこにも見当たらない。
物盗りや人攫いにしては、娘がいない以外の何一つとして変わった様子は無く、物が無くなったり部屋が荒らされているどころか、閉まったままの窓にはきちんと鍵すら掛けられていたと言う。
年頃の娘という事もあり、その時は夜遊びか、軽い家出程度にしか考えていなかったらしい。
騒ぎが大きくなり始めたのは、それから暫く経ってから。
どうも全く同じ状況の家が他にもいくつかあるらしい、という事が発覚してからだった。
そして更に付け加えるなら、その同じ状況にあるのが全て獣人の家だったという事と、いなくなっていたのは全員年頃の娘だった点。
さすがに不思議に思った家族が詰所に集まり事情を説明した所、とりあえずは家出と人攫い、両方の線で捜索する、という事になったらしい。
とは言っても、そのどちらだとしても、見事な程に全く手掛かりらしき物すらない。
なにせ娘の部屋も家も、足跡一つ残されていないのだから。
そんな訳で捜索は続けられながらも、これといった成果も挙がらないまま今に至っているという訳だ。
「なるほど……、それは心配ですね……」
「まぁ、捜索は続けられてる訳だし、ごちゃごちゃ考えてもしょうがないのは、俺らも一緒なんだけどな。ハハッ」
話し終えたフロッソはそうやって軽口を叩くが、イマイチ浮かない表情なのは隠しきれていなかった。
「えっと、それで……、さっき言いかけた『そうでもない』っていうのはどういう意味ですか?」
どうしてもさっきフロッソが言った台詞が気になって、話を切り出してみる。
「そう、それだよ、それ。兄ちゃん達も街を見てて分かったと思うが、どことなく街の奴ら揃って覇気がないだろ」
「それは……、なんとなく……」
「それでまぁ、これはどっちにしても頼むつもりだったんだが、少しでも街の連中に元気が出る様な、威勢のいい演奏を頼めないかと思ってな……。どうだ、引き受けてもらえないか?」
「私からもお願いします」
奥さんと2人揃って頭を下げられる。
白猫亭でもそうだったが、どうもこの猫亭の人達は揃いも揃ってとことんお人好しらしい。
でも僕もそんなお人好しが大好きだった。
「何言ってるんですか? 僕の演奏は、猫亭を無料で利用させてもらう条件の中に含まれてるんですよ?」
「……? そ、それじゃあ?」
僕の意図が掴みきれない、といった様子でフロッソが恐る恐る聞いてくる。
「もちろん! ダメだって言われても思いっきり演らせてもらいますよ?」
――そう言って精一杯猫亭の人達を真似て、『ニカッ』っと笑うと、
大袈裟にグッと親指を立ててみせるのだった。





